スロバキア、タトラ山脈の麓より

スロバキア人の夫と2人の娘と私の生活
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ミサと教会

2022-10-23 | スロバキア2022

聖ユライ教会

小学3年生のサクルカは来年、初聖体拝領を控えています。私が二度目の洗礼式と勝手に呼んでいるこの儀式は、ざっくり言うと、1度目は親の意思で子供に洗礼を受けさせますが、2度目は子供自らの意思でカトリック教徒になる宣言をする儀式です。そしてこの儀式をもって、丸い小さなお煎餅のようなものももらえるようになります。

スロバキアの学校では道徳と宗教(キリスト教)のどちらかの授業を選択します。我が家の子供たちはカトリック教徒で宗教を選択しています。小学3年生になると、学校で初聖体拝領に向けて勉強は少し難しくなり、ミサにも定期的に行くよう指導されます。ラジオ体操のスタンプカードのように、学校で紙をもらい、ミサに行って神父にサインをもらい、サインが紙いっぱいにたまったら儀式に出る権利があるのだとサクルカは言っています。娘たちの先生は教会へは強制されて行くのではなく自主的に行くもの(もっともです)とおっしゃっているので、紙はあくまでも形式的、自己申告でミサに行ったと言うと先生がシールをくれ、それを貯めていくのだとか。娘たちは1年間毎週通わなくても十分に目標達成できるほどの良心的な回数だったと記憶していますが、元同僚の子供は2年間ほぼ毎週サインをもらわないといけなかったとか。

こんな風に言うと本当に本当に怒られそうなのですが、それほど熱心でもない我が家、サクルカのために行った方がいいからという不純な理由でここのところ教会に通っています。そしてこんなことを言ったら更に怒られそうですが、人々が教会に来ないとこぼす神父の説教があまりに説教染みていて、面白くなく、これでは教会に自ら行きたいと思う人は益々減るよなぁと余計なことを考えながら帰っています。でもミサに行くということ自体は嫌いではありません。教会にいるその時間は自然と考える時間や気付きのきっかけとなりますから。

私たちの教会( 聖ユライ教会 kostol sv. Juraja) は実は観光スポットです。スピシュ城とレヴォチャ歴史地区、レヴォチャの教会にある名工パヴォルの手掛けた木製の祭壇はユネスコの世界遺産に登録されていてご存知の方もいらっしゃるでしょう。彼の祭壇はゴシック様式の傑作と言われています。その名工パヴォルの祭壇がこの私たちの通う教会にもあるんです。元々は1273年に建てられ、1464年に再建されたこの小さな教会のステンドグラスや内部の装飾は素人の私でもその歴史の重みを感じるものです。有名なその祭壇は聖ユライが馬にまたがりドラゴンを退治する彫刻です。(神父が怖くて前列に座る勇気もなく、近くで見たことはないんですけどね・・・)


写真:https://map.visitpoprad.sk
ミサの時間以外に内部を見学するには拝観料が必要、そして内部の写真撮影は禁止されています。

私たちの住む、ここスピシュスカーソボタはポプラドにある歴史地区です。スピシュスカーとはスピシュ地方の、ソボタとは土曜日。ドイツ移民が多く靴や衣類、皮製品、ボタンなどの手工業で栄えた町なので土曜日に市が立っていたのかなぁ、と想像しています。そしてスロバキアの多くの地名にドイツ語名があるように、スピシュスカーソボタにもドイツ語名があります。それはゲオルゲンベルグ(Georgenberg)。Georgeという名、英語ではジョージ、ドイツ語ではゲオルグ、そしてスラブ系ではユライに当たります。これで教会と町の名前の謎も解けましたよね。探偵にでもなった気分です。

ところで、スロバキア各地にドイツ語名があるという話。スロバキアの首都、ブラチスラバにももちろんドイツ語名があります。なんだかわかりますか。

Pressburgです。

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