「天狗の中国四方山話」

~中国に関する耳寄りな話~

No.347 ★ 住宅ローンが返せなくなっても弱者は救済されない…中国で不動産  バブル崩壊の後始末が遅れている根本原因

2024年05月23日 | 日記

PRESIDENT WOMAN (経済アナリスト 柯 隆)

2024年5月22日

世界経済に影響を及ぼす「チャイナ・リスク」が懸念されている。中国経済研究の第一人者である柯隆さんは「中国の大都市では不動産価格が30%下落し、中国恒大集団などのデベロッパーが経営危機に陥り、国民でも住宅ローンを返せない人が増えているが、中央政府や地方政府による救済は進んでいない。これには非・民主主義国家ゆえの原因がある」という――。

※本稿は、柯隆『中国不動産バブル』(文春新書)の一部を再編集したものです。

不動産バブルが崩壊したかどうかを判断する4つの指標

なぜ一定数の人には、中国の不動産バブルが崩壊していないように見えるのだろうか。

不動産バブルが崩壊したかどうかを判断する指標には、不動産価格の下落、デベロッパーの経営状況、個人による住宅ローンの延滞、銀行の不良債権問題などがある。

写真=iS※写真はイメージです

一般的に不動産バブルが崩壊すると、不動産価格はある程度下落するが、大暴落はしにくい。これは不動産価格の下方修正硬直性によるものといわれている。デベロッパーの経営悪化ないし大規模倒産が起き、景気が急減速するのを受けて、個人による住宅ローンが延滞され、銀行のバランスシートに巨額の不良債権が生まれ、金融システム不安が現実問題として浮上してくる。これが、不動産バブル崩壊が引き起こす債務連鎖である。

この一連の動きのなかでもっとも重要なのは情報の伝達である。すなわち、デベロッパーの経営難が囁(ささや)かれると、銀行の経営難も容易に想像される。金融不安が現実味を帯びてくると、マクロ経済はデフレに突入する可能性が高くなる。これはまさに30余年前に日本が経験したバブル崩壊のストーリーだった。

住宅ローンを返せなくなっても家を売却することができない

中国の現状を見ると、デベロッパーが経営難に陥っているのは明らかだが、大規模な倒産には至っていない。だから、一部の人には不動産バブルが崩壊していないように見えるのだろう。気をつけるべきなのは、デベロッパーの多くが政府による救済を待っている最中だということだ。政府が救済に乗り出せば、倒産を免れる。逆に政府が救済しなければ、不動産デベロッパーと下請け企業などは連鎖倒産してしまい、中国経済は一気にクラッシュしてしまう。今はその瀬戸際に差し掛かっているところだ。

2024年3月9日には、不動産政策を担う倪虹(げいこう)・住宅都市農村建設相が全人代に合わせて記者会見。債務超過が深刻な不動産企業について、「相応の対価を支払わせる」「破産すべきは破産」などと発言し、衝撃が広がった。

一部の個人はすでに住宅ローンを予定通りに返済できなくなっている。中国にいる友人に確認してもらったところ、個人は家を売りに出したくても、地方政府が決めた価格より安い価格で売ることが認められていない。ガイドラインに沿った価格を設定して売りに出しても、ほとんど売れないといわれている。多くの個人にとって住宅ローンの返済が難しくなっても、家を売って損切りすることすらできない状況になっているのだ。若者の失業率の急上昇も、個人の住宅ローンの延滞の要因で、銀行に差し押さえされ競売に出されている物件が急増している。

デベロッパーの経営難で深圳にゴーストタウンができている

デベロッパーの経営難により、現在開発中のマンションや商業ビルなどの物件が未完成のまま、ゴーストタウンになるケースが増えている。もっとも有名なのは深圳(しんせん)の新しいランドマークとなる中国一(世界2番目)の超高層ビル「深圳世茂深港国際センター」(140階建て、高さ700メートル)だ。開発の途中で資金が枯渇し、現在未完成のまま売りに出されているが、買い手がつかない状況が続いている。他にも、マンションを買ったが、そのマンションが完成されずに放置されているケースも増えている。買い手にとってまさに悪夢となっている。

写真深圳市の中央ビジネス特区、2023年(※写真はイメージです)

