CTNRXの日日是好日

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

教会の鐘&お寺の鐘 第1章

2023-06-18 21:00:00 | 編集後記/追記

 ■邪教

 邪教(じゃきょう)

 邪(よこしま)な教えのこと。
 淫祠邪教(いんしじゃきょう)や邪宗(じゃしゅう)ともいわれる。
 特定の宗教団体が他宗教を非難するときや、国家権力や統治者等が特定の宗教団体を反社会的集団であると見なし、弾圧目的で使用する用語である。

 世界宗教

 キリスト教においては異端をもって邪と看做してきた歴史がある。
 そして、異端という言葉はキリスト教内だけでなく、異教徒に対して使われる場合もある。

 仏教においては内道と外道という言葉・概念が用いられている。内道がブッダの教えであり、外道がブッダの教えから外れたものである。
 外道はしばしば具体的に特定されつつ「六師外道」と呼ばれている。
 これはブッダと同時代の諸思想の中でも特に主だったものを指すもので、例えば六師外道の一人であるマハーヴィーラが開いたジャイナ教は仏教から見れば邪となる。

 イスラム教の場合は、教典であるクルアーンの中にも「宗教には無理強いは禁物」との趣旨の記述があり、ムスリムたちに異教徒への寛容を呼びかけているものの、実際はイスラム支配下で異教徒として活動を許されたズィンミーの権利を制限したり、異教徒をすべて邪とみなして信仰自体禁止するなどの政策を取る国もある。

 中華圏

 古代王朝期の中国では仏教が邪教と見なされることがあり、何度も時の王朝ないしは皇帝により弾圧された。特に南北朝時代、隋、唐、五代十国期の後周の時代の4回の弾圧を合わせて、三武一宗の法難と呼ぶことがある。

 中華人民共和国になってからは、政権政党の中国共産党が共産主義の原則である無神論に忠実な姿勢を見せ、文化大革命期には既存世界宗教も含めたほとんどの宗教が弾圧された。
 文革終結後の中国共産党は仏教、道教、イスラム教、プロテスタント、カトリックの5宗教を公認する一方、法輪功等が「邪教」と位置づけられ、現在も弾圧されている。
 「邪教」とみなされた宗教団体の活動に参加するだけで、末端の信者にも3~7年以上の懲役刑が科される(中華人民共和国刑法第300条)。

 中国の公式文書が英語に翻訳される場合には、中国語である「邪教」は「カルト」または「邪悪なカルト(狂信的教団)」として翻訳されている。
 欧米学者らの主張によると、「邪教」は実際には『異端の教え』の意味という。  1999年10月12日、1万人以上の信者のいた「主神教(中国語版)」の教祖で、1998年(平成10年)6月に逮捕されていた劉家国が婦女暴行、非合法組織の設立、社会秩序の破壊などの罪で銃殺刑を執行された。
 同年10月30日、全国人民代表大会は、法輪功など、中国当局が『カルト』とみなす組織の摘発強化を図る「邪教組織の取り締まりと防止・処罰に関する決定」を可決した。
 主神教は、中国共産党政権を打倒して、「神の国」創設を目標としており、中国公安省より「全国五大邪教組織」の1つとされていた。
 2001年、当局未公認のキリスト教団体「華南教会」の創始者2名が、「邪教」を利用し違法活動をした罪などで死刑判決を言い渡された。
 2012年12月、マヤ暦に基づいた2012年人類滅亡説を唱えていた中国の新興教団『全能神』の関係者800人以上が公安当局に拘束された。

 朝鮮半島

 日本統治以前の李朝時代後期には、儒教思想と相容れないキリスト教が邪教とみなされた。
 19世紀には繰り返し弾圧が行われ、特に1866年の丙寅教獄ではフランスから密入国していた司祭や信者ら約8,000人が殉教、李朝はフランスとの間で戦火を交えるにまで至った。

 大韓民国になった後の1958年8月、初代大統領李承晩は「朴泰善長老教」こと韓国イエス教伝道館復興協会(朝鮮語版)に対して「世論を惑わす邪教」と決め付け、教祖朴泰善を拘束した。
 朴は懲役1年6ヶ月の実刑を言い渡され、服役した。

