東洋経済オンライン (印南 志帆 : 東洋経済 記者)
2024年9月30日
Meiji Seika ファルマの岐阜工場にある大型発酵槽。ここで抗菌薬の原薬を製造する(写真:Meiji Seika ファルマ)
国際化を進め、巨額買収を仕掛けた王者・武田薬品が苦戦する一方、中外製薬は創薬力を磨き時価総額で国内トップに立つ。『週刊東洋経済』10月5日号の特集は「製薬 サバイバル」。明暗分かれる国内製薬企業の今を追った。
『週刊東洋経済 2024年10/5号(製薬サバイバル)[雑誌]』(東洋経済新報社)
手術後の細菌感染の予防や、感染症治療で用いられる抗菌薬。極めて重要な医薬品だが、製造サプライチェーンは、中国に依存した実にもろい状態の上に成り立っている。
「セファゾリンの供給不足が起こった2019年から今に至るまで、抗菌薬が安心して使える状態になったことはない」。東京ベイ・浦安市川医療センターで、感染制御認定薬剤師として働く並木孝哉氏は明かす。
19年2月末、後発医薬品大手の日医工が販売する注射用抗菌薬、セファゾリンナトリウムの供給が停止。同社が輸入する原薬での問題発生が原因だ。
ほぼ全量を海外製に依存
抗菌薬の製造は、主に原材料(出発物質)製造、原薬製造、製剤化の3工程からなる。日本では、原薬までのほぼ全量を安価な海外製に依存している。日医工は原薬をイタリアの2社から輸入していたが、18年末からその1社の原薬に異物混入が急増し、生産ができなくなった。
イタリアのもう1社からの原薬が頼みとなる中、この会社が中国企業から輸入する原材料の1つ、テトラゾール酢酸(TAA)の供給が途絶えた。TAAを製造しているのは実質的に中国のたった1社だけ。その工場が中国政府の環境規制に抵触し、稼働を停止したのだ。
別の原材料も中国の寡占状態
別の原材料である7-ACAも9割を中国の数社が供給する寡占状態にある。
抗菌薬に詳しい東京ベイ・浦安市川医療センターの並木孝哉薬剤師。セファゾリンは耐用年数が2年ほどと短く、備蓄には向かないという(写真:記者撮影)
結局、セファゾリンが通常出荷に戻ったのは供給停止から1年半後。抗菌薬の種類は複数あり、それぞれ最近に対する効果の範囲が異なる。抗菌薬が効かない薬剤耐性菌の拡大を防ぐためにも、標的となる細菌にピンポイントで効く薬を選ぶ必要がある。
「セファゾリンは、手術部位の感染を防ぐために投与する抗菌薬の第1選択薬。供給停止で手術後に使う抗菌薬を、これより効果の範囲が広い別の製品に切り替えたが、これも供給停止に。そこでさらに広範に効く別の薬に切り替えたところ、死滅させる必要のない菌まで死滅させてしまい、院内で薬剤耐性菌が増加した」(並木薬剤師)
薬剤耐性菌が広まれば、これまで使えた抗菌薬が効かなくなって複数の薬が必要になる。最悪の場合は治療ができなくなる。
深刻な事態を受け、国は抗菌薬の国産化支援を打ち出した。22年、とくに重要な抗菌薬4品目を半導体などとともに「特定重要物資」に指定。23年7月には、Meiji Seika ファルマ(Meiji)、塩野義製薬傘下のシオノギファーマなどに対し、製造設備や備蓄設備への助成金の支給を決めた。
平時は国産と輸入の原薬を併用し、有事は必要量のすべてを国産で賄える体制を構築していく。
しかし「純国産抗菌薬」の実現は簡単には進まない。1つは製造技術の継承ができていないこと。Meijiは1946年に抗菌薬のペニシリンを開発し、現在も注射用ペニシリンで国内では7割近いシェアを持つ。ただし、価格高騰によって原材料からの製造は94年に停止。今は原薬の全量を中国から輸入する。今回の国の支援を受け、数百億円を投じて岐阜工場に生産設備を新設。25年までにラインを立ち上げ、28年には原薬の出荷を開始する予定だ。
国産化すれば原価は3倍に
Meijiの小林大吉郎社長は「岐阜工場は更地にして売却しようと考えたこともあるほどで、既存の設備は古く、それを運転できる人材も高齢化していた。今はギリギリ残っていた人が若手に技術を教えている最中だ」と語る。
より難しいのは採算性の問題だ。国産化すれば「原薬の原価は3倍程度になる」(小林社長)。一方、注射用抗菌薬の薬価は数百円と安い。19年のセファゾリン供給停止を受け、主要な抗菌薬の薬価は上がったが、「一部製品では採算割れしている」(同社)。
抗菌薬の製造には専用工場が必要で、転用が利かない。平時でも、稼働維持のコストはかかる。小林社長は、「国の安全保障に資する事業として、一定の利益が保証されないはずはないだろう」と期待をかける。
具体的には、薬価の引き上げに加え、国による買い上げ、平時に輸出できる体制の構築などが検討項目になる。政府は6月の「骨太の方針」で、24年度中にその方策の結論を出すと明記した。国民の命に関わる医薬品の供給には、健全なビジネス環境の整備が必須となる。
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