5月10日(金) 自殺実況テープをあなたにも
久々に素敵なものに出会いました。オロスコ以来かも。
わたしは毎晩、寝る前には本を読むのですが、殺人事件の本が一番安らかに眠れま すねえ。同じ事件でも、違う本だとまた違った味わいで、わくわくします。特に昔の 事件のほうがおもしろい。最近の事件は、事件そのものは個性的で変質的でおもしろ いんだけど、書き方がつまらないのね。やはり当事者の家族に気を使った書き方に なってるからかしら。ウイークエンダーという番組のような描き方にしてほしいんだ けどなあ。エラソーな評論になっちゃってるのは、学歴のないわたしの頭にはよくわ からないのよね。
そんなある日のことでした。やはりエラソーなタイトルの本をつまらなく読んで は、すぐに眠りについていました。それは「殺人者はそこにいる」という文庫で、新 潮45編集部編の13の事件が収録されている本です。事件のその後をレポートした 記事らしく、取材記者が事件現場に行ったりしてる描写から始まる書き方。
うっそうとした木々におおわれた云々
これ、きらいなの、わたし。こういう文章。もっとダイレクトに書けないかなあ。
でも、こんな本しかないから仕方なく読んでるのだが。で、9本目の事件を読み始 めたら、これがいきなりヒット!いや、書き方はきらいなんだけど、内容がそれを上 回った。記者さんの文章なんてもうどうでもいい。これはすごい。安らかに眠れなく なっちゃった。
自殺する人が実況テープを残したんですね。そのテープを紹介してある。
50歳の元ソニーミュージックの社員。妻と娘(23歳、東京女子大)を殺し、後 追い自殺である。47歳のとき、退社して始めた自分の会社がうまくいかず、借金が ふくれて追い込まれての一家心中。しかし、妻と娘のほうは合意の上ではなく勝手に 殺されてる。
男は身長163cm。銀縁メガネ、ソフトな容貌と書いてある。真面目な音楽教師 風だって。銀縁メガネの真面目な音楽教師ってイメージ、わたしには浮かんでこない ぞ。太ってるか痩せてるか書いてほしいのですが。どっちでもないのかな。そんな 人、知り合いにあまりいないからますますキャラが作りにくくなる。いや、こっちの 勝手ですいません。
では、そろそろ実況いきますか。
「わたしはこれから一人で、敏子と望の後を追いたいと思います。うーん、正直言っ てちょっと怖いですね」
これが実況テープのイントロ。これ、これ、これ。これが現実に、これから首を吊 る人のセリフなの?いや、現実だからこうなのね。
男は都内のマンションで妻と娘を殺した後、白のベンツで旅に出る。最初は神田の 山の上ホテルに泊まり、名古屋、下田、箱根、奈良と転々とする。奈良のホテルで自 殺を決行する。
「気分を落ち着けるために、ビールを一杯飲みます。情けないですねえ。ハァー…… フゥー……外は雨が先ほどからずいぶん強く降っています」
いかが?このテープは40分あり、怪しい音とかも入ってて、テープ起こしした人 も最後まで聞くことができずに終わったと書いてある。でも、本には、最後の部分が ちゃんと書いてあるんですけど。こういう仕事、こないかなあ。
つづく。
5月11日(土) 自殺実況テープ2
今日は青山ブックセンター新宿ルミネ店でサイン会とミニトークをしました。ミニ トークは、唐沢俊一と村崎百郎と3人で。この村崎さんも、新潮文庫の自殺実況テー プを気に入ってました。遺書を書くより、テープに録音するほうがよかったのは、男 が音楽関係の仕事してたからなんでしょうねえ。しかし、人がやらないことをやった というだけでも、これは心に残ります。今度は誰かぜひ、映像に残しておいてくださ いね。
男のキャラが想像し難いと言いましたが、今日のサイン会に来てくれた知り合いに 近い人がいました。身長163よりはあるかもしれないけど、そんな風に見えない、 太っても痩せてもいない、エリートサラリーマンというよりは真面目な音楽教師風。 銀縁メガネにソフトな容貌。ただ、彼はまだ30ぐらいだが、50になってもたいし てイメージは変わらないだろう。彼の写真はナンビョーサイトで、東京オフレポート が完成したら出てくるでしょう。お待ちください。それまでは、ナンビョーサイトの 破竹の闘病記で、鈴木くんという人の不幸自慢でも読んでてください。
さて、自殺男、松田雅夫は、自殺する3年前に脱サラをし、それが失敗、2800 万の借金の第一回の取立ての日に妻と娘を後ろから首を絞めて殺し、数日後に後追い している。
「ぼくがこの事業に失敗したからということで、例えば離婚するとか、あるいはぼく だけ、まあ消えちゃう、まっ、そういうことはぼくは出来ませんからですね、やった としても、あのカミさんの性格、子供の性格を考えますと、まあとにかく、信じられ ないくらいの心の負担になって、何も出来なくなって、本当に心身ともにボロボロに なってしまうんじゃないかなと思うんですね」
すっげーーーー、勝手な奴!偽装離婚するってば、妻は。娘は相続放棄するって ば。で、あんたは破産宣告すりゃいいじゃん。あれ、どっかで聞いたような話。あ、 最近、ウエイン町山とかいう人がそういう境遇にあるのか。町山氏の場合は26億 だっけ。2800万なら死ぬ気にもなるが、26億だと取り立てるほうもどうしてい いかわからないのでは?
それにしても、松田雅夫はあきれた奴ですねえ。だからこそ、実況テープも真剣な わざとくさい劇団ぽくなく、おもしろいのでしょう。
「はい、松田雅夫が喋っています。こんなことをする気は無かったんですけれども、 いくら手紙を書いても仕様がありませんし、自分の気持ちを正直に言うには、これが 一番いいかな、と思って、思いついたように喋っています」
だってさ。
松田雅夫の経歴が紹介してあります。昭和18年12月生まれ。ああ~ ん、12月の何日かを書いてくれなくちゃ、いて座か山羊座かわからないじゃない の~ん。たぶんこいつは射手座でしょう。自分の夢に酔いしれ、借金をこしらえてし まうし、家族に話すと断られるのが怖く、一人では死ねないところも射手座ならで は。
「十日の早朝に、敏子を、それから望に対しては“母さん、病気でちょっと寝てるか ら、ちょっと、そっとしておいてやってくれ”というような形にして、望と一回対峙 してですね、それで朝食も食べ終わり、彼女の後ろから……カミさんと同じロープ で、絞殺した、というわけです」
妻は寝てるところを、娘は後ろから、というわけですか。妻と娘に関しての取材で はとてもよくできた妻子だったらしい。殺されたほうはたいていそうですが。
「本当に考えるだけでも、手も震え、身も震え、恐ろしいことなんですけども、そう する自分が一番怖いわけで、今思い出しても(今というのは、3,4日後のホテルで のことね)体中がぶるぶるしています。そしてわたし自身も、その後を追おうと思っ たんですけれども……」
そうでしょうねえ、後追い自殺はなかなか成功しないんじゃないかしら。正直なテープです。でも、もう少し立派に録音しなおそうとか思わなかったのかな あ。よく、留守電に吹き込むのを何度もやり直すタイプじゃないのかもね。
「今月の一日に日光に家族で行ったり、十一月の三日の望の誕生日は歌舞伎を観たり と。そんな中で“あそこにも行きたかったなあ、ここにも行きたいねえ”なんていう 話を何かの形で聞いたことを思い出しましてですね。そうだ、おれとして出来ること を、せめてひとつ……死ぬのはいつでも出来ると……あんたたちの行きたいと言った ところを、時間の許す範囲で回ってみようと、思ったわけです」
これがこの勝手男が旅をすることになった言い訳。でも、こんな未練たらしいや つ、普通絶対自殺できず、どっかで金使い果たしたころ、無銭飲食でパクられるのが オチなんだけどなあ。
男は手元の金を集め、レンタル契約の白いベンツで旅に出た。妻子にいいことをし てやってるつもりでいるらしい。
つづく。
5月12日(日) 自殺テープ3
本を買ってない人は、早く最後の瞬間が聞きたいでしょうが、そこをより盛り上げ るには、この男のみちみちした言い訳をじっくり聞かされなくてはいけません。
それにしても、素人のつたない文、というか、喋りって、リアルでいいですねえ。 いや、こいつが最後には死ぬからいいんだろうけど。
「十日。事件の当日なんですけど、その日は一度、『山の上ホテル』で……天麩羅が 美味しいですね。肉マンの美味しいこの『山の上ホテル』に泊まってみたい、なんて ことが言われてましたもんですから、ぼくとしても『山の上ホテル』で一泊してもい いなあ、と思って、十日の夜、泊まりました」
妻と娘の亡霊は、こいつが山の上ホテルで美味しいもの食ってるのを恨めしく見て たんでしょうねえ。3年前、娘は東京女子大に合格し、ピアノも習ってたようで、父がソ ニーミュージックの社員を続けてさえいれば、ねえ。でも、会社員のあこがれは脱サ ラ。
男は昔からクラシックが趣味で、自分で音楽ソフト制作会社を設立して失敗、借 金が膨れて2800万になっちゃった。2800万の手前で気づかなかったのかな あ。それとも2800万ぐらいで気づいたのはまだ賢明なのか。26億になる人もい るからねえ。
2800万って、どうなんでしょう。返せる額じゃないにしろ、いまどき妻子が ソープに売られるわけもなく、腎臓取られることもないだろうから、弁護士とか税理 士とかに相談すればよかったのに。それができなくて、借金返済の日に妻子を殺す羽 目になるのは、射手座男の見得なんだろうな。
「先月の十日頃から、ちょっと危なかったものですから、折りをみて話そうと思った んですけれども、なかなかそういうきっかけもなかったんですね。もちろんその間、 わたしの方としては金の策というんですか、資金のこと、もう本当に信じられないく らい一生懸命やったんですけれども、結局、最終的には十一月十日には間に合わな い、と。翌十一日からは、もう矢のような催促がくるわけですし、捕まってしまえば 逃れられなくなりますから、どうしても十日のうちに決めてしまわなければならな い、と」
ほんとに一生懸命やったのか?アコムや武富士回って断られ続けただけじゃないの ?そういうとこだって、相談できるシステムあるだろうに。ああ、借金野郎ってなん て見苦しいの!そこがおもしろい実況テープ。
山の上ホテルで一泊した次の日、男はベンツで名古屋に向かう。マンションの死体 はまだ発見されていない。
「そうだ、カミさんはまだ一回も海外へ連れていっていなかったんだ、と思いまして ですね。そうだ、今だったらそんなに混んでいないわけだから、ウイーンとか、ミュ ンヘンとか、あの辺に連れていってあげよう、という気持ちで行動を始めました。で も、成田だと、もしかしたら十日のことが分かっちゃってて、手配されているかもし れないから、とりあえず名古屋空港に行きまして。名古屋空港から韓国航空で行けば 安いし、ということで、韓国にとりあえず渡ろうと思いまして、十一日の夜は東京を 出て、名古屋の小牧空港の近くのホテルに一泊しました」
なーにが連れていってあげよう、だ。あれ?ソニーミュージックの社員のカミさん て、海外旅行にも行けない給料なの?娘がピアノやってて大学にまで行ったから?
