環境色彩デザインを考える人へ

長年の経験と実践の中から、色彩デザインに役立つ情報やアイデアを紹介して行きます。

低明度色を制限する理由

2010-06-30 19:42:03 | 色彩基準の意図するところ
今回は自治体の景観計画に定められている、色彩基準の考え方について、事例を交えて検証してみます。
専門用語続出で、やや難しい内容ですが…。

例えば都内のある区では、届出対象となる建築物の外壁各面の4/5(=基調色)に対し、
以下の範囲(一部抜粋)を使用可能範囲、としています。

●色相5.0YR~5.0Yの場合
●明度4以上8.5未満の場合 彩度6以下
●明度8.5以上の場合 彩度2以下

つまり、極端に暗い低明度色を大面積で展開しないよう、誘導を図っているのです。
実際に外装基調色の色彩調査を様々な都市で行っても、明度3以下の低明度色と言うのは
全体の1割あるかないか、という割合です。
自ずと、景観の中で『著しく目立ちやすい色彩』であることは想像がつくのではないでしょうか。

ちなみに、外壁各面の1/5(=2割程度)には制限はありませんから、
上記の範囲外の色彩は面積を限定して使用することが可能です。



基準は数値化しなければならないため、様々な規模や用途の対象物にきめ細かく
対応できるようなルールづくりは困難です。
ですから、自治体の基準はあくまでネガティブチェック(著しく景観を阻害する要因を避けるため)
であり、基準ギリギリの色彩や特異な形態・意匠を持つ者に対しては、
景観としての良し悪しを審議し検証する必要があると考えています。

ですが、それも一筋縄では行かないのが現状です。
例えば、この建物の外装色はN2.0。
このような建物の場合、開口部(ガラス面)は面積に含まれませんから、
基準範囲外の色彩、と判断されます。
(これも適用外の素材、など色々あってやや複雑です)

さて、ここで今一度考えたいのは。
『この建物の外観が景観を阻害する要因として問題視されるのであろうか?』
という点です。

少し引いて、街並みというレベルで見てみましょう。



この位置から見ると、建物高さ・壁面線が揃っているので、突出している、という感じはしません。
ところが、反対方向から見ると…。



隣にある飲食店が平屋であるため、妻面が大きく露出し、目立つ印象となっています。
低明度色はまた、背景となる明るい空の色と対比が強く、
歩行者にとっては圧迫感を与えやすい色彩でもあります。

これはあくまで事例ですので、この建物が景観の問題になっている、ということではありません。
念のため。
私自身も、『現行の基準に当てはめると確かに範囲外の色彩となるが、
景観の阻害要因とまでは言い切れない』と思っています。

これが、景観計画における色彩基準の運用の難しいところです。
基準内の色彩を使用していても、周辺から突出してしまっている例もあります。
その逆で、基準外の色彩だが、周辺との調和は(形態・意匠も含め)形成されている例も
もちろん存在します。

ルールがあるわけですから、まずはその基準に添っているか否か、は正しく判定しなくてはなりません。
ですが、景観は色彩だけで成り立っている訳ではなく、様々な要素を総合的に検証することが一番、
重要であると考えています。

届出を行う事業者・設計者に対し、指導を行う行政の担当者は、本当に大変な業務を担っています。
ですから、建築や都市計画・緑化、さらには色彩の専門家を召集し、
審議会やアドバイザー会議等の制度を活用することにより、そもそもの景観計画の意図や
まちの将来像等を読み解きながら、あるべき姿を模索し有効な策を提示する。

これが、様々な自治体で試みられている『景観計画の運用』の実情であると言えます。

この件はとてもひとつのコラムでは語りきれません…。
今後事例を交えながら、出来るだけ具体的な解決策や改善例、等を紹介していきたいと思います。

参考:東京都景観色彩ガイドライン

色の持つ意味

2010-06-21 13:46:48 | 用途や規模、場の特性を考える
東京ミッドタウン・デザインハブで開催されていた『世界を変えるデザイン展』を見てきました。