不動産バリューチェーンにあるすべての企業と個人はなすすべがなく、政府による救済に淡い希望を抱きながら、景気が上向くのを待っている。

不動産バブルが崩壊すれば、老人たちが年金難民になる

中国の不動産バブル崩壊は銀行に飛び火するだけでなく、地方政府および年金生活者にも深刻な悪影響を及ぼす恐れがある。この点は日本の不動産バブル崩壊と大きく異なるところである。日本のバブル崩壊は銀行に飛び火したが、預金保険制度を使って預金者を保護し、財源が足りない部分について政府が保証したため、傷がそれ以上に拡大しなかった。それでも、日本は失われた30年に突入した。いまだに日本経済は十分に回復していない。

それに対して、中国の不動産バブルが崩壊して、もっとも焦るのは地方政府のはずである。これまで土地使用権を払い下げることで、多額の財源を手に入れていたからだ。その財源の一部は地方政府が管轄する年金などの社会保障基金に注入された。中国は日本以上に高齢化のスピードが速い。社会保障基金は全国一律のプールではなくて、各々の地方政府が管轄しており、それぞれ独立したプールになっている。

保険料も徴収されてはいるが、必ずしも十分ではない。とくに経済発展が遅れている地方では、土地財政からの補填が必要不可欠である。不動産バブルが崩壊して、地方政府の財源が枯渇し、それによって一部の年金生活者は年金難民になる可能性がある。

中国で優先的に救済されるのは政府に近い企業や団体

民主主義の国であれば、経済危機に対処する際、どういうプライオリティ(優先順位)で救済策を実施するかについて透明性を担保しないといけない。救済策を実施する際、まずは関連の法律に則(のっと)って行う必要がある。そのなかで、弱者を救済しなければ、政治家は選挙に負けてしまう可能性がある。民主主義国における経済危機への対処は時間がかかるものの、必ず合法的に行われなければならない。

それに対して、中国は民主主義国ではなく、選挙も実施されていない。したがって、救済策の透明性がほとんど担保されていない。弱者が優先的に救済されることも期待できない。結論を先に言えば、中国で優先的に救済されるのは政府にもっとも近い企業や団体であろう。その次に、救済しなければ政府にとって大きなトラブルになると考えられる企業や個人が優先的に救済される。今や、不動産バブル崩壊によって途方に暮れている個人は無数にいる。多くの地方で「マイホーム難民」が発生し、地方政府に救済を求めているが、その地方政府はまったく対応してくれない。

中国は日本のバブル崩壊に学ばなかったのか?

3年前からデベロッパーのデフォルトは相次いでいるが、中国政府(中央政府)はどこまで救済するか迷っているはずである。救済しなければ、バブル崩壊の影響が一気に広がってしまい、深刻な社会不安を引き起こす恐れがある。しかしながら、救済しようとしても、すべてのデベロッパーを救済するほどの財源がない。中国政府が迷っているあいだにも、時間はどんどんロスされている。おそらくバブル崩壊への対処について考えなければならない変数は、一に責任、二に影響であろう。デフォルトを引き起こしたデベロッパーには、責任を問わなければ不公平になる。かと言って、全く救済せずにみてみぬふりすると、バブル崩壊の影響は広がってしまう。

中国人民銀行の本社。2023年(※写真はイメージです)

筆者は講演などの場でよく、中国は日本のバブル崩壊の後処理について勉強していないのかと質問される。答えは簡単である。中国は勉強していると思われるが、日本のバブル崩壊よりも中国の状況のほうが遥(はる)かに複雑なのだ。だからこそ中国政府はどのように対処すればいいかを躊躇(ちゅうちょ)している。

大手デベロッパーは共産党中枢と目に見えない人脈を持つ

しかも、中国は民主主義国ではないため、政府は多くの利益集団とバーゲニング(交渉)しないといけない。たとえば、政府がデベロッパーの経営に不正があると察知していても、単純に法に基づいて対処できないケースが少なくない。大手デベロッパーの関係者は、共産党中枢と目に見えない複雑な人脈を持っていることが多い。ふいにデベロッパーを処罰すると、返り血を浴びることがあるのだ。

