「天狗の中国四方山話」

~中国に関する耳寄りな話~

No.21 ★ 中国に「世界一の半導体チップ」を造る能力はない…中国企業への期待が低下し、日本企業が脚光を浴びるといえるワケ 「中国の受け皿」になる需要は高まっている

2024年01月28日 | 日記

PRESIDENT Online (真壁 昭夫:多摩大学特別招聘教授)

2024年1月15日

中国の技術は思ったより進んでいないようだ

つい最近、中国の半導体の製造能力を確認する重要な報道があった。通信機器大手の“華為技術(ファーウェイ)”が最新ノート型パソコン“Qingyun L540”に、中国製ではなく台湾積体電路製造(TSMC)製の“キリン9006C”チップを搭載したとのニュースだ。回路線幅は5ナノメートル(ナノメートルは10億分の1メートル)。製造時期は2020年7月~9月期という。

このニュースを見る限り、中国の半導体メーカーはまだ最先端の半導体を製造する技術を開発していないとみられる。中国のメーカーが当該技術を開発していれば、当然、TSMC製ではなく自国製を使うはずだからだ。

写真※写真はイメージです

日本の半導体企業にとってはチャンスになる

昨年8月下旬、中国の大手半導体メーカーである中芯国際集成電路製造(SMIC)は、回路線幅7ナノメートルのロジック半導体の製造技術を確立したことが明らかになった。それまで、14ナノメートル止まりと思われていた同社の技術が、ほぼ先端半導体の製造能力まで高めたと警戒感は高まった。

今回の報道により、そうした見方はいくぶんか後退したといえるかもしれない。ただ、先行きは楽観できない。IT先端分野で中国の成長志向は強い。ファーウェイやSMICなどは、半導体製造技術の強化を急いでいる。政府も産業補助金などによって支援を強化する。今後、米国は、中国の半導体製造能力の向上を抑えるため制裁を一段と強化し、先端分野での米中対立は先鋭化するだろう。

その影響を避け安定した製造体制を確立するため、わが国半導体産業の重要性は世界的に高まる可能性がある。国内の半導体関連企業が、これから新技術の研究開発などを強化することはさらに重要になってくるはずだ。

数々の制裁を科されながら製造力を高めてきた

世界経済のデジタル化とともに、あらゆる分野で戦略物資として半導体の重要性は高まった。2018年春以降、米国政府は半導体など先端分野で中国の製造技術の発展を防ぐため、制裁関税や禁輸措置などを強化した。特に、5G通信基地局などの分野で世界トップシェアを誇ったファーウェイへの制裁は強まった。

2022年10月、バイデン政権は回路線幅14ナノメートル以下のロジックなど先端半導体、その製造に用いられる装置も禁輸対象に指定した。半導体製造装置に関しては、日米蘭の連携も強まった。一時、中国の半導体製造技術の開発は困難になったかに思われた。

2023年8月、その見方を覆す出来事が起きた。ファーウェイが最新スマホの“Mate 60 Pro”を発表した。Mate 60 Proは回路線幅7ナノメートルの“キリン9000s”チップを搭載し、5G相当の通信にも対応した。キリン9000sの設計・開発は傘下のハイシリコン、製造はSMICが行った。

「5ナノチップ」実現も時間の問題とみられていたが…

2023年10月に米戦略国際問題研究所(CSIS)が公表した報告書によると、ファーウェイやSMICなどは、ペーパーカンパニーをつくって米国などの半導体製造技術を入手した。回路の設計と開発に関しては、米国のソフトウェアのコピー(海賊版)も用いた。

SMICは、28ナノメートルの回路線幅を形成する装置を使って7ナノ製品を製造した。また、中国は需要に関係なく、日米欧メーカーの製造装置などを買い増したことも報告された。世界は、中国政府の先端分野における製造技術向上への執着心の強さを見せつけられた。

Mate 60 Proの発表をきっかけに、米国では、それまでの制裁の効果が想定通りではなかったとの見方が増えた。中国の半導体製造技術の発展は想定を上回り、5ナノのチップ製造も時間の問題との懸念は高まった。

中国の半導体製造技術の向上に伴って、米国の経済安全保障体制の不安定感は増すとの警戒感も上昇した。AI(人工知能)に対応した、GPU(画像処理半導体)の対中輸出をより強く規制すべきとの議論は熱を帯びた。

TSMCに頼らざるを得ない状況はしばらく続くか

しかし、今回の報道によって、中国メーカーは回路線幅5ナノメートルの製造能力の実装に手間取っていることが示唆された。それによって、「中国の半導体製造能力の発展は急速」という見方はいくぶんか後退しただろう。

CSISの報告によると、2021年7月の時点でSMICはEUV(極端紫外線)を使わずに7ナノメートルのチップを製造していた。昨年8月のMate 60 Proの発表時点での良品割合は50%程度だったようだ。2021年7月時点における中国の半導体製造の発展レベルは、試験的な生産と位置付けるべきかもしれない。

そこから2年以上の時間が経過したが、報道に基づく限り、現時点で5ナノメートルの回路線幅をSMICが自力で製造し、最終製品に搭載することは容易ではないとみられる。ファーウェイは、2020年7月~9月期にTSMCから調達した回路線幅5ナノメートルのキリンチップの在庫を使わざるを得なかったとみられる。

写真=※写真はイメージです

技術停滞を投資家も警戒している

なお、TSMCは、回路線幅7ナノから5ナノへ製造技術の進歩を実現するため約2年の時間がかかった。7ナノの試験生産を開始したのは2017年、量産は2018年頃。2020年初めに5ナノ量産体制を確立し、微細化も加速した。