カミさんについては、夫婦と親しい知人がこう話している。
「彼女は派手なことが嫌いで、金銭欲の希薄な、良妻賢母タイプの女性です」
金銭欲のない人、殺されないようにね。
娘のほうも、この知人がこう言っている。
「努力家で、お小遣いをユニセフに寄付するような心優しい娘だった」
母に海外旅行をプレゼントしてやれよ~!
「お父さんの事業がうまくいっていないのを薄々勘付いていたのか、『お父さんの仕 事がダメになったら、わたしが養ってあげる』と、語っていました」
知人にかい。でも2800万をしょってじゃあ養えないだろうなあ。2800万と 聞いた時点で養いたくないだろうなあ。うーん、やっぱ、2800万は崩壊だなあ。 せめて一千万だよね。それ以上に借金が膨らむ前に対策だよね。貸すほうも、貸し ちゃいけないよねえ。自殺されるもの。それはまだマシで、火なんかつけにこられた らなんだっていうの。やっぱ、貸してもいけません。
ところでこの男、韓国に行こうとして、高飛びする気か?
「そうだ、海外へ行くよりも、日本でも見ていないところがまだいっぱいあるし、日 本の良さもまだそんなに知っていないんだし、ということでですね、ハッと思いつい たのが、“そうだ、いまなら外国へ行っても冬だ”と。冬の寒い時にクルマを運転で きないのは困る、と。考えてみればそうですよね。突然のことですから、国際免許の 手続きもしていない、と」
この話し言葉をそのままテープ起こししてある文章がいいですね、と。
「やはり昔から海を見たがっていましたし、日本を好きでしたので、とりあえず名古 屋から下田に行きまして、『下田プリンス』に一泊しました。翌日は下田から箱根に 行きまして、『箱根プリンス』泊まりです。富士山を近くで見たいと、太平洋の側か ら見せてあげたいなあ、と思ったからですね」
箱根プリンスで一泊した次の日に、東京のマンションで、死体が発見されている。 その報道を知らないのか知ったのか、男はその日は『富士ビューホテル』に泊まっ た。
「夕方は全然ダメでしたけども、朝はもう、ほーんとに信じられないくらい、美しい 富士山を見ることができました。富士山に関しては、一番いい姿を全部見せてあげら れたんじゃないかな、と思います」
霊のほうがおまえよりいい富士山を見てますって。
のんきなことばかりも言ってない。少しは自分の死も気にしてる。
「わたしとしてはですね、死に場所をいつも求めていたわけですね。十日、殺害に使 いましたものを、テレビ用のアンテナコードですね。常にいつも持ちまして……死ぬ 用意をしていました。それ一本では足りないと思いまして、白の、倍くらいの長さの コードも常に持参してました」
やはり、金がなくなったら死ぬ以外に解決はないだろうという結論は、自分勝手な 見得っぱりの考えなのね。次回、いよいよ、決行!
5月14日(火) 自殺テープ4
借金男が自殺を決行したのは奈良の某一流ホテルだった。これ、○○ホテルと伏せ てあります。やはり、自殺が出ちゃあね、と思ったら、もっとすごいことになってい た。でも、皇室の定宿とも書いてあり、調べればすぐわかるじゃん。
さあ、その自殺のテープにはどんなことが。
「わたしは、敏子と望の分の食事もとりまして、二人の遺髪を飾り、花を飾り、陰膳 と一緒に最後の食事をしました。まだまだ、名残惜しい気持ちでしたけれども……」
名残惜しいでしょうとも。しかし、3人分の食事を運んだホテルの人は変だと思わ なかったのだろうか。一度に運ぶような安い旅館じゃないしねえ。
で、次の声は……
「鴨居に……敏子と望に使ったブルーのコードをかけてですね、自分の、もちろん自 分の首に回して……(中略)(しないでえええ~)ちっちゃな鏡台に名刺を置いてた んですけども。で、鴨居に完全な形で結びつけてですね、わたしは本当に、まったく 自然に足の下にあった椅子を蹴ったんですけれども……いま、こうしてまだ生きてい るということ。これをどう説明したらいいのか分かりませんけども、とにかくわたし は、あのー、その後、突然ですね、時間が長いのか、時間が短いのか、一瞬なのか、 一時間、三時間以上、経ったのか。まったく覚えていませんけれども……」
こいつ、失敗したらしい。結果として、死んではいるんだが、一度目は未遂だっ た。それをちゃんとテープに入れている。でも肝心の自殺の瞬間は、最初の決行のときのはテープには入れてない みたい。中略じゃないだろうな。
「痛さとですね、それとすごい悪い酔い方をしてるんじゃないかなあ、という感じ で、部屋の中をズタズタ走り回ってですね、フフッ、あっちこっち傷だらけになった んですけれども。首吊りの途中で紐が切れて、そしてテレビコードが切れて、下に落 ちてしまったんですね。真下に落ちたといっても、その周りはですね、とりあえず、 あのー、自殺者特有の便ですとか、尿ですとか、それが全部外に出ているわけですか ら」
まあああ~、けっこう死ぬ直前までいって失敗してるじゃない。便!尿!そうな の、そんなに出るものなのか。3人分食ったからかな。いや、すごいのは、そういう 恥ずかしいことまでテープに入れてるということ。なぜ?借金する奴ってそうなの?わたしに はできない。便だの尿だの死んでしまえばどうなってもいいけど、未遂の苦しさが怖 いからどんな自殺もする勇気ない。借金も、自殺に追い込まれる、イコール痛い苦し いからできない。
男のクソまみれのレポートはまだ続く。
「とにかく、もう豚小屋みたいなもんですね。その上でもって、ツルツル滑るわけで すから、あっちこっちにぶつかっても当然なんですけれども、まあ、その中で、三、 四時間、自分を取り戻すのに精一杯でしたけども。(中略)ただチェックアウトの時 間が十一時だってことだけは、薄々感じてましたので、時計を見ましたら十時四十分 くらいだと思いますから、もちろん、それまで、かなり以上片付けてありましたけれ ども、まあ、手短に身支度をしまして、逃げるように出てきたわけです」
うわああ~。ただの自殺よりいやだ、この男がクソ撒き散らした部屋に泊まるの。 ホテル家業も大変ですねえ。チェックアウトのとき、自殺未遂したような顔だって気 がつかないものでしょうか。亡命だか物乞いだかわからないんだもんねえ。
まだまだ男はしゃべっています。クソとの格闘を。
「部屋の中のあの状態をいま、ぼくが思いましても、すごい状況だったですね。鴨居 の下はとにかく、真っ暗な……糞です……便ですとか、脳裏にこびりついていまし て、部屋中、とにかく使いものにならないような状態になっていまして」
うーん、クソをなすりつけてころげまわったんだろうなあ。タオルで拭いたくらい じゃとれないよなあ。ほんと、これは自殺よりひどい。ホテルの人、自殺の後だとは 思わないだろうなあ。スカトロの跡?このテープで謎が解けたのだろうか。
「しかし、自殺未遂っていうのは、フフッ、本当にみっともないもんで、本人として はまったく覚えていないんですね。ただ便の中をフラフラ、ツルツル歩き回っている 時っていうのは“何だ、これは”という感じでしかないわけですけれども。だんだん 自分自身の意識が戻ってくるにしたがって、首の周りがものすごく痛いのと、膝が痛 いのと、手が痛いのと、顔面が痛いのと、もう信じられない話で……。(中略)未だ に食べ物がよく喉を通りませんし、顔の周りは筋肉がとにかくピリピリしている感じ です。だからこれから、もう一度、首を吊ろうとは思いますけれども、今度こそは完 璧なことが出来るように──」
一度失敗して、次の日はクルマを運転できる状態ではないから、どこかで車を止め てその中で5時間くらい休んでいる。でも、自殺はまたすぐしようという気になって いるのは、すごいんでしょうか。自殺する人って、失敗してもまた繰り返し、自殺す るとは言うけどねえ。そういえば、睡眠薬で自殺を繰り返してる人が言ってました。 未遂で生き返ったときはすごく苦しくて、もう絶対自殺はいやだと思うんだけ ど……。痛さ苦しさって忘れるほど死は素敵なのかなあ。わたしは胃カメラすら絶対 二度と飲まないのに。あ、でも今朝、ワイドショーでカプセルタイプの胃カメラを紹 介してましたね。やっと実用化になったか。かなりデカいカプセルだったが。うん、 自殺も絶対これならという保障があれば、そして痛くなければわたし、死んでもいい な。年とって美味しいものあまり食べられなくなったら。年とらなくても貧乏とかで もいいか。痛くない自殺法が出てきたら、ちょっと死んでみるかなんて人、増えるだ ろうなあ。借金しまくって豪勢に使いまくって取り立ての日に死ぬ計画犯も出てくる だろうなあ。やっぱそううまくはいかないか。
未遂クソまみれ男は次は松本へと向かった。
5月15日(水) 借金クソまみれ自殺未遂テープ5
わたしはこのテープの、自殺するっていうのに、50歳だというのに、軽い語りが 気に入ったのですが、みなさまはいかが?
