環境色彩デザインを考える人へ

長年の経験と実践の中から、色彩デザインに役立つ情報やアイデアを紹介して行きます。

色彩決定のプロセス その1

2010-10-31 14:50:01 | 色彩指定のポイント
単に一つの部位等の色を指定するということと色彩計画・デザインの間には、大変な距離があるように思います。
自身が色彩デザインを行う際のプロセスとしては大きく二段階あります。周辺環境の調査や建築のデザインコンセプトとの対応、複数の建物が連続する場合は敷地のゾーニングとも連携し、色彩計画の方向性を絞り込み、カラースキムを複数案作成します。

それらをまとめた、色彩計画書を作成するのが第一段階です。これは4立面の配色指定図、平面図と対応した各階の仕上げ区分図、細かな品番等を記載した仕上表。まずはこの3点セットをまとめることが重要です。

色を指定してそこで終わりではない、ということは建築設計が図面を描けば終わりではない、ということと同義だと考えています。例えば、指定したメーカーが施工会社の取引の関係上、別のメーカーに変更になる場合等が多々発生します。
第二段階である実施の際には、そのような変更なども細かくチェックし、都度、“実際に使用する材料で”色彩調整を行います。

日塗工などで指定できる塗装色は、正直、最後の最後に決めればいい部位が殆どです。吹付けや塗装等の原料は発注してから納入までの期間も読めますし、色の調整が困難な建材(石材やタイル・煉瓦、電解二次着色の金属など)に対し、調合が容易であるためです。

つまり、色彩計画も建築の基本設計段階から竣工まで係わるのが、至極当然のあり方だと思うのです。

色彩計画書と実施レベルの調整は相当細かい作業です。例えば、先日事務所内でもこんなことがありました。
集合住宅、共用廊下の玄関周りのカラースキムを選定していた際の事です。既に床の材料、壁の塗装色、玄関扉のデザイン・色、天井…に至るまで、一応の計画はまとまっており、既に事業主へのプレゼンも完了していました。
今月に入り、いざモデルルームに再現する段になり、再度実際の材料や照明との関係等を詰めてみると、施主の要望で切り替えることになった床材の色相の僅かなズレや、対比の甘さが目立ちます。色彩計画書を作成した段階では、当然予期できなかった部分。
これは、図面やパースだけでは把握することが出来ません。全て実際の材料と色見本を並べてみた上で始めて認識できることなのです。

実はこれも協働している設計事務所の担当者がつくったカラースキムを見ながら、スタッフが判断をしようとしていて発覚したこと。これまで積み上げてきたことを疑わず、他の材料が加わったことを甘く見ていた結果です。なので、スタッフから“これでいいですか”と確認を求められたときは、どんなに忙しくても材料を全部並べて、関係性を確認した上で判断することにしています。そのためにはこのような秘密(?)の箱が大変役に立ちます。

調和ある配色の基本

2010-10-27 13:53:20 | 色彩デザインのアイデア
景観審議会や景観アドバイザー会議の委員を務めるようになり、4年が経過しました。いずれも、色彩の専門家としての意見、“景観としての適・不適とその理由、あるいは具体的な改善案”を求められます。

行政への届出(建築許可申請のための事前協議)では、事業者・設計者は着彩立面図に仕上げ(素材)やマンセル値を記入した図面を提出することが義務付けられています。そこで最も気になるのが、数色を使って分節しましたと言いつつ、色の対比があいまいであること。更に、それらの色の選定理由が明確でないことです。

例えば、2.5Y 8.0/1.0 と5.0Y 8.0/0.5 をベースカラーとして設定している場合。色相はY(イエロー)系でほぼ同色相、明度は同じで彩度がわずかに異なる。この2色では少し距離を置くとほとんど同じに見えてしまいます。
また別の例では、2.5Y 8.0/1.0、5YR 5.0/2.0という組み合わせがありました。Y(イエロー)系に対し、やや赤みの強い中明度色は、色相(色味)のズレが不調和な印象を与えがちです。類似の色相は調和を構成しますが、以下の“類似色相調和”で紹介するように、ある程度の色数の中で認識される見え方であり、慎重な選定が必要です。

