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オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

1/15(木)紀尾井・明日への扉/松田華音リサイタル/ロシアの正統派ピアニズムを継承する芳紀18歳

2015年01月15日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
紀尾井/明日への扉7/松田華音(ピアノ)
Kioi Up & Coming Artist 7/Kanon Matsuda, piano


2015年1月15日(木)19:00~ 紀尾井ホール 1階 BR2列 7番(招待)
ビアノ: 松田華音
【曲目】
べ一トーヴェン: ピアノ・ソナタ 第21番 ハ長調 作品53「ワルトシュタイン」
ショパン: 幻想曲 へ短調 作品49
ショパン: ポロネーズ 第6番 変イ長調 作品53「英雄」
プロコフィエフ: ピアノ・ソナタ 第2番 ニ短調 作品14
ラフマニノフ: 練習曲集『音の絵』より 第5番 変ホ短調 作品39-5
ラフマニノフ: 練習曲集『音の絵』より 第6番 イ短調 作品39-6
ラフマニノフ: 練習曲集『音の絵』より 第9番 二長調 作品39-9
スクリャービン: 8つの練習曲 第5番 嬰八短調 作品42-5
スクリャービン: ワルツ 変イ長調 作品38
《アンコール》
 シューマン/リスト編: 献呈

 紀尾井ホール主催「明日への扉」シリーズの第7回、松田華音(まつだかのん)さんのピアノ・リサイタルを聴く。ホールの会員になっている友人のRさんにお願いして、招待券を譲っていただいたものである。従って席は選べないために、めずらしく1階のバルコニー席の2列目で聴くことになった。右サイドなので、演奏中のピアニストの顔は見えるが、いつもの感覚からするとちょっと遠い。音に関しては雑味のないクリアなサウンドで、申し分なかった。

 松田華音さんは突然彗星のごとく現れたような感じであるが、それもそのはず、日本にいなかったのである。6歳の時にモスクワに渡り、以降ずっとロシアでピアノを学び、ロシア国内では数々のコンクールや賞を取っているらしい。逆に日本でのコンクール歴はないようである。日本にいればまったく無名のままCDデビューまで行ってしまう(しかもドイツ・グラモフォンから!!)ことは考えられないから、おそらくはロシアの音楽界では、既に知られた存在になっているものと思われる。その華音さんは1996年生まれの、芳紀18歳。ロシア育ちという風情はまったく感じられない、小柄でかわいらしいお嬢さんだが、その音楽は・・・・。

 今回のリサイタルは、デビューCDの内容にほぼ沿ったもので、18歳という年齢の経験値からみても、得意な曲、好きな曲を集めたものなのであろう。今日のリサイタルも東京デビューに近いが、これはいわば前哨戦であり、この後、4月7日には東京オペラシティ・コンサートホールで「CD発売記念ピアノ・リサイタル」が予定されている。一般的にはそちらの方が本格リサイタル・デビューといった趣きになりそうである(2012年6月、ミハイル・プレトニョフさん率いるロシア・ナショナル管弦楽団の来日公演に同行帰国し、武蔵野文化会館でサン=サーンスのピアノ協奏曲第2番を弾いているが、あいにくと聴いていない)。

 さて、開演時刻になり、登場した華音さんは姿勢も正しく真っ直ぐ歩いてきて、きちんとお辞儀をする。その仕草は初々しくもあるが、自信と落ち着きも感じられた。写真などで見ていたイメージとはかなり違っていて、思ったより小柄。色白の美少女系なのだが・・・・。
 1曲目は、べ一トーヴェンのピアノ・ソナタ「ワルトシュタイン」。いきなりダイナミックなリズムが躍動を始める。CDで聴いていた印象とはちょっと違う。もちろんホールでのナマの響きということもあるが、今日の演奏の方がずっとパワフルで、押しが強い。重低音も響いてくるし、ダイナミックレンジも広く、高音部の煌めく感じや、全体を貫く疾走感が、やはりライブならではの臨場感を伴っている。つまりノリが良いのである。第1楽章では提示部のリピートは省略されていた(CDではリピートしている)。
 第2楽章はぐっと落ち着きを増すが、やはり響いてくる重低音が、高音部の抒情的な旋律に重厚感を与え、単なる感傷にとどめずに大地に根を張ったような重厚なものにしていた。
 第3楽章は、静かに流れるようにロンド主題が始まる。中間部にいたるまでにグングン厚みを増していき、エネルギーが満ち溢れてくる。ロンド主題は現れるたびに力感を増していくようだ。無窮動的に駆け巡る左手の躍動感・疾走感が素晴らしい。コーダに入りテンポ・アップしてからの超絶技巧的な表現は、華音さんの力量が並々ならぬものであることを表していたといえる。

 2曲目はショパンの「幻想曲 へ短調」。この曲はCDには収録されていないので、本邦初公開(?)といったところか。序奏部分は低音が効いているので重厚感があり、主部に入ると次々と現れる主題も低音部がズッシリと重厚なために軽快というよりは剛性が強いイメージだ。とはいえ時折見せる経過部などの煌めくようなパッセージは、やはり若い女性ならではの美しさを見せる。

 3曲目はショパンの「英雄ポロネーズ」。全体的なやや速めのテンポだろうか。技巧的には高度に安定していて、早めのパッセージも前へ向かっていく推進力がある。ポロネーズ特有の揺れるテンポも非常にリズミカルだ。ここでも相対的に低音部は厚く、「英雄」的な主題部分も十分に躍動的で、ダイナミック。その中に若さと生命力のような瑞々しさが感じられた。華音さんのショパンは、全体的に重厚なロマンティシズムで描かれていて、やはりロシア育ちということだろう。

