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宇宙の片隅で

日記や「趣味の情報」を書く

隆一と有紀 -31-

2020-04-01 08:36:50 | 脚本

 いっぽう杉山は、1日目の宴会でうつむいていた時の杉山とは別人のようだ。
 杉山は終始笑顔で、応援してくれた皆にビールをついで回っている。
「レースの途中や、ゴールの手前では、何を考えて走っていたんだい?」
と興味津々に訊いてくる者には、
 「現役時代を思い出して走っていたよ、ゴール前では必死だったから何も覚えちゃいないけど、最後に有紀ちゃんの声が聞こえたことだけは鮮明に覚えている。そのおかげで競り勝てたと思っている」
 杉山は、そう断言するのだった。

(もし、あの時、有紀の声援が無ければ負けていたかも知れない。いやきっと、負けていただろう。あの有紀ちゃんの声で”火事場の馬鹿力”が出た)
と、あらためて感慨にひたる杉山だった。

 杉山は、隆一と有紀のそばにやって来て、
「二人には本当に感謝しているよ」と言い、隆一と有紀は、杉山こそ大健闘したと讃えるのであった。

 杉山にとって、あきらめていた夢が叶ったこの日のレースと、この夜の祝賀会のことは生涯忘れられない思い出となるだろう。
 新たに知り合った若者たちが『喫茶アブサン』の常連客になってくれれば店も繁盛しそうだ。
 隆一のツーリング仲間たちにとっても、思わぬハプニングのあった今回の箱根旅行は特別に思い出深いものとなった。

 一夜明けた箱根は、雲一つない晴天だった。
 きょうは来た時とは違い杉山のコンチネンタルが先頭となって10台のバイクを挟み、最後尾の隆一と有紀の乗ったオースチンまで総勢12台が、高速道路の入口に向かって走っている。
 やがて、高速道路に入るとスピードを上げ、
「ブォーン」
「ブルルーン」
「バォーン」
と、晴天の青空まで届けとばかり大音響を上げながら、みんなの思いをのせて一路、東京への帰途についたのであった。  (完)