 日本

 《鎌倉時代

 鎌倉中期に日蓮が立正安国論の中で、法華経を鎌倉幕府の政治運営の精神的中心として受け入れなければ国家国民は安泰にならないという考え方を述べた。
 この際に、正法である『法華経』を信仰しない他宗派はすべて邪法であり、邪教に惑わされている宗派とそれを許している政府を強く非難した(四箇格言)。
 中でも念仏信仰を柱とする浄土宗は開祖法然も含め、名指しで攻撃を受けた。

 しかし、得宗北条時頼は、『立正安国論』を政治批判であるとみなし、日蓮を伊豆に配流した。

 一方、この頃には十戒の一つである不淫戒が事実上失伝。性交渉によって本尊と一体化することを柱とした、現代で言うところのセックス教団の元祖ともいえる流派が生まれる。
 その中から『「彼の法」集団』と天台宗系の玄旨帰命壇が勢力を伸ばした。「彼の法」集団は後に真言宗東密三十六流の一つだった立川流と混同されるようになり、後醍醐天皇の護持僧文観も立川流の信者と誤認されてしまう。
 13世紀後半から14世紀中頃にかけての著作による印象操作の末、立川流は邪教とされるようになってしまった。

 江戸時代

 安土桃山時代から江戸時代初期にかけて、その前の室町末期に日本へ流入したキリスト教に対して太閤豊臣秀吉と続く初代将軍徳川家康が警戒感を示すようになる。
 秀吉は死の直前の1597年(慶長元年)、フランシスコ会の布教を挑発的として宣教師、信徒ら26人を死刑に処させる「二十六聖人の殉教」を起こした。

 江戸幕府発足後、2代将軍徳川秀忠の世だった1612年(慶長17年)に出された禁教令を皮切りに、キリシタン(隠れキリシタン)を邪教の徒として弾圧した。
 転向(棄教)に応じた元キリシタン(転びキリシタン)も、最高6世代の後まで監視されるなど弾圧は苛烈を極めた。

 一方、日蓮宗不受不施派は民こそが国の主役であると考え、正義を重視するという考えから徳川幕府の出す命令に対して非服従を貫き、幕府は「邪宗門」と位置づけた。
 また宗門改などを通じた宗教統制に入らなかった民間宗教、新宗教なども邪宗門に分類された。

 1690年(元禄3年)、寛永寺座主(輪王寺宮)に公弁法親王が就くと、それから10年ほどの間に玄旨帰命壇、立川流が完全に断絶。当時立川流は『彼の法』との混同により玄旨帰命壇共々性交渉によって本尊と一体化することを柱とした教義とされたため、これをきっかけにして淫祠邪教(いんしじゃきょう)という言葉が確立した。

 また、幕府としては容認されたものの藩レベルでは一向宗を邪教とみなし禁止したところもあった。この際に隠れキリシタンと同様、信仰を守るため神道ないしは修験道と融合した新たな宗派が生まれた例もある。

 明治時代

 1868年(明治元年)、江戸幕府は崩壊し明治政府に生まれ変わるが、明治政府は五榜の掲示の第三札に「切支丹邪宗門ノ儀ハ堅ク御制禁タリ、若不審ナル者有之ハ其筋ノ役所ヘ可申出」と記し、引き続きキリスト教および不受不施派の信仰は禁止された。
 このうち、不受不施派の禁教は1871年(明治4年)の寺請制度廃止により、またキリスト教の禁止は1873年(明治6年)2月24日付太政官布告「禁制高札の撤去」で、それぞれ事実上解除される。

 こうして長年邪とされていたキリスト教はようやく日本に認められ、隠れキリシタンも表に出てくることができたが、一方で明治政府は神道の国教化を目指し国家神道の体系を整備していく。
 この過程で、神道と仏教の厳格な分離を求めたことに伴う仏教側の排撃が行われた。
 また、神霊の憑依やそれによって託宣を得る行為、性神信仰などを低俗なものや迷信として否定、それらを信仰の中心においていた教派を淫祠邪教として取り締まる政策を進めた。
 これにより修験道・陰陽道など神仏習合系教派が軒並み禁止となり、修験系講団体の中には教派神道へ移行したものもある。
 大日本帝国憲法第28条において表向き信教の自由が認められた後も、取り締まりは続いた。

