徒然なるままに修羅の旅路

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Genocider from the Dark 1

2014年11月02日 20時32分54秒 | Nosferatu Blood LDK
 
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 西暦二〇〇六年、香港――
 一九九七年にイギリスから統治権が中国に返還されて以来、この小島群は中国の特別行政区となっている。
 香港島とその周りに存在する二百近い島は、いずれも平地が少ない――そのために数少ない平地に七百万人近い人口のほとんどが集中しており、その集中した人口を住まわせるために、平野部に構築された市街地には数十階を超える様な超高層ビルが文字通り林立している。
 以前に来たときは、夏場だった――ビルが林立しているだけにヒートアイランド現象は東京がかすんで見えるほどにひどく、夏場の気候は厳しい。暑いのが苦手な彼は、正直それに辟易したものだ。
 香港島北部――中西区ツンサイキョイ中環地区セントラルエリアには国際金融中心センターと呼ばれる建造物がある。これは香港の中心街に位置する複合施設の名称で、駅舎、オフィス、ショッピングモール、ホテル、映画館などで構成されている。
 地上四百メートルを超えるこの建物は、建築当時世界で五番目に高いビルだと言われていた――現時点でも五番目なのだが、二〇一〇年には地上百八階建て、高さ四百八十四メートルで完成予定の環球貿易廣場世界貿易センターに抜かれることになるだろう。もっとも、完成した貿易センターがその時点で世界第何位になっているのかは知る由も無いが。
 周囲のビルが百~三百メートルを超える高層ビルばかりのため、遠目に見るとそれほど高くは見えない。香港にはネオンサインや建築物高さの規制が無い。平原部の人口密度が非常に高く、高層マンションが無いと市街地として成り立たなかったのが、規制が作られなかった理由のひとつだろう。
 とはいえまあ夜景は悪くはない、が――
 九龍カウルン半島南端部と香港島北部の間のヴィクトリアハーバーでは、幻彩詠香江シンフォニー・オブ・ライツと呼ばれるレーザーショーがナイトイベントとして毎晩八時から開催されている。
 ヴィクトリアハーバーの両岸――香港島北部と九龍カウルン半島南部に位置する主要な高層ビルのライトアップとレーザーが非常に美しい、世界的にも有名なナイトイベントだ。
 九龍カウルン半島側からの幻彩詠香江シンフォニー・オブ・ライツ索敵クリアリング活動中に何度か目にする機会があったが――九龍カウルン半島側から見ると対岸である香港島市街地の一番手前に見える国際金融中心センターを始めとする煌々と輝くビル群、それに加えて海も色とりどりに彩られるレーザーショーは、遠景ではあるもののなかなか見事なものだった。
 とはいえ、それも深夜になってしまえば――
 ちょうど今いるのは九龍カウルン半島南端部に位置する尖沙嘴チムサアチョイ東部海濱公園ウォーターフロント・プロムナードだが――日付が変わったこの時間帯では香港島北部の高層ビルの照明はことごとく落とされて、黒々としたシルエットだけがかろうじて識別出来る。
 香港島の北部には狭い住宅地があり、そこと九龍カウルン半島合わせて百二十七平方キロメートル、香港特別行政区全体のわずか十二パーセントの土地で香港の総人口のおよそ半分にあたる約三百五十万人が暮らしていると言われている――九龍カウルン地区の一平方キロメートルあたりの人口密度は実に約四万三千人、同じく香港島は約一万六千人にもなるそうだ。そりゃあ昼間はあれだけ人でごった返すのも納得出来るというものだ――戦闘装備で武装した格好を目撃される危険が増えるので、彼としては出来れば勘弁願いたいものだが。
