クルマ用語でバネ下重量、という言葉を聞いたことがあるだろうか。これは読んで字のごとくバネから下の重量、つまりサスペンションにぶら下がっている部分の重量のことをいう。具体的にはブレーキ、サスペンションアーム、タイヤ、そしてホイールなどの重量がこのバネ下重量に当てはまる。そしてこのバネ下重量を軽量化することは乗り心地やハンドリング、加速、制動、燃費など実に広範囲の性能が向上するのである。これは諸説あるのだが、バネ下重量の軽量化はバネ上重量ではその数倍から数十倍の軽量化に匹敵する効果があると言われている。つまりバネ下重量を1kg軽量化すると、最低でもバネ上重量では2kg軽量化した効果があるということだ。クルマに大きな好影響をもたらすのである。
最初から堅苦しい解説になってしまったのだが、簡単に言うと例えば重さ2kgのジャケットを着て走るのと、片足1kg、両足で合計2kgのスニーカーを履いて走るのとではどちらが楽か、ということだ。2kgのジャケットを着て走るぶんにはたいして苦にならないが、片足1kgのスニーカーを両足に履いて走るのは相当ツラい。それは4kgのジャケットを着て走るのと同等か、それ以上の労力であることが容易に想像できると思う。着地する時の衝撃はあるし、コーナーを曲がるのも大変だ。坂を登るのも下るのもしんどいし、体力も早く消耗してしまう。人間もクルマも同じ理屈なのである。
しかし残念なことに我々ユーザーはブレーキ、サスペンションアーム、タイヤについてはそう簡単に軽量化することはできない。したがってバネ下重量を軽量化しようと思えば、それはホイールの軽量化という点にすべて集約される。人間にたとえれば足の骨や筋肉は軽量化できないが、スニーカーなら軽量化できる、という理屈とまったく同じである。
ホイールの材質は主にスチール、アルミニウム、マグネシウムがある。このなかで最も重いものがスチールだ。軽量化という観点から見れば、当然スチールホイールは候補から外れる。残るはアルミとマグネシウムということになるのだが、この両者ではマグネシウムのほうが軽い。したがって軽量化に一番効果があるのはマグネシウムホイールである。しかし、残念ながらマグネシウムホイールをおすすめします、という単純な話にはならない。マグネシウムという金属には重大な欠点が存在するのである。
まずマグネシウムという金属はとても腐食しやすい。このためマグネシウムホイールは入念に塗装を施して酸素や水から守らなければならないのだが、飛び石などで塗装が剥がれてしまったりすると、あっという間にそこから腐食が進んでいってしまう。さらに縁石にヒットしてリムにガリ傷を作ろうものなら最悪の事態だ。ただでさえ日本という国は湿度が高いのである。マグネシウムホイールとはそれほどデリケートなものなのだ。
加えてマグネシウムは密度が1.74g/㎤ととても柔らかい性質を持っている。つまり密度が低いために軽く、そして柔らかい(脆い)のである。ちなみにアルミニウムの密度は2.7g/㎤だ。このため、マグネシウムホイールは基本的に衝撃に対する強度が弱い。サーキットのような平滑な場所ならいいが、凸凹のある一般道には不向きなのである。たまに「マグネシウムホイールを履いて走行していたらホイールナット周辺を残してホイールが完全に割れて外れてしまい、タイヤとともに転がって行ってしまった」なんていう恐ろしい話を聞くことがあるが、これなどはまさにマグネシウムホイールならではの珍事である。もっとも、マグネシウムホイールは鍛造も含めてその製造技術も進化しているだろうから、中には強度的にも満足のいくものがあるかも知れない。前述で基本的に、と記した理由もこうしたことを考慮してのものだが、それでもやはりマグネシウムホイールは特殊なホイールである、と認識しておいて間違いはない。余談だが、BMWのマグネシウムエンジンブロックも、そのインナーにはアルミが使われている。
最後に残ったアルミホイールだが、その製造方法も認識しておく必要がある。大まかに分けて鋳造と鍛造とがあり、これは先ほどのマグネシウムホイールにもほぼ共通している製造方法だ。簡単に説明すると、鋳造は金属を溶かして型に流し込んで成型したもの。そして鍛造とは金属に圧力をかけて成型したものである。
圧力をかけて成型すれば、当然密度が向上して強度が増す。分かりやすい例が刀鍛冶だ。鉄を熱して金槌でたたくその作業こそがまさに鍛造、である。そして鍛造で作られたホイールは強度が飛躍的に向上するため、今度は余分な贅肉をそぎ落とし軽量化することが可能となるのである。よく鍛造≒軽量化だと単純に認識されている場合があるのだが、これは間違いだ。鍛造によって成型された金属は密度が向上しているため、同じ形であれば当然鋳造よりも重量は重くなる。だがあくまでも強度が増しているために鋳造では実現できないほどの贅肉のそぎ落としが可能となるため、その結果として鋳造よりも軽量化ができる、と解釈するのが正しい。