改めて、機能をデザインすること、表示の意味等を深く考えさせられる展示の数々。
私はやはりここでも、それぞれの色彩が気になり、色がどういう役割を担っているか、
という点に着目してそれぞれの作品(と呼ぶのがふさわしいかどうか、また悩ましいところではありますが)
を見てまわりました。

これは注射針を回収するためのプロダクト。
殆どの国で流通しているアルミ缶の口径に合うように設計されています。



解説に、『国際的に危険廃棄物を表す黄色』とありました。
色そのものが意味を持ち、このプロダクトに関しては他に選択の余地は無い、
と思わせる程、意味のある絶対的なカラーリングである、と思いました。

私達の生活の中には、いくつもそういう色があります。
信号機の赤や青。消防車の赤もそうです。
他に置換えの効かない色、と言っていいでしょう。

このような色そのものが持つ強いメッセージ性が、違う形で出現するとき。
例えば、建築物の外観などに展開された場合。
単に周辺環境から突出している、という問題だけでなく、何か言いようのない
違和感を感じるのは当然のことなのではないか、と感じました。



普段は周辺との関係、という視点で建築・工作物の色彩を捉えていますが。
調和という観点の前に、色そのものに対する馴染む・馴染まないという感覚も、
色々な側面から鍛えておく必要がある、と思います。

主張の強い色彩を選定する場合は、その色でなくてはならない必然性。
あるいは、形態・素材と馴染んでまとまっている、など全体との関係性を、
十分に検証する必要があります。

クリマの色レポでは、日常の中で発見した色彩同士の良い関係性、に重きを置きコラムを書いていますが。
加藤個人のブログでは、このような初歩的な誤解・勘違いについて、そういったことを無くしていく為には
どうすれば良いか、等の視点も強化して行きたいと思っています。

カラーイメージは、あくまでイメージ

2010-06-04 18:23:42 | 似て非なるもの
色にはそれぞれイメージがあり…。
色彩学やカラーコーディネーター検定等の教科書には必ずと言っていい程、記載されている内容です。
色の持っているイメージはわかりやすく、概ね多くの人の共感を得られやすいものです。
ですから、私も実際の仕事の際は、そのイメージを活用しています。

ですが、あくまで色から連想されるイメージであり、固有の物体や現象そのものの色ではない、と考えます。
色のイメージに頼り、そのまま表現しようとすると、特に建築・工作物の場合は
形のボリュームや素材感と一体的に認識しますから、むしろ色のイメージが余計な・過剰な情報、になる場合もあります。

これはCLIMATの色レポでも紹介している、井の頭自然文化園の改修計画の例です。

既存の色彩は、“水生植物園→水→みずいろ”

なんとまあ、ある意味直球勝負、ストレートな表現がなされていました。
建物自体の形態に少し特徴があり、傾斜するラインが少しモダンな印象を感じさせます。
緑に囲まれ、なかなか趣のある施設だと思うのですが。
やや彩度の高いB(ブルー)系の色彩は周辺の自然の緑と対比的で、人工的で硬質な印象が強調されてしまっていました。

【改修前・水生植物園】


改修計画では、自然界の土や樹木(=大地の基調色)が持っている色相、10YR(イエローレッド)系の色彩を使用しました。
指定色は10YR 6.0/1.0です。彩度は1.0ですから、単色で見るとごく穏やかなグレーベージュです。

【改修後・水生植物園】


外装色を検討する際は、『自然文化園の中の水生植物園』ということを十分に考えました。
まず、自然文化園ですから、園内全体の自然景観が良好に見える環境を整える事が大切です。
そして、来園者は入園料を払って施設内の展示を見に来るわけですから、
いたずらに施設自体のランドマーク性を強調する必要はありません。
アミューズメント施設などとは自ずと性格が異なる、ということです。

そうした施設を取り巻く様々な環境を読み解き、どのような外装色がふさわしいか。
周辺の自然が生き生きと感じられ、また訪れたくなるような魅力ある施設づくりとは。

色彩選定にあたっては、そのような視点から候補色を検討しました。
イメージはイメージとして。
どのように取り入れるか、あるいは色のイメージと建築・工作物の規模や形態・素材がきちんと馴染むかどうか。
そういったことを総合的に、慎重に検討することが大切であると考えています。