徒然なるままに修羅の旅路

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Balance of Power 31

2014年11月02日 19時14分02秒 | Nosferatu Blood
 
   *
 
「あ、そうだ――」 お茶会という空気でもなくなってみんなでテレビを見ているときに、思い出した様に口を開いたのはフリドリッヒだった。彼はアルカードが常備しているポテトチップ――新製品をとりあえず買い込んでくるのが好きらしい――をつまみつつ、
「凛ちゃんから聞いたけど、マリツィカさんが妊娠したんだって?」
「ああ、言ってたな――俺も蘭ちゃんたちから聞いただけだが、そうらしい」 アルカードがそんな返事を返して、細切りにされたポテトチップを指でつまむ。
「マリツィカさん?」 首をかしげるリディアに、アルカードが波切りにされた上で縦にカットされたポテトチップをガリガリと咀嚼しながら視線を向ける――そういえばマリツィカ・チャウシェスク、デルチャの妹で蘭や凛の叔母に当たる人物だが、彼女について多少なりとも話を聞いたことがあるのは自分だけなのだろうか。
 そんなことを考えながら、アルカードに視線を向ける――どのみちマリツィカについてはこの場にいるメンバーの中でアルカードが一番詳しいので、フィオレンティーナはなにも言わなかった。フィオレンティーナだって、以前例のホラー映画観賞会をやった日の昼間に聞かされた離婚の顛末くらいしか知らないのだ。
「デルチャの妹だよ――アレクサンドルとイレアナの四番目の子供だ」 と、アルカードが返事を返す。
「ああ、前に聞きました――デルチャさんの下に、男女の双子がいるって」 確か弟さんは亡くなったんですよね――リディアがそう返事をすると、
「ああ、今でも生きてるのは三人だ――マリツィカは二卵性の双子でな、その双子の兄は子供のころに亡くなってる。当時は俺はまだいなかったから、詳しいことは知らないが」
「そうなんですか――マリツィカさんってどんな人なんですか?」 パオラがそう尋ねると、アルカードはそちらにちらりと視線を向けて、
「マリか? いい女だぞ――美人だしよく笑うし胸も大きいしな」 眉根を寄せるパオラに、アルカードは適当に手を振った。
「あと、料理が上手で食事が美味い。これは重要だな」
「アルカードって、そういうことを言うタイプなんですね」
「そうは言うがな、パオラ――ご飯が美味いのは重要だぞ? 美味い飯を食べてるときって幸せだろ?」 声音にこもったちくちくした棘を追い払う様に適当に手を振りながらアルカードがそう返事をすると、パオラはちょっと視線の温度を下げながら、
「そこじゃないです。……もうひとりは?」
「長男だ。デルチャの上だよ。ルーマニアの日本大使館で通訳をやってる――あまり帰ってこないから、俺はほとんど会ったことが無い。気は合うから、ちょくちょく連絡はしてるが」
 アルカードはそう答えて、テレビ台の上に置いてあった写真立てを手に取った。
「これ、アレクサンドルの自宅を建て替えてから何年かして撮った写真なんだが」 と言いつつ、写真をテーブルの上に置く。
 老夫婦とその子供家族、それに店の従業員と思われる数人の男女がフレームに収まっている――背景は彼女たちも知る老夫婦の自宅での玄関先で、金髪の幼い女の子がふたりフレームに入っているから、凛が産まれてしばらくしてからだろう。
 写真の中では、凛とおぼしい女の子も自分で立っている。凛と蘭は二歳違いで、その凛もすでに自力で歩ける様になっている。つまり、先日神城家の面々とはじめて会った夜に見せてもらった写真――蘭がまだ生後半年くらいのころ――からかなり時間がたっているらしい。
