徒然なるままに修羅の旅路

祝……大ベルセルク展が大阪ひらかたパークで開催決定キター! 
悲……大阪ナイフショーは完全中止になりました。滅べ疫病神

Dance with Midians 6

2014年11月06日 22時20分42秒 | Nosferatu Blood LDK
 
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「いやぁ、すみませんねぇ長々と」 本当に申し訳無さそうな風祭の言葉に、アルカードは適当にかぶりを振った。一応警察官の友人は何人かいるものの警察にあまりいい印象は無いアルカードではあるが、彼の腰の低さにはまあ好感が持てる。
 事情聴取が一応終了したところで、彼は風祭に伴われて取調室から出た。
 割と圧迫感のある印象の取調室から解放されると、なんだか空気の味まで変わった様な気がしないでもない。あとカツ丼は出なかった。
「ところで連れの女が連れてた女の子は、どうしましたか? ここの署員の人の娘さんなんですけど」 と尋ねてみるも、風祭は知らないと言いたげにかぶりを振った。
 彼は手近にいた女性警官に、
「なあ長谷川ちゃんよ、この人の連れの女の子が小学生くらいの女の子連れてたんだが、どうしたか知ってるか?」
「中村巡査の娘さんですか? さっき奥さんが連れて帰りましたけど――あ、お礼は今度あらためてお邪魔するって言ってました」 後半はアルカードに向けられた言葉だったので、アルカードは首を振った。
「巻き込んじまったの俺なんで、必要無いって伝えといてください――俺が郵便局に寄らなけりゃ、巻き込まれずに済んだ事態ですから」
 むしろこっちがお菓子でも持っていかないと――とつぶやくアルカードに、風祭がかぶりを振った。
「それは仕方が無いでしょう――いきなり散弾銃を持った連中が来るなんて、普通は予想しませんよ。貴方がいなかったらあの子なりほかの誰かなり、死傷者が出てたかもしれませんし」
 彼は宥める様な口調でそう言ってから、
「連れの女の子の事情聴取は?」
「さっき終わりましたよ――今そこの椅子で待ってます」 廊下の角の向こう側を指差して、女性警官はそう答えた。
 風祭はその返答にうなずいてこちらに視線を向け、
「ずいぶん遅くなっちゃいましたが、帰りの足は?」 という質問に、かぶりを振る――散歩も兼ねるつもりで徒歩で来たが、こんなことなら車を出すべきだった。
「よかったら警察車輌でお送りしますが」
「助かります」 アルカードがうなずくと、風祭は廊下の角から顔を出したアンのほうに視線で示し、
「なら、あそこでお待ちください――車の用意をしてきますんで」 そう言って、風祭が歩き去る。
 立地の関係上、ここの警察署は緊急出動用の数台を除く官用車や通勤用の私用者の駐車場を少し離れたところに置いている――緊急出動用の待機車輌を使うわけにもいかないから、駐車場から持ってくるのだろう。
 そうはいっても、十分も十五分も待たねばならない距離でもない――アルカードは廊下の角を廻り込んで、長椅子に腰を下ろしていたアンに声をかけた。
「よう――待たせたな」
 