 1894年(明治27年)、コレラの治療として神水を配布した蓮門教が淫祠邪教として徹底的に批判され衰退した。
 1901年(明治34年)には内務省宗教局が淫祠邪教の取り締まりを強化すると発表した。
 1911年(明治44年)には、政府は大逆事件で幸徳秋水を処刑するが、その一方で、幸徳の遺作である『基督抹殺論』をキリスト教抑圧のため典拠として利用した。

 大正・昭和初期

 1921年(大正10年)、内務省は、複数の宗教団体を邪教淫祀とみなし、そのひとつである大本教の神殿を全て取り壊す決定を行った。同時に祭神不明の一千余りの神社を廃止することを決定した。

 1925年(大正14年)に治安維持法が成立。当初は日本共産党、朝鮮共産党などの共産主義勢力を標的としたが、1928年(昭和3年)の改正以降、類似(新興)宗教の弾圧にも多用されるようになった。  
 1933年(昭和8年)8月、神道天津教が邪教であるとされ、本部が警視庁から閉鎖を命じられた(第一次天津教弾圧事件)。

 1935年(昭和10年)には、再び大本が淫祠邪教とされて政府から弾圧を受け、全国紙でもそのように断定して批判、報道された。
 この時、刑法第74条「皇室に対する罪」の適用に加えて、治安維持法も適用された。

 遠藤高志の論文では、「1936年(昭和11年)には「類似宗教」「邪教」と銘打った書籍の出版が集中した」と書いてある。
 同年には宮内省の女官長が邪教にまつわる不敬被疑により検挙された。
 文部省(現・文部科学省)は、1935年(昭和10年)から1936年(昭和11年)の調査により、神がかり、呪い、祈祷などで人心を魅惑し、迷信に引きずり込んだ邪教が約150種に及ぶと発表した。
 さらに、天津教が二度目の大規模な強制捜査を受ける(第二次天津教弾圧事件)。 1937年(昭和12年)の日華事変勃発後は、再び淫祀邪教が蔓延しているとされ、警視庁特高部の発表によれば、事変発生前の10倍以上となったとされている。
 同年、PL教団の前身、ひとのみち教会が邪教として解散させられた。翌1938年(昭和13年)に入ると、天理教の分派団体である天理本道が結社禁止となり、天理教自体も邪教のレッテルを貼られることを免れようとして、軍部と戦争への全面協力体制を決める。

 1939年(昭和14年)、治安維持法や刑法に該当しない場合でも取り締まり可能とする「宗教団体法案」が、帝国議会に提出された。
 そして日本が大東亜戦争に突入すると、国の統制下に入らない宗派・宗教団体はすべて邪とみなされ弾圧されるようになる。
 この過程で創価教育学会(現・創価学会)会長の牧口常三郎が命を落とした。また、キリスト教ホーリネス系でも10人が獄死ないしはこれに準じる非業の死を遂げた。
 一方、天津教は1944年(昭和19年)の大審院判決で無罪を勝ち得ている。多数派として邪教弾圧を支持した教派や団体の中には、このことについて後に自派の戦争責任と認める見解を明らかにしたところもある。

 戦後

 太平洋戦争敗北を受け占領者のGHQによって発された「政治的、公民的及び宗教的自由に対する制限の除去の件(覚書)」通称「自由の指令」により、1945年(昭和20年)12月28日付で宗教団体法は廃止され、新たに宗教法人令が施行された。
 一方、神社は国家神道によって享受していた特権を剥奪された。

 GHQは宗教法人令によって戦後日本における完全な宗教の自由を担保しようとし、この結果戦前に邪教として弾圧を受けた大本やPL、創価教育学会などが再興を果たし、修験道、陰陽道も明治以前の形態に戻ることができたが、それでも43派の新興宗教が良俗を破壊するおそれがあるとされ、邪教との謗りをかけられた。
 43派の中には、天津巨と改名していた天津教も含まれており、超国家主義団体と決め付けられて1950年(昭和25年)、教派にとり三度目の弾圧となる解散処分を受ける。