 今とまったく変わらない容貌の、強いて言えば当時は髪を切っているアルカードは写真の端っこで、どうも店の軒先に作られた燕の巣のほうを見上げている蘭を気にしているのかカメラを見ていない。従業員らしきメンバーに関しては、全員退職しているのか知った顔はいなかった。
 写真を手に取ったパオラが写っている人物をまじまじと見つめ、老夫婦の隣で妻らしい女性の肩を抱いて笑っている背の高い男性を指差して、
「この人がお兄さんですか?」
「ああ」
「じゃあこの人がマリツィカさんかしら――あの、アルカード? この隣の人、どうして顔が塗り潰してあるんですか?」
 おそらくはその女性がマリツィカなのだろうが、どうも出生順に並んでいるらしい子供たち夫婦のうち老夫婦の反対側の端に立っているまだ若い女性――二十になったばかりなのだろうか、確かに美人だし胸も大きい――を指で差し示し、パオラが困惑した様にそんな質問を投げかけた。
 マリツィカの夫らしい男性は、顔がマジックで塗り潰されていた――あからさまに悪意を感じる潰し方だったが、フリドリッヒは特に反応を示さない。おそらく事情をかなり詳しく知っているのだろう。
「それはだいぶ前に結婚半年で別れたマリツィカの元の旦那だ――経った半年の間に家庭内暴力にマザコンに不倫とその他もろもろ、男女差別とか激しかった中世出身者の俺でも思わず引いちまうほどのマイナス要素がてんこ盛りの不良債券だよ。別の写真にしたいところだが、その写真にしか写ってない昔の従業員がひとりいてね」 顔を見たら腹が立つから、顔だけ潰してあるんだ――そう続けて、アルカードはティーカップを手に取った。
「じゃあ、今は誰かほかの男の人と一緒なんですか?」
「ああ。素朴で地味だがいい男だよ――忠信さんの親戚でな。時々狩りの帰りに顔を見に行くんだが、まあ幸せそうにしてる」 へえ、と声をあげて、パオラはあらためて写真に視線を落とした。
 アルカードが再び手を伸ばして、別な写真を手に取る。
「で、これがそのマリツィカの二回目の結婚式のときの写真だ。パオラには前にちょろっと話したことがあったかな?」 と言いながら差し出してきた写真は、どうもどこか高い場所で撮ったものの様だった。東京タワーとか、あんな感じの高いところから硝子張りの窓を背に撮った様な背景なのだが――なんというか、天気が悪い。
 出席者と新郎新婦で撮った集合写真らしく、背景は硝子張りの向こうに見える空と海なのだが、その背景が妙に荒れている。
「見晴らしのいい場所で、雰囲気もいい式場だったんだが――たまたまそのときに限ってえらい大嵐がきててな。おかげで結婚式のいろんな段取りをやってる最中に、窓の向こうが雷光で光ったり雷鳴が聞こえてきたり、なかなか楽しかった」
「それはまあアルカードは楽しかったでしょうけれど、ほかの出席者の人たちは困ったでしょうね」 フィオレンティーナがそうコメントすると、アルカードは巧い返しが思いつかなかったのか適当に肩をすくめた。
「ま、そうかもな――日本の結婚式場はたいていホテルが近所にあったりホテルの中にあったりするんだが、そこに泊まりの予定の無い人は大変だったかもしれない」
「アルカードは泊まりで来てたんですか? この式場」
 リディアがそう尋ねると、アルカードはうなずいた。
「ああ。爺さんたちを車で送迎してたから――俺が先に帰ったらアレクサンドルたちの足が無くなるし、車を置いてったら俺が困るし」
 アルカードはそう答えてから二枚目の写真の中央、マリツィカの隣に立っている男性を指先で示した。どことなく凛や蘭の父方の人々に雰囲気の似た、穏やかな容姿の黒髪の若者だ。
「彼がマリツィカの二番目の夫だよ」
 アルカードはそんなことを言いながら、空になった深皿の中に新たに開封したポテトチップをざらっと流し込んだ。なんだかおやつタイムがずいぶん長時間続いている気がするが、それはこの際気にしないことにしておく。