現時点で、SMICなど中国の半導体製造能力は、そうした加速度的な発展を実現するには至っていないようだ。米国は、これまで以上に先端レベルのチップ(メモリー、ロジック、GPU、パワー半導体)、半導体の製造装置や関連部材、知的財産の中国への流出を防ぐ対策を強化するだろう。

1月8日、香港の株式市場の序盤でSMIC株は下落した。中国半導体産業の製造技術の発展に追加的な時間とコストがかかるとの懸念は高まった。

中国政府はそうした状況を克服するために、ファーウェイやSMICなどに対する支援を強化するはずだ。世界トップレベルにあるAIや量子計算技術などの研究開発の支援も強化される可能性は高い。中国は、あらゆる手を用いて先端半導体の製造技術の遅れを挽回し、内製化を急ぐだろう。

日本企業が受け皿になるチャンスが到来している

今後、半導体など先端分野での米中対立はさらに熱を帯びそうだ。2024年11月に大統領選挙を控える中、米国は対中禁輸措置などを強化し、中国の半導体製造能力の向上を抑えようとするだろう。中国はそれを跳ね返そうと産業政策などをさらに強化するはずだ。

そうした変化は、わが国の半導体産業が復活を目指す追い風になる可能性もある。中国への製造技術への流出を阻止するため、米国はTSMCなど台湾企業にも連携強化を求めるだろう。地政学リスクへの対応で、半導体製造拠点の地理的分散も加速するだろう。台湾から主要先進国などへの半導体供給は鈍化する可能性がある。

受け皿として、汎用(はんよう)型の半導体製造、半導体製造装置、関連部材メーカーが集積するわが国の重要性は高まる。2023年11月、熊本県にTSMCが第3工場を建設し、回路線幅3ナノメートルのチップ製造を検討していると報じられた。総事業費は3兆円に達する。背景には、事業環境の変化に対応する狙いがありそうだ。

 

日本は早急に最新のチップ製造を実現せよ

そこにわが国の半導体産業が復活を実現するチャンスはある。それは、わが国経済の実力である潜在成長率の回復にも大きく影響する。関連企業に必要なのは、常に新しい(高付加価値の)半導体製造技術の実現に取り組む姿勢だ。

足許の世界経済では、車載用半導体の供給過剰懸念が高まった。一方、AIの利用増加に欠かせないGPUの供給は、今のところ需要に追い付いていない。メモリー分野では“広帯域幅メモリー(HBM)”と呼ばれるデータ転送速度が高い、新型のDRAMチップの需要が増加し徐々に市況底打ちの兆しが出た。

今後、もし米国の景気減速が鮮明となれば、一時的に半導体市況が軟化する恐れはある。そうした逆風に対応しつつ、わが国の半導体産業界は最新のチップ製造技術の実現を目指す必要がある。そうした機運の上昇は、わが国の経済の成長力を回復することに寄与するはずだ。

真壁 昭夫(まかべ・あきお)

多摩大学特別招聘教授。1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。

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No.20 ★ 習近平、「エリート金融集団」まで骨抜きにして自滅確定…!「中央に吸い上げ」を始めた中国に全世界の投資家が疑問

2024年01月28日 | 日記

現代ビジネス (真壁 昭夫:多摩大学特別招聘教授)

2024/1/15

photo by gettyimages

金融機能を政府直下に

このところ、中国政府は、中央銀行である“中国人民銀行”が担当する金融政策・金融行政の機能を、政府や党直下の行政機関に移している。

 例えば、金融監督機能は2023年に新設された“中央金融委員会”(共産党主導の組織)に移管された。中国人民銀行も同委員会の管轄下に置かれた。  これらの変更によって、事実上、金融政策は何立峰副首相が担当する体制に移行したと考えられる。  習近平政権による中央銀行から政府等への金融行政機能の吸い上げは、今後の中国経済にとってマイナスの影響を与える懸念もありそうだ。  経済の専門家の間では、中国人民銀行は金融政策・金融行政に関する高度な専門家の宝庫との見方は多かった。  

高度な知識と専門性を持つ人材の活用が可能だったからこそ、改革開放以降、中国は深刻な金融システムの不安定化を起こすことなく高い成長を実現したともいえる。

こういう時こそ必要だった

 足許、不動産バブルの崩壊によって中国経済はかなり厳しい。   1月5日、シャドーバンク(影の銀行)大手の中植企業集団の破産清算申請が受理された。  こうした時こそ、中国人民銀行が持つ金融政策の実務家集団の能力発揮が必要との見方も多い。  

  しかし、習政権はそうした中央銀行の権能を削ぎ、統制を強めようとしている。それで本当に今後の経済・金融政策が奏功するか、疑問符が付くところだろう。  

1978年に改革開放が始まる以前、中国における銀行の機能は、すべて中国人民銀行が担っていた。改革開放以前、銀行といえば人民銀行しかなかった。  

そうした諸状況をよりどころに中国人民銀行は、国内の金融政策および行政さらにはクロスボーダーでの資本取引を綿密にモニターし、機敏に必要な対策を実行する体制を強化した。

冷戦やリーマンを乗り越えてきた

 改革開放の進展に合わせて中国の銀行制度は変化した。  まず、中国人民銀行から分離する形で大手の国有銀行が誕生。1990年代以降、中国人民銀行の監督のもと民間の商業銀行も増えた。  

