環境色彩デザインを考える人へ

長年の経験と実践の中から、色彩デザインに役立つ情報やアイデアを紹介して行きます。

カラーシステムを構築するということ

2011-08-23 20:44:58 | 色彩指定のポイント
色彩計画を進める際、単体で1色のみを決めるということはあまりありません。戸建住宅であれば屋根・壁・サッシ・軒天・玄関扉等が主要な要素で、その他に雨樋・吸排気口等の各種設備や外構の床・フェンス・照明…。これが複合施設や集合住宅群になるとあっという間にA3の仕上表が5~6頁に増えて行きます。

建材の中には色の指定・調合が可能なものと、既成色の範囲の中からしか選択の余地がない場合など様々です。ここにインテリアが加わるとマテリアルの数が一気に増大します。ですから始めにおおよその部材の仕様や種類、色の調整の可否を把握しておかないと、どうしても後で“色が合わない”といった事態になりがちです。

私たちは具体的な部位毎の色選定に入る前に、基調色だけでも良いのですが、明度・彩度の上限・下限を『大体』決めて、配色検討作業をシステム化する、ということを行っています。例えば複数の住棟に複数の色相(色合い)を展開する場合、形態の陰影等も加味しながら部分毎に色を選定することはちょっとした色のずれを引き起こしやすくあります。端から色を一つずつ決めて行くのではなく、全体の使用色を先にリストアップしておくのです。

【多色相を使用したカラーシステムの一例】


この一覧のように、縦列は色相を揃えた濃淡のグラデーション、横列は使用する部位を想定した(外壁のベースカラー、メインの部分等)トーン(色の強さ)調和が整った状態をつくり、そこから各部位へ色を“割り振って”行きます。

このカラーシステムは初めから完璧なシステムである必要はありません。色相や濃淡のバランスが部位毎にずれてしまわないための目安であり、色相の間隔や濃淡の対比の程度にまず当たりをつけ、空間に配したり実際の建材見本に置き換えたりしながら、マテリアルボードや着彩立面図を作成して行きます。実施の段階ではこのようなカラーシステムが現場でも役に立ちますから、最終版が報告書や指示書として実物見本と共に納品します。

塗装は最も融通が効く仕上げ材であり(発注・納品等の日数を加味しなければなりませんが)、日本塗料工業会の色番号等で指定をすると1週間前後で塗り板見本(A4サイズ程度)を入手することができます。メーカーのサンプル帳も実際の塗装見本が添付されている場合も多くありますが、台紙に貼られた見本帳で使用色を選定することは他の部材との比較もしにくく、また色彩の面積効果の影響もあり、空間に展開された際のイメージを掴むのはとても困難です。

未だに、カラーシステムと実際の計画案がほぼ一致し完成、と思っても、そこから見本を手配する時には必ず『ズバリと前後』の色を作成してもらいます。ズバリ、は色見本(指定色)そのまま、の意味です。テクスチャーや艶感により色の見え方は色票とは異なりますが、マンセル表色系は“色のものさし”ですから、基準・中心となる色を明確にする(設定する)必要があります。

ズバリ色をゼロとした場合、前というのはやや明度上げた(明るく)状態、後というのはやや明度を下げた(暗くした)状態です。近年ではどの塗料メーカーに指示をしても、この『ズバリと前後』と言えば良い感じに幅のある濃・中・淡3色の見本が出来上がってきます。状況に応じ、明度と共に彩度のプラス・マイナスが必要な場合もあり、都度一定の色幅の見本を用意し、最終決定色の選定を行います。

【ズバリと前後の例】


外装の色を決めるのに(慣れたとは言え)これだけの手間がかかりますから、インテリアでフロア毎に色相を変える・部位毎にトーンを揃える、というのはとても体力のいる作業です。1つの色相だけの場合は濃淡の変化のみですから、多少強弱に過不足があっても不調和な印象を与えることはあまりありませんが、複数の色相を用いる場合はトーン(色の強さ・調子)や僅かな色相のズレが不調和でバランスの悪い印象を与えやすくなります。

