ACT1 桑原邸
にやにやと笑いかけては、緩んだ頬を引き締める弟を見て、桑原静流は煙草の煙を吐き出した。
「カズ」
「んー?」
適当に淹れたコーヒーを口に運び桑原は生返事だ。
気持ちはわからないでもない。
好意を伝えても、頓珍漢な答えばかり返して来ていた思い人が振り向いてくれた。
それはかなり嬉しい事だろう。
浮かれるのも無理は無いと微笑ましく眺めてもいたが。
「あんた何年目?」
「へ?」
「あんたと雪菜ちゃんが付き合い始めてから何年経ってんのか聞いてんの」
頬を赤らめ指を折る二十歳超えのガタイの良い男は客観的見なくてもキモい。
「し、四、五年?」
でへへと目尻が下がる。
「それだけ経ってんのになんで慣れないんだよ」
「へ?」
『へ?』じゃねえ。
同じ家にラブラブカップルがいるこちらの身にもなってみろと言いたい。
しかも弟も雪菜もお互いへの好意を周囲に隠す努力をしない。
蔵馬くんとそのお相手を僅かでいいから見習って欲しいモノだ。
「いや、でもねーちゃん」
「何」
「雪菜さんがよ、このオレにチョコ作ってくれたんだぜ?これを喜ばなくて何を喜べってんだよ」
「さあね」
もう一本煙草を咥える。
ジッポの火をつけて弟にむかって吸い込んだ煙を吐き出した。
「けむいっての」
「そりゃ良かった」
立ち上がりポケットから取り出したチョコを放り投げると、慌てながらも弟は見事キャッチした。
「なんだよ、あぶねーな」
「それあたしから、感謝しな」
「お、おう……」
姉からのチョコを喜んでいた弟はもう居ないのだと静流は少しだけ寂しく思う。
近く将来コイツとあの子は共に二人だけで暮らすのだろう。
四人暮らしの賑やかな家もいつか父と自分だけになる。
「ねーちゃん」
「ん?」
「サンキューな、これ」
「ああ、有り難さを噛み締めて食いな」
居間の扉を開け自室に戻ろうとする静流に再び桑原が声をかけた。
「ねーちゃん」
「なによ」
「来月花見行こうぜ、親父と雪菜さんと四人で」
「ばーか、二人で行ってきな」
「ちげーよ」
椅子から立ち上がって桑原は静流の手首を掴む。
「家族で行こうって昨日雪菜さんと話したんだよ」
「……」
こいつはなんてばかで優しい奴なんだろうと静流は笑った。
ACT2 皿屋敷西口デンタルクリニック
「あーこれ虫歯だよ幽ちゃん」
口腔内を覗き込んだ歯医者は残念そうに言った。
「やっぱりか〜」
「こりゃ結構酷いねえ、半年は通って貰わないと。歯磨きしてた?陣くん?」
大口を開けて診察台に座る陣は涙目で首を上下に振る。
「昨日こいつバレンタインで貰ったチョコ全部食ったんだよ」
「まあそれが原因って訳じゃないと思うけどね。あーらら、これは根が深い」
「ゆーふへえ……」
不明瞭な発音で助けてを求められても幽助にはどうしてやる事も出来ない。
あれ程甘いモノをたべたらしっかり歯を磨けと凍矢に注意されていたのに、
おざなりに歯を磨いていたのは陣である。
人間界の甘味は魔界の物より刺激が強いと知りながら。
「神経抜かなきゃダメかな」
「ひんふぇえ!?」
怯え陣は幽助に視線を送るが幽助は妙に優しい顔で陣を見ているだけ。
「陣くん」
こくこくと陣は歯医者の言葉に頷く。
「今日はちょっと削って詰め物するけど保険証持って来てる?」
陣は首を横に振る。
癌陀羅で使える保険証は所持しているが人間界の物は持ってない。
「じゃ、次来た時に返金するから今日は十割負担で」
「!!!??」
狼狽え陣は幽助に視線を送るが幽助はいつの間にか窓の外を眺めている。