中国人民銀行は、若手の職員を海外の有名大学に留学させたり、金融政策の効果に関する海外の事例研究を強化したりして、金融政策・行政能力を高めたのである。  

その結果、冷戦の終結、アジア通貨危機、リーマンショックなど世界経済の大きな変化や混乱を克服した。  世界のセントラルバンカーや経済の専門家の間では、中国人民銀行は世界的にみても有能な金融政策・金融行政のプロ集団としての見方が定着していった。  

習政権下で国家副主席を務め“金融行政のプロ”として国際的にも評価が高かった、王岐山氏は人民銀行の副頭取を経験した。  彼はリーマンショック時、同氏の金融行政手腕は中国金融システムの安定に重要な役割を果たした。

むしろ削減する方向に

 2002年から2018年までトップの座にあった周小川氏は、“ミスター人民元”と呼ばれた。周氏は党の中央委員を務め、副首相級の待遇も得た。  

王、周両氏の政策手腕、それを支えた人民銀行の高度人材の活躍によって、中国は金融システムの安定を維持しつつ、物価の安定と高い経済成長を達成してきたといえるだろう。  

本来であれば、不動産バブル崩壊で不良債権残高が増加し、デフレ圧力も高まる足許の状況こそ、中国人民銀行の専門家集団の実力発揮が必要とみられる。  

政府は中央銀行の独立性を尊重し、理論的に必要と考えられる金融政策・金融行政の運営をサポートする必要がある。  

しかし、中国政府の組織改革は、中央銀行の力をむしろ削減する方向に進んでいる。  2023年、中国政府は国家金融監督管理総局(NFRA)も新たに設置した。NFRAは証券業以外の金融業界を監督する。

期待された効果を上げるか否か

 中国人民銀行から政府(国務院)と党へ、これまで以上に金融政策・金融行政の機能が吸い上げられた。  

一方、人民銀行のトップには、周小川氏などと比較すると実績、党の序列ともにやや下位に当たる人材が就任した。  

中央銀行の独立性や裁量の余地を狭めることによって、中国政府は金融システム全体に対する統制、影響力の拡大を狙っているのかもしれない。  

問題は、本当にそれが期待された成果を上げるか否かだ。2023年に経済・産業政策の実務家として国際的に評価の高かった劉鶴副首相(当時)は退任した。そして、改革派で知られた李克強前首相は亡くなった。  

現在の李強首相は、経済・金融に関する高い専門知識と豊富な政策運営の経験を持っているとは考えにくい。  

不動産バブル崩壊の負の影響が増大する中、中央銀行から政府への権力の吸い上げが、中国経済の円滑な運営に資すとは考えづらい。  そうした見方に基づき、今後の中国政府の経済・金融政策に疑問符が浮かぶ経済の専門家は増えつつある。

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No.19 ★ 中国、2035年には「年金亡国」へ 60歳定年と高い所得代替率が命取り、“体制維持”優先の政策に限界が来ている

2024年01月28日 | 日記

MONEY VOICE (勝又壽良)

2024年1月13日

中国経済の復活には財政出動が不可欠だが、習近平は体制維持のために財政赤字を増やさない政策に固執している。それでも膨れ上がる年金によって、2035年には財政赤字に陥るだろう。「年金亡国」となる日が着々と近づいている。(『 勝又壽良の経済時評 』勝又壽良)

中国経済にも「失われた30年」が来る?

中国経済最大の課題は、不動産バブル崩壊による後遺症(過剰債務)処理をいかに早めるか、である。これによって、将来の経済成長への道筋が描けるからだ。

だが、習近平国家主席は財政赤字を増やさず、金融緩和で凌ごうという「緩い」姿勢である。

日本が「失われた30年」を余儀なくされたのは、不良債権処理に手間取ったからである。1990年、年頭に株価が暴落し、秋頃から不動産相場の下落を誘発した。当時の日本政府には、バブル崩壊という認識がゼロであり、国債増発で克服できるというケインズ主義の亡霊に取り憑かれていた。

結局2005年、小泉政権によって不良債権整理が完了した。この間、日本は15年にわたって時間を空費したのである。

財政出動が再建のカギ握る

中国は、こういう日本の誤りを繰り返そうとしている。相変わらずのインフラ投資で、地方経済のテコ入れを図り、不良債権処理は金融機関に任せるという微温的な姿勢である。

中国の抱える債務総額は、当時の日本を大幅に上回る350兆円(隠れ債務を含む)にも達する勢いだ。特に、地方政府の財政困窮が激しくなっている。自力での財政再建が不可能な事態である。中央政府が、財政赤字拡大を覚悟して支援強化しない限り、立ち直りは困難な状況だ。

地方政府の財政困窮は、住宅販売の長期不振が理由である。住宅が売れなければ、新規の建設用地売却チャンスがないからだ。この土地売却収益が、地方政府歳入の3~4割も占める異常な財政状態にある。固定資産税(不動産税)も相続税も存在しない地方政府は、土地売却益なしに行政が成り立たない状況に陥っている。

この事態を救うには、未完成住宅の工事を再開させて、市民に対して安心感を取戻させることである。これが、政府への信頼感を繋ぎ止め、個人消費を増やす糸口になるのだ。この「迂回コース」の重要性が、習氏に分からないのだ。

