「天狗の中国四方山話」

~中国に関する耳寄りな話~

No.708 ★ 「沖縄独立」 煽る偽投稿拡散

2024年10月04日 | 日記

日本経済新聞

2024年10月3日

「沖縄独立」を促す偽動画が今、SNS上で拡散し続けている。日本経済新聞が先端の人工知能(AI)ツールで解析したところ、背後に拡散を請け負う大量の「情報工作アカウント」が見つかった。主に中華圏に向けたSNSの投稿だが、専門家は今後、日本の世論分断にもつながりかねないと警鐘を鳴らす。

「異例の言及」が契機

「琉球属于中国,琉球群島不属于日本!」

(琉球は中国に属し、日本に属してはいない!)

「根据波茨坦宣言,琉球是中国領土!」

(ポツダム宣言によると、琉球は中国の領土だ!)

こんな中国語付きの動画が、2023年からSNS上に広く拡散され続けている。沖縄が琉球に改名するといった偽情報も拡散。背景には習近平(シー・ジンピン)国家主席が昨夏、中国と琉球国時代の沖縄との深い結びつきを強調した「異例の言及」があると専門家はみる。

沖縄が「琉球」と改名することで中国側と合意したとの偽情報(X、mengyan1234567の23年4月22日投稿から)

沖縄に関する偽情報が拡散する仕組みを、具体的に探れないか。

日経新聞はX(旧ツイッター)やフェイスブック、中国の「微博(ウェイボ)」などSNS上でまず、沖縄について中国寄りのプロパガンダを積極的に発信するアカウントの探索を試みた。拡散の発信源に近づけると考えたためだ。

探し当てたのが、X上で「琉球属于中国」(琉球は中国に属する)、「琉球群島不属于日本」(琉球は日本に属していない)などの共通のフレーズを使い、個々に投稿活動をしていた3つのアカウントの存在だった。

過去の投稿履歴を見比べると、さらなる「共通点」がみえてきた。

 

3つのアカウントが発信源

3つのアカウントは同じ画像を使い回し、昨年から沖縄独立を煽(あお)る投稿を繰り返していた。沖縄が本土復帰をした今年の記念日(5月15日)前後にも起きた。5月12、14、25日と日程を分け、沖縄独立を煽る同様の動画をXに投稿したことを確認した。

同動画は、東京・渋谷の街を歩くデモの様子を「沖縄独立デモ」だと紹介。デモは沖縄の住民によるものだと説明した。

 

だが日本の立場からみると、容易に偽動画だと分かる。背景に映る建物や看板、横断幕のスローガンなどに違和感がある。実際、動画は4月に渋谷で行われた米軍基地に反対するデモや、大阪での反戦デモなどの動画をつなぎ合わせて作られたものだった。

沖縄独立デモが日本で行われたという偽動画が拡散した(X、bbcctv6の24年5月12日投稿から)

「琉球は中国のものだ!」と中国語で叫ぶ動画内の音声も偽物だった。セキュリティー企業のコンステラセキュリティジャパン(東京・千代田)が検証したところ、台湾の親中組織「全⺠抜菜総部」が23年4月に台湾で行った沖縄独立を支持するデモの音声を使い回していたことが判明した。

3つのアカウントが投稿した動画は全て偽物だった。だが問題はむしろ拡散力だ。偽動画にもかかわらず、「いいね」の数、転載されたリポスト数、シェア(共有)数など、投稿に対する反応数はXだけでも累計700万件超になったとみられる。

いかにして拡散は「成功」したのか。

200の工作アカウント発見

日経新聞はイスラエルのSNS解析企業サイアブラが提供するAIツールを使い、偽動画「沖縄独立デモ」の閲覧者の反応を分析した。それによると、偽動画をX上で見て、転載(コメント付きの投稿)したアカウントは全部で431だった。

そのうち75%の325アカウントを「工作アカウント」だと判定した。

サイアブラによると、工作アカウントとは、実際の運用者を偽装して実態を隠した陰のアカウントを指す。複数アカウントが連携し、通常の個人利用ではありえない頻度・量で特定の話題を意図的に拡散することが多い。

同社の過去の調査では「『工作アカウント』と判定される比率は通常なら全体の7〜10%。それが今回70%を超えるのは極めて高い水準だと言える」(ロニ・フリトファティヒ戦略データ分析担当長)。

