先日義父が記念切手をくれた。
「日本に手紙を書くときに使いなさい」とくれたのだけれど、勿体なくて使えそうにない。
そのまま額に入れて飾ったら良さそうなくらい素敵な切手だ。
世界で最も美しい切手の4位に選ばれたのだそうだ。
描かれているのはスロバキア低タトラ国立公園に生息する動植物。
切手になっている花はピンクの方がミネズオウ、黄色い方はよくわからなかったのだけど、ユキノシタ属の花のようだ。
上部中央で羽根を広げている鳥はカベバシリ、左上の赤っぽい蝶はクジャクチョウ等々、一つひとつに名前が書き込まれている。
スロバキアには高タトラと低タトラがある。
私たちが住んでいるのは高タトラ(ヴィソケータトリ)で北に位置し、低タトラは南に位置する。
低タトラ、まだ行ったことはないが、緑が多くきれいなところと想像する。いつか行ってみたい。
ところで、最近私たちの村にある郵便局が売りに出されている。
まだ売れていないので営業しているが、いつまであるのか。村に郵便局がなくなったら、不便になると騒いでいたら困るのはChihirkoと生活保護の支給を受けているロマ人くらいだよとマルツェル。確かに。その騒いでいる私だって、なければないで何とかなってしまいそうだもの。
便利になって1週間もかけて手紙を送らなくたってEメールを送れば瞬時に送受信できるようになった。skypeならお互いの顔を見ながら話までできてしまう。
以前は結構筆まめで、しかも封筒に入って切手の貼ってある手紙にあえてこだわっていた私ですら最近はメールやブログで済ませてしまい、個人的に手紙や葉書を送ることもなくなってしまった。
郵便局は母から届く荷物の受取りくらいで、自分が送る時は村の郵便局は毎日集荷していないので、町の郵便局へわざわざ持って行ってしまう。確かに郵便離れしている。
でも切手を見てふと思い出した。
私は小学校の頃、祖父と文通をしていた。中学校に入り部活が忙しくなるまで何年かに渡り毎週書いた。私と妹は月曜日にたいてい週末どこに出かけたとか書き、祖父は受取ったその日、水曜日に返事を書く、土曜日に受取り(あれ?土曜日と記憶しているけれど、土曜日に配達はあったかな?)、月曜日にまた書く。その文通はお互い100通を越えたように記憶している。確か祖父が始めたような、いつしか封筒に番号をふるようになり、何通目と数えるのが楽しかった。祖父の亡くなった今祖父が送ってくれた手紙はもちろん、私と妹の手紙も合わせて実家に保管してある。大切な宝物だ。
その頃の祖父はとうに退職し、たくさんの本を読んだり、毎日散歩したり、何かしらするように努力する人だったが、それでも家にいることがほとんどで手紙に書く話題がないと苦労したそうだ。
けれど、私が学校の社会で第二次世界大戦のことを勉強していると書けば、空襲から逃れた貴重な体験談を手紙に書いてくれた。家財道具の全てを諦め、子供を背負い、濡れた毛布を頭から被り山へ逃げ、眼下に燃える家を見たと言う話、今でも覚えている。小学校の先生がその手紙を授業で使いたいとおっしゃり、コピーしてクラス全員に配った記憶もある。
80歳の老人が10歳の子供に毎週手紙を書くのは容易なことではなかったと思う。それでも毎日のこと、昔のこと、毎週欠かさず手紙を書いてこれだけのものを残してくれたことに感謝している。
それから今度はスロバキアへ来て伯母(先日披露した布絵本等を作ってくれた伯母)としばらく文通した。
伯母はいつもきれいな絵ハガキに記念切手を貼って送ってくれた。
その葉書をリビングに飾るのが私の楽しみになっていたのだが、ネラが生まれて忙しくなったことを言い訳に途絶えてしまった。
でもあらためて思う、どんなに便利になってもやっぱり手紙っていいものだ。形が残る分、記憶も色濃い。
また手紙や葉書を書くようにしようかな。
ネラが字をかけるようになったらネラにもさせたいなとも思う。
ネラにもその経験をさせたいと思います。