習氏は、財政赤字を増やさない政策が、共産党政権の命脈を保つ上に必要と信じきっている。経済成長よりも、赤字を増やさないことによる体制維持が不可欠という信念である。

元世界銀行総裁のロバート・ゼーリック氏は、習近平氏について貴重な証言をしている。「(私が)世銀総裁を退く2012年に彼(習氏)は総書記になった。当時、私は習氏に『あなたの経済的優先事項は何ですか』と聞いた。答えは『8,660万人の共産党員』だった。多くの世界の指導者と話したが、経済の計画を聞かれ党員数を答えた人はいなかった。彼が目指したのは共産党の強化で、経済は重視していなかった」(『日本経済新聞 電子版』1月7日付)。

習氏はここまで、共産党体制維持が最大の目的になっている以上、経済成長率が低下しようとお構いなく、がむしゃらに財政赤字拡大を阻止することに政治生命を賭けるであろう。

こうなると、中国経済の成長率はこれから予想以上に低下するリスクが高まる。これは、「諸刃の剣」である。中国が、60歳定年(国際的には65歳定年)であることから、すでに「超高齢社会」へ突入しようとしている事実だ。年金負担が、一挙に高まることによって「年金亡国」という重い足かせが迫っている。詳細は、後で論じる予定だ。

習氏は、こういう現実を棚上げして顧みようとしないのだろう。潜在成長率一杯の経済成長率を維持することが、「年金亡国」を阻止する上にも不可欠である。それには、不動産バブル崩壊の後遺症(過剰債務)処理を早めなければならない。過剰債務を「凍結」していたのでは、後手に回るのだ。

年末年始の住宅販売は不振

中国経済のカギを握る住宅販売は現在、どうなっているか。中国の民間不動産調査大手、中国指数研究院(チャイナ・インデックス・アカデミー)が1月2日公表したデータによると、年末年始3日間の主要40都市の住宅販売(1日平均、床面積ベース)は、前年同期比で26%も減少した。小都市が50%減と最も大幅な落ち込みだ。同研究院は、「住民の期待の変化と政策支援が2024年の不動産安定化の鍵になる」と指摘する。『ロイター』(1月3日付)が報じた。

こういう住宅販売状況から、24年の経済成長率に赤信号が灯っている。1つの手掛かりは、日本経済新聞が報じた現地エコノミストのアンケートがある。それによると、平均の予測値は4.6%へ低下する。需要不足が深刻化するなかで、供給を増やせば(モノの)価格は低下し、意図せざる在庫の積み増しが発生する。一時的な生産増は、本質的な回復に結びつかないのだ。報道では時々、生産増を大々的に取り上げるが、それは突発的である限り意味はない。むしろ、生産者物価指数の低迷時期を引き延ばすだけである。

中国経済の基調を判断するには、物価状況をトレースすれば一目瞭然である。デフレ基調に落ち込んでいるのだ。昨年11月の消費者物価指数(CPI)は前年同月比マイナス0.5%だ。これは2020年11月以来最大の落ち込みとなった。生産者物価指数(PPI)は前年同月比マイナス3%。1年2カ月連続でマイナスというデフレ領域に陥っている。こうした状況を受けて、中国人民銀行(中央銀行)は12月28日再度、消費者物価を押し上げる約束を確認する、と声明する事態に陥っている。

中国人民銀行は、マイナスの消費者物価指数をプラスに押し上げるとしている。これは、ついこの前まで日本銀行が行っていたビヘイビアである。中国も、日本同様の政策環境に追込まれていることに気づくべきだろう。デフレ基調に落ち込むと、物価をプラス圏へ押し上げるには多大のエネルギーを必要とするのだ。

世界10大リスクに「回復しない中国」

毎年、恒例になった米国のユーラシア・グループの「24年世界10大リスク」(1月8日公表)では、6位に「回復しない中国」が取り上げられた。その理由は、次の5点だ。

  1. 経済リオープニングの弱まり。所得の伸びの鈍化、失業率の上昇、地方政府の財政再建、不動産価格の下落、連鎖するデフォルト(債務不履行)が信頼感と消費の重荷となる。
  2. 不動産セクターの不振。最近の安定化努力にもかかわらず、不動産開発業者による土地購入の不振により、新規建設が貧弱なままであるため、景気押し上げ効果は期待できない。
  3. 外需の低迷。国際的需要、特に米国と欧州からの需要は、高金利と世界経済の成長鈍化に制約され、2023年よりも回復力が弱まるだろう。
  4. 政府の経済対応。不動産業者の債務不履行や銀行の破綻など、新たな金融ストレスに対 する中国政府の場当たり的アプローチは、信用を低下させ、すでに限界になっている政府の行政能力を試すことになる。
  5. 政治だ。権力が習近平国家主席に集中し、成長よりも国家安全保障が優先されるため、消費者、企業、投資家の景況感が下方圧力を受けるだけでなく、経済や金融の脆弱性への対応を遅らせる。こうした状況は、中国経済の停滞をさらに深刻にさせ、中国共産党の能力と正統性の傷を露呈するだろう。

上記5点の中で、(5)の政治に最も注目すべきであろう。習氏が、成長よりも国家安全保障を優先させる結果だ。これが、経済や金融の脆弱性対応を遅らせて、中国経済をのっぴきならぬ事態へ追い込む。中国の国力を消耗させるだろう。不幸にも、西側経済学を理解する者が習氏の周辺から消えてしまった。最悪事態になっている。

定年60歳が襲う国家悲劇

習近平氏は、国家主席就任時から経済よりも中国共産党を重視する姿勢である。この基本的なスタンスは変わらず現在、共産党政権維持に全神経を集中させている。

そのメルクマークが「財政赤字削減」である。国難ともいうべき不動産バブル崩壊時でさえ、「財政赤字」に拘っている。これが、中国経済の回復を遅らせ体力を消耗させる主因だ。