反対にほかの政府機関から当該デベロッパーを救済するよう圧力をかけられることも考えられる。したがって、債務超過に陥ったデベロッパーを処分する際、資産査定よりも重要なのはその複雑な人脈を調べることだ。いきなりその経営責任者を拘束して裁判にかけた場合、政府にとって都合の悪いことを語られる心配がある。

写真=iStoc※写真はイメージです

また現在、大手デベロッパーが相次いでデフォルトを起こしているため、中国政府はそれらを包括的に処理する政策を模索する必要がある。すなわち、どのデベロッパーを救済するか、あるいは救済しないかを線引きする作業が重要になっている。しかし、李強(りきょう)国務院(政府)は2023年3月に始動したばかりで、政策の決定と実行について模索しているゆえにスピード感がない。

貯蓄率の高い中国人にとって不動産は良い投資先だったが…

2023年に入ってからの中国経済は、予想外に景気回復の力が弱く、L字型成長になっている。これまで多くの地方政府は、不動産バブルのさらなる膨張を警戒して需要を抑制する政策を講じてきたが、2023年からは需要抑制政策を撤廃ないし緩和する方向へ方針転換している。地方によって内容は異なるが、具体的に、①住宅購入制限の完全撤廃、②住宅購入制限の部分的緩和、③住宅ローン借入制限の完全撤廃、④住宅ローン借入制限の部分的緩和、⑤住宅価格制限の緩和などである。

そもそも中国は貯蓄率の高い国である。金融市場を管理する法制度が整備されておらず、安心して投資できる金融商品も少ないからだ。中国では金の現物を買って家においておく伝統があるが、その金を大量に買って貯め込むことは非現実的である。結局、富裕層の多くは不動産投資を選好することになる。2戸目、3戸目とマンションを購入して、値上がりするのを待ってから売るというもっとも古典的な投資を手掛けてきた。こうしたなかで不動産価格は急騰してバブルとなった。

習近平「家は住むためのもの」発言が崩壊のきっかけに

柯隆『中国不動産バブル』(文春新書)

ところが2021年、習近平(しゅうきんぺい)主席が「家は住むためのものであり、投機の対象ではない」と呼び掛けたのをきっかけに不動産需要が抑制され、住宅購入制限や住宅ローン制限が導入された。そのうえ、3年間のコロナ禍により、不動産市場の過剰供給問題が浮上して、不動産バブルは崩壊してしまった。多くの地方政府は前述の①~⑤のいずれかの緩和策を打ち出しているが、需要喚起の効果は期待されるほど表れていない。

不動産バブルは先進国でも新興国でも起こりうるものだが、中国で不動産バブルが大きく膨張するのは偶然性によるものなのか、必然性によるものなのか。中国の場合はどちらかといえば、必然的で避けられないものと思われる。これまで述べてきたように、中国政府は都市再開発に伴う不動産開発を経済成長のエンジンと位置づけている。また、土地の入札手続きについては透明性を欠いているため、値段が上がりやすい。中国の貯蓄率はGDPの40%を超えているが、その多くが不動産市場に流れている。

より高いリターンを求め不動産投資に走った先は?

理論的に考えれば、一国の貯蓄を投資主体の企業部門に効率よく仲介するのは金融市場と金融機関の役割である。貯蓄が銀行を通じて企業部門に仲介されるのは間接金融と呼ばれている。それに対して、貯蓄が証券市場などを通じて企業部門に仲介されるのは直接金融と呼ばれている。

中国の金融仲介は国有銀行を軸に行われているが、国有銀行は効率も業績も悪いため、リターンを求める家計にとって銀行に預金することは魅力がない。結局、人々はより高いリターンを求めて金や不動産などの投資に走ったのである。コロナ禍前から世界の金価格が急上昇しているのは中国人の投資と無関係ではない。日本でも、10年前に比べれば、円建ての金価格は倍以上に上昇した計算になっている。

柯 隆(か・りゅう)

経済アナリスト。1963年、中華人民共和国・江蘇省南京市生まれ。88年来日、愛知大学法経学部入学。92年、同大卒業。94年、名古屋大学大学院修士課程修了(経済学修士号取得)。長銀総合研究所国際調査部研究員(98年まで)。98~2006年、富士通総研経済研究所主任研究員、06年より同主席研究員を経て、東京財団政策研究所主席研究員。

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