最終的には実際に使用する建材をある程度の大きさで用意し、室内なら計画と同様の照明下で、外観なら自然光で確認を行い、部材同士の関係性において判定をすることが重要です。その検証にもカラーシステム(使用色・検討中の色の一覧表)は大いに役に立ちます。特に近年、着彩立面図はインクジェットプリンターで出力をしていますので、建材の見本を手配するまでの作業中には全体の構成や濃淡の対比を一目で確認できるツールが以前にも増して役立っています。

色彩の効果(2) - 色相対比

2011-05-12 21:16:48 | 色彩指定のポイント
配色の効果は比較するものがあると大変わかりやすくなります。対象の色が何に影響を受けているかということは、組み合わせた2色だけを見ていても把握し辛いものですし、私自身もよく思うことですがその効果を実感したところで“だから何?”と思う部分もあります。

ですが例えば、建物全体の雰囲気をこのように見せたい、或いはロゴなどに展開したテーマカラーを印象的に見せたいと考える時。選択した色がどのように見えるか、意図したように“効果的に(想像通りに)”見せることが出来るかということは、色の特性や配色の効果を十分に把握することが必要であると考えます。

よく建築設計に係わる方が発言される、“色は難しいから”ということに対しては、恐らくこの部分が最も重要な部分ではないか、と考えています。私がこれまで聞いてきた、最も多くささやかれることは

『(実際に出来たものやサンプルをみて)…こんな色にするつもりじゃなかった』…という台詞です。このような事態を避けるためには、どうすれば良いかについて、考え続けています。

【中国で騒色として問題になっていたホテルの外装色】


これはかなり極端な例ですが。ここではその外装色自体の話はちょっと置いておきます。外装の2色の組み合わせに注目してください。地はやや彩度のある明るい黄色です。では図となっている帯の色は何色に見えますか?私には少し紫がかったグレイに見えました。

これが色相の対比によるものです。黄色の補色は紫。地の色が図の色に影響を与え、補色の紫に寄って見えている状態が起きているのです。

下図はそれを模式的に表したものです。左の図に使用した帯の灰色は全く色味の無いニュートラルな灰色です。下に示した小さな正方形が帯に使用した色。背景が黄色か白かで見え方が変わることがわかると思います。

そこで、補色の影響を抑えるために、右側の図は帯の灰に少し黄を入れてみました。鮮やかな黄を背景とした場合は、右側の帯の方がより『灰色らしく』見えると思います。



このように両者を比較すると、色が地または図の色に影響を受けやすく、同時に影響を与えるものであるということがよくわかると思います。配色の基本はこのようにいずれかの条件を変えることにより、見え方がどう変わるかということを徹底的に検証することで、色彩の特性を体感により身につけることが可能です。

グラフィックデザインにおいては、このような色彩の効果とビジュアルに表現されるものの“距離感”が比較的近いように感じます。紙面や画面で検討したものが(ある程度の学習により)具体化されるにあたり、使い慣れない印刷機を使用しなければならない場合や故障などが無い限り“概ね予想通り”の結果に導くことが出来ると思います。

ですが規模の大きな建築や工作物になると、用途・形態など他の要素が複雑に絡み合い、更に光の条件による変化等も加わるため、単に色彩の特性や配色の効果を知っているというだけでは表現したいものと実際に出来たものとの距離が中々縮まりません。

その距離を縮めていくためには、やはり色を関係性で見る、ということを計画の段階から習慣にすると共に、実際の建築物等でよい色だなと思った時に、周辺や背景との対比の程度や例えば基調色とサッシの色の関係など、“良い見え方”が形成されている要因を見極める訓練が必要だと思います。

それはイコール、良くない例を分析することにも繋がります。冒頭の中国のホテル、周辺との対比が強く違和感が大きいという色自体の選択のまずさもさることながら、地の色に影響を受けすぎている図の色を選んでしまっており、その対比が違和感(この場合、建築の外装基調色として見慣れない色であることに加え、対比の強い補色に見える組み合わせが形態や建物の性質を超えて色が主張することに対しての違和)を感じさせるという状態は、“デザインをよく知らない設計者が考えた質の低い外観”という印象を与えてしまうのではないでしょうか。