事態はこれだけでない。年金財政の窮迫が目前に迫っていることに気づくべきである。ここで、潜在成長力をさらに低下させれば、年金を満足に支払えない「国民的悲劇」が待ち構えているのだ。

中国の定年は、男性60歳・女性55歳(一部は60歳)である。高齢者の定義は60歳以上である。年金支給開始も60歳だ。国際的にみた定年は65歳以上だが、中国だけは特別に短い。革命当時の健康状態が悪かったからだ。これによって現在、労働力不足に直面しながら定年延長できない状況である。国民の低い勤労意欲と、後述の7割という高い「年金所得代替率」のもたらした結果である。

こうして、中国では「早く定年を迎えて楽をしたい」という意欲が極めて強い。習近平国家主席の巨大権力を持ってしてもいかんともし難いのである。強引に定年を延長すれば、「大衆蜂起」が起こり兼ねないほどだ。習氏にとっては、「弁慶の泣き所」となっている。習氏は実際、大衆運動を恐れている。国民監視を強めている理由である。

中国人口に占める高齢者(60歳以上)割合は、現在20%ほどである。この比率は、中国がすでに国際社会が定義する「超高齢社会」(65歳以上人口の占める比率が21%以上)と同じ状況にあることを示している。日本が、超高齢社会へ移行したのは2007年である。中国もすでにこの状況にあることが、中国の年金財政を考える上で極めて重要なポイントになる。

年金支給は現役所得の7

次のデータは、国際社会が高齢者を65歳以上と規定している尺度を中国に当てはめたものだ。

   高齢化社会  高齢社会   超高齢社会
中国 2001年  2021年  2034年
日本 1970年  1994年  2007年

これによると、中国は2034年に超高齢社会(65歳以上の人口比21%以上)へ移行する予測であった。だが、中国の退職年齢が60歳であるので、前記データは中国にあてはまらず、実際は2024年に繰り上がっている。これが、中国にとって大きな財政負担になるのだ。

世界では広く認識されていないが、中国の「年金所得代替率」(税引き前)は、桁外れに高いことだ。年金支給率が、現役時代の給与の7割も支給されている。

年金所得代替率(税引き前:2020年)
中国  71.60%
米国  39.20%
日本  32.40%
韓国  31.20%
出所:OECD

中国の年金所得代替率が、群れを抜いて高いのはそれ自体、正しいことである。だが、これが退職年齢引き上げの障害になっている。中国では、少子高齢化が急速に進んで労働力不足状態である。これを緩和するには、退職年齢引き上げしか方法がないのだ。

一方で、現役時代の所得に対して7割も年金が支給されれば、定年延長引き上げは困難だ。ただ、中国の年金は賦課方式である。現役世代の負担によって、年金が維持されていることを考えれば、大局的見地から退職年齢引き上げは必要なことも事実である。この論理が、中国では通用しないのだ。

財政赤字に転落するのは2035

中国は、現在の60歳年金支給方式を続ければ、生産年齢人口の減少によって潜在成長率が急減速する。年金財源(企業従業員基本年金)は、不運にも2035年に枯渇すると予測されている。これは、政府シンクタンクの中国社会科学院が発表(2019年)した公式推計である。李克強・前首相時代の合理的な算定である。

世界的な格付け企業「フィッチ」の国家・超国家調査部門グローバルヘッド、エドワード・パーカー氏は、一般的に生産年齢人口の変化による経済成長への影響や、医療・年金費用の増加による財政への打撃が大きくなると指摘する。これは、格付け企業各社に共通の認識である。パーカー氏は、「2050年には韓国、台湾、中国の信用状態(格付け)は最悪の水準に陥っているだろう」と指摘する。『フィナンシャル・タイム』(23年5月17日付)が報じた。

中国は、年金財政が赤字に転落する2035年に、どういう事態に陥るであろうか。台湾を侵攻する経済力はなくなっているであろう。国内の反対論も強まるに違いない。「台湾侵攻よりも年金をよこせ」という反対論が出ない保証はないからだ。

超高齢社会の中国が、戦争経済に耐えられないことは明白である。中国は、初めて大衆の「戦争忌避」運動に直面するとみられる。中国は、台湾と平和共存が最適な方法である。

勝又壽良(かつまた ひさよし)
元『週刊東洋経済』編集長。静岡県出身。横浜市立大学商学部卒。経済学博士。1961年4月、東洋経済新報社編集局入社。週刊東洋経済編集長、取締役編集局長、主幹を経て退社。東海大学教養学部教授、教養学部長を歴任して独立。

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No.18 ★ 低所得者層を狙う中国発格安EC「Temu」、アマゾンでもSHEINでもない真の競合とは

2024年01月28日 | 日記

36Kr Japan

2024112

中国発の格安ショッピングアプリ「Temu」が、米国で激しい価格競争を引き起こしている。Temuは、中国電子商取引(EC)大手の拼多多(Pinduoduo)が手がける越境ECプラットフォームだ。22年9月に米国でサービスを開始してから破竹の勢いで市場を拡大し、わずか1年足らずで日本を含む世界47カ国に進出。

長きにわたりアマゾンが米国市場におけるTemuの一番のライバルと見なされてきたが、実は最も大きな影響を受けているのは米国の1ドルショップだ。アマゾンのアンディ・ジャシー(Andy Jassy)CEOは以前のインタビューで初めて中国の同業者との競争に触れ、多くの人が見落としている重要な点、つまりアマゾンの世界市場でのシェアは1%に過ぎず、米国の小売業の80%は実店舗で、米国以外では85%であることを説明した。

