「天狗の中国四方山話」

~中国に関する耳寄りな話~

No.457 ★ 中国・解放軍大粛清が第2幕へ、元国防相2人の党籍剥奪、次の標的は 制服組トップか?

2024年07月06日 | 日記

JBpress (福島 香織:ジャーナリスト)

2024年7月5日

党籍などを剥奪された李尚福・前国防部長(国防相)(写真:AP/アフロ)

 新華社が6月27日、解放軍の重要人物2人について、その党籍、軍籍、そして第20期党代表資格の剥奪を発表した。一人は多くの人の予想通り李尚福・前国防部長(国防相)。だがもう一人は、多くの人にとって予想外だった。李尚福の前に国防部長を務めていた魏鳳和だ。

 魏鳳和は確かに幾度となく失脚の噂が出ていた。だが、少なくとも今年5月までは、その政治的無事は確認されていたはずだ。2人とも習近平が自らその能力を認めて国防部長に抜擢した人物。その2人が粛清されたことの意味を考えてみたい。

 27日には党中央政治局会議が招集されて、三中全会の日程も7月15日から18日と正式に決定した。同じタイミングで2人の軍人の厳しい処分が発表されたのは、おそらく三中全会での人事が基本、固まったということだろう。逆に言えば、今に至るまで李尚福と魏鳳和の処分については意見のすり合わせに時間がかかったのかもしれない。

 新華社が配信した李尚福、魏鳳和の罪に関する調査報告はその文言が非常に似通っている。

「李尚福問題に関する調査結果と意見報告」では「李尚福は重大な政治規律違反を犯し、党の全体的な厳格なガバナンスに対する政治的責任を果たさず、組織的取り調べに抵抗した」「組織規律に著しく違反し、違法に自身および他者のために人事上の利益を求め、その職務上の地位を利用して他者への便宜を図り、多額の金銭を受け取り収賄の罪の疑いがある」「不当な利益を得るために他人に金銭を渡す贈賄の疑いがある」「取り調べと調査の中で、李尚福はその他深刻な違反、違法行為の手がかりを明らかにした」などとあった。

 ここでポイントなのは収賄だけでなく贈賄の容疑が指摘されていることだ。「人事上の利益」ということは、李尚福が自分や部下の人事について、自分より上の人事決定権をもつ上官に賄賂を贈ったということで、それが誰なのか、という疑問がわくだろう。

 李尚福からの賄賂を受け取ったのが魏鳳和であった、という見方もあるが、李尚福の抜擢に直接かかわったのは、現在の制服組トップ、中央軍事委員会副主席の張又侠だ。

魏鳳和・元国防相は粛清を免れたと見られていたが、そうではなかった=2022年6月撮影(写真:AP/アフロ)

 魏鳳和の罪に関しては「魏鳳和問題の取り調べ結果と処理に関する意見報告」で、「重大な政治規律違反」「党の全体的な厳格なガバナンスに対する政治責任を果たさず、組織的取り調べに抵抗した」「規律を破り他人のために人事上の利益を謀った」「清廉の規律に違反し礼品金品を受け取った」「巨額の金銭と引き換えに他人の利益のために便宜を図った」といった李尚福と同様の罪状、収賄罪が指摘されている。

 そのほか、「信仰を破壊し、忠誠を失った」「その行動は党中央委員会、中央軍事委員会の信頼を蔑ろにし、深刻な部隊の政治生態を汚染し、党の事業、国防、文体建設及びハイレベル指導幹部のイメージに極めて深刻なダメージを与え、その本質は極めて深刻で、影響は極めて劣悪、ダメージは特に巨大である」…などとあった。

 この表現に、習近平の怒りがにじみ出ている。つまり習近平は魏鳳和を不忠者と断罪し、彼の影響で軍全体の習近平に対する忠誠が損なわれた、彼が軍内の習近平に対する不忠誠をはびこらせた、といいたいようである。

 習近平がここまでの表現で追及する魏鳳和の不忠、解放軍の不忠とは具体的に何だったのだろう。

失脚を免れたと見られていた魏鳳和まで、なぜ?