   †
 
「よう――待たせたな」
 アルカードがそう言って、アンの隣に腰を下ろす。
「あ、お疲れ様」 なにか飲む?と壁際のカップ自販機を視線で示して聞いてくるアンにかぶりを振って、
「否、いい。小雪ちゃんはいつごろ帰った?」
「十五分くらい前、奥さんが退勤するときに一緒に。一緒に乗っていかないかって聞かれたけど、貴方がまだ聴取終わってないから断った」
「そうなのか? 気にせずに帰ればよかったのに――まあいいが。帰りはパトカーで送ってくれるとさ」
「え」 と、アンが困惑した表情を見せる。
「どうした?」
「わたし、晩ご飯の買い物まだなんだけど」
「ああ、そういえば」 アンがそもそも夕食の買い物のために預金を下ろしに郵便局に入っていたことを思い出したのだろう、アルカードはうなずいた。
「家で喰っていったらどうだ? 今夜の晩飯だけでいいならだが――さっきも言ったが、俺の部屋で電気の無駄遣いしてやがった罰で今エレオノーラに用意させてるから」 そう返事をしながら、アルカードが携帯電話を取り出す。
「迷惑にならないんだったら」 分量を五割増しくらいにして常に作りすぎる傾向のあるエレオノーラの料理風景を脳裏に思い浮かべ、アンはうなずいた。
「じゃあ決まりだな」 アルカードがそう言って、携帯電話で素早くメールを打った。おそらくエレオノーラに、ひとり増えたことを伝えているのだろう。
 メールの送信を確認したところでアルカードは気が変わったのか立ち上がり、カップ自販機のほうに歩いていった――コーンスープのLサイズのボタンを押して、しばらく待つ。
 待ちながら携帯電話と財布をまとめてウェストポーチにしまいこむのを横目で見ながら、アンはふと気づいて眉をひそめた。
 あれ?
 アルカードの手袋が、左手だけ無くなっている。さっき強盗に攻撃を仕掛ける直前まで、アルカードは確かに両手に手袋を嵌めていた――それが今は右手にしか無い。
 どこで失くしたのかしら? 首をかしげたときには、アルカードはすでにこちらに向き直っている。彼は再び長椅子のところまで戻ってくると、椅子には腰を下ろさずに壁にもたれかかった。
「そういえばアルカード、書留どうするの?」
 結局受け取り損ねたよね?というアンの質問に、アルカードは首をすくめた。名目上二月生まれのアルカードの書類上の誕生日は二月四日で、『更新手続済』のスタンプが捺された手持ちの免許証の期限にもまだ十分に余裕がある。今この状況で急ぐこともない。
「ま、別に今日でないといけないわけでなし、明日また行くさ」 アルカードはそう答えて、クノールのコーンスープに口をつけた。
「そう」
「……なんだ?」
 アンがくすくす笑いながら自分を見ているのに気づいたのか、眉をひそめてこちらに視線を向けてくる。
「別に――小雪ちゃんが帰っちゃったのが残念なだけ。アルカードが抱っこしてるの、よく似合ってたのに」
「うるさい」 不機嫌そうに眉根を寄せて、アルカードがそう返事をしてくる。
「凛ちゃんとか蘭ちゃんのちっちゃいころとかもさ――もういっそ保父さんになったら?」
「うるせーよ」 アルカードはそう言って、空になった紙コップを自販機の横にあるごみ箱に投げ込んだ。
 
