cotolife*

2020/10/8を持ちまして容量制限にて終了でございます。
よろしかったらⅡへおこしください。

ジャンクガーデン

2012-07-05 21:56:41 | けものみち




家を建てたとき外構は手付かずだった。
が、それでいいと思った。
若さみなぎっていたゆえ手を加えて自分の好きなようにしていけばいいと思っていた。
家計をやりくりしてはブロックやヒバなどの苗木をすこしずつ購入し、
休日はガーデニング?土方?に勤しんでいた。
家の高さを1mほど土を盛って上げてほしいと希望したことから大規模な土地上げは経費削減の為、
工事の残土を入れて盛土した。
(道路から家の方が下がっているのがイヤだったし、雪国特有の高床の家もいやだったのだ)
そのため土ではなく砂利やコンクリが土台となっていて地盤はいいがガーデニングには全く不向きの土地となってしまった。
大おばぁちゃんの畑の土(黒土)も一部残してもらったが、土をくれるという人あれば貰いに行き(赤土)ブロックを積んでは花壇を増やしていった。
地盤がカッチコチなので30cm掘るのもとても大変だった。
しかし若さみなぎっていたゆえ(笑)できたと思う。
雪国の宿命であるが、冬前には雪囲いをしなくてはならない。
雪囲いの材木も準備しなくてはいけないので、この時ほど雪の降らない地方を羨ましく思ったりもした。
せっかく植えた木々も雪の重みで折れたり腐ったり、、、。
毎年そんなことの繰り返しだったが、やはり若さゆえ(笑)乗り越えられた。
月日は流れ子供らがサッカーを始めた。
クラブチームと選抜チーム、トレセンに大会。
週末は遠征に試合と家族中でサッカー漬けの日々を送った。
あっという間に庭は荒れ放題。
しかし春になればムスカリやチューリップ水仙は裏切らずちゃんと咲いてくれた。
ただなんとなく少なく薄れていく花達に危機感も感じていた。

心の中で「すぐじゃないかもしれないけどいずれちゃんと戻ってくるからね」と誓った(ような気がする








そして2012年春子供ら二人とも高校生となり、親がサポートするのは弁当とお金ぐらいになった(ホント
やっと庭に母が戻ってきたのである。
ズドンドドドドン♪(ターミネーターの曲で
目横のシワは深く刻まれ、こころなしか体は重厚感を増している。
表情は渋く庭を見つめている。












「こりゃ大変だ、無理無理無理。見なかったことにしとこ」
「んだども、ちっとずつやるかショッタレげに見えるしな~」

注)ショッタレ=魚沼弁でだらしないの意味。





ということで今年はボチボチやってみましょうか(笑
とはいっても体は正直、仕事一番で支障のでるようなことはいたしません。
廃材を使ったジャンクガーデンの始まり始まり♪
まずこの本読んでっからだな。

シュワちゃんは年月を重ねいい訳が上手になったのだった。