 報告によれば魏鳳和の取り調べは昨年9月21日から始まったという。昨年夏に、魏鳳和失脚の噂が一時広がったことがあり、国防部記者会見の場で外国メディアが魏鳳和の失脚の噂を確認する質問をしたことがあった。その時、国防部報道官は直接回答せず、「腐敗闘争は永遠に道半ばである」という抽象的な発言で記者たちを煙に巻いていた。

 9月末の国慶節の祝賀パーティに魏鳳和は欠席し、今年2月の春節前の、中央指導部と退職元老の挨拶会の出席リスト135人にも彼の名前はなかった。魏鳳和はずっと「失踪」状態だったが、今年5月に全人代常務委員元副委員長の烏雲其木格の告別式には、戴秉国、常万全、趙克志ら元国務委員らと連盟で花輪を送っていた。

人民解放軍の訓練の様子=6月30日(写真:VCG/アフロ)

 CCTVのニュースはわざと魏鳳和の名前が見えるように映像を撮っていたので、この時、多くの人は魏鳳和は何とか失脚を免れたのではないか、と考えていた。だが、その予想は完全に裏切られ、軍籍党籍はく奪という厳しい処分がいきなり公表されたのだった。

 こうした経緯を踏まえると、魏鳳和の今回の処分は軍幹部たちも直前まで抵抗し、それに怒った習近平の独断により処分が決定されたのではないか。だから報告に「組織的取り調べに抵抗」という言葉が入ったのではないか、というわけだ。

大粛清の第2ステージが始まったか

 ところで、李尚福の汚職は主に2014年の総装備部副部長時代から、装備発展部副部長時代に行われた装備予算がらみの罪だと思われる。「装備領域の風紀汚染」という表現があり、そのニュアンスから察するに、軍工産業界や研究開発部門、銀行金融業界が絡む幅広い癒着や利益供与などの風土が問題視されたようでもある。

 この李尚福が汚職をやったと言われた2014年から2016年の間、直属の上司であった装備発展部長は張又侠、今の中央軍事委員会副主席、制服組トップである。李尚福が贈賄したというなら、その相手が張又侠である可能性は極めて高い。とすると、今回の解放軍粛清はこれで打ち止めではなく、張又侠までいく可能性があるのだ。

人民解放軍の訓練の様子=6月30日(写真:VCG/アフロ)

 思い出すのは6月17日、習近平が革命根拠地の延安で開催した中央軍事委員会政治工作会議で行った演説だ。この時「解放軍が政治上、直面する試練は複雑に錯綜している。銃を持つ軍は終始、党に対する忠誠をしっかり持つ信頼できる人物の掌中にあるべきだ」などと語り、会議では30回も「政治」を強調。習近平はしつこいまでに、軍に対して反腐敗と忠誠心の要求を繰り返したのだった。

 そして、さらに大規模な軍内粛清(反腐敗キャンペーン)を行う姿勢を打ち出したのだ。この会議には張又侠も神妙な顔で出席していた。

 こうした状況を俯瞰して考えると、この2人の元国防部長の党籍軍籍剥奪処分は解放軍大粛清の新たなステージの始まりという印象がある。最終ターゲットは現役制服組トップの張又侠、かもしれない。

まったく軍を掌握できない習近平

 習近平は政権トップの座に立ってまもない2014年、軍の江沢民派の長老、徐才厚と郭伯雄を失脚させ軍制改革をスタート。軍の利権、政治力を徹底的に奪っていった。つづいて2017年、房峰輝ら胡錦涛派の軍の実力者たちを失脚させていった。総参謀長まで上り詰めた房峰輝は、汚職と規律違反の罪で軍籍党籍をはく奪され、2019年に終身刑を言い渡され財産も没収された。

 こうして軍内大粛清で江沢民、胡錦涛時代の軍の実力者とその派閥を根絶やしにしていく代わりに、習近平は自分が信頼する軍人を重用した。その時のキーワードは3つあり、1つが紅二代軍人、つまり習近平の父親世代と信頼関係を結んでいた軍人の子弟らを重用した。第20回党大会後も中央軍事委員会副主席の座に残った張又侠はその代表格で、習近平と幼なじみ、父親同士が親友同士で親子2代で築かれた絶対的信頼関係がある、と言われていた。