ーオレは別に怒ってない。
客の姉ちゃん達が置いて行ったチョコに紛れていた蔵馬からの友チョコを
陣がペロリと平らげ軽〜い謝罪で済ました事なんて別に怒ってない。
声にならない悲鳴をBGMに幽助は霧雨にけぶる皿屋敷の街を見下ろした。
ACT3 癌陀羅総長官邸
ソファに足を投げ出し気に入りの映像媒体をぼんやりと眺めて修羅は乳母から貰った
チョコクッキーを齧る。
人気店の品だと言っていたが、あまり美味くない。
「ん」
差し出したクッキーを心ここにあらずと言った調子で受けとったのは修羅のある意味
ライバルである飛影。
蔵馬を訪ねて来たが当の蔵馬が不在のせいで、何故かこうして黄泉邸のリビングで
修羅と隣合い彼の帰りを待っている。
(なんでパパもいないんだろ)
昨日の夜寝る前には家に居た筈の父が今日の朝には居なかった。
朝、食卓に居たのは妖駄で火急の用件で出かけたと報告して来た。
ー絶対怪しい。
何が怪しいって今週は蔵馬が仕事の都合でうちに帰って来て居ないのだ。
蔵馬がいない、そんでパパも魔界に居ない。
なんかあると修羅は考える。
パパと蔵馬は仲良しだが普通の仲良しとはちょっと違う。
二人で一緒に歩いたりお風呂入ったりベッドで寝たりするがなんだかちょっと違うのだ。
その『ちょっと』は蔵馬のせいだと言う事も修羅は気付いてる。
ボクや飛影や浦飯にするみたいにパパにも優しくしてあげれば良いのにとも思う。
(優しくするためなら、なかまはずれでもいいかな)
そんな風に修羅は考え、手元のコップにジュースを注ぐと飛影に渡す。
「ん」
左手にクッキーを持ったまま右手でコップを受け取る。
(こいつどーしたんだろ?)
首を傾げ自分を覗き込む修羅を視界に映さないまま飛影は無言を貫く。
(変なの)
リモコンを操作し朝録画したスーパーヒーロータイムを再生する。
『バレンタインの悲劇!』
タイトルコールにびくりと肩を振るわせた飛影を見て修羅はますます首を傾げた。
番外編 百足
貰ったのか聞くのもアレだが、あげたのか聞くのもアレだと
深く重いためいきを吐いて時雨は主人の部屋の扉をノックした。
「入って良いぞ」
声は上機嫌だ。
「失礼します」
「なんだ?」
ワイン片手に(ラッパ飲みはやめた方が良いと思う)何やら菓子を摘む軀を見て
意を決して時雨は口を開いた。
「ちょこ、でござるな」
「ああ有名パティシエ作だ美味い」
「それは飛影にも渡」
「いや?これは自分チョコだ」
「では別のちょこを飛影に?」
「いや?アイツからお返しされた事ねえからな。今年から廃止した」
「………左様でござるか」
「ござるぜ」
肩を落とし時雨は軀の部屋から下がると猛然と携帯端末に文字を打ち込んだ。
貴殿は飛影の育て方を間違った。
もう少し乙女の心の機微を感じ取れるように何故育ててくれなんだ。
貴殿の甘やかしのせいで飛影の情緒がまとも機能しなかったらどうしてくれるとの
恨み言をつらつらとしたためる。
蔵馬は飛影を育ててなどいないので完全なる自分の八つ当たりであると
時雨もわかっている。
それでも、黄泉と順調に段階を踏んで行く蔵馬を見ていると
不器用過ぎる己の弟子(のような存在)と主人の足踏み状態が些か
納得いかない自分のやるせ無い気持ちのぶつけ所はここしかないのでござると
数度頷き、長文の愚痴を蔵馬の携帯端末に送信した。
〜二日遅れですが今年もバレンタイン連作。
黄泉蔵さんのはpixivに投稿してあります。