米国の巨大なオフライン消費市場の中でも1ドルショップは古くからある小売形態で、第二次世界大戦後に急速に拡大した。2008年の金融危機後にはさらに勢いを増して発展し、10年間の黄金期を迎えた。過去数年は「中産階級が縮小して米国人が貧しくなる」中、1ドルショップは順調に成長した。特に有名なのはダラー・ゼネラル(Dollar general)とダラー・ツリー(Dollar tree)で、2社とも米フォーチュン誌の世界企業番付「フォーチュングローバル500」に名を連ねている。

店舗数はダラー・ゼネラルが1万9503店舗、ダラー・ツリーが1万6090店舗だ。2社はTemuの進出より前に米国の地方都市に着目し、低所得者層の需要を掘り起こした。全米小売協会が発表した「2023年米国の小売企業トップ100」によると、2022年の売上高ランキングはダラー・ゼネラルが378億7000万ドル(約5兆4000億円)で17位、ダラー・ツリーは279億1000万ドル(約4兆円)で20位だった。Temuの商品と価格からすると、Temuを真っ先に迎え撃つのはアマゾンではなくダラー・ゼネラルとダラー・ツリーだろう。

データ分析のEarnest Analyticsによると、2023年11月時点でTemuは米国のディスカウントストア市場で約17%のシェアを占めた。ダラー・ゼネラルとダラー・ツリーを下回るものの、ダラー・ゼネラルのシェアは23年1月の57%から11月には43%に、ダラー・ツリーは32%から28%に低下した。同年には2社の株価も値下がりし、下落幅はダラー・ゼネラルが50%、ダラー・ツリーは24%だった。Earnest Analyticsマーケティング責任者のMichel Maloof氏はその理由について「Temuの消費財と日用品は価格が低く、ディスカウントショップの大きな脅威になった」と述べている。

モルガン・スタンレーが2023年に発表したリポートによると、以前はTemuのユーザー像は62%が女性、38%が男性で、年収5万ドル(約700万円)以下の人が55%を占めた。アナリストは、北米市場でTemuの影響が最も大きかったのがアマゾンではなく1ドルショップだと指摘したうえで、「アマゾンのユーザーは比較的質が高く、商品、サービスもTemuと大きく異なっているが、1ドルショップは商品カテゴリーもユーザー層もTemuと大きく重なる。収入を見ると、ダラー・ツリーやダラー・ゼネラルのユーザーはTemuよりも幾分質が劣る。これはTemuが1ドルショップのユーザーを取り込みやすいということだ」と話した。

米国の地方都市市場ではこれまで実店舗間で競争が行われていたが、中国発ECのTemuとその強大な中国のサプライチェーンにより再編が起きそうだ。

*2024年1月2日のレート(1ドル=約142円)で計算しています。

(翻訳・36Kr Japan編集部)

 


No.17 ★ 中国・習近平の粛清でポンコツ化した解放軍、統制不能で暴走懸念は最高潮 13日には台湾総統選、「中国の軍事的脅威」とはいかほどか

2024年01月28日 | 日記

JBpress (福島香織:ジャーナリスト)

2024年1月12日

中国・習近平国家主席は軍をコントロールできているのか?(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

  • 1月13日に台湾総統選が実施され、結果によっては「中国の軍事的脅威」が高まる可能性が指摘されている。
  • では、そもそも中国の軍事的脅威はいかほどのものなのか。足元では中国が衛星搭載のロケットを打ち上げるなど警戒感が高まっている。
  • ただ、解放軍に対しては習近平国家主席による粛清が吹き荒れており、人材不足が深刻でポンコツ化しており、統制もとれているとは言い難い。だからこそ、「暴走」するリスクが過去最高レベルに高まっている。

 1月13日の台湾総統選挙・立法院選挙は今週末には結果が判明する。最後の民意調査は1月1日に発表されたものでTVBS調査では、頼清徳・蕭美琴ペアの民進党候補が支持率33%、侯友宜・趙少康ペアの国民党候補が30%、柯文哲・呉欣盈ペアの民衆党候補が22%。ETtodayの調査では、民進党候補は38.9%、国民党候補35.8%、民衆党22.4%。民進党・頼蕭ペアがやや有利だが、選挙はミズモノ、13日に投開票を静かに待つとしよう。

台湾総統選、民進党候補の頼清徳・蕭美琴ペア(写真:AP/アフロ)

国民党候補の侯友宜氏(写真:ロイター/アフロ)

民衆党候補の柯文哲氏(写真:ZUMA Press/アフロ)

 さて、この選挙が世界の注目を浴びているのは、この選挙結果を踏まえて、「中国の脅威」が増強するかもしれない、という国際社会共通の懸念があるからだ。選挙ラストウィークに入ったばかりの9日、台湾国防部は「中国の衛星発射」に国家級警報を出し、しかも英文で配信したメッセージでは「ミサイル飛来」という表現だったため、一時台湾内外が騒然とした。

 すぐに誤訳と判明、訂正されたが、野党側は与党政権が選挙直前に、「中国脅威論」をわざとあおった、と批判。一方で、中国の軍事脅威が高まっているからこそ、中台関係を再構築して、不測の事態を避ける努力をすべきだという意見も出た。つまりは、与野党問わず「中国の軍事的脅威」の存在は認識しているのだ。