 戦前の内務省宗教局に代わって宗教政策を全面的に担当することになった文部省調査局(現・文化庁文化部)はそれら43派への対策として同年、届出制でなく認証制に改める宗教法人法を国会に提出し可決・成立させた。
 日本国憲法第20条によって完全な宗教の自由が保障された現在では、政府や裁判所等が特定宗派を邪と決め付けることは、建前上出来ないことになっている。
 ただし、宗教法人法第81条1項1号「法令に違反して、著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる行為をしたこと」、及び同2号前段「第2条に規定する宗教団体の目的を著しく逸脱した行為をしたこと」に該当する場合などに、裁判所に対して同法81条1項に基づく解散命令の請求という形で特定宗教を弾圧することは可能であり、請求をされた団体側も争う権利を有する。
 なお、破壊活動防止法に基づき著しく公共の福祉を害しているか否かの認定は法務省が、その調査は法務省外局の公安調査庁が担当することになった。

 オウム真理教は、平成初期に起こした一連のオウム真理教事件の後宗教法人オウム真理教解散命令事件やオウム新法などによって弾圧され、後継団体のAlephとひかりの輪は徹底的に活動を制限された。

 宗教的迫害

 宗教的迫害(しゅうきょうてきはくがい)

 ある個人もしくは集団がもつ信仰を理由に、その個人や集団を差別いあいすることに始まり、社会権の制限などの軽微なものから、強制改宗・虐殺などを加えることである。迫害の対象となる信仰の内容は、諸宗教、無神論、その他の無宗教的有神論など多様で、多岐にわたっている。
 近代に至って世界の各国で信教の自由が保障されるに至り、宗教的迫害は許されないものであるという合意が出来上がっているが、現在でも発展途上国、社会主義国家、イスラム国家などでの宗教的迫害が問題になっている。
 近代と比較して穏健化したキリスト教諸国においても散発的に迫害が起きており、宗教的迫害の解決策は見えていない。
 厳密性の高い学術誌「政治に対する観点」に掲載された2020年の研究によると、宗教的マイノリティに対する認識が宗教的差別の引き金になるという。

 世界宗教に対する迫害

 キリスト教

 イエス・キリストは、伝道中に様々な迫害にあい、罪ある人間を救済するために自ら十字架にかけられ、復活する。このような超自然的であるイエスの奇跡は、キリスト教の根幹的な教義をなしている。また、キリスト教には複数の教派が存在し、一方の宗派が他方の宗派を異端と認定し迫害するという現象も起こっている。
 325年のキリスト教会公会議ニカイア公会議で三位一体説が正統と決定されたため、キリストに人格を認めるネストリウス派は431年のエフェソス公会議において異端認定された。
 そのため、ネストリウス派は海外への布教をすすめ、教えを継承したアッシリア東方教会とカルデアカトリック教会が、現在は中東・アフリカで活動をしている。
 キリスト教の盛んな布教は土着宗教との摩擦を産み、激しい迫害が起こった。ローマ帝国による弾圧、ベトナム王朝における弾圧、中国による弾圧、朝鮮半島における弾圧(丙寅教獄)、日本における隠れキリシタンへの弾圧などがあげられる。

 仏教

 開祖の釈迦は、弟子の提婆達多や瞿伽利尊者、善星比丘らから憎まれ、様々な迫害を受けた。とくに、提婆達多からは、毒殺される寸前となったこともあるとされる。
 仏教では、釈迦は、これらの迫害を乗り越えることによって悟りを確立することが出来たと説かれている。
 仏教は、インドから中国に伝来したが、中国では、度重なる大規模な弾圧(三武一宗の法難)が行われ、とくに、唐代の会昌の廃仏は大規模であった。
 中国ではほとんどの経典が失われたが、本格的な弾圧の前に、空海が阿闍梨から胎蔵界と金剛界の灌頂を受け、日本に帰国した際に多くの経典を持ち帰った。

 儒教

 秦の時代のB.C.213年、焚書坑儒により、中国三大宗教の一つである儒教への弾圧が行われた。国中から儒教の経典である『六経』(『詩経』、『書経』、『易経』、『春秋』、『礼記』、『楽経』)が集められて燃やされた。
 楽経は、このときに完全に消失し後世に内容が伝わっていない。
 これは、中国史における最初の儒教大弾圧である。