印刷による着彩の限界、あるいは素材を伴わない色彩を数値だけで判定することの難しさを差し引いたとしても、設計者があまりにも安易に色を選定していることが推測され、もどかしく感じることが多くあります。

あるいは、設計者が簡易に使用できる色見本そのものに限界があるのかも知れません。色見本を見て、組み合わせしやすいシステムが構築されていない等の点は、私自身もよく感じることではあります。建材のカタログや色見本の配置も、そのバランスの悪さや明らかに台紙色の選定に難がある場合も多く見られます。

なぜこれほどまでの色彩(あるいは素材)を選定する、ということについての意味付けや根拠が無くなってしまったのか、最近は特にその点について考え続けています。

それでも、長年建築や都市の色彩に係わって来て、これだけは最低限の基準でるべき、と断言することができる環境色彩デザインにおける色彩調和の考え方がいくつかあります。

もっとも調和が形成しやすいのは、『色相調和型配色』。数色を用いる場合、YR(イエローレッド)系なら基調色も補助色も、出来ればアクセントカラーも同じ色相(色味)でまとめる。つまりは純色と黒と白でカラーシステムをつくる、まずはこれを実践してみるべきだと思います。


数色、あるいは様々な建材を用いる場合は、『類似色相調和型配色』。YR系とY系など、似た色相の中から多色を選定し、配色を構成する。但し、2~3色程度ではまとまりをなさない場合もあり、明度・彩度の慎重なコントロールが必要です。


最後に『多色相・トーン調和型配色』。YR(イエローレッド)、Y(イエロー)、GY(グリーンイエロー)、B(ブルー)、PB(パープルブルー)…と、色相に変化を持たせる代わりに、トーン(色の強さ)を揃える方法です。この配色はトーンが揃っている、ということが重要な要素ですので、明るさ・鮮やかさ感が同じ程度に感じられるように色彩を選定する必要があります。


色相毎に純色の最高彩度が異なるという特性がありますから、マンセル値で明度・彩度を同じにしても寒色系の方が鮮やかに見えてしまいます。多色を使いこなすということは、色の特性を十分に理解している必要があり、かつ建築物における慣用色の範囲内で、ということになればこれは上級者向けの色使い、と言えるでしょう。

ここに挙げた3つの配色調和の型。まちなみを見渡して色彩のバランスが良いなとか、何がしかの連続性を感じる場合、大体この3つのどれかに当てはまると思います。もちろん、実際にはこんなに簡単な話ではなく、素材との関係や背後・周囲にあるものの色との関係等も絡めると、調和を形成するための基本的な事項がいくつか考えられます。それも順次ご紹介して行きます。

如何ですか?これでも、色彩を選定する論理を現代建築は失った、と言い切ることが出来るでしょうか?
バランスの良い配色を実現するためには、このように基本的な調和の型を生かすことが大切です。それが実際に形態や素材に置き換えられたとき、必ずしも適切ではないかも知れない、あるいはもっと自由な色彩表現がある、ということも踏まえた上で、これが最低限の基本の条件である、ということを知っておいても損はないのでは、と考えています。

ここでは関係性がわかりやすいようにまちなみを例に挙げ、群で紹介していますが、個々の建築や工作物に展開する際も考え方は同じです。一般に単体ではあまり色数は多くなりませんから、トーン調和型の配色が成立しにくい、とも考えられます。ですが、両隣との関係性を上手く構築できれば、3件並んだ時のハーモニーが形成される場合もあります。ですから周辺の色彩を把握する、ということが重要なのです。

色の引き算による環境整備

2010-10-24 18:01:06 | 日々のこと
とある動物園の環境整備に着手しています。事前にこれまでの環境整備について色々お話を伺ったり、サイン計画についての資料を拝見したりした上で、現地調査を行いました。このような場合は、個々の色を綿密に調べ上げるというよりは、全体の色彩構造を明確にし、その見え方を阻害しているモノや状況を明らかにする事が最も重要です。