 それでなくとも、香港特別行政区だけで香港島、九龍カウルン半島、新界に加えて大小さまざまな島が二百近くもあるのだ。ここ数日ほぼ不眠不休でそれらの島々を虱潰しにしているが、今のところ成果は挙がっていない――それがこの特別行政区に危険が無いという意味であるのなら別に問題無いのだが、あいにくそうではない。
 そういった小島を虱潰しにして成果が挙がらなかったから、これから九龍カウルン半島を探すわけだが――多少なりとも成果が挙がってほしいものだ。彼としてはただ単に香港に獲物がいないから捜索が無駄骨に終わるのであれば一向にかまわないが、敵がいてまだ見つかっていないだけであるのなら時間をかければかけるほど被害者が増える。
 香港警察からの情報提供によると、香港の地域内でもっとも大きな島である大嶼山ダイユーサンに隣接する香港國際機場、赤鱲角チェクラップコク島という島ひとつを丸ごと空港施設にした香港国際空港から、搭乗予定の乗客が姿を現さないという報告が数十件挙がっているという――九割がたが外国人観光客、香港の様な観光業が産業の多くを占める地域においてよく狙われる獲物だ。
 搭乗予約をすっぽかした乗客たちは、いまだに出国が確認出来ていない――その大部分は、現在に至るまで特別行政区内のホテルなどの宿泊施設に滞在していることの確認が取れていない。
 すなわちまだ見つけられていないだけで、彼の獲物は間違い無く特別行政区内にいるのだ。
 そんなことを考えながら――彼は尖沙嘴チムサアチョイ南西端に位置する観光フェリー、天星小輪スターフェリー乗り場の駐車場の前で一度足を止めた。
 天星小輪スターフェリーはヴィクトリアハーバーを縦断して九龍カオルン半島南西部と香港島北部の中環地区セントラルエリアを結ぶものも含めて合計四つの航路を持つ、香港観光の主要交通手段のひとつだ――航路が短いこともあって頻繁に運航しており営業時間も長いが、すでに営業が終わってから一時間近く経っており、ターミナルの電源はすべて落とされていた。
 晨星モーニングスター夜星ナイトスター金星ゴールデンスター等、保有するフェリーに星を冠するネーミングが与えられているのが特徴で――すでに今夜の、おっと昨夜の就役時間は終わっているはずだが、香港島側に停泊しているのかここからでは見えないだけか、それらの船の姿は見当たらない。しかし鈍器の名前を冠した船というのもどうなのだろう。否、別にそういう意味でないことはわかっているつもりだが。
 首をかしげながら視線を向けると、主に観光バスを主眼に置いているであろう駐車場はすでに閉鎖されてチェーンが掛けられていたが、場内にはいくらか人影が見えた――海を眺めている者、陸地側を眺めながら煙草を吸っている者もいる。香港の治安は東南アジア諸国の中ではそんなに極端に悪いほうではないが、それでも夜間にふらふら出歩くのは感心出来たものではない――とはいえいくら治安が良くないといっても中国領だということを考えれば、香港の治安の程度は奇跡に近いだろう。中国本土の治安の程度など、目も当てられまい。
 九龍カウルン半島南部に位置する尖沙嘴チムサアチョイ尖沙咀チムサアチョイとも)は九龍カウルン地域ではもっとも賑わいを見せる商業地域で、商店や高級ホテルが多く立ち並んでいる。
 半島南端にはヴィクトリアハーバーを臨む尖沙嘴チムサアチョイ東部海濱公園ウォーターフロント・プロムナードの様な公園も存在しており、休憩も可能だ。
 九龍カウルン半島と香港島を結ぶ天星小輪スターフェリーの乗り場に加えてMTR(作者注……Mass Transit Railway、『香港鉄路有限公司MTRコーポレーション』が運営する香港の主要鉄道路線)の尖東チムトゥン駅、尖沙嘴チムサアチョイ駅やバスターミナルもあり、香港の観光交通の要衝のひとつとしての役割も果たしている。
 ここから梳士巴利道サルズベリー・ロードと呼ばれる通りを少し東に歩けば、九龍カウルン半島を南北に貫く彌敦道ネイザン・ロードという繁華街の南端に行き着く――尖沙嘴チムサアチョイの中心街でもあり、九龍カウルン地域最大の繁華街でもある。当然九龍カウルン半島の観光の目玉でもあった。