     〔ウィキペディアより引用〕


 

教会の鐘&お寺の鐘 プロローグ

2023-06-17 21:00:00 | 編集後記/追記

 宗教の考えは、日常、稀に触れる事があります。普段、考えてもない宗教でも、例えば縁起あるいは、慣用句だったり。
 私達は何かしらに問い質したり、願ったりしているんじゃないかと思われます。
 じゃ、宗教は、どうあるべきなのか?どう関与すべきなのか?
 それは、人それぞれ考えるべき事だと思います。
 オウム真理教一連の事件が発生して以来、宗教は否定的になった人もいるだろうし、宗教に対して警戒感を強くする人も少なくないと思います。
 全うに宗教に向き合っている人達には、否定的な言葉は出来ないかと思います。
 さて、そこで千分の一でも、この文章を読んで心の片隅に置いてやって頂ければと。

  _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

 宗教は歴史、社会、文化、現代を理解するために必要な教養・・・。
 宗教の世界は、歴史の蓄積によるたくさんの言葉、概念、人名などの固有名、特殊な用語にあふれています。
 しかし、本質的にはかならずしも必要とはいえない情報も多いものです。
 さまざまな宗教を比較して考え、本質に切り込んだ宗教論を解説した『教養として学んでおきたい5大宗教』から一部を抜粋して勉強し、生活の向上・糧に役立てて欲しいと思います。

  宗教は矛盾に満ちたもの「宗教がわかってない人はこの4原則を知らない」
 宗教とは霊や神などをめぐる想像世界です。
 霊や神や理法のようなものが宇宙に潜在している。
 人間はその力を頼り、その意志に従い、その教えを守り、その極意を悟ろうとする。
 それらは歴史的に構築されてきた共同主観的な観念世界ですから、地域の差、文化の差、系譜の差によって、多種多様な内容になっています。
 大宗教ともなれば、いずれもおおむね愛や慈悲を説き、平和を勧めるものになっていますが、ディテールはすべて異なっており、世界観も忠誠の対象も違うので、宗教間の軋轢も生まれます。
 愛や平和を説く宗教が戦いを正当化することもあります。 宗教は矛盾に満ちたものです。
 人間の論理はしばしば矛盾に突き当たります。それが天界に投影されたものである神の論理が矛盾だらけであるのはある意味仕方がないのかもしれません。
 宗教は多様とはいえ、皆似たような役割を果たしています。
 主な機能は次の3つです。

 ① 奇跡を起こす

 世界中の宗教が、病気治しをうたい、招福除災をうたっております。イエスは病人を癒やし、死者まで復活させたと伝えられています。
 密教の行者は加持祈祷を行い、護摩(浄化の火)をたいて悪霊を退散させます。 これらはもちろん非科学的な話です。非科学的な信念に基づく実践を呪術(マジック、魔術、魔法)と言います。
 宗教の機能の大部分は呪術です。死者にお供物を捧げるのも呪術であり、天に向かって祈るのも、しばしば呪術的な意識で行われるものです(祈りによって福を天から呼び寄せるという呪術)。

 こうした呪術には心理的な働きがあり、病気などの場合、それが絶大な効果を上げる場合があります(心理状態がある程度身体状態にフィードバックされる)。
 それにそもそも、ビジネスの企画から政府の政策まで、事がつねに未来の予測(占い?)に関わる以上、完全には科学的といえない希望的な要素はつねに存在します。それと同様のことを宗教が象徴的に行っているとも言えます。
 あらゆる個人が「希望」を原理として生きている以上、どんなに絶望的な状況の者にも「希望」を抱く権利があるでしょう。それが奇跡待望という形をとることがあるのです。

 ② 秩序をもたらす

 人々が同じ神話を共有することで、仲間意識を高め、スムーズな協力関係に入り、相互に善行を施しあうユートピアを部分的に現出することができます。これは人々に人生の目的と誇りを与え、アイデンティティーーの感覚を与えます。
 互助のシステムの創出は、奇跡と並ぶ宗教の重要な機能です。

