日本経済新聞
2024年10月3日
「沖縄独立」を促す偽動画が今、SNS上で拡散し続けている。日本経済新聞が先端の人工知能(AI)ツールで解析したところ、背後に拡散を請け負う大量の「情報工作アカウント」が見つかった。主に中華圏に向けたSNSの投稿だが、専門家は今後、日本の世論分断にもつながりかねないと警鐘を鳴らす。
「異例の言及」が契機
「琉球属于中国,琉球群島不属于日本!」
(琉球は中国に属し、日本に属してはいない!)
「根据波茨坦宣言,琉球是中国領土!」
(ポツダム宣言によると、琉球は中国の領土だ!)
こんな中国語付きの動画が、2023年からSNS上に広く拡散され続けている。沖縄が琉球に改名するといった偽情報も拡散。背景には習近平(シー・ジンピン)国家主席が昨夏、中国と琉球国時代の沖縄との深い結びつきを強調した「異例の言及」があると専門家はみる。
沖縄が「琉球」と改名することで中国側と合意したとの偽情報(X、mengyan1234567の23年4月22日投稿から)
沖縄に関する偽情報が拡散する仕組みを、具体的に探れないか。
日経新聞はX(旧ツイッター)やフェイスブック、中国の「微博(ウェイボ)」などSNS上でまず、沖縄について中国寄りのプロパガンダを積極的に発信するアカウントの探索を試みた。拡散の発信源に近づけると考えたためだ。
探し当てたのが、X上で「琉球属于中国」(琉球は中国に属する)、「琉球群島不属于日本」(琉球は日本に属していない)などの共通のフレーズを使い、個々に投稿活動をしていた3つのアカウントの存在だった。
過去の投稿履歴を見比べると、さらなる「共通点」がみえてきた。
3つのアカウントが発信源
3つのアカウントは同じ画像を使い回し、昨年から沖縄独立を煽(あお)る投稿を繰り返していた。沖縄が本土復帰をした今年の記念日(5月15日)前後にも起きた。5月12、14、25日と日程を分け、沖縄独立を煽る同様の動画をXに投稿したことを確認した。
同動画は、東京・渋谷の街を歩くデモの様子を「沖縄独立デモ」だと紹介。デモは沖縄の住民によるものだと説明した。
だが日本の立場からみると、容易に偽動画だと分かる。背景に映る建物や看板、横断幕のスローガンなどに違和感がある。実際、動画は4月に渋谷で行われた米軍基地に反対するデモや、大阪での反戦デモなどの動画をつなぎ合わせて作られたものだった。
沖縄独立デモが日本で行われたという偽動画が拡散した(X、bbcctv6の24年5月12日投稿から)
「琉球は中国のものだ!」と中国語で叫ぶ動画内の音声も偽物だった。セキュリティー企業のコンステラセキュリティジャパン(東京・千代田)が検証したところ、台湾の親中組織「全⺠抜菜総部」が23年4月に台湾で行った沖縄独立を支持するデモの音声を使い回していたことが判明した。
3つのアカウントが投稿した動画は全て偽物だった。だが問題はむしろ拡散力だ。偽動画にもかかわらず、「いいね」の数、転載されたリポスト数、シェア(共有)数など、投稿に対する反応数はXだけでも累計700万件超になったとみられる。
いかにして拡散は「成功」したのか。
200の工作アカウント発見
日経新聞はイスラエルのSNS解析企業サイアブラが提供するAIツールを使い、偽動画「沖縄独立デモ」の閲覧者の反応を分析した。それによると、偽動画をX上で見て、転載(コメント付きの投稿)したアカウントは全部で431だった。
そのうち75%の325アカウントを「工作アカウント」だと判定した。
サイアブラによると、工作アカウントとは、実際の運用者を偽装して実態を隠した陰のアカウントを指す。複数アカウントが連携し、通常の個人利用ではありえない頻度・量で特定の話題を意図的に拡散することが多い。
同社の過去の調査では「『工作アカウント』と判定される比率は通常なら全体の7〜10%。それが今回70%を超えるのは極めて高い水準だと言える」(ロニ・フリトファティヒ戦略データ分析担当長)。
サイアブラのAIツールの分析画面。SNS上の工作アカウントを特定し、赤色「Inauthentic(偽物)」で一覧表示する
サイアブラは米国務省など世界の政府機関を顧客に抱える有力企業。同社のツールは特定メッセージをSNS上に不自然に拡散するアカウントをAIで見破るのが特徴だ。