サイアブラのAIツールの分析画面。SNS上の工作アカウントを特定し、赤色「Inauthentic(偽物)」で一覧表示する

サイアブラは米国務省など世界の政府機関を顧客に抱える有力企業。同社のツールは特定メッセージをSNS上に不自然に拡散するアカウントをAIで見破るのが特徴だ。

ただ万能ではない。今回検出した325の工作アカウントには、AIでも判別し切れないスパムアカウントなどが含まれる。そのため日経新聞が325のアカウントの発信内容を詳細に検証したところ、最終的には約6割に当たる198のアカウントが中国当局の言い分と一致した内容を拡散する工作アカウントであることを突き止めた。

「発信源の3アカウント」と、「拡散を請け負う約200の工作アカウント」が裏で見事に連携していたわけだ。

「議論」を盛り上げ拡散

検証を進めると、工作アカウントは沖縄独立デモの偽動画の投稿や、それに共感を示した「親中投稿」には、積極的に支持をする投稿を行っていたことも分かった。

一方、偽動画に反感を示す「反中投稿」には必死で反論を繰り返した。実際、日本の中国ウオッチャーや台湾のアカウントなどから多数の批判的なコメントが付いたが、しつこく反論を繰り返すことで議論を盛り上げ、露出を増やし拡散につなげていた。

さらに工作アカウントの約2割は、5月の偽動画の投稿直前に作られていたことも判明。拡散に向け組織的に準備を進めていたことがうかがえる。

発信源の3つのアカウントが5月、工作に動いた。沖縄独立デモの偽動画を12、14、25日と立て続けにXに投稿した。

待ち構えた約200の工作アカウントが「いいね」や引用、転載投稿を繰り返し、SNS上に偽動画を広めた。

動画を見て共感姿勢を示す親中的な投稿には、工作アカウントは積極的に支持をする内容の投稿を行った。

一方、動画に反感や不快感を示す反中的な投稿に対しては、工作アカウントは反論する投稿を執拗に繰り返した。

偽動画は、こうして議論を呼びながら露出を増やし、広くSNS上に拡散した。

日本の世論分断にも影響

沖縄独立を煽る動画の投稿は今なお続いている。専門家はどうみるか。

中曽根康弘世界平和研究所の大沢淳主任研究員は、「中国の情報工作は複雑だが、政府が打ち出す(沖縄の帰属などの)歴史認識を、まずは中国の国民にSNSなどを使って浸透させるケースが多い」と話す。

沖縄独立を煽る偽動画の拡散が続いている。8月に投稿された動画は5月に投稿された偽動画の使い回しだった(X、Snofy8の8月29日投稿から)

コンステラセキュリティジャパンの陶山航シニアアナリストは「情報工作の過程では様々な手法を実験する。今、中国語で仕掛けているSNS上での拡散を今後、どう日本語圏のSNSへと広げていけるか。色々試している段階だろう」と指摘する。

日本は今後どう向き合うべきか。

日本国際問題研究所の桒原響子研究員は「SNSを使った情報影響工作の手法や傾向を認識し、偽情報への耐性を高めることが重要だ」と話す。

沖縄に関する偽動画が様々なSNSに拡散している。写真は沖縄の高校生が中国の愛国歌を歌うとする偽動画(X、gotomyemailの23年4月26日投稿から)

一橋大学の市原麻衣子教授は「明らかな偽情報でも、SNSではそれを否定する投稿をすれば、かえって拡散が進む恐れがある。SNSの『罠(わな)』とも言える」と解説する。

「今回の『沖縄独立デモ』動画が明らかな噓でも、沖縄と中国のつながりの印象づけにはなる。『沖縄の反基地運動の背後には、やはり中国がいるのでは』といった疑念さえ生むようになる。日本の世論分断を刺激する効果は十分ありうる」と警鐘を鳴らす。

東京大学の松田康博教授は「(そもそも)沖縄の領土問題は存在しない。中国が沖縄の本土復帰を支持していたなどの歴史的事実を官民共に中国語で発信していくべきだ」と指摘する。

沖縄県は、偽動画が拡散する現状について「配信意図は不明だが、現在『沖縄県は日本国の地方自治体の一つ』という事実は日中両国及び国際社会の共通認識だと考える」とコメントした。

