年齢は92歳です。
背筋をきちんと伸ばして1時間立ったまま話された。
ルバング島で29年間、潜伏して生き延びた体験、ユーモアを交えて友人との思い出話、マイナスをプラス思考に考えて生きてこられた体験を聞いた。
戦争はいけないとか平和がいいとかそんな言葉を一言も出されなかったが講演の中で思ったことは話を聞いていて私は「戦争は絶対にしてはいけない。戦争で人間を変えてく恐怖をしみじみと感じた。極限になると智恵と工夫で生き延びられる生活体験にやはり戦争は人間を変えていく」ということを知った。
小野田さんは当時の戦争のことをこまごまと話されなかったが私は平和であることをかみしめていた。物のなかった戦後日本のあの時をもう1度思い出して自然と人間、人間と智恵、智恵と生き方をやり直さないといけないと思った。
青少年の心と体の育成に取り組まれる小野田さん。現在の日本をどう思っておられるのだろうか。決してそういったことを言葉に出されなかった。
辛かった戦争体験を淡々と話された。
講演の様子は後日、「韓日サロン・・・リビングルーム」で画面構築をします。この4・5日は忙しいので来週あたりに画面構築をします。
昨日も阪神は巨人に負けた。
延長10回の裏で巨人の高橋選手のホームランでさようなら勝ちされた。
こうなるとやはり巨人の選手が強いのか。
土壇場になると底力を出すのが巨人の選手なのだろうか。
阪神の選手は野球小僧のようにぼんぼん的なのか。甘い。甘い。
昨日も予想通り、最後には巨人が力を振り絞るので負けると思っていた。
やはりその通りになった。
アンチ阪神は昨日の試合で膝を叩いて喜んでいた巨人フアンの様子が目にうかんでくる。阪神の負ける様子に声もなくただ苦虫をつぶした顔でテレビを見ていた。もちろん後のヒーローインタビューは見ないで他のチャンネルに変えた。
しかしまだ阪神がクライマックス試合に参加できる見込みがある。
ただ勝つのみであるが----。
ぼんぼんの阪神選手、土壇場になると力がなえていく。
底力を発揮する土壇場力を見せてもらいたい。
まだあきらめない阪神フアンは多くいるはずだ。
何かを見せてもらいたい。
今日は高校時代の同級生と昼食を一緒にすることになっている。
高校時代はアクの強い個性的な人に憧れて長いこと友人関係を保ってきたがその個性に振り回される友人たちに嫌気がさしたのは50歳になろうとしたときだった。嫌気がさして彼女たちに「会いたくない」と私は宣言して10年と少し会うことはしなかった。この中の1人だけは電話をして彼女の自宅近くに仕事で行くと会ってお茶タイムを持った。
しかし友人仲間を振り回しているのがこの人と気がついたのは65歳になってからだった。その少し前に彼女たちと旅行に行った。
しかしここで見たものは彼女たちがまったく変わっていなかったことだった。私が仕事を持って世間にもまれて30分も話せばその人の成りが分かることに
彼女たちは気がついていない。もうその個性に振り回されることはしない人間性になったことに気がついていない彼女たちの生き方そのものにがっかりした。個性が強くてもある程度の常識を備えて親しき中でもいってはいけない言葉の礼儀もわきまえていなかった彼女たちにがっかりした。
私の心は切なくて空しくて心臓が潰れそうだった。
しかし私は何もいわないでじっと我慢した。
我慢することがこの人たちのことを後で批判できることになるだろうと思った。
今、ここで私は何もいわない。
私に勝ち誇った彼女たちの心の中が見えたが我慢したあの6月のことが今も思い出す。これを機会に彼女たちに対して初めて顔も見たくないほど嫌悪感になった彼女たちの姿である。彼女たちは私の堪忍袋を切れることを見抜いていなかった。それほど私の人間性を無視していた。何をいっても怒らない私の性格をそのまま学生時代のままと思い込んでいた。
仕事を通して私はどれほど成長させてもらったのか彼女たちは気がついていなかった。彼女たちは何をこの半世紀学んだのだろうか。
同級生でも礼儀と秩序が必要である。
私はやはり普通の生活、普通の主婦を大切にして生きた人生に自分で拍手を送っていた。
