かりんとう日記

禁煙支援専門医の私的生活

ゆっくり流れる

2009年04月16日 | がん病棟で
彼女のことが、実は苦手だった。
テンポが合わないというのか、彼女と話をしていると、なぜかいつもイライラしてしまい、あとでたいてい自己嫌悪に陥ることが多かった。

その彼女が、いよいよ具合が悪くなって、緩和ケア病棟に入院した。
お嫁さんがおっしゃるに、彼女の一人息子は、同じ屋根の下に住んでいながら、ここ数ヶ月、お母さんとずっと顔をあわせていなかったという。
お嫁さんは、そんな自分の夫を「冷たい息子」と非難する。

「私は最期までなるべくお義母さんのそばにいてあげたいと思っているんです。危篤状態になったら小学生の息子を自分の親に預けて病室に泊り込みますから、センセイ、その時がきたら教えてください」と、感心するほどお姑さんにとても献身的だ。

しかし、息子さんの気持ちもわからないではない。
彼にしてみれば、悪くなっていくお母さんを見たくなかったのかもしれない。
けれど、今回、呼吸が苦しくなったお母さんを抱きかかえて、自分の車に乗せて病院へ連れて来たのは息子さんだったし、病室に泊まっていく日もある。

「居たって寝てばかりで、なんの役にもたたないのよ(笑)」

入院した翌日、スイカを食べたらむせて苦しくなってしまったけれど、それもどうにか落ち着いて、息子さんのことをそんなふうに冗談交じりに話してくれる。
ワタシはベッド脇の椅子に座って、彼女の話を聴いている。
不思議と、彼女が通院していた頃とは違って、今はイライラすることは全くない。
気づけば、何も話さず、だまったまま時間が流れていることもある。
だからといって、お互い無言でいることが気まずく感じることもない。

彼女が少し荒い息づかいで、息子さんやお嫁さんのことを話をしているのに相槌をうちながら、ボーっとベランダを眺めていたら、植え込みに紫色の小さな花が咲いているのに気づいた。
彼女が寝ているベッドからはそれが見えない。
花にことわって、一輪だけ摘ませてもらった。
小さな花なので、紙コップなどでは大きすぎるため、水を含ませたティッシュに茎の部分を包んで、彼女が寝ながら見れるように、ベッドサイドテーブルに置いた。

どうかこれ以上苦しくならないよう、おねがいします。



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