特に限定された施設内や地区などでは、『空間構成要素のヒエラルキー』に沿って、個々の要素だけでなくそれらが集積した全体を強く意識する必要があります。いくらデザインの良いサイン表示があっても、他の要素の色彩に影響され、見えにくくなってしまう場合もあるためです。

既存の環境整備というのは大変難しい業務です。一斉に全てを見直したり改善したりすることは予算の面からもまず不可能ですし、今回の場合は特に10年前に大規模なサイン計画の改修が行われており、カラーシステムも園内のゾーニングに沿ったものが完成しています。
そのような状況を踏まえ、年度毎の予算に併せた整備のためのプログラムを組み立て、現実的な案を提案しなければなりません。

半日、スタッフと共に園内を回っただけでも、相当数の表示形式があることがわかりました。下の写真にあるのはごく一部で、この他に全体のサインシステムに基づき設置された誘導・案内サインが存在しているのです。施設を運営する方々が来訪者に良かれと思って設置して来たサイン表示類が本来のシステムの見え方を阻害し、表示としての機能を低下させる要因ともなりかねません。



実際の業務としてはサインの他、動物舎や売店、自動販売機等の要素別に分析を行い、カラーシステム及びデザインガイドラインを作成するという内容です。やや無秩序に使用されている多色を整理すれば、アイテム毎に2~3色で十分(サイン以外)、という予測をしながら作業を進めています。つまり今ある色彩環境から、不要な色を取り除く、ということが最も重要な作業なのです。

今後、このような環境整備は益々需要が増すと考えています。私達はこれまでも団地の改修等にも多く携わって来ましたが、既存の環境ありきということが大前提である場合、まず全体の色彩環境を整理して、引き算をしてからでないと何かを提案することはとても難しいと考えています。長く時間を経た環境というのは、ともすると混乱し乱雑な印象を与える部分もあります。それがまちの場合、個性や味わいとなる部分も多くあるとは思いますが、行き過ぎると人が寄り付かなくなってしまう恐れもあるのではないでしょうか。

実のところ、最初にこの業務のお話を頂いた際は、『新しいサイン計画に参画できるのか』と不覚にも一瞬浮足立ってしまった、というオチがあります。それはまさに私達が日頃積み上げてきた『周辺との関係性により色の見え方の良し悪しは決まる』という理論を実践するにふさわしい状況だと思いました。

ですが、一から何かを生み出すことと同じくらい、もしかするとそれ以上に、今ある環境や場をどうすればより良く継続させていくことができるか、ということも大変難しくはありますが、意義のあることだと考えています。

生物多様性にからめて

2010-10-22 14:23:22 | 日々のこと
COP10(国連生物多様性条約第10回締約国会議)が開催さています。テレビ、新聞等でも盛んにこの“生物多様性”という言葉を耳にするようになりました。地球上の生物がバラエティに富んでいること、複雑で多様な生態系そのものを示す言葉です。

昨日、景観アドバイザー会議で鳥の話題が上がりました。“こういう場所は鳥が寄ってきそうだね”という建築家の発言がきっかけでした。出席者全員が即座に思い出した様子だったのが、千葉や埼玉県のJR沿線駅前でムクドリが大量発生しているという話題です。樹木にネットを掛け鳥が停まれないようにしたり、鳥が嫌がる音を発生させたり様々な対策が取られているとのこと。私も確か一か月前くらいにテレビでそのニュースを見た記憶があるのですが、完全に締め出してしまうと、鳥の大群は隣町に移動するだけなので、根本的な解決には至らない、と自治体の方が話していたことを思い出しました。その都度自治体間で連携を図り、様々な状況の中で最適解を探りながら試行錯誤を繰り返している様子に、現代の環境問題の難しさを改めて実感させられました。

鳥のことを漠然と考えていた時、ふと『飛ぶ鳥を落とす勢い』という慣用句が頭に浮かびました。勢いのある人は常に注目を浴びる存在ですし、時にはそのような勢いに乗ってみたい、とも思います。ですが、“そういう状態の時に、落としてしまった鳥のことをどう考えれば良いか?”と考えたのです。