 人間は神話を共有して「仲間」をつくる

 人間は神話を共有して「仲間」をつくる 人間が動物と異なる最大のポイントは、何であれ神話を共有することで「仲間」をつくることができる点であるとも言われます。
 歴史的には大宗教の神話が何千万、何億という人々に同一のアイデンティティーを与え、社会の秩序と潜在的な協力体制を維持してきました。
 そうした秩序を与えるために、宗教はしばしば戒律あるいは神の法で人々を拘束します。戒律は古代に生まれたものなので、必ずしも合理的ではありません(意味不明のタブー、階級差別、性差別、性指向差別などが残存している)。
 しかし神の権威で守られていますから変更はままなりません。
 ここに多大な問題があります。 また、同じ宗教の仲間だという意識は、外部に対しては排他的な意識を高めます。
 これはナショナリストの国民意識が外国人排斥を呼び起こすのと似ています。

 ③ 説明を与える

 宗教は「人間とは何か?」「世界はどのように始まったのか?」「なぜ善と悪があるか?」「死んだらどうなるのか?」といった、高度に哲学的な問いに答えようともします。
 いわゆる神学です。

 これは哲学や科学の原型のようなものですが、あくまで民衆を感覚的に納得させるものですから、発達した哲学や科学から見たらツッコミどころ満載の不確かな説明が多いことも否定できません。
 しかし、芸術的には印象深い説明になっています。
 例えば創世記にある6日間の天地創造の物語は、ビッグバン宇宙論から見ればナンセンスですが、1つの心理的ドラマとして堂々たる印象を与えます。
 神学の究極的説明は、あくまで個人個人の気持ちを納得させるためのものです。ですから究極的と言いつつ、状況に応じて論点をズラしていく。
 言い訳を重ねる、のが常です。
 例えば神に祈れば病気が治ると言います。
 しかし治らない。
 そこで「病気は神の試練です」とロジックを変えます。
 また、悟れば人生の問題は解決すると言います。しかしいくら坐禅しても人生の問題は晴れない。
 そこで「真の悟りはブッダのみにある」とロジックを変えます。
 言い訳というと聞こえが悪いのですが、こうした知的操作を重ねることで、信者は人生の奥深さに目覚めていくことができます。
 人生には裏があり、裏にはまた裏がある……この経験的事実を、神学もまた教えてくれるのです。
 しかしまた、こうしたロジックになじむことによって、信者はどんどん思考の深みに引っ張り込まれ、人生の解決というよりも自問自答に一生を費やすことになります。
 このような探求に興味を抱くのは、一部の信者、リクツの好きな信者に限られるでしょうが、そうしたエリート信者が聖職者や神学者になることで、宗教は次世代に伝えられます。

 現代における宗教の可能性と限界

 宗教のこうした仕組みは、近代になって多大な挑戦を受けました。
 科学が発展することで、呪術や奇跡が幻想であることが明らかになり、近代的法制度や種々の機関をもつ国家が発展することで、宗教的戒律や教団的アイデンティティーは社会全体の運営原理ではなくなりました。
 神学の説明もまた説得力をどんどん失っています。

 今日、先進国においては、宗教は社会の主流を動かす力にはなっていません。 それでもそれはおおむね次のような形で、今日でも機能を果たし続けています。

 (1)文化の基礎として

  社会が科学の成果を大々的に取り入れるようになってまだ数世紀もたっていません。宗教は思想、語彙、習慣の形で文化の基層を成しています。

 日本人は仏教の教理を復古的な宗教はもはや絵に描いたモチ

(2)かっての宗教的機能の部分的供給
として

 かつての宗教的機能の部分的供給として 重病や絶対の貧困など苦境にあえぐ人々は、精神的な最後の砦として奇跡に頼る権利があるでしょう。
 また国家や企業経済がまともに機能していないところでは宗教の互助的な働きは今日でもありがたいと言えます。死んだらどうなるのか、人生の究極的意味は何かなど、合理的には答えを出すことのできない問いに関して、宗教の説明を受け入れる人がつねに存在し続けるでしょう。
 伝統的宗教は、人間の生産性の低かった古代・中世に生まれ、その社会に適応したものですから、基本的に自制や犠牲の徳を説き、物質的な追求よりも心の平安を目指すことを提唱しています。そうした教えそのものは、今後も有効だと思われます。
 とくに、地球の大改造を続けてきた近代社会が地球温暖化という大変な難題を抱え込む結果になった21世紀の今日、「欲望が本質的な解決をもたらさない」という宗教の本質的洞察は意味をもってくるはずです。
 また、東洋宗教の瞑想技術などは、厳しい現実の冷静な観察には有効でしょう。

