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かりんとう日記

禁煙支援専門医の私的生活

シューベルトの手当て

2025年06月09日 | おんがく
介護施設で療養中の両親に会いに行った。

おそらく生きている父に会うのは、これが最後になると思ったので、許可されるかどうかわからなかったけれど、一応チェロを携えていった。

施設に行く前に弟の家に寄って、今後の諸々について、ふたりの意見のすり合わせをした。

弟と一緒に施設に出向いたのはちょうどお昼時。

二人とも眠っていて、父は肩をゆすって声を何度かかけても目を開けない。

施設の人が「どうぞ、どうぞ」と言ってくれたので、父の部屋でチェロを弾いた。
何を弾くか、前の晩から考えていたが、結局、シューベルトのトロイメライと菩提樹を弾いた。

【ドイツ語】シューベルト - 菩提樹 (Der Lindenbaum) (日本語字幕)

菩提樹は中学の音楽の教科書の隅にドイツ語の歌詞付きで、おまけのように載っていたが実際には教わらなかった。

ドイツ語を見るのは初めてだったので、夕食の時に話題になり、父が医学生の頃、合唱団で歌ったことがあると、教えてくれた。

父はスポーツ万能で、様々なサークルを掛け持ちしていたマルチプレーヤーだったのだと、母が自慢していたのを思い出す。

こんな風に、時々、子どもの頃に狭い茶の間での夕食のひとときに交わした家族の会話の断片が思いだされるのだけれど、そんな何気ない会話の内容が、自身の養育に役立っていることを自覚することが度々ある。

施設の部屋のドアは開け放されていたから、チェロの音は棟内に響き渡っていたと思われるが、それでも父は目を開けなかった。
聞こえているのかいないのかさえ、まったくわからなかった。

隣の母の部屋をのぞくと、ちょうど嚥下食(ミキサーで細かくした食事)を食べさせてもらっているところだった。

4月に会った時は両親とも私のことがわかったが、食事中の母の表情は私を見ても全く変わらず、誰かわからないようで、無表情なまま口を動かしていた。
一時期はすぐに泣いて、感情失禁状態であったけれど、いまの状態はニュートラル?
苦痛がないのが幸いである。

母は最近はその日によって食べたり食べなかったりで、少量の輸液をしているが、手はむくんでおり、「意識が低下して食べなくなったら点滴もやめようと思う」という弟の方針に賛同の意を伝えた。

母の部屋でもトロイメライを弾いたが、やはりまったく無関心な様子だった。

子供のころから、ピアノの発表会やオーケストラの演奏会などに親が来てくれると、すごくうれしかった。
10年ほど前、ミュージカル「サウンドオブミュージック」に楽団員として出演した時に二人して来てくれたのが、最後だったと思う。

私を彼らの娘としてもはや認識できない両親の前で、あえてチェロを弾いたのは、育ててもらった感謝の気持ちを伝えたいと思ったからだし、弾くことでむしろ自分が癒される気がしたから。

別れのための心の準備をさせてくれて、ありがとう。







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