私が日頃から意識している、建築や工作物の個として美しさや個性の表現。そしてそれらがまちなみに出現し、周辺に影響を与えたり影響を受けたりすること。この両方の視点を満足させることはとても難しいことであり、周りを無視している建築家や建主も残念ながら存在しています。

私達は多様な社会に存在する、多様な生物である。そのことを意識すれば、どんな勢いに乗った時も周囲の風景に意識を向け、問題解決の糸口を探ることができるのではないか…。そんな事をつらつらと考えています。

落ちそうな鳥を安全な場所へ導く。けがをしたものが居れば手当てをする。場合によっては、連れて行くことだってあるかも知れません。本当に勢いのあるときは、それくらいの寄り道をしたところで、痛くも痒くもないような気がしています。

頭の中では鳥が落っこちそうになって踏ん張っている画を想像して、可笑しがっていたりもします。落ちてもまた飛び立てばいい、等とも。しばらく、鳥から眼が離せなくなりそうです。

周辺の色を知ることの重要性

2010-10-21 20:49:14 | 色彩デザインのアイデア
外装色彩を選定する際、周辺(少なくとも両隣等)の色を把握し、隣り合う色彩との関係性の中で選定した色彩がどのように見えるかを検証することが重要だと考えています。

例を挙げてみます。下図の左から3棟目の色彩を検討すると仮定しました。無難だから、あるいは形態を印象的に見せる等の理由から、白(N9.0程度)を選定するとしましょう。
上段のA図のように、両隣が高明度色である場合は、まちなみのまとまりを形成するという観点において、問題ない選択と言えます。



それでは例えばB図のように、両隣との明度対比が強い場合はどうでしょう。単体の評価としては際立って見える、という判断が考えられます。ですが、際立つということは突出していることと同義であり、調和あるまちなみの形成という観点から見れば『景観の連続性を阻害する要因』と捉えられる側面もあります。

個の建築物において、設計のコンセプトがあり、形態・意匠のテーマがあります。個々の色彩設計においては、私自身も建築物や工作物の用途にふさわしい色彩や素材を検証し、オリジナリティのある表現を追求する部分はもちろんあります。ですが、大前提として、“建築や工作物は屋外の公共空間にあり、周辺の環境に影響を受けないはずがない(=同様に周辺に影響を与える)”のです。

周辺との関係性を十分に検証した上で、B図においてN9.0程度の色を選定する。これも、一つの選択としてもちろんあり得ます。ですが初めから周辺との関係性を見ずして、あるいは場や空間にふさわしい素材・色彩の検討を行わずして、『白は間違いのない色だから』という理由で外装色を選定することだけは避けて欲しい、と思っています。多様な選択の可能性があり、その選択一つでまちなみを良好で快適な姿に育んでいくことができる“かも知れない”のです。

ですから、この例で考える時、少なくとも一度はC図のように“隣との融和的な関係を構築することのできる明度はどのくらいか”ということを検証すべきです。繰り返しになりますが、自身が選定した色が実際にどのように見えるか、を考える。色を図り数値で比較するということが検証に役立ちます。白でなければならないのか、白く感じられれば良いのか。その差を知ることが大切です。

その事実を意識すれば、個としての表現や意匠の追求とともに、まちなみに与える影響も同時にバランス良く具現化する方法は考える必要があると考えています。色彩はその手掛かりとなり得る一つの要素です。

色彩を検討・選定する際の論理。敷地が教えてくれる情報にとことん耳を傾けるというのは、設計の基本であると共に、最も重要な項目です。それは調和ありき、ということとは異なります。
建築設計側の論理、都市デザイン側の論理。それぞれに特化することの重要性も理解した上で、冷静に周りを見回してどう見えるか、どうあるべきかを徹底的に検証する。答えは一つではないからこそ、そうして考え続けなければならないことなのだと思っています。

※解説図は模式的に関係を示すため、N系の明度差だけで表現しています。実際には規模や用途がもっと複雑ですし、色相や彩度の差が大きく、より慎重な判断が必要な場合も多くあります。今後、出来るだけ具体的事例を交えて紹介していきたいと思います。