海流のなかの島々

狭く浅くな趣味のあれこれを
波の彼方から語ります

「THE BEE」 @大阪ビジネスパーク円形ホール 5/30

2012-06-06 17:57:02 | 演劇

演出:野田秀樹

出演:宮沢りえ、池田成志、近藤良平、野田秀樹

 

 

昨年の震災の後、「劇場の灯を消してはならない」と息巻いていた野田秀樹だが、それは「東京の劇場」の話。風前の灯となっている地方の劇場なんて見向きもしない。アンタの国費留学の費用をまかなった国民全体にその学んできたことを還元せんかい!とぶー垂れてましたが、ようやく来てくれましたよ。そして、その才能をとことん見せつけてくれました。

パンフの前書きに野田自身による「小道具礼賛」という前書きがある。彼は芝居においてはテーマよりも小道具のほうが重要だと考えている。そしてその小道具を「見立て」ることが演劇の根源的な力だと言う。舞台の上なら椅子を犬に見立てることができる。「見立て」は人間にも派生し、男を女に見立て、女を男に見立て、大人を子どもに見立てることも可能である。見えない小道具ともいえる空間に窓やドアを見立てることもできる。要するに演劇は安上がりで済むという話だと語っている。

私もこれにはまるっきり同意である。豪華な装置、華麗な衣装の舞台も心沸き立つものがあるが、それよりもステージの真ん中に丸太が1本ゴロンと転がっているだけの方が、想像力を刺激されてワクワクするのだ。

今回の舞台でも「見立て」がそこかしこに登場する。床や壁は巨大な一枚の紙でできている。それをナイフで四角く切り取れば窓になる。リングロープのように張り巡らされたゴムは様々に形を変え、リポーターのマイクに早替わり。がっしりした体格の近藤良平(コンドルズ)にグリーンのキャップをかぶせれば、小学生の一丁上がりだ。次々と飛び出してくる「見立て」にワクワクする。このほとんど紙で造られたぺらぺらの世界の中で起こるリアル。このギャップにもう心を掴まれてしまった。

マジメで平凡なサラリーマン井戸。その妻子が脱獄犯、小古呂(おごろ)に監禁される。犯人の妻(宮沢りえ)に夫の説得を拒絶されると、井戸の理性に狂いが生じ始め、そのまま小古呂の妻と子ども(近藤良平)を監禁し、暴力と陵辱の日々が始まる。時々buzzzzと現われる蜂は……理性を失い狂っていく様を表しているのだろうか。その羽音は神経を逆なでする音。イライラする。

ここで登場するのがこの舞台最大の見立て、エンピツである。エンピツは指を表す。近藤良平の指の間に挟んだ5本のエンピツが、毎日1本1本切り落とされていく。そのポキっという音に背筋に悪寒が走る。もう本当の指が切られているようにしか思えない。母親は最初は狂ったように手当てをするが、だんだん諦めたような顔になり指が切られていくのを悲しげに見つめるだけ。子どもも自ら指を差し出すようになる。やがてコトリと息絶える息子を見ても、もう抱きしめも泣きもしない。異常な状況下では母性も麻痺してしまうのだろうか。

毎晩井戸に身体を差しだし、朝食を作り、着替えを手伝う小古呂の妻。

毎晩小古呂の妻を抱き、起きて顔を洗い、三面鏡を開けて髭を剃る井戸。

ストックホルムシンドロームのような様相を呈してきた日々もやがて終わり、舞台に転がっているのは狂気の果てのただの物体。不気味な蜂の大群に覆われて幕。

 

なんか腰が抜けちゃったわ。

 

狂いながらも日々のルーティンワークをこなしていく野田秀樹の狂った顔が凄かった。お目当てのりえちゃんがエロくてエロくて2列目からガン見。裸足の脚は真っ白で、勿論踵もツルツルだった。

 

野田秀樹の芝居、次はいつ来てくれるのだろうか。



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