徒然なるままに修羅の旅路

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悲……大阪ナイフショーは完全中止になりました。滅べ疫病神

Balance of Power 32

2014年11月02日 19時14分03秒 | Nosferatu Blood
 
   *
 
「――それじゃ、本当にありがとうございました」 謝礼の言葉を口にして、紗希が丁寧に頭を下げる――そのかたわらで彼女の母親も丁寧にお辞儀をするのに、アルカードは運転席から降りないまま適当に手を振った。
 紗希の足元にお座りの姿勢で蹲り、グレートデン二頭がじっとこちらを注視している――どうも彼は紗希の挨拶よりも、門の向こうで鳴いている犬二頭のほうが気になっている様な風情ではあった。
 母親が在宅なのに一階の窓のシャッター状の鎧戸が降ろされているのは、羆が逃げ出したニュースを聞いてあわてて戸締まりを固めたのだろう。
「気にしないでいい――それより、状況の決着がつくまでは家から出ない様にな。犬も家の中に入れておいたほうがいい」
「はい――じゃあマリ、また明日」 そう声を掛けられて、マリツィカも軽く手を振った。
 紗希が家の玄関の扉を開けて二頭のグレートデンを家の中に招じ入れ、母親が再び一礼してから扉を閉める。扉が閉まるのを確認して、アルカードがマリツィカに視線を向けた。
「行こうか」
「うん」 マリツィカの返事を待って、アルカードがシフトレバーを操作してクラッチをつなぐ。
 紗希の自宅は鬼頭おず町――ローカル線の線路を挟んで南側にあるので、マリツィカの自宅のある硲町中一丁目(地元民の間では、中は省略されることが多い)に戻るには幹線道路を北上する必要がある。例の羆が逃げ出したとかいう動物園がマリツィカの女子高の近くにあるので、一度危険地帯を通過することになる。
 先ほどから葉隠はがくし町RADIO――もう少し北上したところにある葉隠町のローカルラジオだ――をつけっぱなしにしているのだが、今のところ逃げ出した羆が射殺されたり拘束されたというニュースは聞かない。
「ねえ、羆ってさ――やっぱり逃げ出すと危険なのかな?」
 マリツィカがぼんやりと口にした問いに、
「さあな――動物園で飼われている羆は意外に社会性があるとも聞くが、野生の羆は危険だ。日本でだってあっただろう、サンケベツ羆事件とかいったか? ワラキアでもいろいろあったぞ――連中にとってはそこらへんで串刺しにされた死体がいい餌だったからな」
 アルカードの言っていることの後半は意味不明だったが――三毛別さんけべつ羆事件なら、マリツィカも知っている。二十世紀初頭に北海道三毛別川流域の苫前村という小さな村で起きた、日本最大の獣害事件だ。
「人間と接触した経験の無い肉食獣に、生まれついての人喰いはいない――彼らが人喰いになるのは、なにかの拍子に人間が簡単に斃せる生物だと気づいてからだ。もし彼らが動物園でなんらかの刺激を受けて攻撃的になった拍子に、飼育員を撃ち斃したりしていたら――」
 住宅街を抜けて市道に出る交差点で一度停止し、アルカードが左右を確認しながらそんな言葉を口にする。
 再びジープが発進して交差点を左折し、ハンドルを戻したときにかちっという音が聞こえてウィンカーの動作音が止まった。
 市道に出てしばらく北上すると、ローカル線の駅前に出る――鬼頭町の警察署や消防署、本局としてはやや小さな郵便局、町役所の出張所や自動車ディーラー、病院などが集中した、この近隣では比較的人の多い繁華街だ。無論硲町北と深川町南の境界線にある、主要施設の集中したショッピングセンター周りほどではないが。
 市道の右手に広がった田んぼを横目に、しばらく北上する。
 水田にはネットが張られていて、時折水面で動いている影が見えた――紗希が言うには、水田の中で合鴨を飼っているらしい。放し飼いにされた鴨が田んぼの中で繁殖するタニシなどを食べてくれるほか、糞が養分になり、稲も刺激を受けて丈夫に育つらしい。ついでに鴨も食べられる。
 すぐに水田は途切れ、再び市街地らしい光景に戻る。じきにローカル線の駅に近い繁華街に到達しようというところで、アルカードが眉をひそめた。
「どうしたの?」
「銃声が聞こえた」 アルカードの返答に、マリツィカは眉をひそめた――アルカードが何事か口を開きかけるよりも早く、今度はマリツィカの耳にも銃声がはっきりと聞こえてくる。