例えば地の黄色が企業のCIカラーである場合でも、建物そのものをブランドのアイコンとして認識させる必要があるのか、更に形態との整合性が十分に図られているか、等の視点から検証する必要があります。黄色というイメージを生かしながら周辺景観との調和を形成することは可能ですし、そのバランスよく、という視点で実現を目指すのが環境色彩デザインだと考えています。

色彩の効果(1) - 明暗対比

2011-05-06 17:48:29 | 色彩指定のポイント
色彩や配色を学ぶための資料には必ず『色彩の○○対比(効果)』についての記述があります。色彩を組み合わせた時に生じる様々な差異は、私達の身の回りに存在し、常にその見え方の中で暮らしていると言えます。

色彩は相互に影響し合うという特性を持っている、というごく当たり前の事実を、文章にした途端わかりづらい・難しいものと思ってしまっては残念です。しかし、この特性が実際身の回りのどのような場面で起こっているかはあまりきちんと解説されることが少なく(特に建築においては)、ならば私がその例をきちんと示そうじゃないの、と思っています。

例えば明暗対比。
下の図は地色が同じライトグレイ、図となるライン、左右とも同じダークグレイです。右のラインが太い方がより濃く(暗く)見えます。この場合、単にラインの色だけを単独で把握しているのではなく、“地の色とラインの色の対比”を認識しています。地のライトグレイがあることにより、左右の違い(対比)を意識することが可能なのです。色彩論の教科書にはこのような現象を実際の演習により体感し基礎的な知覚経験を積み重ねることが重要、と書いてあります(ジョセフ・アルバース著/色彩構成)。

アルバースの色彩構成の面白いところは、『絵の具や着色材でなく色紙でよい』と言っているところです。まあこれは1972年のことなので大分事情は異なると思いますが…。
少ない色数でどれくらいのパターンが生み出せるか、興味ある現象がつくり出せるか、色そのものについての好き・嫌いといった感覚を取り払い、色彩の無限の現象性を引き出すことが出来るか…。これまでいくつかの大学の演習で、この方法を取り入れています。



さてこの特性が実際、建築外装の色彩計画において、どのような場面で見受けられるかというと…。

【タイル目地とシールの色を同色にしたのに、シールの幅が太いため目立ってしまった例】


何を隠そう、これは失敗例です(笑。
白系のタイル面をシャープに見せるために、あえて目地色は濃い目の色を選択しました(5ミリ・特濃灰)。通常、灰色程度を選定している時はほぼ自動的に、『シールも目地と同色で』と指定をすれば殆ど問題になることは無いのですが、地色と対比の強い目地色を選定したことを失念したばかりに、シールがやけに目立つ結果となってしまいました(シールの幅は20ミリ)。

失敗と言えどもニュートラル系の濃淡の範囲ですから、実際目にした際は特段不具合とは感じないとは思います。ただ、縦横のシールが少々、タイル面の見え方の邪魔をしてしまっているなあ、という印象です。何年・何十年もこの仕事を続けていても、このような微細な部分のコントロールは本当に難しいと感じます。

ちなみに下図はライン(図)の太さを同じにして、ラインの色を変えた場合。今度は地のライトグレイが左右違って見えると思います。右のラインが濃い方が地の色が明るく見えます。これも明暗対比による効果です。



つまり地のタイルの色を『どの程度の明るさに見せたいか』を考える場合、目地の色も同時に検討する必要がある、ということになります。

色彩の効果は他にも同時対比等、いくつかの種類があります。環境色彩デザインのどのような場面に見受けられ、また役立つ効果なのか、一つずつ実証して行きたいと思います。

色合わせの許容範囲

2011-02-14 13:43:11 | 色彩指定のポイント
実際に使用する建材での色確認。ここでの検討が最終的な決定色の選定となります。指定した色見本は、下の写真にあるような45×45サイズに切り出して短冊状に並べておくと、他の材料(サッシや床材など)との比較・検証が行いやすく、便利です。小さな色票では正確な比較・判定がしにくいためです。

塗装色見本として提示した色票はケント紙にエマルジョンペイントを塗装したものですから、当然タイルや吹付け等とは質感や見え方が異なります。これは団地の改修の際に行った吹付け見本の確認の模様ですが、指定した色票に対して若干赤みが足りないかなという印象を持ちました。