 香港映画重慶森林恋する惑星の舞台になった重慶大厦チョンチンマンションと呼ばれるビルもあるらしい――マンションの名を冠しているものの、実際にはホテルなのだが。
 彌敦道ネイザン・ロードに足を踏み入れると、道路の上に張り出した大量のネオン看板が視界に入ってくる――これぞ香港という感じの、香港を想像すれば真っ先に思い浮かぶものだ。彌敦道ネイザン・ロードは北に行くとだんだんとこういったネオン看板は無くなってきて、どちらかというと西洋風の上品な観光地になってくる。
 昼間の彌敦道ネイザン・ロードはトラムやトラックなどがひっきりなしに通るために非常に排ガス臭いのだが、この時間帯だと交通量が激減していくらかましになっている――タクシーのたぐいは走っているので、車が無くなるわけではないが。
 二十四時間眠らない街とか不夜城と呼ばれるだけあって、この時間帯でも人出がある――ある意味では夜こそが本番だと言えなくもない。そして獲物をあさりたい手合いには、中環地区セントラルエリアと並んで恰好の狩り場であるとも言える。つまり、彼自身にとっても本命ということだが。
 試食のつもりなのだろう、彼の歩く歩道に軒を連ねた菓子屋の店先で楊枝に刺した菓子の切れ端を差し出そうとした売り子の若い女性が、自分が楊枝を差し出した相手が甲冑を着込んだ外国人だと気づいてぎょっとした表情を見せる――それにかまわずに差し出された爪楊枝を受け取って、彼は歩みを止めないまま二十代前半の可愛い売り子に適当に手を振った。
 歩きながら、楊枝に刺された菓子を口に入れる。
 しっとりとした皮で木の実を混ぜた餡を包んだ月餅。悪くない。
 普段の拠点にしている日本の飲食店には友人が大勢いるが、誰かに写真や土産物を要求されたわけでもないので、周りの店は気にも留めなかった。それでも一応、露店の名前から売っている品物を想像しながら歩を進める。
 別に積極的に土産物漁りをするつもりは無かった――当たり障りの無い土産物なら、空港でいくらでも手に入る。これがほしいという要求があったら、そのとき買いに行けばいい。
「さて、どんなものかな――」
 まあ彌敦道ネイザン・ロードで土産物を探すのは、仕事が終わったあとにしておこう。
 爪楊枝を棄てるためにゴミ箱を探して周囲を見回し――彼はそこで足を止めた。
 いる・・
 ここからそう遠くない。
 見つけた・・・・
「お兄さん、それなにか映画の撮影?」 ちょうど近くにいた店の売り子が、興味津々といった様子で英語で話しかけてくる。彼はそれには答えずに、そのまま歩き出した。
「さて――」
 
   †
 
 彌敦道ネイザン・ロード九龍カウルン半島を南北に貫通する目貫通りで、九龍カウルン地域は彌敦道ネイザン・ロードを都市軸として繁栄し、その周囲に碁盤目状に都市区画を形成してきた。一九九八年七月に香港國際機場の完成と操業開始に伴って啓徳カイタク空港が閉鎖されたことで九龍カウルン地区の建物高さの制限が無くなり、超高層建築でのオフィスや住宅、商店、ホテルなどが建設されて今なお増え続けている。
 派手なネオンサインと看板が無数に作られ、道路の両側を結ぶポールから吊り下げられている。
 建築途中のビル、廃棄されたまま買い手のつかないビル、人のいる場所寂れた場所――
 彼らがいるのは、そんな廃ビルのひとつだった。
 建っている位置が悪かったのだろう、新築のオフィスビルが入り口をふさぐことになったせいで目立たないその廃ビルは、破産した持ち主が入り口で首を吊ったという嫌な逸話のせいもあって、買い手がつかないままもう何年も放置されている。
 だが、その廃ビルに面した窓が無いこともあって誰も気づかなかったが、そのビルは決して無人ではない。否――ある意味で無人・・ではあるかもしれない。