それから彼女たちには何の未練もなくなった。
冗談で笑い話で人の揚げ足取ることはあっても本人を目の前にして個人的に批判することはこんな年になってするものたではない。この中の1人、在日同胞は日本国籍にきりかえて日本人になっていると思っているがそうではない。
私から見ると、人を人前で平気で批判して快感を味わっているこの気質は韓国人の気質そのままでどこかの思想教育を受けたそのままにマイドコントロールしている。あっけらかんと後は平常に戻れるところは韓国人気質も備わっている。いってもあとはあっけらかんとしている。民族性の1つである。
他の2人も人の性格判断をして批判するのが好きで----。
私はこんなことは好きでないのでやはりあわない。
自分がどれほどの人間なのか----。
人1人1人は芯があって強くて心意気があっても1人では生きていくことはできない。人間は完璧になれない。
一長一短を持ち合わせて生きている。欠点もその人の人間性である。
還暦を過ぎた彼女たちにそんなところは見られなかった。
学生時代そして10代から20代の初めを過ごした青春そのままの気質で生きてきた。まったくそこのところが羨ましいという人もいるだろうが私はただ嫌悪感しかない。
こんなところはまったく私は会わなくなった。
普通に一生懸命に生きてきた温かい心に強さのある同級生たちと会ったり旅行に行ったりしていると彼女たちは1960年代、何でも批判した青春の若者の残像がまだある彼女たちに何の魅力も感じなくなった。
私を普通に育ててくれた親に今さながら感謝をしている。
そして在日コリアンの2世として生まれたが親は思想に偏らないで日本社会で生きていく術を身につけさせてくれたことにも感謝をしている。
仕事を持つ女性より主婦としての家庭人で生きることの大切さを教えてくれた親に感謝している。主婦という家庭人で生きることに反発した私の青春だったが老いてきて親が育ててくれたことにすべて意味があったとようやく分かってきた。
これから外出の支度です。
背筋をきちんと伸ばして1時間立ったまま話された。
ルバング島で29年間、潜伏して生き延びた体験、ユーモアを交えて友人との思い出話、マイナスをプラス思考に考えて生きてこられた体験を聞いた。
戦争はいけないとか平和がいいとかそんな言葉を一言も出されなかったが講演の中で思ったことは話を聞いていて私は「戦争は絶対にしてはいけない。戦争で人間を変えてく恐怖をしみじみと感じた。極限になると智恵と工夫で生き延びられる生活体験にやはり戦争は人間を変えていく」ということを知った。
小野田さんは当時の戦争のことをこまごまと話されなかったが私は平和であることをかみしめていた。物のなかった戦後日本のあの時をもう1度思い出して自然と人間、人間と智恵、智恵と生き方をやり直さないといけないと思った。
青少年の心と体の育成に取り組まれる小野田さん。現在の日本をどう思っておられるのだろうか。決してそういったことを言葉に出されなかった。
辛かった戦争体験を淡々と話された。
講演の様子は後日、「韓日サロン・・・リビングルーム」で画面構築をします。この4・5日は忙しいので来週あたりに画面構築をします。
昨日も阪神は巨人に負けた。
延長10回の裏で巨人の高橋選手のホームランでさようなら勝ちされた。
こうなるとやはり巨人の選手が強いのか。
土壇場になると底力を出すのが巨人の選手なのだろうか。
阪神の選手は野球小僧のようにぼんぼん的なのか。甘い。甘い。
昨日も予想通り、最後には巨人が力を振り絞るので負けると思っていた。
やはりその通りになった。
アンチ阪神は昨日の試合で膝を叩いて喜んでいた巨人フアンの様子が目にうかんでくる。阪神の負ける様子に声もなくただ苦虫をつぶした顔でテレビを見ていた。もちろん後のヒーローインタビューは見ないで他のチャンネルに変えた。
しかしまだ阪神がクライマックス試合に参加できる見込みがある。
ただ勝つのみであるが----。
ぼんぼんの阪神選手、土壇場になると力がなえていく。
底力を発揮する土壇場力を見せてもらいたい。
まだあきらめない阪神フアンは多くいるはずだ。
何かを見せてもらいたい。