それが逆にとっても怖さ。解説の岩井志麻子という人も、13ある事件の中でこの 章がいちばんきつく、読後しばらく鬱になったとまで書いている。そうですか。そう でなきゃ解説の仕事こないのか。
奈良の某一流天皇ご定泊チュニジアサッカー選手ご宿泊のホテルの一室をクソまみ れにしてチェックアウトした借金2800万妻子絞殺50歳射手座男のその後は。
「いうなれば超二日酔い。首吊る前にかなりお酒を飲んで、普段飲み慣れないウィス キーも半分くらい飲んでいましたから、かなり酔ったのは確かですけれども。(中 略)東大寺の裏にあります、あのー、あまり知られていない駐車場があるんですけど も、そこで、十二時から五時まで、クルマの中で休んでいました。その間、一度だ け、二月堂の下の方にあります、うどん屋さんに行って、うどんを食べた、というこ とはしました」
あのー、とか言ってるのが現実でいいですねえ。遺書だとこうはいきません。遺族 さん、これ出版すれば2800万ぐらい儲かりませんかね。1500円のテンパーで 20万部か。ちょっとキビシイな。たぶん相続放棄はしてるだろうから、出版権もな いのかな。待てよ。3人も死んでるから、保険で2800万は返せるはず。そんな計 算より先に進みます、はい。
「当然、死ねれば最高に良かったわけなんですけれども、まったく死ねない、と。う ん、これはもう、一回目は死なしてくれないんだなあ、と。当然、わたしも敏子と望 の二人を絞殺しているわけですから、一回の自殺で許してもらえないことは当たり前 ですから、もう一度チャレンジしようと。またチャンスをくれたんだな、というふう に感謝してですね、最期、その場所を考えました」
ふつう、チャンスをくれたという表現はここでは、生きるチャンスになるものなん だけれども、ねえ。助かって、でもそのあとの裁判で死刑になったらおもしろいね。
「京都の手前の大津あたりで、大変な、あのー、なんと言うんですか、道が複雑 な……いや、複雑でもなんでもないんですけど、とても迷いまして。これも二人のせ いかな、と思って、ヒヤヒヤしながらも、やっとの思いで東名に入りまして……中央 高速の名古屋方面から入ってきたわけです。信州に入った途端にですね、雨がシトシ ト、シトシト、降り出しまして。あーあ、また二人が泣いている、と思いましてです ね、本当につらい思いの中を走ってきたんですけれども」
本当にどこまでも勝手な自己陶酔野郎だこと。いやいや、人間ってみんな自分が中 心なのはしかたないですね。だからこそおもしろいドキュメント。それにしても、こ の男は借金さえこしらえなければ良き父親として殺された二人には思えていたのだか らそれも不思議。やはりお金が人を変えるのでしょうか。わたしの実家はお金以前も あったけど、引き金はお金だったしなあ。2800万はるか以下だったから殺人まで いかなかったですが。その話もしたいなあ。できれば本で。リュウミリとか内田春菊 とか狙えないかなあ。でも、この世で一番かわいそうなのはこのわたしよと言ってる 側からの本じゃ企画通らないか。ちょっと前、テレビ番組で、不幸な家族を取材し、 でもラストは涙を流し合って和解、というのが来たが、ヤラセしてもいいようなギャ ラじゃないだろうから蹴りました。自殺するくらいの人たちであってくれればなあ。
自分勝手に浸ってる男は、しかし、二度目の自殺決行の気分になるためには陶酔も しかたないか。松本に到着した。そこは彼の故郷である。市営霊園の松田家の墓に妻 子の遺髪を入れている。
「そろそろ収め終わった頃から、霊園もですね、雨も上がり始めまして、“うーん、 そうか”という気持ちになりまして、やっと一抹の安心を、一抹とは言いませんね。 ちょっと安心したような状態です」
少し校正もしてらっしゃる。だから、テープって恥ずかしいんだけど、ねえ。
そしてその後、長野県塩尻市の山間部にある某ホテルに泊まる。某って書いといて けっこうくわしくロケーションも書くから、調べようと思ったらわかるよねえ、この ホテル。ホテルは、築百年の重厚な木造建築で、周囲に建物はなく、山の中の隠れ家 のような、秘湯の一軒宿である。さあ、ここまで書いてあったら近所の人、わかるで しょう。もっともこのホテルはクソまみれにはしなかったようですが。
「その日は、絶対に今度は失敗したくないなあ、という思いが、やっぱり強く出てし まいまして、白いコードだけではどうしても不安にならざるを得ませんでしたので、 十七日、つまり昨夜は決行を諦めました。丈夫なロープと、それから部屋を汚さない ためのシートと、いろいろ買ってきて、一日遅いけれども、万全な形で決行しよう と、今日十八日の深夜に至っているわけです。(中略)アルプスは見えませんでした けど、なかなか最期の地としては、わたしにとってはお気に入りの場所です。温泉も ありますしね」
シートを買う神経。また失敗したときに掃除したくないためか。
ここで、そろそろわたしに焼肉屋への時間が迫ってきた。今日こそは決行まで報告 したいという思いがそろそろ強く出ていたわけですけれども、時間に遅れてはいけな いという思いのほうがわたしには強くあらざるを得ませんでしたので、十五日、つま り今日は諦めました。
次号予告──テープを聞いた人には、精神状態がおかしくなった人もいる、という 報告もある、その実態に迫る!うーん、こいつのしゃべりが移ってきてほしくないん ですけれども、と。
5月16日(木) 未練たらたらテープ6
今日は月に一度の会計チェック。こないだの貸し倒れ引き当て金勘定の謎が解け た。もうだれも覚えてないだろう。(講談社倒産参照)
会計事務所にとって困る客は、毎月チェックしてるのに、あとになって「じつ は……」と言ってくるやつだそうです。会計事務所には、一緒に対策をたててもらわ ないといけないのになぜいろいろ隠すのだ?見得?そういうやつが借金踏み倒しする んだろうな。もっとも借金踏み倒しは、借りる奴ばかりではない。保証人。
保証人を断る勇気は大切ですね。たとえ人間関係失っても。共倒れになってまで友 達続けていたいやつ、いる?保証人を断るのは、これは麻薬より勇気いるぞ。いや、 わたしは平気で断るんだけれども。
では、温泉もあるし、で、気に入った死に場所を見つけ、今度は部屋も汚さないよ うシートを買っている自殺未遂借金男のその後は。
「ニュースでは、横浜港の親子三人の殺害の話をやっていますけれども(お!これ、 この本の中では、この自殺テープの次に収められている、つくばエリート医師母子殺 人事件ね。わたしはこの事件も大好きだったなあ。月収100万の医師の家庭崩壊。 野本映子という妻と愛美という子が殺されたの。もうひとり、男の子もいたけど。こ の二人の名前、よく漫画で使わせてもらいました)オッ、ホン(咳払い)……わたし の敏子と望に関しては、まだ発見されていないんですかね」
この日は殺人から8日も経っている。死体が発見されたのは2日後だから、たぶん 男はそのときのニュースを聞き逃したんでしょうね。それで、行方不明男を捜してい るところなんだけど、ワイドショーとしてはもうそれだけじゃつまらないから報道し てない、と。でもわたし、自殺テープの事件はこの本を読むまで記憶になかったの ね。テレビじゃテープ流せなかったのでしょう。週刊新潮読んでなかったし。
「やはりわたしが、早い時期に、分かりやすい場所で事故を起こさない限りは、やっ ぱり分からないんでしょうね。こんなことを思うと、切なくて仕方ありません。本当 に、十五日の、○○ホテルの失敗が悔やまれるんですけれども、その分……敏子と望 には美味いものを食わせます」
食わせますって、陰膳のこと?どこまでいい気なやつ。
でも、これからいよいよ太いロープでシートの上で決行しようという声は、だんだ ん悲愴なトーンになってくると書いてある。そしてここで録音が止まり、また始ま る。心新たにしたのかな。なにか消したのかな。
「この数日間はまったく働いたと思っています」
全然変わっとら~~~ん!!ますます自己中になって浸っとるやんけー!
「とにかく、早く敏子と望のもとへ行って、深く詫びて……許してもらわなくてもい いんです。許してもらえないと思いますけれども、分かってもらいたいなあ、と思い ます」
なにを分かってもらうっちゅーんや!死ね!この射手座!
知り合いの父が射手座なんですけれども、知り合いがまだ赤ちゃんのころ、射手座 父は、食べ物を「あ~ん」と目の前に持っていっては、さっと自分の口にぱくっとし て喜んでいたそうな。
だから、この2800万男の娘が、なぜ23の誕生日にもなって一家で歌舞伎に行 きたいなどという性格に育ったのか謎。わたしの知り合いのほうは、ADです。
「こんなに世の中、あるいは人情というものが、期待できない時代になっているかと いうことを、まざまざと見せつけられるここ数ヶ月間でしたが」
てめー、自分の仕事の失敗を~!
