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宇宙の片隅で

日記や「趣味の情報」を書く

隆一と有紀 -26-

2020-04-08 12:58:33 | 脚本

 ・・・・走り終えて先に箱根に戻った隆一ら3人は、OBの杉山にはキツいレースと判かっていただけに、先行逃げ切りをめざすという選択肢を選んだのであった。

 ホテルのロビーにある大画面テレビの前の応援団は、2位以下のランナーの追い上げが気になり、ハラハラドキドキしながら、レースの成り行きを見守っている。
 そして、テレビ画面に、ハワイ大のランナーがいつのまにか2位にあがったところが映し出された。
「わぁー」
「おぉー、ぬいたぞー」

 残り1kmとなって、ハワイ大のランナーが杉山の後方からじわじわと迫っていた。ポニーテールの金髪が太陽の光にキラキラと輝いて揺れ、手足の長さを活かしたパワーとスピードは、着実にトップとの差を縮めてきた。
 杉山は、振り返ることなくただ前を向いて必死に走っている。(・・・このままトップでゴールしたい。もう終盤だ、過去の思い出に浸っている場合ではない)
 3年間の空白は想像以上にキツかった。杉山は、先頭走者とは思えないつらそうな表情をしている。走りにリズム感が無くなり、呼吸も苦しそうだ。

隆一と有紀 -27-

2020-04-08 12:57:51 | 脚本

 2位のハワイ走者は、確実に、トップとの差を詰めてきた。
 いつのまにか、杉山との距離を100m差にまで追いあげてきた。
(前の3人が、2位以下をダントツに引き離していなければ、とっくに抜かれていただろう・・・)杉山は最後の力を振りしぼって走っている。
 ・・・・
 ・・・・
 ゴールが近づいてきたようだ。多くの歓声と拍手が、頭の中が真っ白な杉山の耳にも入ってきた。
 2位のハワイ走者が、ラストスパートをかけて差を詰めてきた。多くの人が出迎えるゴールまで、もう少しだ。


隆一と有紀 -28-

2020-04-08 12:57:11 | 脚本

 杉山は、ようやくゴールが見える地点まで来た。
 観衆が何か叫んでいる。
(・・・うん? なに、「抜かれる」?)杉山には、そう聞こえた。
 思わず後方に目をやった杉山の後ろ50mを、ハワイ大のランナーが猛烈な勢いで追ってきていた。

 ゴールまで、残り200m。
『ゴールまで最後の力を振り絞るんだ!』、杉山の頭の中には、その事しかなかった。
・・・・・
・・・・・
 ゴールの手前30mで、杉山は、後ろに人の気配を感じた。
 そして、ゴールの手前15mで、ついに両者が並んだ。

(ひゃー、抜かれてしまう・・・)
 杉山がそう思った瞬間、聞き覚えのある女性の声が耳に飛び込んできた。

「杉山さーん、がんばってぇー!」
(・・・あ、あれは、有紀ちゃんの声だ!)
 それは確かに有紀の必死の声援だった。

(ゴールで待っていてくれたんだ!)
 そうと分かると、杉山の全身に”火事場の馬鹿力”的なパワーが沸いた。

 ゴールまで、2人は最後のラスト・スパートをかけた。
 ハワイ大のランナーも、ここまでかなり無理をしてきていた。
 そして、2人共ほぼ同時にゴールになだれこんだ。

隆一と有紀 -29-

2020-04-08 12:56:31 | 脚本

 ホテルの応援団にも見分けがつかなかった。
 すぐに、テレビ画面に、ゴールイン時のスロー再生が映し出された。
 その映像を見て、初めて応援団から歓声が上がった。
「やったー」
「勝ったぁー」
「アブさんの勝ちだぁー」

 杉山はゴールを走り抜き、しばらくしてヘナヘナと地面に倒れ込んだ。周囲の歓声がやがて小さくなり、そしてまったく聞こえなくなった。
 大会の役員たちが、すばやくタオルとスポーツ・ドリンクを持って、1位と2位の選手のところへ駆け寄っていく。両者とも全力を出しきった”ラスト・シーン”だった。
 しばらくして3位以下のランナーが次々とゴールを通過した。

 杉山が気付いたので、隆一・桜井・藤原の3人は
「大丈夫か?」
と、確かめてから
「バンザーイ」
「バンザーイ」
「バンザーイ」
と、胴上げをした。
 そのたびに地元報道陣のカメラのシャッター音が
「カシャ」
「カシャ」
「カシャ」
と、鳴った。

 両手を高く広げて胴上げをされている杉山の顔は汗と涙で、泣いているのか笑っているのか、見分けがつかなかった。
 3人は、
「よくやったよ、アブさん!」
「頑張ったな、杉山先輩!」
と、健闘を讃えたのであった。
 やがて参加10校のラスト・ランナーがゴールを通過してレースは終わった。

 参加選手40人と観衆と報道陣あわせて150人ほどに囲まれて『表彰式』が行われた。
 表彰台のいちばん高い1位の段には隆一ら4名が、2位の段にはハワイ大学チームの4名、3位の段には地元の大学の4名が立っている。
 記念メダルが各選手の首に掛けられてゆく。

 レースが終わり、ホテルへ戻った4人は、仲間から大歓迎を受けた。
 その夜は、優勝を記念し、急遽『駅伝大会優勝祝賀パーティー』を開いた。

隆一と有紀 -30-

2020-04-08 12:55:35 | 脚本

 夜のパーティーでは、有紀は、ずっと隆一のそばにいた。

 隆一から、杉山先輩が優勝賞金を『有紀ちゃんの学費の足しにしてくれるならレースに出る』という、いきさつがあったことを聞いた。
 有紀は、大健闘したマスターの好意にこの際は甘えようと思った。
 そして、4月からは隆一の銀座の店に、夕方から働くことを決意した。
 隆一も、もちろん異論はない。

有紀「ねえ隆一さん、わたしのこと、どう思ってる?」
隆一「どう思ってるって、あらためて言われても・・・」
有紀「わたし、この旅行で、隆一さんのことがますます好きになったみたい」
隆一「そりゃ俺だって君のこと、軽く考えてはいないよ。いつか・・・」
有紀「いつか?」
 有紀は、隆一の顔をじっと見つめて、次の言葉を待った。

隆一「将来のことは分からないけど、たぶん・・・」
有紀「たぶん?」
 有紀は、やはり隆一の顔を見つめながら、次の言葉を待っている。

隆一「ま、待ってくれよ有紀ちゃん、ビールでも飲み過ぎたんじゃないかい?今夜の君はちょっと変だぜ」
有紀「真面目に話してるのよ、わたしは」
隆一「わかったよ。でもこれだけは言える。君と一緒にいられるなら他に何もいらないよ」
有紀「本当!?」
隆一「本当さ」
 有紀は、今はこれで充分だという気がした。
 有紀は、隆一となら何処までもついて行く覚悟ができていた。