中国外務省は、日本経済新聞の取材に対し「偽動画が出所不明で、コメントはしないが、日本も国際社会も琉球問題に関心を持ち、多くの人が多角的に研究し、さまざまな意見を述べている人達がいることが分かった。琉球問題に関する中国の立場は一貫している」と回答した。

制作 兼松雄一郎、久能弘嗣、森田優里、中村裕

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No.707 ★ 「石破新総裁誕生」より「リーリー&シンシンの帰還」のほうが 大ニュース?日本の首相交代を小さく報じた中国の胸中ー東アジア「深層取材ノート」(第251回)

2024年10月04日 | 日記

JBpress (近藤 大介:ジャーナリスト)

2024年10月3日

最終観覧日を迎え、多くの来園者の前に姿を見せたジャイアントパンダのシンシン=9月28日午前、東京・上野動物園(写真:共同通信社)

 10月1日、石破茂新政権が発足した。中国は石破新政権をどう見ているのか? 北京の中国人の日本ウォッチャーに、緊急で話を聞いた。以下は、一問一答である。

「新総裁には気の毒だが…」

――中国は、石破新政権をどう見ているか?

「中国がどう見ているか、それを示すのに格好の話がある。先週金曜日(9月27日)の午後、日本で自民党総裁選が行われ、石破茂候補が勝利し、新総裁に就いた。週末の日本はおそらく、このニュース一色だったろう。

 だが北京ではこの時、日本に関することで、『石破新総裁誕生』よりも大きく報道されたニュースがあったのだ」

新内閣が発足し、記者会見する石破茂首相=10月1日、首相官邸(写真:共同通信社)

――隣国のトップが交代する以上に大きなニュースがあったのか?

「そうだ。それは、日本にレンタルしていた2頭のパンダ、『比力』(ビーリー)と『仙女』(シエンニュイ)が、中国に帰国したことだ。2頭は9月29日、無事に四川省の中国ジャイアントパンダ保護研究センターに到着し、熱烈歓迎を受けた」

――パンダ? 日本でもたしかにその話は、大きなニュースになっていた。日本では「リーリー」(力力)と「シンシン」(真真)と呼ばれていて、上野公園と成田空港には、多くのパンダファンが詰めかけた。2頭は2011年3月の東日本大震災の直前に日本にやって来て、震災の後、多くの日本人を癒してくれた。2017年に「シャンシャン」(香香)が誕生し(昨年返還)、2021年には双子の「シャオシャオ」(暁暁)と「レイレイ」(蕾蕾)が誕生した。

「その通りだ。『比力』と『仙女』の日本での活躍と、中国に帰国して歓迎される様子などが、大きなニュースになったのだ。石破新総裁には気の毒だが、パンダのほうがビッグニュースだった」

国慶節に合わせて新政権を発足させた?

――そのことは何を意味しているのか? 中国は石破新総裁誕生を、歓迎していなかったのか?

「そうではない。中国は、単に様子見をしていたのだ。石破新総裁は、『日本にとって中国は大変重要な国だ』『日中の首脳同士の対話を積み重ねたい』などと言い、わが国への歩み寄りを示している。だがその一方で、8月には台湾を訪問し、頼清徳(総統)と会談した。また、『アジア版NATO(北大西洋条約機構)』の創設などという愚かな夢想を公言している。

 そうした石破氏の“中国観”が、中国としてよく分からないのだ。だからニュースは、『石破新総裁誕生』という事実だけを淡々と伝えた」

8月13日、台湾を訪問して頼清徳総統と会談した石破茂氏(石破氏のインスタグラム[@ishibashigeru]より)

――石破氏はその後、10月1日に首相に就任し、新政権を発足させた。改めて聞くが、石破新政権を、中国としてどう見ているか?

「10月1日がどういう日か分かるか? われわれ中国人が最も大事にしている国慶節(建国記念日)だ。

 特に今年は、建国75周年で、習近平執行部だけでなく、すでに引退した過去のリーダーたちも人民大会堂に姿を見せ、盛大に祝った。石破新首相は、そのような日に、新政権を発足させたのだ。

 古代からアジアは、中国を中心とした冊封(さくほう)体制によって秩序立てられてきた。周辺国は中国に朝貢し、中国の暦を使用したのだ。

 石破氏がわざわざ中国の国慶節を選んで新内閣を発足させたというのは、そうした古代からのアジア秩序を重んじたかのようではないか」

――それは中国の思い上がりというのもので、単なる偶然だ。ついでに言えば、新総裁就任の時にパンダが中国に返還されたのも偶然だ。

「それはそうかもしれない。だが北京から見ていると、石破新政権は中国に気を遣っているように映るのだ」

「アジア版NATOなど実現不可能」

――それでは、石破新首相が提唱している「アジア版NATO」の創設は、中国として脅威に感じているか?