こいつは、退社して、自分のやりたいクラシックを、LDとかにして売ろうとした のね。カラヤンとかと一緒に写真撮って自慢しーとは親しい人の証言。仕事の収入に よって、活動資金も抑えたりすればいいものを、家賃20万の事務所を借り、ベンツ (レンタル)に乗り、外側を大事にするタイプ。大事っていうんじゃないな、見栄を 張るだけ。
「そういった艱難というんですか、そういった矢面にあなたたち二人は絶対に立てな いと思います」
つまり、借金地獄に耐えられない、と。事件の当日まで借金のことは二人には言っ てないんだけど、それは男の見栄でしょうね。人の借金ぐらい耐えられるって。 ちょっと世間体悪いけど。その世間体に耐えられないのがこいつ。特に妻子には、軽 蔑の目で見られたくなかったのね、はいはい。
「だから、ぼく自身と一緒に行動して欲しいな、と思ったんです。ただ、それに対し て説明しないで、殺したことに対しては、もう本当に、あとで、もう千年後、一万年 かけて説明していきたいと思います。もうあとは未来永劫ですから、これでゆっくり 説明してわかってもらいたいと思います」
分かる?敏子さん。わかるのは、こいつのアホさ。説明を一分でも聞きたくもない よ。思いっきり軽蔑の目で見下ろして、別の男と金持ちになることね。それを未来永 劫見せ付けてやる。もちろん、男は毎日働いて2800万の利息だけを未来永劫返 済。
「ただ、誰に対しても言い訳はしない。ただ、ひとつ言えば、」
言い訳だって、それが。いやー、未練たらたらの最期の瞬間ですね。そろそろ夜が 明けるぞ。
「わたし自身の、わたしの自業自得ですね」
浸ってる、浸ってる。クソの匂い、温泉で落としたんでしょうか。
「それによって、二人を巻き込んだことは、周囲の人たちに経済的に負担をかけたこ とは、大変申し訳ないと思いますけれども。でも、そういったことに関しては、わた したち三人の命で……許していただこうと思っています。そうですね、よく考えて、 やっぱりわたしの自己中心的なことで、二人を巻き込んだみたいなことは確かです ね」
あー、一生言ってろ。しかし、テープは少しトーンが変わる。ここで、また録音が 止まり、再開した声は、いままでの明瞭な声ではなく、小さく、聞き取りにくいらし い。音声の不明瞭なところは──で書かれている。
「しかし、その時は、本当にきみたち──て、もっともっと、してあげたらと、あれ もしたい、これもしたい。望は特にこれからが、恋もしたい、──もしてあげたい と」
恋もしたい、で、なに?なにがしてあげたいだって?あーなーたーのー○○○○が 欲しいのーって歌みたいですー。
「愛し合って、子供を産みたいという……」
え?じゃあ、結婚?でも、「あげたい」んだから、なんだ?
「本当に申し訳ないと思います。もう──の環境からの影響が大きいだけに、かえっ てそういう、期待というかですね、希望も難しくなるだけだと思います……ハ アーーッ……」
長いため息らしい。そして沈黙。
「我慢している二人、敏子と望のことを考えたときに、ぼく自身、我慢できませ ん……といっても、本当に、敏子は二十数年間、よくしてくれました。本当に感謝し ています。望の二十数年間、ぼくの生き甲斐でした。その二つだったのに、同時に失 わなきゃならないほど、きつい時だったということを、ぜひ分かって欲しいと思いま す。……今回、必死に後を追いますから、あとでゆっくり説明させてください」
だんだん盛り上がってきました。天国で二人が笑顔で迎えてくれる図を想像してい るんでしょうねえ。今夜は酒飲んでないだろうな。飯も食うなよ。そうなのよ、首吊 る人って、食欲ないんだから、クソもあまり出ないはずなのよ。こいつ、前の晩、飲 み食いし過ぎ。
テープはまた止まる。そして、次に流れてきたときには、自殺の準備を完了し、小 型マイクを胸につけて、椅子の上で、今、足を踏み出そうと、その直前でしゃべって いるらしい。
「いま、十九日の零時、あ、ごめんなさい一時二分前です」
ちょっと拍子抜けしましたね。おちゃめさん。いや、これがリアルってやつ。
で、次を期待してるテープ起こしのどなたかの耳に届いてきたものは、声ではな かった。本にはこう書いてある。
──ここからテープは、聞く者を異様な世界へと誘う。
演出してます。男の軽さに慣れてきたのに、文章はなぜこうホラー小説したがるの ?
異様な世界はなにかというと、ゴーッという音が入ってるんだって。
──激しいノイズ。地鳴りのような音。嵐の中、断崖絶壁に立って録音しているよ うな。
さー、これ、なんでしょうねー。ゴー。自殺でゴー。
この男、クラシックマニアだから、自分で演出?でも、そういう証拠はないらしい から、本物の霊の音?稗田ー、なんか感じたー?
──ホテルの外は雨が降っているものの、風はほとんど吹いていない。
そして女のすすり泣き……とくれば、さすがにシラケるか。それはなし。ゴー。こ れで精神病んじゃったのね、リライターさん。夜型だったのね。そんでもって一人暮 らし。やや郊外の寂しい住宅街。そんなことより今月の会計を合わせること考えると ゴーなんて言ってる場合じゃないんだけど。
では、次回こそ、ゴー。
5月17日(金) 怪奇自殺男 大人気最終回
ゴー。
あの世からの音も聞こえてきました。胸につけたマイクの雑音でしょうか。タイム リーな。
未遂の苦しさより、殺人犯アンド借金取りに追われる恥ずかしさから、やはり死ぬ しかないと、いやいや悟った男は、二度目の挑戦です。胸の小型マイクに最期のお別 れを長々と言ってきましたが、ようやく勇気が沸いてきたようです。自分勝手な妻子 への思いが勇気をくれたようです。ゴーという音も消えたようです。
「すべての準備が整いましたので、わたしはこれから、一人で、敏子と望の後を追い たいと思います。うーん、正直言ってちょっと怖いですねぇ」
相変わらすおとぼけなやつ。もう慣れたから、もうちょっと上を期待しますね。いやなファンですね。ほんとは怖い裏返し。
「一回目のときにスムーズにいってくれれば、いまごろは終わっていたと思いますけ れども。でも、二人をこの手で殺したんですから、二度やるくらいの、死ぬ 苦しみを しないことには許してもらえないでしょう」
死ぬ苦しみを何度したって許してはもらえないでしょう。
「気分を落ち着けるために、ビールを一杯、飲みます」
なんだとお!?こいつ、また大量の糞尿の中で気が付きやがれ!
「情けないですねぇ。ハァー……フゥーッ……」
プハァーーッ、と、ほんとはこういう音が入ってたのかもね。グビ、グビ、とか。
「外は雨が先ほどからずいぶん強く降っています。ハァー……敏子と望が、“いつま でウジウジしてんのよー、早くおいでよ”なんて言っているような感じがします。そ のすぐ傍らまで、迎えにきているような感じです。ハァー……」
もうちょっとグチが続きます。最期だから許してあげよう。名残り惜しくなりまし たね。もっといろいろやってほしかったですね。二度目は首吊りじゃなく、手首切る とか。今なら自殺をネットで実況中継できますね。そんなことしたらすぐ発見され ちゃうか。
「本当に死んでも悔いがないし、何もないし。いちばん大事な二人が先に逝っている んですから、思い残すことは何もないはずなのに、気がちっちゃいんでしょうね え……うん、……ウフーーッ(大きな溜め息)……今度こそ、死にたい」
ウフーッてのは、ビールのゲップかな。
その後、溜め息がしばらく続く。そしてゴーがまた始まったらしい。だんだん大き くなってきたらしい。でも、声は聞き取れるみたい。
「死のうと思っても死ねないのは、いちばん辛いですね……ここで死ねなかったら、 どうなっちゃうんだろうと思うと……」
そうそう、お前にとっては生き残って恥知らずなすがたを人目にさらすほうが苦し いだろ。
「……今日はこれで絶対死にます。……ハアーッ……フーッ、フーッ、フーッ……今 日は強いロープを二重にして、ぶら下がっても大丈夫な梁に付けてありますから。 もっと早いうち、死にますから。ハァーッ……排尿の中、動き回るってことはないと 思います。今日はホテルに迷惑が掛からないように、普通の支度をしていますから、 排尿のし尿は全部、靴下、ズボンの中に入るはず。あっ、そうか、靴下をもう一枚、 重ねて履いておこう。そのほうが迷惑が掛からない。一枚だと染み出してしまう。二 枚、履いとけば……ハァーッ、フゥーーッ……」
二枚だって染み出すはず。あのね、迷惑なのは、撒き散らされることもそうなんだ けど、それ以前に、自殺されるってことなのですが。
ゴー。
「ぼくという他人に奪われた人生の、敏子と望は、文句も言わんで待っているのに、 自分で勝手に死んでいくわたしを……なんでウジウジしてるんでしょう…………困っ たもんだ……」
以下何度も溜め息。
ゴオオオオオオオーーーーー
おお、折りしも今、この文章を書いている外は雨じゃ。ザアアアアアーーー
「最後に間違えないようにしないと……フーッ……一切が完了します」
みなさん、いよいよです。お待たせしました。
「鏡台の上に乗って……いま、落ちます……フーッ、フーッフーッ……」
ゴオオオオオーーーー
「──で締めて……グウッ……ここで死にます」
これは成功してますからね。あと少しで終わります。もうちょっと引きたい?妻子 の親族は、妻子がこいつと同じ墓に入ることをもちろん拒絶。しかし同じ霊園に入っ てるけど。
「……思い切り……フーッ……」
行ったか?
「……死ねましたか……フーッフーッフーッ」
死んでません。いやいやなかなかいい味です。
「はい!」
おっ!
「……フーッ……としこ、のぞみ、いま逝くから、待っててくれ」
声は絶叫する。
「絶対死なせてくれよ、頼むな!」
ああ、最後です。次で最後の声。死の瞬間の声はいかに?
