真似屋南面堂はね~述而不作

まねやなんめんどう。創業(屋号命名)1993年頃。開店2008年。長年のサラリーマン生活に区切り。述べて作らず

『昭和が終わる頃、僕たちはライターになった』 (北尾 トロ/下関 マグロ)から話は逸れる・・・

2011-09-25 | 読書-エッセイ/小説etc
昭和が終わる頃、僕たちはライターになった
北尾 トロ 下関 マグロ【著】
ポット出版
(2011/04/14 出版)

北尾トロ

北尾トロゐき
プロフィール


SPBS_TV『昭和が終わる頃、僕たちはライターになった』が出版されます!

「裁判長!ここは懲役4年でどうすか」などの著書でもお馴染みのフリーライター北尾トロさんが、なんと雑誌を創刊するという。

『駅長さん!これ以上先には行けないんすか』

フリーランスライター下関マグロの日記

写真多数。
売れない駆け出しフリーライターの2人がしばしば自分たちの姿を写真に撮っていて、それらをしっかり整理保存していることに驚く。
仕事で使うのでそれぞれ一眼レフを持っていたようなのだが。

本書中の若々しい写真を散々見ておいて、検索してみた著者近影が(あたりまえなんだが)うんと老けてきているので、しみじみ歳月を感じる。
同年代なもんで感慨もヒトシオ。

ついでに、自由か不自由か、高収入か低収入か、単純に2×2に割り切れるものではないと120も承知の上で、敢て考えてしまう。
「自由で高収入」が手に入ればこんなに結構なことはないが、なかなか容易ではないだろ。

本書の著者らは、「自由で低収入」を選び、今日では「自由で高収入」を実現したの?
そうでもないの?

「不自由で低収入」でスタートするのは、ごく普通のことだろう。
ずっとそのままという残念なケースも少なくない?

「不自由で低収入」でスタートした若者は、伝統的大企業勤務の場合、「ウン年後にはあれくらいの地位と収入、さらにうん年後にはあのくらいの地位と収入」ということがイメージできた(場合も少なくなかった)のだろう。
現在の低収入と不自由さは「我慢料」だと割り切れた者が、我慢を続ける…。

我慢を続ければ、将来取り返せるはず---だったのだが。
近年、我慢料を取り返せないケースが続出するようになり、我慢料モデルが崩壊した。

無事に取り返せた人々(逃げ切り世代)はひやひやしつつ胸を撫で下ろし、取り返せないことがわかってしまった世代は、この先も不自由で低収入に甘んじるかどうかを考えないといかんことに?
出直しもできないという中途半端な年代は、「どーしてくれる!」と思うものの、それを言うべき相手もないことから、不満を鬱積させながら…みたいな感じ?

自由/高収入、自由/低収入
不自由/高収入、不自由/低収入

意図して選んだ自由なのか、意図せずに流された結果の自由なのか、という話もあるね。
三次元になっちまうか。

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