環境色彩デザインを考える人へ

長年の経験と実践の中から、色彩デザインに役立つ情報やアイデアを紹介して行きます。

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『色を撮る』ということについて

2011-01-29 18:28:29 | 日々のこと
まちや建物の写真を撮る、ということについて考えています。仕事柄、現地調査に始まり提案の参考となるような事例や工事中の模様、竣工時、数年経過した担当物件。それ以外にも、まちで気になる“色”に出あうと、出来るだけその時感じた印象を留めたい、と思っています。

このブログに掲載している写真は注釈のあるもの以外、全て自身で撮影したものです。もちろんプロの足元にも及びませんが、少なくとも“この写真で何を伝えたいか”ということはかなり意識をしています。ちなみに普段持ち歩いているのはコンパクト・デジカメ。CANON IXY920ISという製品を使っています。これで上手く撮れないなと思ったことは殆どなく、失敗したなと思う時はカメラの問題ではなく、撮る側の問題として捉えています。

私が通った武蔵野美術大学の基礎デザイン学科では、一年時に写真論という授業があり、一眼レフカメラを使いネガ・ポジフィルムによる撮影から現像まで、一通りの技術を学びました。二年時以降も自身の作品を撮影したり、その授業が随分と表現・記録したりする際、大変役に立ったことを今でもよく覚えています。

ところが、今の仕事を始めて様々な土地の調査に行くようになり、『お前の写真は使えない!』と何度も上司から雷を落とされました。最も頻繁に言われた台詞は以下のもの(…未だに染み付いています)。

『余計なものを入れるな!』

『余計なものも入れておけ!』

入社一年目で、余計なものとそうでないもの、区別が付くはずあるまい、と今は思うのですが…。その時は悔しい思いでいっぱいでした。何せ当時はフィルムですから、現像・プリント代が無駄になってしまうのです。失敗したからといって撮り直しに行けない、遠方の場合も多々ありました。

そのように言われ続けるうち、“余計なものを入れるべきではない写真”と“あえて余計なものを入れてその対比を見せるべき写真”があるということがわかってきました。つまり、何を・どう撮るか、常に考えなくてはならないということなのです。

色彩計画を検討する際は、常に『この建物の色が周囲との関係性においてどのように見えるか』ということを考えています。それを全く同じような思考で、日常のまちなみから切り取ることが出来るようになると、常に実際の見え方を想像しやすくなりました。

単なる記録としてではなく、自身が撮影したものによってこういう色の完成性は好ましい・好ましくないという解説を行う場合には、“説得力のある写真”が必要になるのですが、これがあまりに説明的だったり、いわゆる“ドヤ顔”していたりすると、見る側の気持ちしては素直に受け入れられない部分があると思っています。

何を・どう撮るかという自身の気持ちは、見る人にどう感じて欲しいかを意識しつつも、相当制御されたものでなければならないと感じています。
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目地色の効果-02

2011-01-28 13:46:12 | 色彩デザインのアイデア
昨日ご紹介した“タイルのレシピ”に基づき、制作された見本が30枚ほど届きました。一旦全てを並べて、色幅やテクスチャーの具合を確認しました。

結果的に、細かな指示をしたにも係わらず、かなり濃淡の幅が出てしまっていましたが、単品ではなく少し広い面積で見た際、このくらいの幅がある方がむしろ検討中の物件にはふさわしいかな、という判断に至りました。

タイルの中でも特にせっ質の製品は、塗料のように微細な調整が困難です。原料の土や焼成温度により多様な変化が見られるのが特性ですから、無理にコントロールしようとするこがそもそも間違っているのでしょう。

その見本を元に、今度は目地を詰めて実際の壁面に展開する際の仕様を詰めて行きます。下の写真は上下で微妙に目地の色に変化を付けています。明度は同じくらいですが、下段の方がややウォーム寄りのグレイです。



タイルの色調と同調するような目地色は、外壁を面として扱いたい時に効果的だと思います。同調し過ぎると折角のタイルが塗り壁のように見えてしまう心配があるため、目地はタイル面よりも少し(2mm程度)下げ、近付いた際に陰影が感じられるような工夫をしています。

次に、タイル一枚ずつの表情を際立たせるため、濃グレイを合わせてみたものも作成しました。タイルよりも濃い目地色を用いると、縦横のラインが強調され、少しシャープな表情が感じられる、と思いました。



このような詳細な検証を行い、いよいよ現地で他の素材と合わせ、決定品を選定することとなりました。これはもう完全にストライクゾーンに入っていますから、後は全体との関係性において、基壇部を“どのように見せたいか”という観点で判断していきます。

私個人としては、上の写真の下段のウォームグレイが良いと思っているのですが、結果は如何に。クライアントや設計者の意見を聞きながら、検討を進めて行きます。
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素材の色彩調整

2011-01-27 19:55:32 | 色彩指定のポイント
とある集合住宅の低層部分に、質感の豊かなタイルを採用することとなりました。このタイルは少し特殊な製法で製造されており、一枚ずつ手加工で様々なテクスチャーを表現しています。

ざっくりした土の風合い、良い意味でのラフさが印象的な素材です。これは一般的な量産品のように決まった形状やサンプルがなく、都度現場毎に見本焼きを行い、候補色・サイズを選定し大判見本、本生産という流れで製作を行います。