「ウワアッ」
ゴオオオオオオーーーーー…………(十分続く)
次の日、部屋掃除のおばさんが、ぶらさがった男を発見。糞尿のことは書いてあり ませんでした。取材の人も聞きにくかったんでしょうか。
さて、と。仕事しなくちゃならないんですけれども。
http://www.tobunken.com/newotokomae/jisatsu.html
久々に素敵なものに出会いました。オロスコ以来かも。
わたしは毎晩、寝る前には本を読むのですが、殺人事件の本が一番安らかに眠れま すねえ。同じ事件でも、違う本だとまた違った味わいで、わくわくします。特に昔の 事件のほうがおもしろい。最近の事件は、事件そのものは個性的で変質的でおもしろ いんだけど、書き方がつまらないのね。やはり当事者の家族に気を使った書き方に なってるからかしら。ウイークエンダーという番組のような描き方にしてほしいんだ けどなあ。エラソーな評論になっちゃってるのは、学歴のないわたしの頭にはよくわ からないのよね。
そんなある日のことでした。やはりエラソーなタイトルの本をつまらなく読んで は、すぐに眠りについていました。それは「殺人者はそこにいる」という文庫で、新 潮45編集部編の13の事件が収録されている本です。事件のその後をレポートした 記事らしく、取材記者が事件現場に行ったりしてる描写から始まる書き方。
うっそうとした木々におおわれた云々
これ、きらいなの、わたし。こういう文章。もっとダイレクトに書けないかなあ。
でも、こんな本しかないから仕方なく読んでるのだが。で、9本目の事件を読み始 めたら、これがいきなりヒット!いや、書き方はきらいなんだけど、内容がそれを上 回った。記者さんの文章なんてもうどうでもいい。これはすごい。安らかに眠れなく なっちゃった。
自殺する人が実況テープを残したんですね。そのテープを紹介してある。
50歳の元ソニーミュージックの社員。妻と娘(23歳、東京女子大)を殺し、後 追い自殺である。47歳のとき、退社して始めた自分の会社がうまくいかず、借金が ふくれて追い込まれての一家心中。しかし、妻と娘のほうは合意の上ではなく勝手に 殺されてる。
男は身長163cm。銀縁メガネ、ソフトな容貌と書いてある。真面目な音楽教師 風だって。銀縁メガネの真面目な音楽教師ってイメージ、わたしには浮かんでこない ぞ。太ってるか痩せてるか書いてほしいのですが。どっちでもないのかな。そんな 人、知り合いにあまりいないからますますキャラが作りにくくなる。いや、こっちの 勝手ですいません。
では、そろそろ実況いきますか。
「わたしはこれから一人で、敏子と望の後を追いたいと思います。うーん、正直言っ てちょっと怖いですね」
これが実況テープのイントロ。これ、これ、これ。これが現実に、これから首を吊 る人のセリフなの?いや、現実だからこうなのね。
男は都内のマンションで妻と娘を殺した後、白のベンツで旅に出る。最初は神田の 山の上ホテルに泊まり、名古屋、下田、箱根、奈良と転々とする。奈良のホテルで自 殺を決行する。
「気分を落ち着けるために、ビールを一杯飲みます。情けないですねえ。ハァー…… フゥー……外は雨が先ほどからずいぶん強く降っています」
いかが?このテープは40分あり、怪しい音とかも入ってて、テープ起こしした人 も最後まで聞くことができずに終わったと書いてある。でも、本には、最後の部分が ちゃんと書いてあるんですけど。こういう仕事、こないかなあ。
つづく。
5月11日(土) 自殺実況テープ2
今日は青山ブックセンター新宿ルミネ店でサイン会とミニトークをしました。ミニ トークは、唐沢俊一と村崎百郎と3人で。この村崎さんも、新潮文庫の自殺実況テー プを気に入ってました。遺書を書くより、テープに録音するほうがよかったのは、男 が音楽関係の仕事してたからなんでしょうねえ。しかし、人がやらないことをやった というだけでも、これは心に残ります。今度は誰かぜひ、映像に残しておいてくださ いね。
男のキャラが想像し難いと言いましたが、今日のサイン会に来てくれた知り合いに 近い人がいました。身長163よりはあるかもしれないけど、そんな風に見えない、 太っても痩せてもいない、エリートサラリーマンというよりは真面目な音楽教師風。 銀縁メガネにソフトな容貌。ただ、彼はまだ30ぐらいだが、50になってもたいし てイメージは変わらないだろう。彼の写真はナンビョーサイトで、東京オフレポート が完成したら出てくるでしょう。お待ちください。それまでは、ナンビョーサイトの 破竹の闘病記で、鈴木くんという人の不幸自慢でも読んでてください。
さて、自殺男、松田雅夫は、自殺する3年前に脱サラをし、それが失敗、2800 万の借金の第一回の取立ての日に妻と娘を後ろから首を絞めて殺し、数日後に後追い している。
「ぼくがこの事業に失敗したからということで、例えば離婚するとか、あるいはぼく だけ、まあ消えちゃう、まっ、そういうことはぼくは出来ませんからですね、やった としても、あのカミさんの性格、子供の性格を考えますと、まあとにかく、信じられ ないくらいの心の負担になって、何も出来なくなって、本当に心身ともにボロボロに なってしまうんじゃないかなと思うんですね」
すっげーーーー、勝手な奴!偽装離婚するってば、妻は。娘は相続放棄するって ば。で、あんたは破産宣告すりゃいいじゃん。あれ、どっかで聞いたような話。あ、 最近、ウエイン町山とかいう人がそういう境遇にあるのか。町山氏の場合は26億 だっけ。2800万なら死ぬ気にもなるが、26億だと取り立てるほうもどうしてい いかわからないのでは?
それにしても、松田雅夫はあきれた奴ですねえ。だからこそ、実況テープも真剣な わざとくさい劇団ぽくなく、おもしろいのでしょう。
「はい、松田雅夫が喋っています。こんなことをする気は無かったんですけれども、 いくら手紙を書いても仕様がありませんし、自分の気持ちを正直に言うには、これが 一番いいかな、と思って、思いついたように喋っています」
だってさ。
松田雅夫の経歴が紹介してあります。昭和18年12月生まれ。ああ~ ん、12月の何日かを書いてくれなくちゃ、いて座か山羊座かわからないじゃない の~ん。たぶんこいつは射手座でしょう。自分の夢に酔いしれ、借金をこしらえてし まうし、家族に話すと断られるのが怖く、一人では死ねないところも射手座ならで は。
「十日の早朝に、敏子を、それから望に対しては“母さん、病気でちょっと寝てるか ら、ちょっと、そっとしておいてやってくれ”というような形にして、望と一回対峙 してですね、それで朝食も食べ終わり、彼女の後ろから……カミさんと同じロープ で、絞殺した、というわけです」
妻は寝てるところを、娘は後ろから、というわけですか。妻と娘に関しての取材で はとてもよくできた妻子だったらしい。殺されたほうはたいていそうですが。
「本当に考えるだけでも、手も震え、身も震え、恐ろしいことなんですけども、そう する自分が一番怖いわけで、今思い出しても(今というのは、3,4日後のホテルで のことね)体中がぶるぶるしています。そしてわたし自身も、その後を追おうと思っ たんですけれども……」
そうでしょうねえ、後追い自殺はなかなか成功しないんじゃないかしら。正直なテープです。でも、もう少し立派に録音しなおそうとか思わなかったのかな あ。よく、留守電に吹き込むのを何度もやり直すタイプじゃないのかもね。
「今月の一日に日光に家族で行ったり、十一月の三日の望の誕生日は歌舞伎を観たり と。そんな中で“あそこにも行きたかったなあ、ここにも行きたいねえ”なんていう 話を何かの形で聞いたことを思い出しましてですね。そうだ、おれとして出来ること を、せめてひとつ……死ぬのはいつでも出来ると……あんたたちの行きたいと言った ところを、時間の許す範囲で回ってみようと、思ったわけです」
これがこの勝手男が旅をすることになった言い訳。でも、こんな未練たらしいや つ、普通絶対自殺できず、どっかで金使い果たしたころ、無銭飲食でパクられるのが オチなんだけどなあ。
男は手元の金を集め、レンタル契約の白いベンツで旅に出た。妻子にいいことをし てやってるつもりでいるらしい。
つづく。
5月12日(日) 自殺テープ3
本を買ってない人は、早く最後の瞬間が聞きたいでしょうが、そこをより盛り上げ るには、この男のみちみちした言い訳をじっくり聞かされなくてはいけません。
それにしても、素人のつたない文、というか、喋りって、リアルでいいですねえ。 いや、こいつが最後には死ぬからいいんだろうけど。
「十日。事件の当日なんですけど、その日は一度、『山の上ホテル』で……天麩羅が 美味しいですね。肉マンの美味しいこの『山の上ホテル』に泊まってみたい、なんて ことが言われてましたもんですから、ぼくとしても『山の上ホテル』で一泊してもい いなあ、と思って、十日の夜、泊まりました」
妻と娘の亡霊は、こいつが山の上ホテルで美味しいもの食ってるのを恨めしく見て たんでしょうねえ。3年前、娘は東京女子大に合格し、ピアノも習ってたようで、父がソ ニーミュージックの社員を続けてさえいれば、ねえ。でも、会社員のあこがれは脱サ ラ。
男は昔からクラシックが趣味で、自分で音楽ソフト制作会社を設立して失敗、借 金が膨れて2800万になっちゃった。2800万の手前で気づかなかったのかな あ。それとも2800万ぐらいで気づいたのはまだ賢明なのか。26億になる人もい るからねえ。
2800万って、どうなんでしょう。返せる額じゃないにしろ、いまどき妻子が ソープに売られるわけもなく、腎臓取られることもないだろうから、弁護士とか税理 士とかに相談すればよかったのに。それができなくて、借金返済の日に妻子を殺す羽 目になるのは、射手座男の見得なんだろうな。
「先月の十日頃から、ちょっと危なかったものですから、折りをみて話そうと思った んですけれども、なかなかそういうきっかけもなかったんですね。もちろんその間、 わたしの方としては金の策というんですか、資金のこと、もう本当に信じられないく らい一生懸命やったんですけれども、結局、最終的には十一月十日には間に合わな い、と。翌十一日からは、もう矢のような催促がくるわけですし、捕まってしまえば 逃れられなくなりますから、どうしても十日のうちに決めてしまわなければならな い、と」
ほんとに一生懸命やったのか?アコムや武富士回って断られ続けただけじゃないの ?そういうとこだって、相談できるシステムあるだろうに。ああ、借金野郎ってなん て見苦しいの!そこがおもしろい実況テープ。
山の上ホテルで一泊した次の日、男はベンツで名古屋に向かう。マンションの死体 はまだ発見されていない。
「そうだ、カミさんはまだ一回も海外へ連れていっていなかったんだ、と思いまして ですね。そうだ、今だったらそんなに混んでいないわけだから、ウイーンとか、ミュ ンヘンとか、あの辺に連れていってあげよう、という気持ちで行動を始めました。で も、成田だと、もしかしたら十日のことが分かっちゃってて、手配されているかもし れないから、とりあえず名古屋空港に行きまして。名古屋空港から韓国航空で行けば 安いし、ということで、韓国にとりあえず渡ろうと思いまして、十一日の夜は東京を 出て、名古屋の小牧空港の近くのホテルに一泊しました」
なーにが連れていってあげよう、だ。あれ?ソニーミュージックの社員のカミさん て、海外旅行にも行けない給料なの?娘がピアノやってて大学にまで行ったから?
