act1 幻海邸。
やられた・・・・。
鍋の蓋を左手に持ち右手に菜箸を持ったまま凍矢は
唸った。
昨日の夜仕込んで置いた鍋一杯あった煮物が、無い。
正月は物入りで只でさえ多所帯の六人衆の台所を預かる身
(不本意だが)の凍矢としてはここ二年ほどはお節料理は
贈ってくれる雇い主がいるので助かっているがそれ以外は
やはり自腹で賄わなければならない。
大酒飲みに大食いに偏食家に食べ盛りにアレンジャー。
全員の腹を満たすためには多大な努力が必要だ。
安い材料で腹持ちの良い物。片っ端から調べ蔵馬に教えを乞い
根菜たっぷり(野菜もお裾分けして貰った)肉は鶏肉。
味付けも二重丸。これだけあれば少なくとも2日は持つー
つまりは2日は料理をしなくて良い。
バン!と鍋の蓋をシンクに叩きつける。
ドスドスと態とらしく足音をたて凍矢は奴らが眠る
部屋に行き襖をズバン!と開け叫んだ。
「頭の黒いネズミは誰だ!!」
act2 畑中家
大晦日である。
最近はゴミの収集日も早いので大掃除はもう済ました。
早朝に車を出し市場へ買い出し、なんて事をする日だ。
しかし、ここ三年程。
具体的には義理の息子が一人暮らしを始めた次の年の
大晦日から正月の買い出しはしていない。
ドアチャイムと共にこちらは実の息子が三文判を持って
玄関に走る。朝からもう何回目だろうか。
キッチンでは妻が鼻歌まじりに重箱を棚から取り出す。
「おかーさん、蟹!あといくらの醤油漬け!」
「あらあらさっきはローストビーフと鎌倉ハムだったかしら?」
「あ、あと海鮮鍋セットと刺身の盛り合わせ来るって。」
「毎年毎年悪いわねえ。」
そう言いながらも顔は緩みっ放しだ。
「修羅にお年玉やんなきゃなー、いくら位がいい?」
正月の食材(それも全部高級品)を贈ってくる人の息子の名を
耳にし畑中の妻の志保利はにこりと笑った。
「小学校入る前の子は500円よ。」
act3 百足。
冗談じゃない。何でオレが。
飛影は青褪めた顔で周囲を見回した。
皆覚悟を決めろと言っている。が。
なんで『おせち料理』とやらをオレが作らなければならんのだ。
第一作った事がない。かまぼこ?と栗きんとん?とコブマキ?
ならば蔵馬が作るのを見た事があるがそれだけだ。
何故何時もの様にニホン各地からお取り寄せしない?
目があった時雨に訴えると小さく左手を動かした。
いる、あの諸悪の根源共が。
躯とつるみ碌な事をせん女達。
「はい、これあたしが煙鬼と作ったやつね」
布に包まれた箱を孤光が振る。
「私はこれ、鶏ハム。」
最近魔界でベストセラーになった
『キャサリンママのオトコを落とすあざとメシ♡』の
レシピで作製したハムを掲げながら棗も笑う。
ぐぎぎと歯軋りする躯を見て飛影は溜息をついた。
確か躯がクリスマスに取り寄せた肉がまだ残ってたはず。
蔵馬に言われた塩を擦り込んで冷蔵庫にいれて置いた。
「おい。」
「・・・なんだよ」
機嫌の悪い躯の耳元でこっそり言う。
「冷蔵庫の塩豚と野菜をスープにぶち込んで煮ろ。
味付けはお前の舌なら成功する。」
要はこの女達はだれが一番料理ができるか?競って
いるだけだ、多分飲んだ勢いで。
「・・・お前も手伝えよ。」
「は?何故オレが?」
「あたしら助手ついてるから。」
「私は九浄だけど。」
偉く面倒臭い事に巻き込まれたと飛影は天を仰いだ。
今頃ツキジとやらで海鮮を爆買いしてる奴等に着いていけば
良かったのか、と。
act4 浦飯宅
「あんた・・・いい加減にしなさいよ」
低い声で前恋人今友人の螢子が言った。
そりゃ悪いと思う。オレも。
「年末は飲食業は書き入れ時でしょ、うちもだけど。」
うん、知ってる。
3日程幽助の屋台は休業を続けている。
体調が悪い訳でも売り上げが悪い訳でもなく。
只、単に寒いからだ。
「アンタが手伝って欲しいって言うからカフェのバイト
シフトいれなかったのよ!折角時給100円アップだったのに!」
そりゃあすまない、と幽助はのそのそ布団から出た。
「けーこ。」
「なによ、うわっあんた酒臭いわね。」
「ラーメンってよ。
色々あるけど結局サッポ○一番が一番美味くね?」
あんた・・・と可哀想な物を見る目で螢子が幽助を見る。
気まずい沈黙を破って幽助のスマホが鳴った。
「はい?誰・・・黄泉?」
『マグロはいるか?』
「は?」
『纏めて買うと安いらしくてな、いるか?』
マグロ・・・刺身は勿論漬けにしても焼いて食ってもいい。
つか、欲しい。
「欲し」
ばこっ!と何かを殴る音がした。ついでスマホからの
声が変わる。
『ごめん、幽助。今の忘れて。
マグロ食べたいなら家に来て癌陀羅の方。」
「へ?」
駄目だよ旦那さん奥さんの言うことも聞かねーとと
笑う塩辛声のおっさん達。
3日過ぎなら落ち着くから、と言う蔵馬の声と
ねー疲れたーと我儘言う修羅の声も。
電話が切れ一瞬静寂。
「今の・・・」
「蔵馬達マグロいらねーかって」
螢子は眉を潜めて言う。
「欲しいって言ってないわよね?
黄泉さんのくれるマグロって半身とか一冊じゃなくて
丸々一本よ。」
「・・・・・・・・・」
無言で立ち上がり幽助は洗面所に向かう。
「で、どうするの?」
「屋台、あけるわ。」
act 5 桑原家
山だ。
雪に煌めく冬山。
温泉に入りながら眺めたらさぞや綺麗だろう。
桑原和真はそう思う。
横殴りの豆粒大の雪がバシバシと顔に当たる。
「和真さん、もう少しですよ。」
励ます雪菜は何時もの着物に草履。
吹雪の雪山で良くそんな格好で歩けるな、と思うが
そこはやはり雪の眷族だからだろう。
最新式の雪山装備の自分とは違う。
今年の初日の出は二人で見ませんか?と誘われ
喜んだオチが雪山登山だ。なぜだ。
とても綺麗で良いお湯の湧く温泉があると雪菜に
誘われるがまま来たがもう、寒い。
体中に貼ったカイロは役たたずだし、足先も冷たい。
ずび、と鼻を啜ると鼻先に紙コップを出された。
湯気が立ってる。
「暖かいですよ。」
にこりと笑うその笑顔に魅入られた桑原がその温泉に
着くのは夜半も過ぎた頃だと彼は知らない。
〜今年は大晦日で。
癌陀羅ーズは夜にでも。
『頭の黒いネズミ』解る人います?
では今から正月の買い出しです。いざ出陣!