これはメーカーの営業担当の方が、私達の“狙いどころ”を受けて工場の職人に指示をするためにつくったいわば“タイルのレシピ”です。



ボディ(基調)の色の具合、白っぽい粉を吹いたような色が多くならないで欲しいこと、表面のテクスチャー3種の混合比率。営業担当と工場の職人の間で交わされる、特殊な用語や言い回しがあるのだと思います。

一枚ずつ表情の異なるタイルは、ともすると“色や質感の暴れ”が大きくなり、粗雑な印象になる可能性もあります。ですが、あまり神経質にコントロールしすぎると、このタイルの特徴が損なわれてしまいます。その適度な加減は他の部位の仕上げ材等と併せ、総合的に検証を行いますが、とても難しいものです。でも、最も楽しい作業でもあります。

上記のようなレシピの元、まず30枚程の見本が送られて来ました。まずレシピ通りであるか否かを確認するのはもちろんですが、外れていても全体を並べて見ると結構いい感じ、という場合も多々あります。

その結果は、また後日。
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外装に白を使用する時、留意していること

2011-01-26 21:41:09 | 色彩デザインのアイデア
色彩計画というと、とかく多色を使う、或いは鮮やかな色を使うと思われがちですが、白系色やアルミ、乳白ガラス等の素材色を基調とした計画にも多々、係わっています。

これは間もなく竣工するとある団地の建替え計画。コンクリート打ち放しとアルミのシルバーが多くの面積を占めています。特徴あるファサードのマリオン(化粧柱)は設計者の強い要望により、軽快な白系色を採用しています。形状の特徴を生かすため、平滑に仕上がりつつ防汚性に優れた塗料を用い、時間の経過に耐える素材選びが検討されています。



色彩計画では、シンプルな外観に対し、特に歩行者のアイレベルにおいてもう少しヒューマンなスケール感に添った変化が必要だと考えました。そこで、マリオンの縦分節に併せ、第二構面(奥のサッシの面)をやや対比の強い2色を使い吹き分けることとしました。

使用した2色の明るい方は10YR 7.0/1.0程度のライトベージュ、暗い方は10YR 4.0/2.0程度の、やや明度の低いブラウン系の色彩を展開しています。第二構面は奥まって影になるので、一見、色を変えていることには気付きにくい。ですが、手前のバルコニー手摺子には隙間がありますから、建物に近付くとその“隙間から感じられる奥行感”が異なっていることがわかります。

このような配色方法は、この住宅に暮らす人や毎日街区の周辺を行き来する人が、何かの折りに“ああ、よく見ると色変えているんだ”と感じたり、言われて気付く程度で丁度良い、と思っています。

第二構面に展開した濃淡2色自体を曖昧にしているわけではなく、明暗の対比はかなりしっかりと付けています。その対比がもたらす効果はさりげなく穏やかなものであるべきだと考えました。例えば、写真では冬枯れの樹木のシルエットがアルミの手摺子に映し出されていますが、第二構面が暗い部分の方がより陰影がくっきりと見えます。手摺子の隙間の明暗の差が、外部からの光によって手摺子の表情の差異を際立たせるのです。

今回の計画では色気のある色彩は第二構面の彩度2.0程度が上限です。とても穏やかな低彩度色~ニュートラル系の素材・色彩の集積です。ともすると無機的な印象が強調されすぎてしまう恐れもありますが、それらの素材を白によって引き立てたり明度の対比により陰影を強調したりすることにより、周囲の風景をファサードに取り込み、現代的でシンプルな表情の中にも有機的な自然の移ろいや季節・時間の変化が生き生きと感じられるような外観の形成を目指しました。

住宅にアルミやガラス、コンクリート打ち放し等の素材と共に白系色を使用する場合には、一段と素材同士の相性や陰影がもたらす効果などに気を遣っているように思います。
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自然の現象から学ぶこと

2011-01-24 13:35:09 | 日々のこと
首都大ネタをもう一点。
4限の講義を終えて校舎を後にすると、丁度陽が傾き始める時刻でした。法面のススキが冬の柔らかな陽射しを受け、黄金色に輝くさま、しばし足を止めて見入ってしまいました。



私達が普段眼にしている風景の中には、様々な色彩の現象を見ることが出来ます。透明感、奥行き、重なり、輝き、反射、進出、後退、膨張、収縮…。まだまだ沢山あることでしょう。これらはその有機的な造形と共に、時間(天候・季節を含む)の変化の中で刻々と移り変わって行きますが、その変化は大変微細なものです。

私達はそのような眼の前で“起きている現象”を受信していると言ってもいいでしょう。微細な変化は注視しないと見過ごしてしまう、儚げなものです。

先日、建築を専門としている方が、『建築を専門にしておきながら何だけど、感動の質では自然を超えた建築には出逢ったことが無い』というニュアンスのお話をされていて、少し意外な印象を持ったと共に、自身を振り返ってみてもなるほど、それに近い部分も多々あるように感じました。

自然のつくり出す風景が何故こんなにも私達の心を捉えるのか。私は、『移り変わること』が一番の要因なのではないか、と感じます。四季の変化はもちろんのこと、一日の時間の流れの中でも様々な動きがあります。

何とかこのような微細な変化の一瞬を写し撮りたいと思う気持ちと、どんなに小さな自然、一本の木や小さな草花でも、それを生かす環境というものを意識して行きたいと、身近な風景を見ながら、考えています。
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