カミさんについては、夫婦と親しい知人がこう話している。
「彼女は派手なことが嫌いで、金銭欲の希薄な、良妻賢母タイプの女性です」
金銭欲のない人、殺されないようにね。
娘のほうも、この知人がこう言っている。
「努力家で、お小遣いをユニセフに寄付するような心優しい娘だった」
母に海外旅行をプレゼントしてやれよ~!
「お父さんの事業がうまくいっていないのを薄々勘付いていたのか、『お父さんの仕 事がダメになったら、わたしが養ってあげる』と、語っていました」
知人にかい。でも2800万をしょってじゃあ養えないだろうなあ。2800万と 聞いた時点で養いたくないだろうなあ。うーん、やっぱ、2800万は崩壊だなあ。 せめて一千万だよね。それ以上に借金が膨らむ前に対策だよね。貸すほうも、貸し ちゃいけないよねえ。自殺されるもの。それはまだマシで、火なんかつけにこられた らなんだっていうの。やっぱ、貸してもいけません。
ところでこの男、韓国に行こうとして、高飛びする気か?
「そうだ、海外へ行くよりも、日本でも見ていないところがまだいっぱいあるし、日 本の良さもまだそんなに知っていないんだし、ということでですね、ハッと思いつい たのが、“そうだ、いまなら外国へ行っても冬だ”と。冬の寒い時にクルマを運転で きないのは困る、と。考えてみればそうですよね。突然のことですから、国際免許の 手続きもしていない、と」
この話し言葉をそのままテープ起こししてある文章がいいですね、と。
「やはり昔から海を見たがっていましたし、日本を好きでしたので、とりあえず名古 屋から下田に行きまして、『下田プリンス』に一泊しました。翌日は下田から箱根に 行きまして、『箱根プリンス』泊まりです。富士山を近くで見たいと、太平洋の側か ら見せてあげたいなあ、と思ったからですね」
箱根プリンスで一泊した次の日に、東京のマンションで、死体が発見されている。 その報道を知らないのか知ったのか、男はその日は『富士ビューホテル』に泊まっ た。
「夕方は全然ダメでしたけども、朝はもう、ほーんとに信じられないくらい、美しい 富士山を見ることができました。富士山に関しては、一番いい姿を全部見せてあげら れたんじゃないかな、と思います」
霊のほうがおまえよりいい富士山を見てますって。
のんきなことばかりも言ってない。少しは自分の死も気にしてる。
「わたしとしてはですね、死に場所をいつも求めていたわけですね。十日、殺害に使 いましたものを、テレビ用のアンテナコードですね。常にいつも持ちまして……死ぬ 用意をしていました。それ一本では足りないと思いまして、白の、倍くらいの長さの コードも常に持参してました」
やはり、金がなくなったら死ぬ以外に解決はないだろうという結論は、自分勝手な 見得っぱりの考えなのね。次回、いよいよ、決行!
5月14日(火) 自殺テープ4
借金男が自殺を決行したのは奈良の某一流ホテルだった。これ、○○ホテルと伏せ てあります。やはり、自殺が出ちゃあね、と思ったら、もっとすごいことになってい た。でも、皇室の定宿とも書いてあり、調べればすぐわかるじゃん。
さあ、その自殺のテープにはどんなことが。
「わたしは、敏子と望の分の食事もとりまして、二人の遺髪を飾り、花を飾り、陰膳 と一緒に最後の食事をしました。まだまだ、名残惜しい気持ちでしたけれども……」
名残惜しいでしょうとも。しかし、3人分の食事を運んだホテルの人は変だと思わ なかったのだろうか。一度に運ぶような安い旅館じゃないしねえ。
で、次の声は……
「鴨居に……敏子と望に使ったブルーのコードをかけてですね、自分の、もちろん自 分の首に回して……(中略)(しないでえええ~)ちっちゃな鏡台に名刺を置いてた んですけども。で、鴨居に完全な形で結びつけてですね、わたしは本当に、まったく 自然に足の下にあった椅子を蹴ったんですけれども……いま、こうしてまだ生きてい るということ。これをどう説明したらいいのか分かりませんけども、とにかくわたし は、あのー、その後、突然ですね、時間が長いのか、時間が短いのか、一瞬なのか、 一時間、三時間以上、経ったのか。まったく覚えていませんけれども……」
こいつ、失敗したらしい。結果として、死んではいるんだが、一度目は未遂だっ た。それをちゃんとテープに入れている。でも肝心の自殺の瞬間は、最初の決行のときのはテープには入れてない みたい。中略じゃないだろうな。
「痛さとですね、それとすごい悪い酔い方をしてるんじゃないかなあ、という感じ で、部屋の中をズタズタ走り回ってですね、フフッ、あっちこっち傷だらけになった んですけれども。首吊りの途中で紐が切れて、そしてテレビコードが切れて、下に落 ちてしまったんですね。真下に落ちたといっても、その周りはですね、とりあえず、 あのー、自殺者特有の便ですとか、尿ですとか、それが全部外に出ているわけですか ら」
まあああ~、けっこう死ぬ直前までいって失敗してるじゃない。便!尿!そうな の、そんなに出るものなのか。3人分食ったからかな。いや、すごいのは、そういう 恥ずかしいことまでテープに入れてるということ。なぜ?借金する奴ってそうなの?わたしに はできない。便だの尿だの死んでしまえばどうなってもいいけど、未遂の苦しさが怖 いからどんな自殺もする勇気ない。借金も、自殺に追い込まれる、イコール痛い苦し いからできない。
男のクソまみれのレポートはまだ続く。
「とにかく、もう豚小屋みたいなもんですね。その上でもって、ツルツル滑るわけで すから、あっちこっちにぶつかっても当然なんですけれども、まあ、その中で、三、 四時間、自分を取り戻すのに精一杯でしたけども。(中略)ただチェックアウトの時 間が十一時だってことだけは、薄々感じてましたので、時計を見ましたら十時四十分 くらいだと思いますから、もちろん、それまで、かなり以上片付けてありましたけれ ども、まあ、手短に身支度をしまして、逃げるように出てきたわけです」
うわああ~。ただの自殺よりいやだ、この男がクソ撒き散らした部屋に泊まるの。 ホテル家業も大変ですねえ。チェックアウトのとき、自殺未遂したような顔だって気 がつかないものでしょうか。亡命だか物乞いだかわからないんだもんねえ。
まだまだ男はしゃべっています。クソとの格闘を。
「部屋の中のあの状態をいま、ぼくが思いましても、すごい状況だったですね。鴨居 の下はとにかく、真っ暗な……糞です……便ですとか、脳裏にこびりついていまし て、部屋中、とにかく使いものにならないような状態になっていまして」
うーん、クソをなすりつけてころげまわったんだろうなあ。タオルで拭いたくらい じゃとれないよなあ。ほんと、これは自殺よりひどい。ホテルの人、自殺の後だとは 思わないだろうなあ。スカトロの跡?このテープで謎が解けたのだろうか。
「しかし、自殺未遂っていうのは、フフッ、本当にみっともないもんで、本人として はまったく覚えていないんですね。ただ便の中をフラフラ、ツルツル歩き回っている 時っていうのは“何だ、これは”という感じでしかないわけですけれども。だんだん 自分自身の意識が戻ってくるにしたがって、首の周りがものすごく痛いのと、膝が痛 いのと、手が痛いのと、顔面が痛いのと、もう信じられない話で……。(中略)未だ に食べ物がよく喉を通りませんし、顔の周りは筋肉がとにかくピリピリしている感じ です。だからこれから、もう一度、首を吊ろうとは思いますけれども、今度こそは完 璧なことが出来るように──」
一度失敗して、次の日はクルマを運転できる状態ではないから、どこかで車を止め てその中で5時間くらい休んでいる。でも、自殺はまたすぐしようという気になって いるのは、すごいんでしょうか。自殺する人って、失敗してもまた繰り返し、自殺す るとは言うけどねえ。そういえば、睡眠薬で自殺を繰り返してる人が言ってました。 未遂で生き返ったときはすごく苦しくて、もう絶対自殺はいやだと思うんだけ ど……。痛さ苦しさって忘れるほど死は素敵なのかなあ。わたしは胃カメラすら絶対 二度と飲まないのに。あ、でも今朝、ワイドショーでカプセルタイプの胃カメラを紹 介してましたね。やっと実用化になったか。かなりデカいカプセルだったが。うん、 自殺も絶対これならという保障があれば、そして痛くなければわたし、死んでもいい な。年とって美味しいものあまり食べられなくなったら。年とらなくても貧乏とかで もいいか。痛くない自殺法が出てきたら、ちょっと死んでみるかなんて人、増えるだ ろうなあ。借金しまくって豪勢に使いまくって取り立ての日に死ぬ計画犯も出てくる だろうなあ。やっぱそううまくはいかないか。
未遂クソまみれ男は次は松本へと向かった。
5月15日(水) 借金クソまみれ自殺未遂テープ5
わたしはこのテープの、自殺するっていうのに、50歳だというのに、軽い語りが 気に入ったのですが、みなさまはいかが?