「正直言って感じていない。なぜなら、そのような新たな集団安全保障の体制が東アジアに実現するとは、とても思えないからだ。北京では、『拾破帽』と言っているぞ(笑)」

――それはひどい。「石破茂」(シーポーマオ)が、「拾破帽」(同じ発音で、「破けた帽子を拾う」の意)か。

「その通りだ。日本は第二次世界大戦後、周知のように長きにわたって、アメリカと軍事同盟を組んできた。それはいまの日本人に、しっかりと染みついているだろうし、わが国を始めとする周辺国も承認してきた。

 それを今後は、『アジア版NATO』だと石破首相は言う。具体的に日本は、どの国と組むのか? 韓国か、インドか、フィリピンか?

 もし韓国と組めば、韓国が北朝鮮と戦争になった際、日本も参戦することになる。そうなれば北朝鮮の核ミサイルが、東京にも撃ち込まれるだろう。

 インドと組めば、中国とインドの国境紛争に日本も巻き込まれることになる。2020年に両国の間で、激しい軍事衝突が起こったばかりだ。今度同じ軍事衝突が起こったら、日本は自衛隊をヒマラヤ山脈まで派遣するのか?

(参考)中国が「中印国境の死闘映像」公開、次は尖閣が舞台[JBpress 2021.2.24]

フィリピンとも、わが国は現在、南シナ海の権益を巡って、激しくぶつかっている。日本は現在、フィリピンに巡視船を供与したりしているが、今後は自衛隊を南シナ海に派遣して、フィリピンが権益を主張している島や岩礁を防衛する気なのか? もしそうしたら、わが国もたちどころに人民解放軍を総動員するので、南シナ海大海戦になるだろう。

 私は石破政権と、日本人に聞きたい。こうした事態を望んでいるのか?」

「中東戦争勃発の瀬戸際なのに総選挙などしている余裕あるのか」

――それは望んでいない。その覚悟もない。また、そうしたことを本気で推進するには、まず憲法改正が必要だろう。現行の日本国憲法では、自衛隊を日本国の正式な軍隊とも認めていないのだから。

 石破首相は、10月1日の首相就任会見で、「5つの守る」を宣言した。すなわちルールを守る、日本を守る、国民を守る。地方を守る、若者と女性を守る。日本は石破首相が強調していた、この「5つを守る」で十分だと思う。すなわち「専守防衛」だ。

「それでは私からも、一つ聞きたい。石破新首相は10月1日、今月27日の総選挙を正式に宣言した。だが図らずも、その日の深夜、イランがイスラエルをミサイル攻撃し、中東大戦争が勃発する気配になってきた。そんな時に、日本は悠長に総選挙なんかやれるのか?」

――う~ん……。それは、私も石破首相に聞いてみたい。

『進撃の「ガチ中華」-中国を超えた-激ウマ中華料理店・探訪記』(近藤大介著、講談社)

 

近藤 大介

ジャーナリスト。東京大学卒、国際情報学修士。中国、朝鮮半島を中心に東アジアでの豊富な取材経験を持つ。近著に『進撃の「ガチ中華」-中国を超えた?激ウマ中華料理店・探訪記』(講談社)『ふしぎな中国』(講談社現代新書)『未来の中国年表ー超高齢大国でこれから起こること』(講談社現代新書)『二〇二五年、日中企業格差ー日本は中国の下請けになるか?』(PHP新書)『習近平と米中衝突―「中華帝国」2021年の野望 』(NHK出版新書)『ファーウェイと米中5G戦争』(講談社+α新書)『中国人は日本の何に魅かれているのか』(秀和システム)『アジア燃ゆ』(MdN新書)など。

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No.706 ★ 中国経済の復活は朗報か凶報か、商品・食糧の相場上昇が物価に 与える影響を読み解く 政府・中銀がテコ入れに乗り出すが、世界経済への「余波」はどうなるか

2024年10月04日 | 日記

JBpress (平山 賢一:東京海上アセットマネジメント チーフストラテジスト)