 もちろん、宗教が今後とも有効であろうというのは、あくまでも部分的な話です。古代・中世の人々のような、宗教こそが―病気治しや雨乞いから日々の生活指針、社会秩序や王権などの正当化、自然や社会に関する学問的説明までの全体に及ぶ―包括的な真理であるという思考法は、この数百年の間に実質的にほとんど力を失いました。
 過去の幻想にとらわれている過激な復古主義者(イスラム教やキリスト教などの宗教原理主義者)といえども、その幻想を復興するために、近代兵器を用い、ネットなど現代的情報テクノロジーで無知な若者の勧誘に狂奔しています。それによってさらに伝統宗教の供給してきた分別、知恵、精神的鍛練は損なわれつつあります。
 復古的な宗教はもはや絵に描いたモチでしかありえないでしょう。

   _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

 上記の文章は、ある“本の広告プレゼン”です。

 

 

ACジャパン

2023-04-05 21:00:00 | 編集後記/追記

 “『みの』の死”を少し編集させて貰いましたけれども大変な作業でした。
 原文のままだと読みづらく、意味もままならないくらいでしたから。
 校正員の仕事がわかったようなわからないような・・・。そんな感じです。

 ところで、この小説は、バスに轢かれた犬の安否を気遣う主人公。主人公その思いや心情を語る物語です。
 色々と考えてゆくうちに動物も同居すれば、家族。そんな事を思ったりもしましたし、ACジャパンのコマーシャルのワンシーンを思い出されてもくれました。
 “いきもの命”編。では、動物の命の大切さを考えましょうというところでしょうか。
 今、放送で流れているのは“寛容ラップ”編で『たたくより たたえ合おう』ですよね。
 ACジャパンの記憶は震災直後その頃、世の中が自粛、自粛ムードでTVのコマーシャルも自粛でした。企業さん達の意向でしょうかね。
 震災直後、やたらACジャパンのコマーシャルが多かった記憶があります。
 あの頃のACジャパンのコマーシャルは、“こだまでしょうか”編で『こだまでしょうか? いいえ誰でも』という
フレーズでした。インパクト強かったです。あと、“あいさつの魔法”編とか色々ありました。
 
  _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
  そもそも、ACジャパンって何?
  _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

   公共広告を発信する民間団体。
英語名称Advertising Council Japan。
 ACジャパンは、広告の仕組みやその影響力を社会貢献に生かしていこうという考え方に対して、一般企業、メディア、広告会社など114社が賛同し、1971年(昭和46)に関西公共広告機構として設立された。
    〔ウィキペディアより引用〕

 人間と動物との共生は、永遠のテーマです。人間同士でも難しいと言われてます。
 “異文化共生”というんでしょうか。
 
 『仕方がない』という言葉は好きになれませんが、そうなる様、努力は必要です。理想論ですが・・・。
 今は、静観?

 
 

VOICE

2023-03-16 23:45:00 | 編集後記/追記
 女性の魅力のひとつに『声色』があります。
 声優、ラジオのDJ等など沢山いますよね。
 その中でも私が好きな声の持ち主がいます。
 そう、“池田昌子”さんです。
有名なので、どういう方なのかは説明は要らないでしょう。
 代表的に言えば、銀河鉄道999のメーテルの声の人。あとオードリー・ヘップバーンの吹き替えの人かな。
 理由?理由なんてありませんが、何となくでしょうかね。
 あと好きな声の人は、歌姫でもある大貫妙子さん。
 どことなく、頼りげない優しさがあって(イメージ的に)好きなんですよ。

 でもあの独特な女性の声色は、先天的でしょうか、後天的なものでしょうか?