晩年に冷たい夫婦は、淋しくて悲しい

2008-01-06 20:01:13 | こんなンで委員会



「こんなふうなものではなく・・・」と、田中さんは云い出だしたのである。

(さあ、困ったぞ)と心細くなってきた。どこの記者もボクの原稿を受け取るたびに、いつでも、きまって嫌な顔をするのである。

随筆でも小説でもボクの原稿には期待を裏切られるらしいのだ。それだからボクは「書けないですよ」と云うのに、「いや、書けますよ」と勝手にきめて、そうして自分で期待を裏切られてがっかりするのだ。

そんな時、いつも、「それ、ボクは、うまいと思うけど」と売りつけるように押しつけたり、「この次は、うまく書きますから」と、なだめたりするのだが、今日はそんな暇がないのである。さッと、逃げてしまおうかと思ったが、そうはいかなかった。

逃げてしまおうというこっちの腹を見すかしてしまったらしい。階段の途中で両手を広げて、笑いながらだがキラキラと光るような目をして、「もっと、凄いもので、民話風な随筆を書くかと思っていたけど、これでは、あなたの感じが少しも出ていないじゃないですか」と云うのである。

(ソラ、ハジマッタ)と思った。(イヤになっちゃうなあ)と思った。「そ、そんなことを云ったって、ボクのようなニコヨン作家に・・・」と云った。田中さんは「あなた、ニコヨン作家なんかじゃないですよ」と云うのである。

「とんでもない、ボクは、お天気次第で、なにを書くか、わかりゃしないんですよ」と、ボクのような者を理解してもらわなければ困ると思ったので、正直に腹の中を打ち明けた。

それから田中さんの顔を見ていると、(このヒトは、ボクに、すばらしい原稿を書くように、すすめてくれてるのだ)と思った。(悪いヒトじゃないけど、勉強をしろしろと騒ぐ女親みたいだ)と思った。

いつでもボクは原稿を出すたびに、こんなハメになってしまうのだ。小説を出すときも同じで、受けとるヒトは、きっと、(こんなものを書いたのか)と云うような顔をするのである。だからボクのような作家は、開店してもすぐに店じまいをするのだとはじめから思っていた。

田中さんは「とにかく、せっかく書いたんだから」と、ちょっと、同情してくれるような口ぶりになって、「うちの方でも、日をのばすわけにはいかないし」と云ってポケットに入れてしまったので(よかった)と肩の荷はおりたようだが、恥ずかしくもなってしまった。

ボクは思うんだけど、ジャーナリストと作家は夫婦のような気がする。作家はオカミサンで家の中にいて御馳走をこしらえて、ダンナは外回りをして売りに歩くので、外交はつらいから家へ帰って来たら(亭主の好きな赤えぼし)と云って、なんでもダンナの気に入るようなことをしていればうまくゆくと思う。

田中さんは、表に社の車を待たしてあって、渋谷まで乗せてもらったが、(新聞記者っていいものだ)と思った。幅の広い、でかい車をお抱えで羨ましくなった。

「ボクも、新聞記者になりたいなあ」と云うと、「みんな、新聞記者をやめて、作家になるんだから作家の方がいいですよ。論より証拠ということがあるでしょ」と云うのである。なんだか知らないけど(そうかなあ)と思う。(深沢七郎「言わなければよかったのに日記」より)


七郎さんは純粋で純情な人だったから、自分なりの「結婚観」のようなものを、持っていた。

結婚というものが、晩年になって冷たくなるようなのは、淋しい悲しいことだと思っていた。彼の、”結婚”という夢は、あまりに尊く、実現することを足踏みして過ごしてしまったほど、大切に持ち続けたことだった。

老いて、仲の良い幸福な一組の夫婦を見ると、とても楽しい感じがした、と彼は語っている。

「ダンナは外で辛いのだから、家へ帰ってきたら、なんでもダンナの気に入るようなことをしていれば、うまくゆく」

時代錯誤のようだが、七郎さんは私の親たちよりも年上だから、これが昭和30年代の”正論”なのだ。

もしも、私が男なら、結婚する奥さんには、そのように親切にしてもらいたいと思うだろう。翻って自分を見れば、まったく逆の奥さんだったと思う。よく今まで、夫はご飯を食べさせてくれたものだなぁ、と感心したり反省してみたり。。。

晩年に冷たい夫婦、なんて、ちょっとギョッ!とするフレーズ。まぁ、少しは「亭主の好きな赤えぼし」を心がけようかと思うけれど・・・。晩年は、もっと穏やかに行きたいものである。


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2 コメント

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素直が一番! (山小屋)
2008-01-07 06:49:46
人間素直が一番です。
そんなに期待されても困ります。
素直に生きていれば、よい結果がついてきます。
「自然の法則」に逆らわないことです。

篠井富屋連峰は予定を変更して子供の森から男山に登り、榛名山から再び子供の森に下りました。
榛名山からの下りは雪があったらきつかったでしょうね。

日光の男体山がよくみえました。
まさにトーコさんが撮った写真のようでした。
「一品香」は遠いというので、駅の中の餃子を食べました。焼き立てで美味しかったですよ。
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山小屋さんへ (空見ろトーコ)
2008-01-07 16:25:16
駅の餃子。「みんみん」とかいうお店の餃子ですか。
焼き立てなら、美味しかったのでしょうね?(笑)

昨日は最高のお天気でしたが、今日は一転して、曇り空で寒いです。雪が降りそう。。。

山小屋さん、良い時に来られましたね。強運ですね!

「一品香」は、2店舗あって、確か駅東辺りにもあったはず。この次、お時間に余裕があればお試しくださいませ~

素直な笑顔のコメント、ありがとうございました

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