2024年10月.3日

追加金融緩和を発表した中国人民銀行(写真:AP/アフロ)

 中国経済の不調が伝えられる中、9月に中国人民銀行が追加金融緩和を発表するだけでなく、中国政府も各種の景気対策に本格的に乗り出した。現在の中国の不況は、1990年代の日本型不況と似ていると指摘され、長期にわたる「失われた時代」への突入が懸念され始めていただけに、今後の動向が注目される。

 中国経済が反転すれば、世界の景況感の重石が取り除かれることになるが、一方で落ち着いていた商品価格や物価を再び刺激することも考えられる。今回は中国経済の回復と物価、特にコロナ禍後の高インフレに苦しんだ米国の物価動向を中心に考えてみたい。

世界景気の動向を占う銅価格は…

 第一に、世界景気の動向を占う指標とされてきた銅価格の推移から確認してみたい。

 銅は、製造業にとって不可欠な素材の一つであり、経済活動が活発化する際に、早めに価格が上昇するとされている。逆に、銅価格の下落は景気の悪化の先取りするとも言われるだけに、先行指標として注目されているのである。

 図1は、中国のインフレ率と銅価格の推移を示したものである。

【図1】中国インフレ率と銅価格

 銅価格の長期的な趨勢は、2000年代初頭を底に上昇基調で推移している。大幅な上下動を繰り返しており、2000年代半ばの上昇は激しかったが、2008年のグローバル金融危機により、急落を経験している。

 コロナ禍以降の反動上昇後は、小刻みな上下動に終始しているため、上昇ペースは緩慢になり、トレンドが確認しにくくなっていると言ってよいだろう。

 世界経済の趨勢が読みづらい中で、経済専門家も注目しているが、将来を占う指標としての有効性にも疑問符がつき始めている。

 また、世界の製造業を支える中国のインフレ率は、2000年代から2010年代半ばまで、銅価格の動きに連動する傾向があったと言えよう。新興国経済の台頭が持て囃され、グローバル金融危機に際して巨額の景気対策が実施されたこともあり、中国のインフレ率と銅価格は似たような歩みをしてきたのである。

 しかし、その後、必ずしも両者の歩調は一致しているわけではない。

歩調がズレ始めた銅価格と中国経済

 コロナ・ショック後の銅価格の反動上昇は、むしろ世界経済の回復との連動性が高く、出遅れた中国との連関は絶たれた感がある。

 しかも、中国の場合は、不動産に絡む過剰債務問題も手伝い、2023年から2024年にかけてのインフレ率は、マイナス圏に沈みこんでいた。高止まりする銅価格とは対照的であり、中国のデフレ経済への突入を懸念する声も大きくなっていたのである。

 中国のインフレ率の落ち込みは、米国のインフレ率とも好対照をなしていた。米国のインフレ率が2022年半ばに8%を上回る中でも、中国のそれは3%を上回ることはなかった。

 両国は、金融政策も真逆の道程を歩んだ。米国がインフレ懸念を理由に急速に引き締める一方で、中国は緩和姿勢を維持し続けてきたのである(2024年9月に米国は緩和に転換)。

 仮に、中国経済が米国と同様にコロナ・ショック後に回復していれば、銅価格の水準は切り上がっていた可能性も否定できない。世界景気の動向と銅価格が連動しなくなったのは、中国経済の不調が要因であると考えると合点がいく。

 インフレ懸念に悩まされた英米が、物価の落ち着きを取り戻せたのも、皮肉にも中国経済の不調によるところかもしれない。

 その中国政府が、さらなる経済対策を本格化させるならば、主要国の物価安定見通しにも揺らぎが生じる可能性がある。

地政学リスクの高まりで不安定化する商品価格

 そこで第二に、米国の物価と商品価格のこれまでの推移について確認しておきたい。図2は、米国のインフレ率と主要商品価格の変化率を示したものである。

【図2】米消費者物価指数と主要商品価格

 ウクライナ紛争で一時的に注目された原油価格であるが、2020年代は、年率でプラス4%程度であり、景気に悪影響を与えるほどの上昇率ではない(濃灰色の棒グラフ)。

 1990年代後半も2000年代前半も年率9%を上回り、2000年代後半には13%超にまで大幅に上昇していただけに、現状の原油価格は落ち着いていると言ってもよいだろう。