これは短大の金属工芸科の教授から直接教わった話である。その教授は東京芸大卒。このため、僕の作った作品に対してすべて徹底的にダメ出ししてきた教授でもあった。僕は木工芸科の生徒だったのだがそんなことはお構いなし。
腹も立ったけど、でもいい人だった。
次回へ続く
最初から堅苦しい解説になってしまったのだが、簡単に言うと例えば重さ2kgのジャケットを着て走るのと、片足1kg、両足で合計2kgのスニーカーを履いて走るのとではどちらが楽か、ということだ。2kgのジャケットを着て走るぶんにはたいして苦にならないが、片足1kgのスニーカーを両足に履いて走るのは相当ツラい。それは4kgのジャケットを着て走るのと同等か、それ以上の労力であることが容易に想像できると思う。着地する時の衝撃はあるし、コーナーを曲がるのも大変だ。坂を登るのも下るのもしんどいし、体力も早く消耗してしまう。人間もクルマも同じ理屈なのである。
しかし残念なことに我々ユーザーはブレーキ、サスペンションアーム、タイヤについてはそう簡単に軽量化することはできない。したがってバネ下重量を軽量化しようと思えば、それはホイールの軽量化という点にすべて集約される。人間にたとえれば足の骨や筋肉は軽量化できないが、スニーカーなら軽量化できる、という理屈とまったく同じである。
ホイールの材質は主にスチール、アルミニウム、マグネシウムがある。このなかで最も重いものがスチールだ。軽量化という観点から見れば、当然スチールホイールは候補から外れる。残るはアルミとマグネシウムということになるのだが、この両者ではマグネシウムのほうが軽い。したがって軽量化に一番効果があるのはマグネシウムホイールである。しかし、残念ながらマグネシウムホイールをおすすめします、という単純な話にはならない。マグネシウムという金属には重大な欠点が存在するのである。
まずマグネシウムという金属はとても腐食しやすい。このためマグネシウムホイールは入念に塗装を施して酸素や水から守らなければならないのだが、飛び石などで塗装が剥がれてしまったりすると、あっという間にそこから腐食が進んでいってしまう。さらに縁石にヒットしてリムにガリ傷を作ろうものなら最悪の事態だ。ただでさえ日本という国は湿度が高いのである。マグネシウムホイールとはそれほどデリケートなものなのだ。
加えてマグネシウムは密度が1.74g/㎤ととても柔らかい性質を持っている。つまり密度が低いために軽く、そして柔らかい(脆い)のである。ちなみにアルミニウムの密度は2.7g/㎤だ。このため、マグネシウムホイールは基本的に衝撃に対する強度が弱い。サーキットのような平滑な場所ならいいが、凸凹のある一般道には不向きなのである。たまに「マグネシウムホイールを履いて走行していたらホイールナット周辺を残してホイールが完全に割れて外れてしまい、タイヤとともに転がって行ってしまった」なんていう恐ろしい話を聞くことがあるが、これなどはまさにマグネシウムホイールならではの珍事である。もっとも、マグネシウムホイールは鍛造も含めてその製造技術も進化しているだろうから、中には強度的にも満足のいくものがあるかも知れない。前述で基本的に、と記した理由もこうしたことを考慮してのものだが、それでもやはりマグネシウムホイールは特殊なホイールである、と認識しておいて間違いはない。余談だが、BMWのマグネシウムエンジンブロックも、そのインナーにはアルミが使われている。
最後に残ったアルミホイールだが、その製造方法も認識しておく必要がある。大まかに分けて鋳造と鍛造とがあり、これは先ほどのマグネシウムホイールにもほぼ共通している製造方法だ。簡単に説明すると、鋳造は金属を溶かして型に流し込んで成型したもの。そして鍛造とは金属に圧力をかけて成型したものである。
圧力をかけて成型すれば、当然密度が向上して強度が増す。分かりやすい例が刀鍛冶だ。鉄を熱して金槌でたたくその作業こそがまさに鍛造、である。そして鍛造で作られたホイールは強度が飛躍的に向上するため、今度は余分な贅肉をそぎ落とし軽量化することが可能となるのである。よく鍛造≒軽量化だと単純に認識されている場合があるのだが、これは間違いだ。鍛造によって成型された金属は密度が向上しているため、同じ形であれば当然鋳造よりも重量は重くなる。だがあくまでも強度が増しているために鋳造では実現できないほどの贅肉のそぎ落としが可能となるため、その結果として鋳造よりも軽量化ができる、と解釈するのが正しい。
これは短大の金属工芸科の教授から直接教わった話である。その教授は東京芸大卒。このため、僕の作った作品に対してすべて徹底的にダメ出ししてきた教授でもあった。僕は木工芸科の生徒だったのだがそんなことはお構いなし。
腹も立ったけど、でもいい人だった。
次回へ続く