陣可哀想www
にやにやと笑いかけては、緩んだ頬を引き締める弟を見て、桑原静流は煙草の煙を吐き出した。
「カズ」
「んー?」
適当に淹れたコーヒーを口に運び桑原は生返事だ。
気持ちはわからないでもない。
好意を伝えても、頓珍漢な答えばかり返して来ていた思い人が振り向いてくれた。
それはかなり嬉しい事だろう。
浮かれるのも無理は無いと微笑ましく眺めてもいたが。
「あんた何年目?」
「へ?」
「あんたと雪菜ちゃんが付き合い始めてから何年経ってんのか聞いてんの」
頬を赤らめ指を折る二十歳超えのガタイの良い男は客観的見なくてもキモい。
「し、四、五年?」
でへへと目尻が下がる。
「それだけ経ってんのになんで慣れないんだよ」
「へ?」
『へ?』じゃねえ。
同じ家にラブラブカップルがいるこちらの身にもなってみろと言いたい。
しかも弟も雪菜もお互いへの好意を周囲に隠す努力をしない。
蔵馬くんとそのお相手を僅かでいいから見習って欲しいモノだ。
「いや、でもねーちゃん」
「何」
「雪菜さんがよ、このオレにチョコ作ってくれたんだぜ?これを喜ばなくて何を喜べってんだよ」
「さあね」
もう一本煙草を咥える。
ジッポの火をつけて弟にむかって吸い込んだ煙を吐き出した。
「けむいっての」
「そりゃ良かった」
立ち上がりポケットから取り出したチョコを放り投げると、慌てながらも弟は見事キャッチした。
「なんだよ、あぶねーな」
「それあたしから、感謝しな」
「お、おう……」
姉からのチョコを喜んでいた弟はもう居ないのだと静流は少しだけ寂しく思う。
近く将来コイツとあの子は共に二人だけで暮らすのだろう。
四人暮らしの賑やかな家もいつか父と自分だけになる。
「ねーちゃん」
「ん?」
「サンキューな、これ」
「ああ、有り難さを噛み締めて食いな」
居間の扉を開け自室に戻ろうとする静流に再び桑原が声をかけた。
「ねーちゃん」
「なによ」
「来月花見行こうぜ、親父と雪菜さんと四人で」
「ばーか、二人で行ってきな」
「ちげーよ」
椅子から立ち上がって桑原は静流の手首を掴む。
「家族で行こうって昨日雪菜さんと話したんだよ」
「……」
こいつはなんてばかで優しい奴なんだろうと静流は笑った。
ACT2 皿屋敷西口デンタルクリニック
「あーこれ虫歯だよ幽ちゃん」
口腔内を覗き込んだ歯医者は残念そうに言った。
「やっぱりか〜」
「こりゃ結構酷いねえ、半年は通って貰わないと。歯磨きしてた?陣くん?」
大口を開けて診察台に座る陣は涙目で首を上下に振る。
「昨日こいつバレンタインで貰ったチョコ全部食ったんだよ」
「まあそれが原因って訳じゃないと思うけどね。あーらら、これは根が深い」
「ゆーふへえ……」
不明瞭な発音で助けてを求められても幽助にはどうしてやる事も出来ない。
あれ程甘いモノをたべたらしっかり歯を磨けと凍矢に注意されていたのに、
おざなりに歯を磨いていたのは陣である。
人間界の甘味は魔界の物より刺激が強いと知りながら。
「神経抜かなきゃダメかな」
「ひんふぇえ!?」
怯え陣は幽助に視線を送るが幽助は妙に優しい顔で陣を見ているだけ。
「陣くん」
こくこくと陣は歯医者の言葉に頷く。
「今日はちょっと削って詰め物するけど保険証持って来てる?」
陣は首を横に振る。
癌陀羅で使える保険証は所持しているが人間界の物は持ってない。
「じゃ、次来た時に返金するから今日は十割負担で」
「!!!??」
狼狽え陣は幽助に視線を送るが幽助はいつの間にか窓の外を眺めている。
