アジア映画巡礼

アジア映画にのめり込んでン十年、まだまだ熱くアジア映画を語ります

2020 FILMeX & TIFF<DAY 9>(上)

2020-11-07 | アジア映画全般

今日は早起きして(私にしては...)FILMeX、その後TIFFで台湾映画を2本というスケジュールでした。その早起きして見た作品『デニス・ホー:ビカミング・ザ・ソング』が非常に中身の濃いドキュメンタリー映画だったので、まずはこの1本だけをご紹介します。

『デニス・ホー:ビカミング・ザ・ソング』
2020/アメリカ/英語/83分/原題:Denise Ho: Becoming the Song  
 監督:スー・ウィリアムズ(Sue WILLIAMS)
 出演:デニス・ホー(Ho Wan Si/何韻詩)

デニス・ホー(何韻詩/ホー・ワンシー)は、1977年5月10日香港生まれ。両親はいずれも教師で、兄が1人います。香港返還が決まった1984年の中英共同声明のあと、一家は1988年、デニスが11歳の時にカナダに移民します。1988年は「8(音が“発達=金儲け”の”発”に通じるというので、中国語圏では縁起のいい数字とされている)が2つ重なるので縁起のいい年」とされ、この年香港は海外移民ブームに沸いたのでした。カナダで閑静な住宅地に暮らし、のびのびと青春時代を過ごしたことを、デニスは本作の中でも懐かしみ、両親に感謝しています。

Anita Mui Yim-fong 2000s.jpg

歌手になろうと思ったきっかけも、興味深いものでした。まだ香港に住んでいた9歳の時に、デニスは紅館と呼ばれる香港コロシアムで行われた、当時人気急上昇中の女性歌手梅艶芳(アニタ・ムイ/上写真は香港版Wikiより)のコンサートに行きます。その時からデニスはアニタ・ムイの大ファンとなり、自分も彼女のような歌手になりたいと思い始めました。カナダ時代にも歌を歌ったり、曲を作ったりしていたのですが、やがて香港に戻り、1996年無線電視(TVB)の第15回新人歌手コンテストに出場して優勝、歌手デビューへの道が開けます。しかし、このコンテストのスポンサーだった華星(キャピタル・アーティスト)というレコード会社は、アニタ・ムイや張國榮(レスリー・チャン)を擁する歌謡曲系ポップスを得意とする会社で、デニスのカラーはそれに合致せず、彼女は苦闘することになります。デニスはそれまでもアニタ・ムイに2週間に一度はファンレターを書いていたそうなのですが、彼女に頼み込み、弟子にしてもらいます。そして、アニタ・ムイのバックコーラスなどをこなすうちに、彼女と一緒に歌った曲「女人煩」が1999年のアニタ・ムイのアルバムに入り、やっと実質的なデビューを果たすのです。

First

その後、レコード会社を移籍したりして初アルバム「First」が出たのが2001年(上の画像はこちらのサイトより)。以後デニスは実力派歌手として様々な賞を受賞したりするのですが、2003年12月30日、アニタ・ムイが病気で亡くなってしまいます。まだ40歳でした。この年は、年頭から香港をSARS(コロナウィルスによって引き起こされる重症急性呼吸器症候群)が襲い、4月1日にはレスリー・チャンが自殺するなど、香港の芸能界にショックな事件が起きた年でしたが、アニタ・ムイの逝去はそれにダメ押しをするような出来事でした。デニスも本作の中で、大きなショックを受けたことを語っています。アニタ・ムイが亡くなったあとの10年はいつも彼女の影を感じていたそうで、デニスのコンサートにもアニタ・ムイのコンサートの影響が色濃く出ていた、という話にかぶる映像は、なるほど、と納得のものでした。

今回上映された本作は、歌手としてのデニスよりむしろその後の社会活動家としての彼女を描いているため、上記のような部分は簡潔に説明されています。それでも、1997年の香港返還を挟んだ約20年の香港の状況が的確に捉えられており、当時香港に併走していたような思いを今も抱く人にとっては、アニタ・ムイとレスリー・チャンが歌う「芳華絶代」が流れるなど、心を揺さぶられるシーンがたくさん登場します。その頃からの香港映画&音楽ファンの人には、絶対に見てほしい作品です。その後、デニスは30歳ぐらいの時から香港の社会問題に目を向けるようになり、障がい者の人と一緒に歌ったり、「達明一派(タットミン・ペア)」の黄耀明(アンソニー・ウォン)の同性愛者カミングアウトに影響を受けたりと、いろいろ試行錯誤を重ねます。アンソニー・ウォンは本作の冒頭から、コメンテーターのような形で発言する人たちの1人として登場するのですが、彼と達明一派についてはのちほどまとめることにします。