 では、この中国の軍事的脅威というのは、いかほどのものなのか。これについて、最近の解放軍に関する噂を紹介したい。

 一つはロケット軍(戦略核ミサイル戦主管)、戦略支援部隊(衛星システムを使った電子戦、サイバー戦、情報戦主管)など、解放軍の頭脳戦担当の軍種が軒並みとんでもないポンコツ化しているという「噂」だ。噂の根拠の一つは人事。

 過去6カ月の間に、少将以上の軍人だけでも15人が失脚した。その中心はロケット軍関係者。ロケット軍司令だった李玉超、ロケット軍政治委員だった徐忠波ら幹部がごっそり失脚した。年末、9人の軍人の全国人民代表資格剥奪が発表されたが、その9人のうち5人がロケット軍関係者だった。

 また戦略支援部隊関係者も大勢失脚した。国防相だった李尚福は元戦略支援部隊副司令兼参謀長、第20回党大会で中央軍事委員を引退した魏和鳳(元国防相、ロケット軍初代司令)、最近動静不明の巨乾生・戦略支援部隊司令も2023年夏以降、汚職あるいはスパイ容疑で取り調べを受けているといわれている。

「汚職」を理由にハイレベル軍人を大量粛清

 こうした大量のハイレベル軍人の粛清は表面的には汚職が理由、とされている。ロケット軍も戦略支援部隊も高額装備予算や研究開発費が優先的に割かれる軍種で、だから汚職が起きやすい、といわれてきた。同時にスパイ容疑も噂された。こうしたハイテク部門の軍人の傾向として、米軍をお手本にしており、米軍への憧れやリスペクトがもともとある。そういう傾向をもって、彼らの多くが米国側に取り込まれていると習近平が疑った、というわけだ。

 いずれにしても軍の頭脳とされていたロケット軍、戦略支援部隊幹部が大量に失脚し、その失脚による空白を、海軍や空軍の畑違いの軍種から補塡されている。上官と部下の団結と信頼が軍の生命線であり、またロケット軍も戦略支援部隊も専門性の高い特殊分野。とすると、こうした粛清、人事はロケット軍や戦略支援部隊を大いに弱体化することになった、と想像される。

中国人民解放軍は2023年に創建96周年を迎えた(写真:CFoto/アフロ)

 さらに、汚職度合いについて我々の想像を超える深刻さであったことが、最近、ブルームバーグによる米情報機関のリポートをもとにした報道で明らかになっている。具体的には、ミサイルの燃料タンクに(燃料予算の横領のために)水が注入されていたり、(メンテ不足で)西部戦区のミサイル発射口の開閉ができない状況があったり、という問題が起きているという。このような腐敗の実態に習近平は怒り、昨年半年で15人の将校が失脚するような大粛清を行った、ということになる。

 ブルームバーグの報道を信じれば、当面は台湾武力統一ができるような軍事実力は中国にない。だが、ブルームバーグは、習近平の軍大粛清は軍の腐敗を徹底的に排除し正常化するためであり、それは習近平体制の強化を意味するものであり、長期的には解放軍の強化につながる、という見方を報じていた。

 ただ、私はこの点については懐疑的だ。習近平の軍に対する大粛清は、長期的にみてもむしろ軍の弱体化や軍と習近平体制の関係の弱体化につながるのではないか。

軍関係研究者の給与削減で不満蓄積も

 そう考えるもう一つの背景として、兵士への給与削減問題、特に軍事開発分野研究職の給与カット問題がある。最近、中国のSNSでは、中国の科学技術関連の研究所の研究職の給与、予算が軒並み大幅に値下げされたという現場の声が散見されている。ある投稿によると、航空、宇宙、兵器開発の分野のすべての研究者の給与が5%から30%下がった、という。

 中国の兵器開発、宇宙、航空分野の開発研究製造は、中国兵器工業集団公司や中国航天科技集団公司、中国航空工業集団公司などの企業の傘下の研究機関で主に行われている。これら企業は建前では国務院直属の中央企業だが、事実上は軍がしきっている。開発予算が国防予算から出ているのではなく、国務院の中央予算から出ているから中央企業、という扱いなのだ。

中国人民解放軍(写真:新華社/アフロ)

 兵器や宇宙、航空分野開発に従事している研究者を軍人というべきかは微妙なところだが、事実上、軍籍文職者扱いであろう。こうした兵器、宇宙、航空企業の研究職の給与カットは、昨年から明らかになったロケット軍や戦略支援部隊の汚職退治、幹部粛清の動きに連動しているという見方がある。

 つまり解放軍のハイテク軍種に対する大粛清は、粛清の恐怖という心理的な圧迫と、開発予算や研究者、エンジニア育成のための経済的圧迫を引き起こし、それは軍の腐敗を是正するポジティブな作用よりも、研究開発速度の急減速や人材不足、そして軍内の習近平に対する不満、不信感などによって、長期的にもネガティブな影響の方が大きいのではないか、と私は思うのだ。

軍人・兵士の手当や恩給も支給遅れや削減か

 また軍人の減給問題は、必ずしも軍籍文職者だけが対象ではないようだ。

 いわゆる軍人、兵士の手当や退役後の恩給が、昨年、決められた時期に出ていない、という告発が在外華字メディアなどで報じられている。

 昨年から現役兵士の手当・補助金支払いも1カ月から半年遅れることが各地で頻繁に起きているという。兵士は基本給のほかに、福利厚生費や任務による様々な手当がつく。たとえば、砂漠の高温下の任務では高温手当、高地での任務には高地手当、寒冷地の任務には寒冷手当。また義務兵(士官になる前の2年の義務兵役)には家族に対して都市戸籍、農村戸籍など地域に応じて手当が出るが、その手当の支給も遅れているところが出ている。