ーオレは別に怒ってない。
客の姉ちゃん達が置いて行ったチョコに紛れていた蔵馬からの友チョコを
陣がペロリと平らげ軽〜い謝罪で済ました事なんて別に怒ってない。
声にならない悲鳴をBGMに幽助は霧雨にけぶる皿屋敷の街を見下ろした。
ACT3 癌陀羅総長官邸
ソファに足を投げ出し気に入りの映像媒体をぼんやりと眺めて修羅は乳母から貰った
チョコクッキーを齧る。
人気店の品だと言っていたが、あまり美味くない。
「ん」
差し出したクッキーを心ここにあらずと言った調子で受けとったのは修羅のある意味
ライバルである飛影。
蔵馬を訪ねて来たが当の蔵馬が不在のせいで、何故かこうして黄泉邸のリビングで
修羅と隣合い彼の帰りを待っている。
(なんでパパもいないんだろ)
昨日の夜寝る前には家に居た筈の父が今日の朝には居なかった。
朝、食卓に居たのは妖駄で火急の用件で出かけたと報告して来た。
ー絶対怪しい。
何が怪しいって今週は蔵馬が仕事の都合でうちに帰って来て居ないのだ。
蔵馬がいない、そんでパパも魔界に居ない。
なんかあると修羅は考える。
パパと蔵馬は仲良しだが普通の仲良しとはちょっと違う。
二人で一緒に歩いたりお風呂入ったりベッドで寝たりするがなんだかちょっと違うのだ。
その『ちょっと』は蔵馬のせいだと言う事も修羅は気付いてる。
ボクや飛影や浦飯にするみたいにパパにも優しくしてあげれば良いのにとも思う。
(優しくするためなら、なかまはずれでもいいかな)
そんな風に修羅は考え、手元のコップにジュースを注ぐと飛影に渡す。
「ん」
左手にクッキーを持ったまま右手でコップを受け取る。
(こいつどーしたんだろ?)
首を傾げ自分を覗き込む修羅を視界に映さないまま飛影は無言を貫く。
(変なの)
リモコンを操作し朝録画したスーパーヒーロータイムを再生する。
『バレンタインの悲劇!』
タイトルコールにびくりと肩を振るわせた飛影を見て修羅はますます首を傾げた。
番外編 百足
貰ったのか聞くのもアレだが、あげたのか聞くのもアレだと
深く重いためいきを吐いて時雨は主人の部屋の扉をノックした。
「入って良いぞ」
声は上機嫌だ。
「失礼します」
「なんだ?」
ワイン片手に(ラッパ飲みはやめた方が良いと思う)何やら菓子を摘む軀を見て
意を決して時雨は口を開いた。
「ちょこ、でござるな」
「ああ有名パティシエ作だ美味い」
「それは飛影にも渡」
「いや?これは自分チョコだ」
「では別のちょこを飛影に?」
「いや?アイツからお返しされた事ねえからな。今年から廃止した」
「………左様でござるか」
「ござるぜ」
肩を落とし時雨は軀の部屋から下がると猛然と携帯端末に文字を打ち込んだ。
貴殿は飛影の育て方を間違った。
もう少し乙女の心の機微を感じ取れるように何故育ててくれなんだ。
貴殿の甘やかしのせいで飛影の情緒がまとも機能しなかったらどうしてくれるとの
恨み言をつらつらとしたためる。
蔵馬は飛影を育ててなどいないので完全なる自分の八つ当たりであると
時雨もわかっている。
それでも、黄泉と順調に段階を踏んで行く蔵馬を見ていると
不器用過ぎる己の弟子(のような存在)と主人の足踏み状態が些か
納得いかない自分のやるせ無い気持ちのぶつけ所はここしかないのでござると
数度頷き、長文の愚痴を蔵馬の携帯端末に送信した。
〜二日遅れですが今年もバレンタイン連作。
黄泉蔵さんのはpixivに投稿してあります。
陣可哀想www