それが逆にとっても怖さ。解説の岩井志麻子という人も、13ある事件の中でこの 章がいちばんきつく、読後しばらく鬱になったとまで書いている。そうですか。そう でなきゃ解説の仕事こないのか。
奈良の某一流天皇ご定泊チュニジアサッカー選手ご宿泊のホテルの一室をクソまみ れにしてチェックアウトした借金2800万妻子絞殺50歳射手座男のその後は。
「いうなれば超二日酔い。首吊る前にかなりお酒を飲んで、普段飲み慣れないウィス キーも半分くらい飲んでいましたから、かなり酔ったのは確かですけれども。(中 略)東大寺の裏にあります、あのー、あまり知られていない駐車場があるんですけど も、そこで、十二時から五時まで、クルマの中で休んでいました。その間、一度だ け、二月堂の下の方にあります、うどん屋さんに行って、うどんを食べた、というこ とはしました」
あのー、とか言ってるのが現実でいいですねえ。遺書だとこうはいきません。遺族 さん、これ出版すれば2800万ぐらい儲かりませんかね。1500円のテンパーで 20万部か。ちょっとキビシイな。たぶん相続放棄はしてるだろうから、出版権もな いのかな。待てよ。3人も死んでるから、保険で2800万は返せるはず。そんな計 算より先に進みます、はい。
「当然、死ねれば最高に良かったわけなんですけれども、まったく死ねない、と。う ん、これはもう、一回目は死なしてくれないんだなあ、と。当然、わたしも敏子と望 の二人を絞殺しているわけですから、一回の自殺で許してもらえないことは当たり前 ですから、もう一度チャレンジしようと。またチャンスをくれたんだな、というふう に感謝してですね、最期、その場所を考えました」
ふつう、チャンスをくれたという表現はここでは、生きるチャンスになるものなん だけれども、ねえ。助かって、でもそのあとの裁判で死刑になったらおもしろいね。
「京都の手前の大津あたりで、大変な、あのー、なんと言うんですか、道が複雑 な……いや、複雑でもなんでもないんですけど、とても迷いまして。これも二人のせ いかな、と思って、ヒヤヒヤしながらも、やっとの思いで東名に入りまして……中央 高速の名古屋方面から入ってきたわけです。信州に入った途端にですね、雨がシトシ ト、シトシト、降り出しまして。あーあ、また二人が泣いている、と思いましてです ね、本当につらい思いの中を走ってきたんですけれども」
本当にどこまでも勝手な自己陶酔野郎だこと。いやいや、人間ってみんな自分が中 心なのはしかたないですね。だからこそおもしろいドキュメント。それにしても、こ の男は借金さえこしらえなければ良き父親として殺された二人には思えていたのだか らそれも不思議。やはりお金が人を変えるのでしょうか。わたしの実家はお金以前も あったけど、引き金はお金だったしなあ。2800万はるか以下だったから殺人まで いかなかったですが。その話もしたいなあ。できれば本で。リュウミリとか内田春菊 とか狙えないかなあ。でも、この世で一番かわいそうなのはこのわたしよと言ってる 側からの本じゃ企画通らないか。ちょっと前、テレビ番組で、不幸な家族を取材し、 でもラストは涙を流し合って和解、というのが来たが、ヤラセしてもいいようなギャ ラじゃないだろうから蹴りました。自殺するくらいの人たちであってくれればなあ。
自分勝手に浸ってる男は、しかし、二度目の自殺決行の気分になるためには陶酔も しかたないか。松本に到着した。そこは彼の故郷である。市営霊園の松田家の墓に妻 子の遺髪を入れている。
「そろそろ収め終わった頃から、霊園もですね、雨も上がり始めまして、“うーん、 そうか”という気持ちになりまして、やっと一抹の安心を、一抹とは言いませんね。 ちょっと安心したような状態です」
少し校正もしてらっしゃる。だから、テープって恥ずかしいんだけど、ねえ。
そしてその後、長野県塩尻市の山間部にある某ホテルに泊まる。某って書いといて けっこうくわしくロケーションも書くから、調べようと思ったらわかるよねえ、この ホテル。ホテルは、築百年の重厚な木造建築で、周囲に建物はなく、山の中の隠れ家 のような、秘湯の一軒宿である。さあ、ここまで書いてあったら近所の人、わかるで しょう。もっともこのホテルはクソまみれにはしなかったようですが。
「その日は、絶対に今度は失敗したくないなあ、という思いが、やっぱり強く出てし まいまして、白いコードだけではどうしても不安にならざるを得ませんでしたので、 十七日、つまり昨夜は決行を諦めました。丈夫なロープと、それから部屋を汚さない ためのシートと、いろいろ買ってきて、一日遅いけれども、万全な形で決行しよう と、今日十八日の深夜に至っているわけです。(中略)アルプスは見えませんでした けど、なかなか最期の地としては、わたしにとってはお気に入りの場所です。温泉も ありますしね」
シートを買う神経。また失敗したときに掃除したくないためか。
ここで、そろそろわたしに焼肉屋への時間が迫ってきた。今日こそは決行まで報告 したいという思いがそろそろ強く出ていたわけですけれども、時間に遅れてはいけな いという思いのほうがわたしには強くあらざるを得ませんでしたので、十五日、つま り今日は諦めました。
次号予告──テープを聞いた人には、精神状態がおかしくなった人もいる、という 報告もある、その実態に迫る!うーん、こいつのしゃべりが移ってきてほしくないん ですけれども、と。
5月16日(木) 未練たらたらテープ6
今日は月に一度の会計チェック。こないだの貸し倒れ引き当て金勘定の謎が解け た。もうだれも覚えてないだろう。(講談社倒産参照)
会計事務所にとって困る客は、毎月チェックしてるのに、あとになって「じつ は……」と言ってくるやつだそうです。会計事務所には、一緒に対策をたててもらわ ないといけないのになぜいろいろ隠すのだ?見得?そういうやつが借金踏み倒しする んだろうな。もっとも借金踏み倒しは、借りる奴ばかりではない。保証人。
保証人を断る勇気は大切ですね。たとえ人間関係失っても。共倒れになってまで友 達続けていたいやつ、いる?保証人を断るのは、これは麻薬より勇気いるぞ。いや、 わたしは平気で断るんだけれども。
では、温泉もあるし、で、気に入った死に場所を見つけ、今度は部屋も汚さないよ うシートを買っている自殺未遂借金男のその後は。
「ニュースでは、横浜港の親子三人の殺害の話をやっていますけれども(お!これ、 この本の中では、この自殺テープの次に収められている、つくばエリート医師母子殺 人事件ね。わたしはこの事件も大好きだったなあ。月収100万の医師の家庭崩壊。 野本映子という妻と愛美という子が殺されたの。もうひとり、男の子もいたけど。こ の二人の名前、よく漫画で使わせてもらいました)オッ、ホン(咳払い)……わたし の敏子と望に関しては、まだ発見されていないんですかね」
この日は殺人から8日も経っている。死体が発見されたのは2日後だから、たぶん 男はそのときのニュースを聞き逃したんでしょうね。それで、行方不明男を捜してい るところなんだけど、ワイドショーとしてはもうそれだけじゃつまらないから報道し てない、と。でもわたし、自殺テープの事件はこの本を読むまで記憶になかったの ね。テレビじゃテープ流せなかったのでしょう。週刊新潮読んでなかったし。
「やはりわたしが、早い時期に、分かりやすい場所で事故を起こさない限りは、やっ ぱり分からないんでしょうね。こんなことを思うと、切なくて仕方ありません。本当 に、十五日の、○○ホテルの失敗が悔やまれるんですけれども、その分……敏子と望 には美味いものを食わせます」
食わせますって、陰膳のこと?どこまでいい気なやつ。
でも、これからいよいよ太いロープでシートの上で決行しようという声は、だんだ ん悲愴なトーンになってくると書いてある。そしてここで録音が止まり、また始ま る。心新たにしたのかな。なにか消したのかな。
「この数日間はまったく働いたと思っています」
全然変わっとら~~~ん!!ますます自己中になって浸っとるやんけー!
「とにかく、早く敏子と望のもとへ行って、深く詫びて……許してもらわなくてもい いんです。許してもらえないと思いますけれども、分かってもらいたいなあ、と思い ます」
なにを分かってもらうっちゅーんや!死ね!この射手座!
知り合いの父が射手座なんですけれども、知り合いがまだ赤ちゃんのころ、射手座 父は、食べ物を「あ~ん」と目の前に持っていっては、さっと自分の口にぱくっとし て喜んでいたそうな。
だから、この2800万男の娘が、なぜ23の誕生日にもなって一家で歌舞伎に行 きたいなどという性格に育ったのか謎。わたしの知り合いのほうは、ADです。
「こんなに世の中、あるいは人情というものが、期待できない時代になっているかと いうことを、まざまざと見せつけられるここ数ヶ月間でしたが」
てめー、自分の仕事の失敗を~!