ただ万能ではない。今回検出した325の工作アカウントには、AIでも判別し切れないスパムアカウントなどが含まれる。そのため日経新聞が325のアカウントの発信内容を詳細に検証したところ、最終的には約6割に当たる198のアカウントが中国当局の言い分と一致した内容を拡散する工作アカウントであることを突き止めた。
「発信源の3アカウント」と、「拡散を請け負う約200の工作アカウント」が裏で見事に連携していたわけだ。
「議論」を盛り上げ拡散
検証を進めると、工作アカウントは沖縄独立デモの偽動画の投稿や、それに共感を示した「親中投稿」には、積極的に支持をする投稿を行っていたことも分かった。
一方、偽動画に反感を示す「反中投稿」には必死で反論を繰り返した。実際、日本の中国ウオッチャーや台湾のアカウントなどから多数の批判的なコメントが付いたが、しつこく反論を繰り返すことで議論を盛り上げ、露出を増やし拡散につなげていた。
さらに工作アカウントの約2割は、5月の偽動画の投稿直前に作られていたことも判明。拡散に向け組織的に準備を進めていたことがうかがえる。
発信源の3つのアカウントが5月、工作に動いた。沖縄独立デモの偽動画を12、14、25日と立て続けにXに投稿した。
待ち構えた約200の工作アカウントが「いいね」や引用、転載投稿を繰り返し、SNS上に偽動画を広めた。
動画を見て共感姿勢を示す親中的な投稿には、工作アカウントは積極的に支持をする内容の投稿を行った。
一方、動画に反感や不快感を示す反中的な投稿に対しては、工作アカウントは反論する投稿を執拗に繰り返した。
偽動画は、こうして議論を呼びながら露出を増やし、広くSNS上に拡散した。
日本の世論分断にも影響
沖縄独立を煽る動画の投稿は今なお続いている。専門家はどうみるか。
中曽根康弘世界平和研究所の大沢淳主任研究員は、「中国の情報工作は複雑だが、政府が打ち出す(沖縄の帰属などの)歴史認識を、まずは中国の国民にSNSなどを使って浸透させるケースが多い」と話す。
沖縄独立を煽る偽動画の拡散が続いている。8月に投稿された動画は5月に投稿された偽動画の使い回しだった(X、Snofy8の8月29日投稿から)
コンステラセキュリティジャパンの陶山航シニアアナリストは「情報工作の過程では様々な手法を実験する。今、中国語で仕掛けているSNS上での拡散を今後、どう日本語圏のSNSへと広げていけるか。色々試している段階だろう」と指摘する。
日本は今後どう向き合うべきか。
日本国際問題研究所の桒原響子研究員は「SNSを使った情報影響工作の手法や傾向を認識し、偽情報への耐性を高めることが重要だ」と話す。
沖縄に関する偽動画が様々なSNSに拡散している。写真は沖縄の高校生が中国の愛国歌を歌うとする偽動画(X、gotomyemailの23年4月26日投稿から)
一橋大学の市原麻衣子教授は「明らかな偽情報でも、SNSではそれを否定する投稿をすれば、かえって拡散が進む恐れがある。SNSの『罠(わな)』とも言える」と解説する。
「今回の『沖縄独立デモ』動画が明らかな噓でも、沖縄と中国のつながりの印象づけにはなる。『沖縄の反基地運動の背後には、やはり中国がいるのでは』といった疑念さえ生むようになる。日本の世論分断を刺激する効果は十分ありうる」と警鐘を鳴らす。
東京大学の松田康博教授は「(そもそも)沖縄の領土問題は存在しない。中国が沖縄の本土復帰を支持していたなどの歴史的事実を官民共に中国語で発信していくべきだ」と指摘する。
沖縄県は、偽動画が拡散する現状について「配信意図は不明だが、現在『沖縄県は日本国の地方自治体の一つ』という事実は日中両国及び国際社会の共通認識だと考える」とコメントした。
中国外務省は、日本経済新聞の取材に対し「偽動画が出所不明で、コメントはしないが、日本も国際社会も琉球問題に関心を持ち、多くの人が多角的に研究し、さまざまな意見を述べている人達がいることが分かった。琉球問題に関する中国の立場は一貫している」と回答した。
制作 兼松雄一郎、久能弘嗣、森田優里、中村裕
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