 サミュエル・チャンは廃ビルの一階で、時折窓の外に視線を投げながら手にした漫画雑誌に視線を落としていた――明かりなどなにひとつ用意してはいないというのに暗闇をさして気にした様子も無く、サングラスをかけたままぱらりとページをめくる。そのペースは昼間の室内でそうするときと変わらない。
 耳にはiPodの偽ブランド商品から伸びたイヤホンを捩じ込んでいる――音質はお世辞にもいいとは言えないが、本物や日本製の品物は高くて手が出ないし、盗もうにもなかなかものが無い。
 脚を組んで爪先を軽く揺らしていたチャンは、近づいてくる人影に気づいて顔を上げた。
 季節風の関係で雪こそ降っていないものの、だからこそ空気は今にも凍てつきそうなほどに冷たい。水を撒けば地面に氷が張りそうな寒さのせいか、黒い革コートを着ている――百八十センチ近い長身のおかげで、男だと知れた。
 優れた夜間視力のおかげで、闇の中でも顔がはっきり見て取れる。やや癖のある金髪を背中まで伸ばしてうなじのあたりで紐で束ねた、整った顔立ちをした中欧系の男だ。
 なぜかガチャリガチャリという足音が聞こえてきている。まるで鎧でも着込んでいるかの様だ。
 だが――どうやって入ってきたのだ?
 この廃ビルに入るための路地にはクロウリーが魔術をかけていて、あらかじめ術式を貼りつけられた特定の人員しか路地を認識出来ない様になっているらしい。クロウリーの話は半分も理解出来なかったが、実際この数日間、この路地には誰ひとりとして見向きもしなかった――あの男は誰にも認識出来ないはずの路地の入口をあっさりと発見し、内部に踏み込んできたのだ。
 上にいる仲間に知らせようかとも思ったが、やめにした――そのクロウリーは食事の真っ最中だ。彼の機嫌を損なうとあとが怖い。
 クロウリーが言うには、魔術の影響をまったく受けない体質の持ち主がときどきいるらしい――そういった体質の持ち主ならこの路地を見つけることは可能だと、彼は言っていた。
 あの男もそういったひとりなのだろうか――だがこんな廃ビルになんの用なのだろう。
 チャンは立ち上がると雑誌を開いたまま引っくり返して椅子の上に置き、そのままビルから外に出た。
なんだい、あんたWho are you?」 歩いてくる男に、英語で声をかける――男は足を止めない。前進を早めも遅らせもしない――それがチャンの癇に障った。
 何者かはわからない。だが、脅して追い払えばいい。
おい、聞いてるのかよHey,do you listenin'?」
 男の眼前に立ち塞がると、彼は下から睨め上げる様にして凄みのある声で告げた。
 男は相変わらず反応を示さない――鎧を着て歩いている様な足音は、つまり鎧を着て歩いているために生じたものだと知れた。コートの下にベルトを二本、交叉させる様にして襷掛けにし、その下にはポケットがいくつもついたポリエステルメッシュの装備ロードベアリングベストを着ているので、上半身はわからない――が、下半身は黒光りする装甲に鎧われ、それだけコートの上からつけているらしい籠手はどういうわけか、薄い鉄板が鰭の様に張り出していた。
「おい、いいか。ここは立ち入り禁止だ。さっさと失せな」
 チャンに進路をふさがれて仕方無く立ち止った青年は、しばしの間彼を見つめていた――どうにも踵を返す気配は無い。それを見て、チャンは彼を殺すことに決めた。ここならば人目も無いから、クロウリーなら迷うこと無くそうするだろう――それに、いい加減彼も腹が減ってきていたところだ。
 それにしても――男は彼の言葉に反応らしい反応を見せていない。英語が通じていないのだろうかとチャンが思ったとき、眉間になにか固いものが当たった。
 それが男が抜く手も見せぬまま抜き放った自動拳銃の銃口だと理解するよりも早く、サプレッサーで抑えられた銃声とともに彼の意識は闇に溶けた。

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