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聖教新聞 (2018/ 5/26) 〈スタートライン〉 「G-SHOCK」の生みの親 カシオ計算機株式会社 伊部菊雄さん

2018年06月20日 20時42分04秒 | コラム・ルポ

〈スタートライン〉 「G-SHOCK」の生みの親 カシオ計算機株式会社 伊部菊雄さん

2018年5月26日 聖教新聞

期待通りではつまらない
期待をはるかに超える
“非常識”へ挑み続けたい
 
 

 2017年に出荷数が累計1億個を突破した、タフネス時計「G―SHOCK」。今回のスタートラインでは、生みの親であるカシオ計算機株式会社アドバイザリー・エンジニアの伊部菊雄さんに、開発秘話を通して、“不可能を可能にする”ヒントを伺った。

1行の企画書

 ――「G―SHOCK」の歴史は、たった1行の企画書から始まったという。

 それまで、腕時計は「壊れやすい」というのが常識でした。働き始めたある日、腕時計を床に落とし、壊してしまったんです。親に買ってもらった腕時計が壊れたショックよりも、「本当に壊れるんだ」と、なぜか感動したことが、ずっと頭にありました。
 当時、設計の部署にいた私は、毎月、企画書を出さなければならず、思いつきで「落としても壊れない丈夫な時計」とだけ書いて提出したら、通ってしまったんです(笑い)。
 ちょうどその頃、会社の目の前で道路工事が行われていて、作業員は誰も腕時計をしていませんでした。ハードな環境でも使える腕時計があれば、きっとあの人たちの役に立つ。できるかどうかよりも、そんな思いを優先していました。
  
 ――1981年5月、開発が始まった。
  
 当初は、「時計の周りに衝撃を吸収するゴムを付ければいいだろう」と気楽に考えていました。3階だった実験室の脇にトイレがあり、その窓からゴムを付けた時計を落として壊れるかどうか毎日試しました。しかし、4カ月ほどの実験で、保護材はどんどん厚くなり、ソフトボールぐらいまで大きくしないと壊れてしまうことが分かりました。
 これでは腕時計にならないと断念し、今度は時計の心臓部であるモジュールを5段階構造で守ることを思いつきました。しかし、落下の衝撃で部品が必ずどこか一つ壊れる、まるでモグラたたきのような事態が延々と続きました。開発開始からすでに1年が過ぎ、「これは90%無理かもしれない」と思いましたね。

劇的な解決策

 ――発売予定日は83年4月。すでに時計の名前も「G―SHOCK」と決定していた。

 発売日の半年前になっても、基本構造すらできていない状況でした。人間って、「もう無理だ」と思うと「諦め方」を考える。90%できないだろうと諦めかけていた私も、「どこまでやったら納得して諦められるか」を考え始めました。そして、「1週間、眠る時間以外全て使って考えて解決策が出てこなかったら諦めよう」と決めたんです。
 朝起きてから、食事中も、入浴中も、ずーっと時計のことだけを考えて。すると、寝ている時間も惜しくて、時計の夢が見られないかと枕元に試作品を置いたりもしました。月曜日から土曜日までひたすら考えても、結局アイデアは思い浮かびませんでした。
  
 ――月曜日に上司におわびを入れて、火曜日に辞表を出そうと決めた伊部さんだったが……。
  
 身辺整理のために、日曜日、職場に行きました。食堂がやっていなかったので外で昼食を済ませると、どうしても職場に戻る気になれず、近くの公園に寄ったんです。
 ベンチに座り、ぼーっとしていると、子どもがボールで遊んでいました。何げなく眺めていた時、ボールの中に時計のモジュールが浮いているように見えたんです。“もし、ゴムボールの中に浮かせられれば、どんな高さから落としても時計は壊れないのではないか”。この発想が劇的な解決策となり、これまでの5段階衝撃吸収構造に加えて、モジュールが浮いている状態に近づける構造を開発することができ、ついに「G―SHOCK」が誕生したんです。

原点を忘れず

 ――84年、アメリカで人気に火が付き、逆輸入される形で90年代、日本で一大ブームが巻き起こった。

 転機はアメリカで放映されたCMでした。アイスホッケーの選手が時計をパック(ボール)に見立てて、シュートを決めるというもの。誇大広告だと話題になり、人気テレビ番組で検証実験が行われたんです。スティックでたたいたり、大型トラックにひかせる実験もありました。そんな仕様にはしていなかったので、壊れたら今度こそ辞めないといけないと覚悟しましたが、壊れなかった。その強度には、私が一番驚きました(笑い)。
  
 ――今年で、誕生35周年。ラインアップは3000モデル以上あるが、その進化に終わりはない。
  
 「G―SHOCK」で、絶対に変えてはいけないのは「丈夫であること」。あとは、必ずその時代の最先端技術を取り入れることや、スタイルの充実にも挑戦しています。
 お客さまの声に耳を傾けることも大事ですが、期待通りではつまらないし、ファンの皆さんは満足してくれません。「これはできない」という、非常識に挑戦した原点は、これからも大切にしたい。非常識に挑戦するからこそ、期待をはるかに上回るものができると思います。夢は、宇宙空間でも使えるものを作ること。ぜひ宇宙人に着けてもらいたいですね(笑い)。
 どんなことでも、始めると壁や困難にぶつかるのは当たり前。でも、やってみたいと思うなら、チャレンジするべきだし、諦めるにしても納得するまでチャレンジして諦めた方が次につながっていく。私はいつも、そう自分に言い聞かせています。

 いべ・きくお 1976年カシオ計算機株式会社に入社、時計の設計部に配属される。自らの提案で「G―SHOCK」の耐衝撃構造を開発。その後、商品企画部では、話題性のある商品を数多く担当。2008年からは「G―SHOCK」を世界に広める目的の「ショック・ザ・ワールド・ツアー」に参加。「G―SHOCK」の魅力を伝えるため、これまで多くの国でプレゼンしてきたが、必ず現地の言葉で行うことを自分に課している。

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メール wakamono@seikyo-np.jp
ファクス 03-3353-5513

【編集】中村洋一郎 【写真】佐藤絢輝 【レイアウト】室積英雄


モチベーションを上げてくれる記事だねぇ 

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