指定色通りに再現されていない場合、どのように判定するかは難しい部分です。単色で使用する場合はこの程度の誤差は殆ど問題になりませんが、複数色を組み合わせて使用する場合、部分的な色相のズレが不調和な印象を与える恐れがあります。この時、やや不具合があるなと感じたのはアクセントカラーの部分でした。そのため、他の部位(基調色)と合わせてみて、色相のズレが気にならないかという点に注視して、検証を行いました。

【改修後】


上の写真は改修後の様子です。住棟数の多い、大規模な団地でしたので、基調色相はこの5Y系の他にも10YR系・5YR系の3色相を展開しています。この住棟に使用した5Y系は3つの色相の中では最も黄味よりの色相ですから、多少赤味が足りない分には問題ない、という判断をしました。これが逆の場合(赤味に寄りすぎている場合)は、隣の色相(10YR)との差が曖昧になってしまうため、再調整を行っていたと思います。

【改修前】


ちなみに、上は改修前の様子。5PB 6.5/0.5程度の色でした。ごく低彩度の青みがかったグレイですが、北側が日に影ってしまうととても暗く冷たい雰囲気が感じられました。各所で老朽化も目立っていたため、内部もリフォームして若い子育て世代にも入居してもらうようにしたい、という施主の要望から、暖色系の低彩度色を基調としながら形態に併せて適度な分節化を図り、明るく軽快な印象が感じられるような配色を検討しました。

施工直前の色彩選定は、指定した色見本通りに仕上がっているかを確認する作業ですが、どうしても微妙なズレが生じることは避けられません。その際は、他の部位との関係や、屋外で・大面積で出現する、ということも加味し、ある程度の許容範囲を持っておくことも大切だと考えています。

無彩色と低彩度色の間

2011-02-09 13:01:36 | 色彩指定のポイント
普段、建築や工作物の外装だけでなく、空間を構成する様々な要素の色彩設計を行っています。その際、どのようにすれば色彩調和が得られやすいかを第一に考えますので、色相(色味)に気を使うのはもちろんですが、特に彩度(鮮やかさ)には十分な注意を払っています。

そのように考えると、『無彩色(=ニュートラルカラー)』が最も万能選手のようにイメージされることが多いのですが、特に自然景観との関係性で色を見ていくと、彩度0の無彩色が人工的な印象が強調されすぎる場合が多い様に感じています。これまでの仕事を振り返ってみても、N-○○で色指定をしたことは僅かしかありません。

下の写真は、その理由を模式的に表したものです。左は彩度0のグレー系、右は彩度1.0程度以下のやや黄赤味を帯びたウォームグレイ系です。



例えば自然の石なども、一見無彩色に見えても実はほのかに色味を持っていることが殆どです。また、自然物は人工物やその塗装面と異なり、表面に凹凸があったり湿気を含んでいたりしますので、塗装色以上に、見方によって微妙に変化する色であると言えます。

こうした環境との調和を考えると、彩度を排除した無彩色は確かに控え目な印象を持っているものの、“周囲にあるものとの馴染み易さ”という観点で見た時、むしろ人工的で硬質な印象が強調されてしまっている場合が多いのでは、と感じています。

上の写真では自然景観を背景とした例を挙げましたが、これは例えば都市部のオフィス街などでは無彩色の場合がふさわしい状況もあると思います。色の持っているイメージや性質だけを取り上げ単独で判断せずに、常に周辺との関係性やその場の雰囲気に合せるべきであると考えています。

このような微細なこだわり、“どっちでもそんな変わらないのでは?”と言われることもしばしば。ですが、例えば建築物と舗道とストリートファニチャーと街路樹とサイン…等、私達の周りには実に様々な要素が複雑に絡み合って存在しており、それぞれが少しずつ“そのまちの雰囲気に歩み寄る”ことを考えて行けば、その配慮がもたらす効果は必ず“特に違和感のあるものがなく、自然やまちが生き生きと感じられる心地よいまとまり”として表れてくると思っています。

無彩色とカラード・グレイ、更に低彩度の間には、かなりの巾があります。ですから、“彩度を下げて環境に配慮しました”というとき、常に“どのくらいか”という数値的な押さえが必要だと思うのです。