 2つ目のキーワードは福建閥、金門島砲戦にも参加した第31集団群出身の軍人の抜擢だ。そしてテクノクラート系、留学系軍人だ。技術畑の専門家やロシアや米国に留学経験のある軍人を重用した。

 だが、そうして自分が選んだ軍の中枢たちをも習近平は、不忠を疑い、失脚させ始めたのだ。習近平は昨年だけで9人の高級将校、4人以上の国防産業高官を失脚させているが、いずれも当初、習近平が自分で抜擢した軍人たちだ。

 もし、仮に三中全会で、紅二代の代表格の張又侠も失脚するようなことになれば、おそらく解放軍内の紅二代組は震え上がることだろう。今まで習近平に重用される側だったのが、今度は粛清される側になるわけだから。

 改めて考えると、習近平はこの十年、猛烈な軍内粛清を行い、百数十人を数える将校たちを失脚させ、軍組織を再構築し幹部を総入れ替えしたにもかかわらず、まったく軍を掌握できていなかった、ということだ。それは、習近平の軍制改革も反腐敗キャンペーンも完全に失敗し、その失敗の理由はほかでもない、習近平個人の人徳の無さや能力のなさにある、ということだ。

 ニューヨーク大学政治学部教授の夏明はラジオフリーアジアにこんなコメントを寄せていた。

軍の弱体化が招く台湾有事のリスク

「習近平は軍隊に対して一種の強烈な支配欲を持っている。解放軍はもともと(国家の軍ではなく)党の軍隊だが、習近平はさらにそれを私兵にしようとしている。過剰に軍を支配しようとしたとき、また新たな反発が起きた」「なぜなら軍自体も絶対的な忠誠心だけでは兵士の命を救えないことを知っているからだ。もし兵器、ハイテク技術、訓練が十分でなければ、職業軍人は当然不満と憂慮をもつことになるだろう」

 習近平の軍への支配欲が、結局、職業軍人たちの不満と不信を招き、そのことがさらに習近平の不安をあおり、支配欲を刺激し、終わりのない粛清ゲームが続いているのが現状というわけだ。当然ながらそのような軍が、習近平が掲げる台湾統一の夢を実現できるか、今世紀半ばまで米国と肩を並べる軍事強国になれるか、というと答えは自明である。

 だが、それを中国の軍事的脅威を日頃感じている日本や台湾が手放しに喜べるのか、というとそうでもない。習近平が有能な軍人たちの忠誠心を信用できず、彼らを排除した後に、誰が変わりに軍のガバナンスを管理することになるのか。それは習近平が絶対に安心できる人物、たとえば身内の彭麗媛夫人かもしれないし、823金門砲戦(1958年)に参加した第31集団群出身の苗華ら福建閥の面々かもしれない。

 つまり、現代版江青とやゆされる野心家の女性や、軍人としての能力は低いが台湾統一に妙にこだわりのある軍人たちが習近平の顔色をうかがいながら軍を動かすことになるかもしれない。

 中国の指導者は毛沢東も鄧小平も、しばしば自分の権力闘争のために対外戦争を仕掛けることがあった。朝鮮戦争しかり、中越戦争しかり。実戦を通じて気に食わない将校を排除したり、軍制改革を促進したりもしてきた。

 そういう歴史を踏まえると、この新たな軍内粛清の動きで軍が弱体化することは、むしろ戦争に突入させられる不安定化の要因になる可能性を懸念すべき話だと思う。

福島 香織(ふくしま・かおり)

ジャーナリスト。大阪大学文学部卒業後産経新聞に入社。上海・復旦大学で語学留学を経て2001年に香港、2002~08年に北京で産経新聞特派員として取材活動に従事。2009年に産経新聞を退社後フリーに。おもに中国の政治経済社会をテーマに取材。主な著書に『なぜ中国は台湾を併合できないのか』(PHP研究所、2023)、『習近平「独裁新時代」崩壊のカウントダウン』(かや書房、2023)など。

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