 また、2000年代から2010年代前半にかけて、小麦を中心とした穀物価格は、「爆食経済」と称される新興国の経済成長が上昇の背景になった(淡灰色の棒グラフ)。原油価格だけでなく、小麦価格も2000年代を通して6%程度半ばの上昇となったことから、商品価格の上昇が発生していたのが理解されよう。

 今後も、地政学リスクの上昇が、商品価格の変動率の上昇につながることは否定できないだけに注意が必要である。20世紀末に加速したグローバリゼーションとは異なり、21世紀に至って、世界の分断化が進んでいるからである。

 現在は、経済のブロック化が進み、効率的なサプライ・チェーンが破壊され始めているのである。原油や穀物、資源といった商品を、貿易を通して世界中から調達できる時代ではなくなっている。それだけに、国際政治の混乱が、商品価格の上昇につながる可能性は高いままで推移するだろう。

 さらに、地政学リスクの高まりが指摘されるようになってから、金価格も上昇基調に転じている。

 これまでも、世界が不安定化するとき、もしくは国際通貨システムが揺らぐときには、安全資産とされる金価格が上昇する傾向があるとされてきた。

21世紀に入り、9倍になった金価格が意味するもの

 21世紀に入ってから、すでに金価格は9倍にまで上昇しており、株式の投資成果を大きく上回っている。図2で確認できるように、2020年代前半も年率11%を超えるペースで上昇しており、足元の上昇率は、徐々に高まっていることを忘れてはならない(図2の赤色の棒グラフ)。

再掲【図2】米消費者物価指数と主要商品価格

 それだけ安全資産への資金流入が続いていることは、地政学リスクの高まりとともに、商品価格が不安定な状況も続くと考える人々が多い証左である。

 ところが興味深いことに、このような商品価格の上昇は、米国の消費者物価指数に代表される物価全体を大きく左右しているわけではないのに気がつく。

 一般に原油や小麦といった商品価格の変動は、多種多様な財・サービスの価格を集約した消費者物価の変動よりも大きいとされる。しかし、2000年代を通して、米国の消費者物価指数は、年率2.5%程度の上昇に過ぎない。これは、相当低い水準であると言えよう(図2の折れ線グラフ)。

 その要因の一つとしては、米国などの先進国経済が、構造的に変化していることも挙げられよう。

 従来の経済の主軸であった米国経済では、モノを消費する産業社会から、データや情報が付加価値を生む情報社会に転じていたため、商品価格の上昇圧力は、産業社会から情報社会への構造転換が進む中で後退している。脱産業化が進む米国では、商品価格の変動に対する耐性が高まっている可能性が高い。

中国の景気対策が奏功しても米国インフレ率への影響は軽微だが…

 米国のインフレ懸念が高まった2022年は、コロナ禍経済からの正常化の過程で、賃金上昇が加速した影響が大きく、商品価格の上昇が主役であったわけではない。

 もちろん、ロシアによるウクライナ侵攻による天然ガス価格の上昇や、一時的な農産物価格の上昇の影響が皆無であったわけではないが、雇用環境の変化に伴う賃金の趨勢が、より大きな影響を与えたはずである。

 そのように考えると、仮に中国政府による経済対策が奏功し、商品価格上昇が再現されたとしても、米国のインフレ率に限っては、大幅に上昇局面入りする懸念は大きくないのではないか。

 むしろ、消費者物価指数の上昇が再現されるのは、海外要因よりも国内要因である可能性が高い。つまり、次期大統領による、人口・移民政策を通した労働人口の趨勢が、より米国のインフレ率を左右するであろう。

※本稿は筆者個人の見解です。実際の投資に関しては、ご自身の判断と責任において行われますようお願い申し上げます。YouTubeで動画シリーズ「ハートで感じる資産形成」(外部サイト)も公開しています。

平山 賢一(ひらやま・けんいち)

東京海上アセットマネジメント チーフストラテジスト。1966年生まれ。資産運用会社を経て、1997年東京海上火災保険(現:東京海上日動火災保険)に入社。2001年東京海上アセットマネジメントに転籍、チーフファンドマネージャー、執行役員運用本部長を務め、2022年より現職。メディア出演のほか、レポート・著書などを多数執筆。主著に『戦前・戦時期の金融市場 1940年代化する国債・株式マーケット』(日本経済新聞出版)、『物価変動の未来』(東峰書房)などがある。YouTubeで『ハートで感じる資産形成』シリーズの発信もしている。

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