今日は高校時代の同級生と昼食を一緒にすることになっている。
高校時代はアクの強い個性的な人に憧れて長いこと友人関係を保ってきたがその個性に振り回される友人たちに嫌気がさしたのは50歳になろうとしたときだった。嫌気がさして彼女たちに「会いたくない」と私は宣言して10年と少し会うことはしなかった。この中の1人だけは電話をして彼女の自宅近くに仕事で行くと会ってお茶タイムを持った。
しかし友人仲間を振り回しているのがこの人と気がついたのは65歳になってからだった。その少し前に彼女たちと旅行に行った。
しかしここで見たものは彼女たちがまったく変わっていなかったことだった。私が仕事を持って世間にもまれて30分も話せばその人の成りが分かることに
彼女たちは気がついていない。もうその個性に振り回されることはしない人間性になったことに気がついていない彼女たちの生き方そのものにがっかりした。個性が強くてもある程度の常識を備えて親しき中でもいってはいけない言葉の礼儀もわきまえていなかった彼女たちにがっかりした。
私の心は切なくて空しくて心臓が潰れそうだった。
しかし私は何もいわないでじっと我慢した。
我慢することがこの人たちのことを後で批判できることになるだろうと思った。
今、ここで私は何もいわない。
私に勝ち誇った彼女たちの心の中が見えたが我慢したあの6月のことが今も思い出す。これを機会に彼女たちに対して初めて顔も見たくないほど嫌悪感になった彼女たちの姿である。彼女たちは私の堪忍袋を切れることを見抜いていなかった。それほど私の人間性を無視していた。何をいっても怒らない私の性格をそのまま学生時代のままと思い込んでいた。
仕事を通して私はどれほど成長させてもらったのか彼女たちは気がついていなかった。彼女たちは何をこの半世紀学んだのだろうか。
同級生でも礼儀と秩序が必要である。
私はやはり普通の生活、普通の主婦を大切にして生きた人生に自分で拍手を送っていた。
それから彼女たちには何の未練もなくなった。
冗談で笑い話で人の揚げ足取ることはあっても本人を目の前にして個人的に批判することはこんな年になってするものたではない。この中の1人、在日同胞は日本国籍にきりかえて日本人になっていると思っているがそうではない。
私から見ると、人を人前で平気で批判して快感を味わっているこの気質は韓国人の気質そのままでどこかの思想教育を受けたそのままにマイドコントロールしている。あっけらかんと後は平常に戻れるところは韓国人気質も備わっている。いってもあとはあっけらかんとしている。民族性の1つである。
他の2人も人の性格判断をして批判するのが好きで----。
私はこんなことは好きでないのでやはりあわない。
自分がどれほどの人間なのか----。
人1人1人は芯があって強くて心意気があっても1人では生きていくことはできない。人間は完璧になれない。
一長一短を持ち合わせて生きている。欠点もその人の人間性である。
還暦を過ぎた彼女たちにそんなところは見られなかった。
学生時代そして10代から20代の初めを過ごした青春そのままの気質で生きてきた。まったくそこのところが羨ましいという人もいるだろうが私はただ嫌悪感しかない。
こんなところはまったく私は会わなくなった。
普通に一生懸命に生きてきた温かい心に強さのある同級生たちと会ったり旅行に行ったりしていると彼女たちは1960年代、何でも批判した青春の若者の残像がまだある彼女たちに何の魅力も感じなくなった。
私を普通に育ててくれた親に今さながら感謝をしている。
そして在日コリアンの2世として生まれたが親は思想に偏らないで日本社会で生きていく術を身につけさせてくれたことにも感謝をしている。
仕事を持つ女性より主婦としての家庭人で生きることの大切さを教えてくれた親に感謝している。主婦という家庭人で生きることに反発した私の青春だったが老いてきて親が育ててくれたことにすべて意味があったとようやく分かってきた。
これから外出の支度です。
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