 後半はいよいよお得意の(はずの)ロシアものとなる。
 まずは、プロコフィエフの「ピアノ・ソナタ 第2番」。形式的には古典的ともいえる4楽章構成だが、プロコフィエフの天才的なヒラメキが随所に見られ、斬新さと濃厚なロマンティシズムに彩られている。曲が始まった途端に、前半とはまた印象の違った音が飛びだしてきた。華音さんの紡ぎ出す音は、キラキラとした光の煌めきに彩られ、非常に鮮やかな印象になった。色彩的というのともちょっと違い、透明感のある無色の音の粒がしきりに飛び交っている。しかもそれらがフワフワと浮いているのではなく、妙にしっかりと安定しているイメージを伴っているのだ。
 第1楽章はソナタ形式で濃厚なロマンティシズムに彩られた第1主題、幻想的な第2主題も音の粒立ちがとてもキレイだ。第2楽章はスケルツォ、鋭いリズム感で弾むように、飛び跳ねるような元気の良い演奏。第3楽章は緩徐楽章に相当するが低音部が重厚で浪漫的な旋律と対比させる。第4楽章はロンド。主部は疾走感に溢れた演奏で、若いエネルギーに満ちているようであった。

 続いて、ラフマニノフの練習曲集「音の絵 作品39」から、第5番、第6番、第9番。プロコフィエフに続いて、こちらも瑞々しく、ロマンティシズムはさらに濃厚だ。
 第5番は、音がいっぱいの奔流のような太い流れの中からロマンティックな主題が浮かび上がってくる。低音部を構成する分散和音が重厚にうねるように流れていく。
 第6番は諧謔的な要素と超絶技巧的な要素が絡み合う。華音さんのピアノはまるで悪魔が飛び回っているような、幻想的で怪奇的なイメージを跳ね回りつつも重厚さをなくさない分厚い音で描き出している。
 第9番は「音の絵 作品39」終曲で唯一の長調の曲でもある。叩きつけるような躍動的でダイナミックな曲想の中から、いかにもラフマニノフというような抒情的な主題がチラチラと現れる。重音や和音で構成される主題が技巧的でかなり難しそうだ。華音さんのピアノは、その叩きつけるような弾き方でありながらリズム感が流れるようで、曲全体が太く大きな流れを作っていく。ダイナミックレンジも広く音量も大きい。豪快ともいえる音の塊の中から聞こえてくるロマンティックな主題が美しい対比を描いていた。

 続いてはスクリャービン。「8つの練習曲 第5番」は、ラフマニノフ以上に細かな分散和音が豊かな流れのある音楽を創り出す。その中から現れる感傷的な主題は、時に映画音楽のように、涙を誘うように美しい。華音さんのピアノは、分厚い音の奔流を豊かな低音と大らかに流れるようなリズム感で形作り、その中からキラリキラリと主題を浮き上がらせる。華奢な感じではなく、力強いイメージである。
 最後は、スクリャービンの「ワルツ 変イ長調」。これがまたロマンティックでひたすら美しい曲。美少女系ビジュアルの華音さんには、一番似合う曲かもしれない。しかしこの曲も何度は高い。華音さんは、ただ美しく聴かせるのではなく、時に力強いダイナミズムを交えながらスケール感の大きな演奏を聴かせ、感傷的な旋律を美しく際立たせている。
 野太い剛直さと甘い感傷・・・・これこそがロシアのロマン派音楽の泣かせどころだが、華音さんが体現する音楽世界は、まさにそんな感じなのである。技量ということではなくて、日本の音大生などにはちょっと出せないような雰囲気を持っている。これがロシア育ちのピアニストということなのだろうか。

 アンコールは1曲だけ。お馴染みのシューマン/リスト編の「献呈」。いかにも少女趣味的な感傷に浸るような演奏で始まったが、曲が進行するにつれて、力感が増してきて、トリオ部分を大きく歌わせた後の主題の回帰では、ダイナミックにピアノを鳴らす。スケールの大きな構成力に、思わずBrava!!

 初めてナマの演奏を聴いた芳紀18歳の松田華音さんだが、CDで聴いていたイメージとはまったく違い、豪快でスケールの大きな演奏に透明なロマンティシズムが混在して鮮やかな対比を描いたものだった。全体の印象としては、前半のベートーヴェンとショパンよりは、後半のプロコフィエフ、ラフマニノフ、スクリャービンの方が水を得た魚のように活き活きとしているように思えた。プログラムノートの文章を寄せた伊熊よし子さんによれば、「彼女の演奏は打鍵が深く、肉厚な響きがし、まさにロシアの大地を思わせる」とのこと。まったく同感だ。だが、18歳の少女が弾くピアノは、広漠たるロシアの大地に一陣の風が清涼感をもたらす、といったイメージで、とても清々しいものであった。

 終演後は恒例のサイン会。あっという間に長蛇の列ができてしまったので、今回は諦めることにした。というのも、次回、4月7日の東京オペラシティでのリサイタルもすでにチケットは確保してある。しかも今度は最前列のいちものポジション。曲目はCDと同じものが発表されているので、アンコールはパッヘルベルの「カノン」かな・・・・。

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【お勧めCDのご紹介】
 もちろん、松田華音さんのデビューCD、その名も「デビュー・リサイタル」です。曲目は、今日のリサイタルとほとんど同じで、ショパンの幻想曲がバラードの1番に変わるだけです。アンコールで弾いてくれた「献呈」も収録されています。逆にCDに収録されていて今日演奏されなかったのが、パッヘルベルの「カノン」なのです。もちろんピアノ編曲版ですが、華音さんのテーマ曲になっていくのでしょうか。

松田華音デビュー・リサイタル
松田華音,スクリャービン,パッヘルベル,ベートーヴェン,ショパン,ラフマニノフ,リスト,藤満健
ユニバーサル ミュージック

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