この年末、生家を解体することにした。築400年を経た古民家である。この家から現在の住まいに引っ越して早32年。10年ほど前から雨漏りが激しくなり、寿命が一挙に短くなった。写真は5年前の今頃、廃村の現実をご覧いただこうと、当時掛川市助役だった小松正明さんを案内してきたときのものである。
ここは標高が500mある森町の山間部、掛川市との境にほど近い。この家に生まれ、小学校に通い始めたとき、山の斜面に広がる茶畑と古民家の点在する集落は6軒の農家で成り立っていた。折しも向都離村の価値観のまっただ中、6年生になると、夜には5軒の家から明かりが灯らなくなった。集落を出て行くひとびとは、こぞって茶畑にスギの木を植えていく。結果的に、我が家もその3年後には茶畑にスギを植え、山を降りることになるのだが、茶畑に植えたスギの成長は目覚しく、明るかった集落は、みるみるうちに暗いスギのボサ林に変わっていった。これは強烈な体験だった。美しい山里は、本来ひとびとの農の営みとともにあり、その手が入らなくなると、たちまち荒廃してしまうことを、小学生時代に身をもって実感した。
「セカンドハウスがあっていいね」などとよく言われたものだが、人がそこに住まずに手入れすることの難易度は非常に高い。「そのうちに」といった希望的観測も通用せず、手入れしない民家はみるみる朽ちていく。
昨年、痛みが激しかった隣家も解体した。しかし、なんとこのタイミングで新たな基地をつくろうと、基礎工事がはじまった。解体と再生。30有余年の時を経て、いま集落を離れたひとびとが、もう一度集まりはじめている。本格的な暮らしを再開するわけではないが、オルタナティブライフあるいはセカンドライフを、生まれ育ったこの地で、と回帰しはじめたのだ。昔、一緒に遊んでもらったニイちゃんたちが、もう一度遊びの場を創造しようとしている。
果たして自分は、先祖と自然への畏敬を心に、この地でオルタナティブライフを実践し、提案することが出来るだろうか。今年、建築家で東京学芸大学准教授の鉄矢悦朗さんをこの地へ案内した経緯があり、鉄矢先生にこの解体の様子を画像でお知らせしたところ、次のような返事をいただいた。
生まれ育った家の解体に立ち会いながら、様々な想いがめぐっていらっしゃるのだろうと拝察します。 いただいた画像と、ご案内いただいたたった一回の経験だけでも、いろいろ考えてしまうのですから・・・建築やデザインの品を擬人化して考えると、その魅力は ルックスや、性格、背景(育ち)などありますが、やっぱりその人の「志」であり、どんなに美人やイケメンでも未来に向かう考え(志)が貧弱だと魅力はないだろうと。 建築やデザインを作ることは、そのものに志を打ち込んでいくような気がしています。400年も使われた家の志は、しっかりとそこで育った人々に伝わっているのでしょうか。