「なにしてる人なんですか?」 リディアがそう質問を投げると、アルカードはちょっと言葉を切って唇を舐めた。はっきりと確信していないことを口にするときの、アルカードの癖の様なものだ。
「彼か? 国連関係の職員だ。自然保護活動関連のね」
 アルカードがそんなことを言いながら、ポテトチップに手を伸ばす。スナック菓子ばかり食べすぎだと思ったが、フィオレンティーナはあえてなにも言わなかった。新商品をとりあえず試すのが楽しみらしいので、そんなささやかな愉悦に口をはさむ必要もあるまい。
「今は近所に住んでらっしゃるんですか? わたしたち、見かけたこと無いですよね」 というフィオレンティーナの質問に、アルカードは首を横に振った。
「旦那がそういう仕事だからな――あいつマリツィカは国連本部があるニューヨークに、旦那と一緒に住んでるよ。狩りでアメリカに行ったときに、様子を見に行くんだ」 アルカードがそう答えて、テレビに視線を向けた。衛星放送のチャンネルで、海外のプロサッカーリーグの試合風景を流している――映像はデイゲームだったので、生放送ではない様だが。
「次のワールドカップはどこが勝つかな」
「そりゃ、今度こそ我が祖国だろ――去年のドイツのワールドカップは予選落ちしたし全成績の九割がた予選敗退とグループリーグ敗退だけど、まあ夢を見るくらいは許されるだろ」 弱気なことを口にして、フリドリッヒがまだ残っていたテーベッカライの最後の一枚を手に取った。
「これ食べていいか?」 ほかの誰かが要らないか、という意味なのだろう――誰も返事をしなかったので、フリドリッヒは最後の一枚の封を切った。
「お嬢さんがたは?」 と、アルカードが話を振ってくる。次のワールドカップというと、南アフリカだったか。
「どこが勝つと思う?」
「そりゃもちろん、イタリアが勝ちますよ――去年のも含めて四回優勝してるんですから」 自信満々の様子で、パオラが豊かな胸を張る。
「でもイタリアチームって、優勝経験もあるけどグループリーグ敗退も多いよね」 リディアがそんな意見を口にすると、パオラは双子の妹の肩をがっくんがっくん揺さぶりながら、
「駄目! そういうこと言うとフラグが立つから言っちゃ駄目!」
「一番いいのでベスト8、残りはいいとこグループリーグ敗退のオーストリアに比べればいいほうじゃないか」 と、フリドリッヒが悲しげにぼやく。
「あんたはどこが勝つと予想してるんだ?」 フリドリッヒが水を向けると、アルカードは肩をすくめて、
「俺は故郷が無いからなぁ――なんとも言えんよ。それにほら、去年のドイツのワールドカップに、ルーマニアは出場してなかっただろ」 ついでに言うと、正直ルーマニアのナショナルチームは弱いしな――そう続けて、アルカードが物憂げに溜め息をつく。故郷は無くなったと言いつつも、やはり生まれ故郷を含む国のチームの勝利を願う一面も無くはないらしい。
 アルカードはポテトチップをつまみ上げて、足元で丸くなっているウドンに視線を落とした――それが落ち着くのか、茶色い柴犬はアルカードの足元で猫みたいに丸くなって穏やかな寝息を立てている。
「スポーツはルールにのっとって、イコールコンディションで行うから価値のあるもんだしな――そこが俺が普段やってる様な殺し合いとは違うところだ」 ソファーに座ったままかがみ込んでウドンの背中を撫でてやりながら、アルカードがそんな言葉を口にする。
「まあ、別にどこでもいいや。大会に勝つことで享受出来る栄誉に見合う試合が見られれば、それで上等なんじゃないかな――ちゃんと正々堂々と試合するなら、俺は勝つのがトルコでもいい。俺が若いころはオスマン帝国は不倶戴天の宿敵だったが、別に現代のトルコに対して思うところは無いからな」 そう締め括って、アルカードは手にしたポテトチップを口の中に放り込んだ。

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