中国人民解放軍(写真:新華社/アフロ)

 こうした兵士に対する手当は、実は国防予算からではなく兵士の勤務地の地方政府予算から出ているそうだ。習近平時代になって、特に不動産バブル崩壊後、地方財政は破綻寸前、あるいは破綻状況に陥り、実際公務員の給与カットや支払いの遅れ問題があちこちで起きているが、それは軍人、兵士も例外にはならなかった。

 習近平は権力トップの座についてから10年、解放軍の軍制改革に精力を割いてきたことは間違いなく、それは軍の統制、コントロールを掌握することで自身の独裁を強固にするという目的もあっただろう。独裁権力を固めるために、軍の掌握は必須だ。命令系統は習近平個人に集約される形になり、それまで強大であった陸軍の政治力と利権が大幅に削がれた。そのプロセスで、習近平が忠誠を疑う軍官の粛清が汚職退治を名目に行われてきた。

 だが、こういうやり方で本当に軍の掌握が可能なのか。

粛清で軍をコントロールするのは難しい

 中国共産党は革命戦争の中で、いわば「銃口から生まれた」政権であり、軍の支持があってこその共産党独裁体制だ。鄧小平は革命戦争の最前線で戦った軍人であり、軍の忠誠とリスペクトを最初から獲得できていた。だから、文民の江沢民が鄧小平の後継として共産党指導者になったとき、軍の忠誠と支持をどのように得るかというのは非常に大きなテーマであった。

 江沢民は結局、軍の忠誠を金で買う。つまり、中国の改革開放による経済成長のうまみを軍人にも分け与え、軍に大きな経済的利益、利権、特権を与えることで支持を得て軍を掌握することができたのだった。この江沢民が与えた軍の利権が、今に続く軍の根深い腐敗構造につながる。この江沢民の金による軍の掌握力は非常に強かったので、胡錦涛はついに軍の実権を江沢民から奪うことはできなかった。

 だが、胡錦涛の後継の習近平は、軍の利権を徹底的に奪い、腐敗を徹底的に排除する。一つは江沢民の影響力排除が目的だが、習近平自身、そうすることが軍を戦える軍隊に強化できると信じていたのだろう。ただ、習近平も軍人ではなく、江沢民以上に軍に関しては無知であることは、習近平が2015年の軍事パレードにおいて左手で敬礼したことからも広く知れ渡った。

 習近平は、鄧小平式の軍のリスペクトや忠誠は得られず、かといって江沢民のように軍の忠誠を金で買うようなこともできず、結局、粛清に次ぐ粛清という恐怖政治で軍を支配しようとした。これは北朝鮮のスタイルと似ているが、北朝鮮軍よりも何倍も複雑で大所帯の解放軍がこうした恐怖政治で本当にコントロールできるだろうか。

 私は、表面上は忠誠を誓っても内心、不満を募らせる軍人は多いのではないかと疑う。しかも、軍高官は利権を奪われ、兵士は手当が遅延している状況で、習近平は「戦争できる軍隊、戦って勝てる軍隊」になれ、とむちゃぶりを言う。江沢民時代に現実に戦場に出る可能性など考えなかった軍人、兵士たちは習近平時代、経済的うまみや利権は奪われたのに、にわかに実際に命を危険にさらして戦う可能性に直面することになった。

ポンコツ化がむしろ暴走リスクを高める

 李尚福失脚後、2カ月以上空白だった国防相は海軍司令の董軍がついた。そして、その前に海軍司令に胡忠明がついた。胡忠明は戦略原潜の艦長も務めたことのある海軍実戦派だ。

 1949年以来、海軍出身者が国防相になるのも初めてで、この人事は、南シナ海、台湾海峡有事の実戦を想定している、海軍主導の作戦を想定している、という見方をもって放るメディアも多かった。

 こうした状況を総合して考えると、解放軍は確実にポンコツ化し、習近平と軍の関係は険悪化しているが、それは決して安心材料ではない。習近平には、それを認めて戦争を回避しようという発想がないと思われるからだ。

 昨年12月の毛沢東生誕130周年記念の演説でも、新年挨拶でも台湾統一は歴史の必然として絶対に実現する姿勢を見せていた。和平統一の道がなければ、武力統一しかない。ロケット軍や戦略支援部隊を信頼できなくても、それなら海軍主導で台湾統一作戦をやってみせよう、と考えていそうではないか。

 ちなみに海軍も昨年8月に信じられないレベルの原潜事故を起こしており、ポンコツ化が噂されている。統制されたハイレベルの軍の運用より、統制しきれていないポンコツ軍の運用の方が予期せぬ暴走がありうるという意味で恐ろしい、ということに思いいたれば、中国の軍事脅威は、まぎれもなく過去最高に高まっている。

福島 香織(ふくしま・かおり):ジャーナリスト
大阪大学文学部卒業後産経新聞に入社。上海・復旦大学で語学留学を経て2001年に香港、2002~08年に北京で産経新聞特派員として取材活動に従事。2009年に産経新聞を退社後フリーに。おもに中国の政治経済社会をテーマに取材。主な著書に『なぜ中国は台湾を併合できないのか』(PHP研究所、2023)、『習近平「独裁新時代」崩壊のカウントダウン』(かや書房、2023)など。

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