   *
 
 バチバチと音を立てて薪が爆ぜ、火の粉が舞い上がる。寺院の入口の両脇に焚かれた篝火の炎が発する橙色の光に照らされて、足元に伸びた影がやはり炎の様に揺れている。
 篝火から視線をはずし――彼は誰にともなく静かに独り語ちた。
「今夜はいい月だな――風は冷たいくらいがちょうどいい……」
 足元には数着の衣服――灰まみれになった襤褸布とたいして変わらない衣装は、襲いかかってきた三体の噛まれ者ダンパイアどもの身に着けていたものだ――おそらくはアスブリシュヤ、カースト制度の外にある被差別民たちだろう。
 冷たい風が炎を揺らし、それに合わせて彼の影も水面に映り込んだ鏡像の様に揺れた。一歩踏み出すたびに、身に纏った甲冑の装甲板がこすれあって音を立てる。周囲に立ち込めた血と臓物と屍の胸の悪くなる様な臭いをさして気に留めぬまま、彼は人の気配の途絶えた寺院の建物へと足を踏み入れた。
 壁には赤黒いなにかがこびりついている。緋色の炎に照らし出されてなお紅く染まったそれを見ながら、彼は唇をゆがめて鼻を鳴らした。
 道理で臓腑ワタ臭いはずだ――壁に釘で打ちつけられた腸は、まるで生誕祭の飾りつけを思わせる。至極悪趣味なその壁の華は、まるでここを訪れた者を歓迎するかの様に奥のほうまで続いていた。
「はん――何人ぶんの臓物を使ったんだかな」
 鼻を突く死臭と糞尿の異臭をさして気にも留めず、前進を早めも遅らせもせぬまま、彼は石造りの廊下をゆっくりと歩いていった。
 廊下の両脇には、腹を引き裂かれて内臓を掻き出された死体が山積みにされている。
 ブラフミン――カースト制度、ヴァルナ・ジャーティ制と呼ばれる身分制度において最上位の身分にあるとされる聖職者、御利益の無いお祈りの真似ごとと搾取しか芸の無い詐欺師どもだ。
 いずれも首筋に吸血痕が認められた――吸血を行った加害者が生きている限り、吸血を受けた遺体の首筋から吸血痕が消えることは無く、したがって吸血被害者が蘇生するかどうかを判別する方法は無い。
 しかし、ここにある死体は加害者であると思しきアスブリシュヤの噛まれ者ダンパイアたちが全員死んだにもかかわらず、すべての遺体に吸血痕が残っている――噛まれ者ダンパイア適性を持つ吸血被害者の死体は、蘇生前に生身の人間が生存不可能なほどの重大な損傷を受けると蘇生しなくなる。聖職者たちの死体も腹を裂かれ、内臓を引きずり出されたことでただの死体に戻ったのだ――放っておいても問題無い。
 一片の同情も覚えないまま侮蔑を込めて鼻を鳴らし、
「しかしずいぶんと趣味の悪ィお寺だな、おい――インドってな身分制度の差別の激しい国だってことは聞いてたが、だからって意味も無く人間の臓物で壁に飾りつけしていいとは知らなかったぜ」
 赤黒く乾燥した血でこびりついた壁を見遣って再び唇をゆがめる――五つの生首の眼窩に針鉄を通して環状にしたものを首飾りよろしく首にかけられたハヌマーン神像を見上げながら、
「これはこれは――」 唇をゆがめてハヌマーン神像の足元に転がった首無し死体に視線を落とし、彼はかぶりを振った。
 芸術性はどうだか知らんが、とりあえず水洗いぐらいはしといたほうがいいと思うがな――そんなことをつぶやいて、彼はハヌマーン神像と向かい合わせにしつらえられた像の頭の神像に視線を向けた。
 鼻から上がごっそり無くなったそれがガネーシャだとわかったのは、ただ単に象の牙が残っていたからだった――シヴァが投げつけてきた斧をあえて受けたために一本が折れ、一本だけ残った象牙。
 ガネーシャか。確か災厄除去の功徳を持つ神だったはずだ。確か商売繁盛の神の様な扱いもされたと思うが。
 ま、この状況じゃ災厄除去もへったくれも無いだろうけどな――胸中でつぶやいて、一本だけ残った牙に串刺しにされた女の死体を見ながら、適当に肩をすくめる。さんざん暴行を受けた形跡が残っていることはわかった――内腿にべったりとこびりついた赤と白の混じりあった痕跡が、彼女が死ぬ前にどんな残虐に晒されたかということを如実に示している。
 襤褸布同然になった衣装のせいでわからないが、おそらくは陰部に突き立てられたガネーシャの長大な象牙は海老の様に背中をのけぞらせた女の体を背骨に沿って貫通し、口蓋からその先端を覗かせていた。
 魚の串焼きの様なその死に様に嫌悪を隠すこともせず顔を顰め、顔に涙と血、恐怖の死相をこびりつかせた女に短い黙祷を捧げてから、彼は周囲に視線をめぐらせた。
「まったく、ここまで趣味の悪い真似してる奴らを見たのは、魔女狩りのころの坊主ども以来だな――厭だ厭だ、十字軍のカトリックどもといいイスラム野郎どもといいこいつらといい、宗教気違いってのは古今東西ろくなことしやしねえ」
 ぼやきながら、肩をすくめる――まあ魔女狩りというのはそもそもが民衆からお布施の名目で金品を毟り取ることに味をしめた聖職者気取りの胡散臭い坊主どもや自分たちが署名した借用書を持っている商人や金貸しからの借財を帳消しにしたい金欠貴族たちが言いがかりをつけて財産を没収し、それにかこつけて借用書を破棄するために行った略取にすぎないのだが。
 ガネーシャの掌の上に山積みにされた生首を見遣って、彼は鼻を鳴らした――口の中に刳り抜かれた目玉と、男の首は切り落とされた性器が突っ込まれている。身を翻して、彼は歩みを再開した。
「まったく、ヒンドゥー教の差別大好きな超絶生臭くそ坊主どもなんぞはどうでもいいが、これはえだろこれは。いくらなんでも趣味悪すぎ――お?」
 広間に出たところで、足を止める――彼が踏み込んだ入口を除く三方向の壁面にそれぞれしつらえた三柱の巨神像を見回して、彼は皮肉たっぷりに唇をゆがめた。
 ヴィシュヌ、シヴァ、ブラフマー――そのいずれもが人間の内臓と剥がされた生皮、頭蓋骨や皮下組織が剥き出しになった人間の屍で飾られている。
 それが先ほどの死体同様この寺院にいたであろう僧侶たちの屍であることに気づいて、かすかに嗤う――まったく、悪趣味なことだ。
「やれやれ、いくらなんでも趣味悪すぎやしねえか――」 広間の中央まで進み出て、三体の神像に視線をめぐらせてから――彼は再び正面に視線を戻した。

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