環境色彩デザインを考える人へ

長年の経験と実践の中から、色彩デザインに役立つ情報やアイデアを紹介して行きます。

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自然素材と人工建材

2012-01-20 19:40:54 | 日々のこと
昨年秋より山梨県の景観に係わる色彩の問題・課題について、アドヴァイスをしたり具体の調整案を提示させて頂いたり、という業務に携わっています。県内まだまだ回れてはいませんが、山梨を訪れる度に様々な発見や驚きがあり、地域が育んできた景観に見られる先人たちの偉大な叡智には学ぶべきことが多いと感じます。

変化の激しい今という時代の中で、自身の経験や職能が生かされる場があることをとても嬉しく感じると共に、美しい風景の前に立つとこうした良好な景観の保全や育成のために、益々論理的で具体的な解決策を提示して行かなくては、と気が引き締まります。

山梨と言えば何はさておき富士山です。秋から冬へと季節の変化の中で、雪化粧をした富士山を初めて間近で見ました。陽射しの中にくっきりと稜線が浮かび上がり、裾野に湖が広がる風景は本当に壮麗で雄大なものだなあとため息が出、これからも季節ごと様々に変化する表情を眺めてみたいなと思っています。

【2011年12月12日・快晴】


昨日も会議と現地調査のために行って来たのですが、夜から雪の予報が出ていましたので、昼過ぎに到着した時は山頂付近に少しかかる程度だった雨雲がみるみる濃灰色になり山を覆い、夕方にはすっかり姿が見えなくなりました。地元の方々は山やその周りの雲を見ただけで、天候の崩れ具合が予想出来るそうです。暮らしの中にある自然景観が、季節や時間を感じさせるバロメーターとしての役割を持っているのだなと思いました。

【2012年1月19日 雨雲に覆われた富士山・新名庄川沿いからの眺め】


景観を良好な状態に維持して行くことの重要さは、単に眺めや解放感といった視覚的な要素だけでなく、微細な湿度や温度の変化等、日々の暮らしを快適かつ安全に送るための大切な指標でもあるのだと感じました。

【日本三大橋の一つ・猿橋(大月市)】


最近こうした景観と向き合う中で、自然素材についてスタッフ達と色々な話をしています。環境の色のことを考える時、突き詰めて行くと『素材そのままが一番いい』とか『自然素材に叶うものは無い』という所に行き着くのですが、それでも現代ではメンテナンスや機能性・コスト等を考えて行く中で様々な建材を使うことになります。その際、いつも悩むのが“フェイク(擬似製品)をどこまで許せるか”という点です。

例えばインテリアで使用する建具や家具の造作材等は(木調の)印刷ものを使うことが大変多くなりました。以前の製品は妙なテカリやわざとらしい節の表現などが目立っていましたが、近年は特殊なエンボスや自然な色むら等、印刷・加工技術の発達により実際に手に触れてみても人工の建材とは思えないものが見られるようになりました。

一方、公園等で見かける丸太を模した樹脂製の手摺や石目を施したカラー舗装等は、まだまだ本物の“代用品”としての色合いが濃く、自然の繊細で多様な色むらや朽ちて行く時間の変化等に追い付けない部分があるのだと思います。

現代において人工的な建材の使用を否定するつもりは全くありませんし、それは限りなく不可能だと思っています。そうした中、出来るだけ自然な風合いを持つものの中で、これならばよし、とする時の指標を明確にして行けば、自然景観に馴染む・馴染まないという判断(=より広く共有出来るものとして)の役に立つのではないかと考えています。

今日スタッフが例に出したのは倉又史郎氏のアクリルの椅子(ミス・ブランチ)。これは素材の特性を生かし、この素材で無ければ表現できないデザインである、という点が材料そのものにもゆるぎない価値を与えているのだと思います。新しく開発された材料やケミカルな素材を、どのようなかたちに“生かすか”。生かしきる、という使う側・デザインする側の姿勢がとても大切なように思えてきました。

今年は色の課題を素材と連動して解いて行きたいと考えています。まずは広く議論する場を。そのための準備もだいぶ煮詰まって来ました。来月には詳細を発表できそうです。
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