その後デニスは歌手としても活動の場を広げ、中国大陸でもコンサートを行ったりして、ファンを増やします。それに伴い、中国市場向けの顔としていろんな商品のCMにも起用されていきます。ところが2014年、香港の行政長官(香港では「特首=香港特別行政区の首長」と呼ぶ)選挙に関して中国政府が、民主派の人間が立候補できないよう横やりを入れてきたことから、香港で大規模な反対運動が起こります。アンソニー・ウォンらと共にデニスも反対運動に参加、中国政府の顔色をうかがう芸能人がほとんどという中で、デニスらは積極的に運動の最前線に立ち、発言を重ねていきます。その後、この運動は香港島北部の中環や金鐘地区の占拠という「雨傘運動」へと発展していくのですが、最終的には鎮圧されてしまいます。

そして、デニスへの見返りは、中国での活動ができなくなり、CMからも降ろされるという、実に露骨なものでした。以後、小さな会場やライブハウスでのコンサートを続けながら、デニスはその後も香港の将来のために社会的、政治的活動を続けています。時には国連で窮状を訴え、時には海外在住香港人の前でコンサートを行うなど、精力的に活動するデニスの姿をほぼ昨年末まで追って、本作は終わります。

本作を見てとても印象に残ったのは、最前線に立ちながら「冷静に!」とみんなに呼びかけ、相手の警官たちに向かっても対話しようとするデニスの姿でした。上は逮捕されるシーンですが、その後、その時捕まった仲間たち全員が釈放されるのを見届けてデニスは警察署から出てくるなど、活動家として実に立派な人だ、と思わせられました。本作はここ数年間の運動の記録としてだけでも見る価値があり、ニュース映像では知り得なかったシーンが見られます。また、もう一つ印象に残ったのは、デニスをサポートする素晴らしい家族でした。今は香港に戻っているらしい両親の知的な様子、バックバンドのピアニストととしてもデニスを支える兄が垣間見せる配慮など、人間性に感服するシーンも多々ありました。

そして、アンソニー・ウォンの健在ぶりも、嬉しい驚きでした。達明一派は1984年に結成されたデュオで、異能の作曲家劉以達(タツ・ラウ)がほとんどの曲を作り、これまた異才と言うべき作詞家陳少琪がとんがった歌詞を付けて、1986年にアルバムを出します。哲学的で虚無的というか、当時の香港ポップスとは全く異質な歌詞に、タツ・ラウのテクノ系音楽がピッタリとハマって、一面で当時の香港の気分をよく表す音楽となっていました。最初の頃、日本の香港ポップス・ファンは「アンソニーはタツ・ラウの楽器ね」と言ったりしていたのですが、その後アンソニー・ウォンも作詞や作曲をこなすようになり、1990年代に入るまでの数年間、一時代を画する足跡を残します。特に、中国返還を見据えての曲作りで話題になり、歌詞に「基本法」という単語を読み込ませたものがあったり、「鄧小平」から始まる歌詞があったりと、聞いている方がおののくような曲を発表していたのでした。その後、タツ・ラウの方は周星馳(チャウ・シンチー)のコメディ映画の常連になったりしてだんだん2人は離れていくのですが、アンソニー・ウォンはゲイであることをカミングアウトしたあと、社会運動にコミットしていったのですね。そんなことも感慨深かった本作でした。

監督は、アメリカ人のドキュメンタリー作家スー・ウィリアムズ(上写真)。上映後のオンラインQ&Aに登場した彼女の話では、彼女自身がデニスの歌のファンのようで、劇中、デニスが歌う広東語曲の歌詞英語訳を出す時にも、普通なら画面下に出すのを工夫し、デニスの顔付近で邪魔にならない場所に出したとのこと。デニスの歌っている表情とかをしっかり見てもらいたかったから、と言っていましたが、見ていて「どうしてこんな字幕の出し方を?」と思ったため、大納得でした。下の画像で、筆記体の英語で出ているのが歌詞の字幕です。

製作費は110万ドル、つまり1億円超ということで、それだけにあらゆる面で完成度の高い作品になっています。一時的にオンライン配信もなされるようですが、ぜひこの作品は日本で公開してほしいです。中国はもちろん、香港でも上映される見込みのない作品とのことなので、その点でも日本での公開は意味があります。配給会社様、ぜひ名乗りを挙げて下さいませ。オンライン配信に関しては、市山ディレクターのこちらのインタビューや、FILMeX公式サイトをチェックしてみて下さい。11月21日からの開始のようです。最後に予告編を付けておきますので、ぜひご覧になって下さい。

Denise Ho: Becoming the Song – Official Trailer

 


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