環境色彩デザインを考える人へ

長年の経験と実践の中から、色彩デザインに役立つ情報やアイデアを紹介して行きます。

テーマの掘り下げ方

2011-06-13 19:51:17 | 日々のこと
今月より武蔵野美術大学、基礎デザイン学科一年生の色彩論の講義・演習指導を担当しています。70数名、今年も女子学生の割合がかなり高く、賑やかで華やかな雰囲気です。

前期半年の間に、色彩の現象性をテーマとしたいくつかの平面構成を仕上げて行きます。先週出された課題は『色彩の透明性の表現』。不透明な色材を用い、加法混色・減法混色による透明感のある様相を表現するという内容ですが、使用する色の選択に対し『風土色又は伝統色を用いる』という条件がついています。何かテーマがあった方が色や形態を想定し手を動かしやすいだろうという配慮と、自身の暮らしと身近なモノ・コトの色について、少し掘り下げて考えてみようという狙いがあるのだと思います(課題の具体的な内容は担当教授が設定したものなので)。

先週、作業に入る前にそれぞれが考える風土色・伝統色とその理由を発表してもらいました。実に様々な解釈が提示されました。各自にそれを選定した理由や何故その色に惹かれるのか等を話しながら、具体的な展開や構成についてイメージを膨らませて行きました。そうしてテーマを掘り下げることにより、思考は深まり拡がります。手を動かすためのアイデア出しは、一旦は風呂敷を大きく拡げた方が良いと考えています。そこからカタチになりそうなもの・出来そうなものを見つけ出す作業、というようなイメージです。他者の考えを聞くことも自身の視点を相対的に位置づけたり相反する視点から見直したりすることに役立ちます。

その中でとても興味ある発言(私にとって)をした学生がいました。彼女が風土色として挙げたのは森。『では、あなたにとって身近な森といえば?』 と尋ねたところ、

『このあたりにはあまり森はなくて、もっと都心に出ないと』 と言います。

大学のある小平市は都内23区に比べるとずっと自然が豊かで、例えば吉祥寺の井の頭公園や豊田駅近接の多摩平団地など、いわゆる武蔵野の森として親しまれてきた風景が多くあるように思っていましたので、都心の森とは例えばどこを指すのか、尋ねてみました。すると、彼女の答えは

『明治神宮です。』

…なるほど間違いない、と思いました。学生と話をしていて面白いなと思うのは、こういう部分です。語尾をストレートに捉えた際、『森は都心に行かないと無い』 という観点が興味深かったのですが、そもそも森の定義があいまいですから、私が森の概念を勝手に決め付けていたに過ぎないのだ、という発見があります。

授業後、他の学生から質問を受けました。先々週行った講義、場と色の関係性などについてです。その中の背景の色との関係性という話が印象的だったという学生が、『先週の講義を聞いて、例えば神社にポスターを貼るとき、背景の色によって見え方が違ったりするんだなあと思いました。ポスターをデザインする時、どんな場所に貼られるかって考える必要があるんですか?』と。
そのようにデザインの対象とその周辺、を考えるのはとても面白く、これから益々必要になる視点だと思っています。神社にポスター、に関しては例えば次のような検証方法があると思います。

・そもそも、神社にポスターを貼って良いものか?
・ポスターは一時的なものだから、どんなもの(デザイン・色)が出てきても良いのでは?
・でも神社の雰囲気に合うポスターデザイン、があるのでは?紙質や書体等。
・誰に、どのような情報を伝えるかを考えるとき、果たしてポスターという媒体が本当に適切なのか? 
 …等々。

従来、広告は商品や情報に対する固有のイメージを統一的なビジュアルイメージを用い様々な媒体に展開し、人の知覚に繰り返し訴えかけるという手法を取ってきました。ところがインターネットの普及等により情報量が増大した結果、告知の役割や方法は大きく変貌を遂げている、と感じます。

例えばつい先日、あるアーティストが作品の展示会を2日間だけ開催したのですが、それをツイッターとメールだけで告知したところ、2日間で500人を超える方が鑑賞に訪れたそうです。ツイッター・メールは通信費を除けば無料ですから、ポスターをデザインし色校正や出力更に人手を使って掲示し、掲出期間が過ぎたら回収する…というプロセスとそれにかかるコストを省くことが可能だと言えるでしょう(そのアーティストの場合、経費の問題からそうのような手法を取った訳ではないと思いますが)。

全ての広告がそのようなスタイルになるとは考えていませんが、スピード感を優先する場合やターゲットをある程度限定することができる、或いは逆に幅広い層に緩やかに浸透させることができるという点では、紙媒体に頼らない告知は大きな可能性を持っていると思います。

もしも課題としてのポスターのデザインを考える時、こうして広告というものを取り巻く環境からデザインを考える、という視点も必要なのではないかと思っています。美大に入ってデザインを学び始めたばかりの一年生が疑問に思うこと、これからデザインにどのように取り組めば良いか悩むこと。ストレートな感想や疑問は私にとってはとても新鮮です。問いへの答えは残念ながら一つではありませんし、私の方法論が正しいとも限りません。その部分も公正に提示することを心掛け、学生と共に各人にとっての最適解を探求して行きたいと思っています。