こいつは、退社して、自分のやりたいクラシックを、LDとかにして売ろうとした のね。カラヤンとかと一緒に写真撮って自慢しーとは親しい人の証言。仕事の収入に よって、活動資金も抑えたりすればいいものを、家賃20万の事務所を借り、ベンツ (レンタル)に乗り、外側を大事にするタイプ。大事っていうんじゃないな、見栄を 張るだけ。
「そういった艱難というんですか、そういった矢面にあなたたち二人は絶対に立てな いと思います」
つまり、借金地獄に耐えられない、と。事件の当日まで借金のことは二人には言っ てないんだけど、それは男の見栄でしょうね。人の借金ぐらい耐えられるって。 ちょっと世間体悪いけど。その世間体に耐えられないのがこいつ。特に妻子には、軽 蔑の目で見られたくなかったのね、はいはい。
「だから、ぼく自身と一緒に行動して欲しいな、と思ったんです。ただ、それに対し て説明しないで、殺したことに対しては、もう本当に、あとで、もう千年後、一万年 かけて説明していきたいと思います。もうあとは未来永劫ですから、これでゆっくり 説明してわかってもらいたいと思います」
分かる?敏子さん。わかるのは、こいつのアホさ。説明を一分でも聞きたくもない よ。思いっきり軽蔑の目で見下ろして、別の男と金持ちになることね。それを未来永 劫見せ付けてやる。もちろん、男は毎日働いて2800万の利息だけを未来永劫返 済。
「ただ、誰に対しても言い訳はしない。ただ、ひとつ言えば、」
言い訳だって、それが。いやー、未練たらたらの最期の瞬間ですね。そろそろ夜が 明けるぞ。
「わたし自身の、わたしの自業自得ですね」
浸ってる、浸ってる。クソの匂い、温泉で落としたんでしょうか。
「それによって、二人を巻き込んだことは、周囲の人たちに経済的に負担をかけたこ とは、大変申し訳ないと思いますけれども。でも、そういったことに関しては、わた したち三人の命で……許していただこうと思っています。そうですね、よく考えて、 やっぱりわたしの自己中心的なことで、二人を巻き込んだみたいなことは確かです ね」
あー、一生言ってろ。しかし、テープは少しトーンが変わる。ここで、また録音が 止まり、再開した声は、いままでの明瞭な声ではなく、小さく、聞き取りにくいらし い。音声の不明瞭なところは──で書かれている。
「しかし、その時は、本当にきみたち──て、もっともっと、してあげたらと、あれ もしたい、これもしたい。望は特にこれからが、恋もしたい、──もしてあげたい と」
恋もしたい、で、なに?なにがしてあげたいだって?あーなーたーのー○○○○が 欲しいのーって歌みたいですー。
「愛し合って、子供を産みたいという……」
え?じゃあ、結婚?でも、「あげたい」んだから、なんだ?
「本当に申し訳ないと思います。もう──の環境からの影響が大きいだけに、かえっ てそういう、期待というかですね、希望も難しくなるだけだと思います……ハ アーーッ……」
長いため息らしい。そして沈黙。
「我慢している二人、敏子と望のことを考えたときに、ぼく自身、我慢できませ ん……といっても、本当に、敏子は二十数年間、よくしてくれました。本当に感謝し ています。望の二十数年間、ぼくの生き甲斐でした。その二つだったのに、同時に失 わなきゃならないほど、きつい時だったということを、ぜひ分かって欲しいと思いま す。……今回、必死に後を追いますから、あとでゆっくり説明させてください」
だんだん盛り上がってきました。天国で二人が笑顔で迎えてくれる図を想像してい るんでしょうねえ。今夜は酒飲んでないだろうな。飯も食うなよ。そうなのよ、首吊 る人って、食欲ないんだから、クソもあまり出ないはずなのよ。こいつ、前の晩、飲 み食いし過ぎ。
テープはまた止まる。そして、次に流れてきたときには、自殺の準備を完了し、小 型マイクを胸につけて、椅子の上で、今、足を踏み出そうと、その直前でしゃべって いるらしい。
「いま、十九日の零時、あ、ごめんなさい一時二分前です」
ちょっと拍子抜けしましたね。おちゃめさん。いや、これがリアルってやつ。
で、次を期待してるテープ起こしのどなたかの耳に届いてきたものは、声ではな かった。本にはこう書いてある。
──ここからテープは、聞く者を異様な世界へと誘う。
演出してます。男の軽さに慣れてきたのに、文章はなぜこうホラー小説したがるの ?
異様な世界はなにかというと、ゴーッという音が入ってるんだって。
──激しいノイズ。地鳴りのような音。嵐の中、断崖絶壁に立って録音しているよ うな。
さー、これ、なんでしょうねー。ゴー。自殺でゴー。
この男、クラシックマニアだから、自分で演出?でも、そういう証拠はないらしい から、本物の霊の音?稗田ー、なんか感じたー?
──ホテルの外は雨が降っているものの、風はほとんど吹いていない。
そして女のすすり泣き……とくれば、さすがにシラケるか。それはなし。ゴー。こ れで精神病んじゃったのね、リライターさん。夜型だったのね。そんでもって一人暮 らし。やや郊外の寂しい住宅街。そんなことより今月の会計を合わせること考えると ゴーなんて言ってる場合じゃないんだけど。
では、次回こそ、ゴー。
5月17日(金) 怪奇自殺男 大人気最終回
ゴー。
あの世からの音も聞こえてきました。胸につけたマイクの雑音でしょうか。タイム リーな。
未遂の苦しさより、殺人犯アンド借金取りに追われる恥ずかしさから、やはり死ぬ しかないと、いやいや悟った男は、二度目の挑戦です。胸の小型マイクに最期のお別 れを長々と言ってきましたが、ようやく勇気が沸いてきたようです。自分勝手な妻子 への思いが勇気をくれたようです。ゴーという音も消えたようです。
「すべての準備が整いましたので、わたしはこれから、一人で、敏子と望の後を追い たいと思います。うーん、正直言ってちょっと怖いですねぇ」
相変わらすおとぼけなやつ。もう慣れたから、もうちょっと上を期待しますね。いやなファンですね。ほんとは怖い裏返し。
「一回目のときにスムーズにいってくれれば、いまごろは終わっていたと思いますけ れども。でも、二人をこの手で殺したんですから、二度やるくらいの、死ぬ 苦しみを しないことには許してもらえないでしょう」
死ぬ苦しみを何度したって許してはもらえないでしょう。
「気分を落ち着けるために、ビールを一杯、飲みます」
なんだとお!?こいつ、また大量の糞尿の中で気が付きやがれ!
「情けないですねぇ。ハァー……フゥーッ……」
プハァーーッ、と、ほんとはこういう音が入ってたのかもね。グビ、グビ、とか。
「外は雨が先ほどからずいぶん強く降っています。ハァー……敏子と望が、“いつま でウジウジしてんのよー、早くおいでよ”なんて言っているような感じがします。そ のすぐ傍らまで、迎えにきているような感じです。ハァー……」
もうちょっとグチが続きます。最期だから許してあげよう。名残り惜しくなりまし たね。もっといろいろやってほしかったですね。二度目は首吊りじゃなく、手首切る とか。今なら自殺をネットで実況中継できますね。そんなことしたらすぐ発見され ちゃうか。
「本当に死んでも悔いがないし、何もないし。いちばん大事な二人が先に逝っている んですから、思い残すことは何もないはずなのに、気がちっちゃいんでしょうね え……うん、……ウフーーッ(大きな溜め息)……今度こそ、死にたい」
ウフーッてのは、ビールのゲップかな。
その後、溜め息がしばらく続く。そしてゴーがまた始まったらしい。だんだん大き くなってきたらしい。でも、声は聞き取れるみたい。
「死のうと思っても死ねないのは、いちばん辛いですね……ここで死ねなかったら、 どうなっちゃうんだろうと思うと……」
そうそう、お前にとっては生き残って恥知らずなすがたを人目にさらすほうが苦し いだろ。
「……今日はこれで絶対死にます。……ハアーッ……フーッ、フーッ、フーッ……今 日は強いロープを二重にして、ぶら下がっても大丈夫な梁に付けてありますから。 もっと早いうち、死にますから。ハァーッ……排尿の中、動き回るってことはないと 思います。今日はホテルに迷惑が掛からないように、普通の支度をしていますから、 排尿のし尿は全部、靴下、ズボンの中に入るはず。あっ、そうか、靴下をもう一枚、 重ねて履いておこう。そのほうが迷惑が掛からない。一枚だと染み出してしまう。二 枚、履いとけば……ハァーッ、フゥーーッ……」
二枚だって染み出すはず。あのね、迷惑なのは、撒き散らされることもそうなんだ けど、それ以前に、自殺されるってことなのですが。
ゴー。
「ぼくという他人に奪われた人生の、敏子と望は、文句も言わんで待っているのに、 自分で勝手に死んでいくわたしを……なんでウジウジしてるんでしょう…………困っ たもんだ……」
以下何度も溜め息。
ゴオオオオオオオーーーーー
おお、折りしも今、この文章を書いている外は雨じゃ。ザアアアアアーーー
「最後に間違えないようにしないと……フーッ……一切が完了します」
みなさん、いよいよです。お待たせしました。
「鏡台の上に乗って……いま、落ちます……フーッ、フーッフーッ……」
ゴオオオオオーーーー
「──で締めて……グウッ……ここで死にます」
これは成功してますからね。あと少しで終わります。もうちょっと引きたい?妻子 の親族は、妻子がこいつと同じ墓に入ることをもちろん拒絶。しかし同じ霊園に入っ てるけど。
「……思い切り……フーッ……」
行ったか?
「……死ねましたか……フーッフーッフーッ」
死んでません。いやいやなかなかいい味です。
「はい!」
おっ!
「……フーッ……としこ、のぞみ、いま逝くから、待っててくれ」
声は絶叫する。
「絶対死なせてくれよ、頼むな!」
ああ、最後です。次で最後の声。死の瞬間の声はいかに?
「ウワアッ」
ゴオオオオオオーーーーー…………(十分続く)
次の日、部屋掃除のおばさんが、ぶらさがった男を発見。糞尿のことは書いてあり ませんでした。取材の人も聞きにくかったんでしょうか。
さて、と。仕事しなくちゃならないんですけれども。
http://www.tobunken.com/newotokomae/jisatsu.html
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