 同時に、道路の曲がり角から複数の男女が飛び出してくる――いずれも表情を引き攣らせ、恐慌と恐怖で叫び声をあげていた。
「どうやらすぐそこにいるらしいな」 嘆息して、アルカードがジープを路肩に寄せる。
 次の瞬間交差点の角にある雑居ビルの陰から血まみれになった男がひとり転がり出てくるのを目にして、マリツィカは戦慄した。同時にジープが路駐するつもりだと思って追い抜いていったワゴンRの運転手がジープの陰から姿を見せた血だらけの男の姿を目にしてハンドル操作を誤り、車体が歩道に乗り上げてガードレールに突っ込んで止まる。
 猟友会の会員なのだろう、血まみれになった蛍光オレンジのベストを身に着けたその男は、右手にボロボロになった散弾銃を持っていた。
 窓硝子に遮られて聞き取りづらいものの、散発的に銃声と悲鳴が聞こえてきており、そして――交差点の建物の陰から、巨大な黒い影が飛び出した。
 先ほどの猟師がそれに気づいて悲痛な悲鳴をあげ――次の瞬間強烈な打擲によって吹き飛ばされた漁師の体が、路上駐車されていた軽自動車の車体に激突する。
 猟師の体を前肢の一撃で吹き飛ばしたのは、六百キロはあろうかという巨大な羆だった。羆は生まれてはじめて知った圧倒的な自身の力に酔っているのか、天を仰いで獰猛な咆哮をあげた。
 ぱん、ぱんっ――乾いた銃声は、その羆の咆哮に比べると悲しいくらいにはかなげだった。羆をはさんで向こう側、パトカーをバリケード代わりにしてリボルバー拳銃を構えたふたりの警官が、羆に銃撃を加えたのだ。
 だが警官が装備している様な小口径の拳銃弾では、羆にダメージを与えるのは難しいらしい――分厚い筋肉と脂肪に阻まれてその銃弾はあっさりと喰い止められ、半端な攻撃はただ攻撃者の怒りを煽るだけの結果に終わった。
 咆哮とともに羆が地面を蹴り――猛烈な勢いで最高速度に達した巨体が、パトカーの車体に激突する。
 パトカーの車体が呆気無く押されてずりずりと動き、悲鳴をあげて逃げ出しかけた警官のひとりが前肢で背中を薙がれて地面に倒れ込む。もうひとりはあえなく追いつかれて背中から突き飛ばされる様に地面に抑え込まれ、そのまま肩口にかぶりつかれて悲痛な絶叫をあげた。
 その警官にかかずらわっているうちにということだろう、オレンジ色のジャケットを着た猟友会の面々が羆に向かって次々と発砲する――が、次々と撃ち込まれる銃弾を受けても堪えた様子も無く、羆はゆらりと立ち上がって今度は猟師たちのほうに向き直った。
 連射の間隔が早くなったのは、猟師たちが焦っているからだろう――だが焦りすぎたがゆえか彼らの銃は次々と弾薬切れを起こし、致命的な隙が出来た。
 全員が全員弾薬切れを起こしたら、再装填の間相手を抑え込む援護射撃手がいなくなる――焦って再装填しようとするのも間に合わず、羆は弾かれた様に地面を蹴って怒りのままに猟師たちに襲いかかった。
 ある者は強靭な前肢で撃ち倒され、ある者はタックルで路上駐車のバンの車体と巨体の間で押し潰され、ある者は鋭い牙で噛みつかれる。
「まあ、仕方が無いか――成体の羆をショットガンやライフルで射殺するのは難しいしな」 酸鼻を極める虐殺の光景を平然と眺めながらそんなぼやきを漏らして、アルカードはマリツィカに視線を向けた。
「おまえはここにいろ。俺が戻るまで車から降りるなよ」 そう言ってから、マリツィカの返答を待たずにジープのドアを開けて車から降りる。
「え? ちょっと――」 声をかけるよりも早くジープのドアが閉じられ、アルカードがすたすたと前方の交差点に向かって歩き出し――彼は手近にあった自販機に小銭を入れて缶コーヒーを一本買うと、手にしたスティール缶を羆に向かって投げつけた。
 雑居ビルの外壁に追い詰められていた若い猟師に今まさに襲いかからんとしていた羆が、スティール缶が後頭部にぶつかったのに気づいて背後を振り返る。
 ちょっと――
 わざわざ挑発する様な真似をしてどうしようというのか。
 羆がアルカードに向き直り、威嚇しているのかうなり声をあげる。次の瞬間、羆は地面を蹴ってアルカードに襲いかかった。
 あの金髪の青年が一撃のもとに撃ち倒され、頭蓋を齧り取られる光景を想像して、きつく目を閉じる――だが次の瞬間聞こえてきたのは六百キロ近い巨体が路上駐車していたクラウンの車体を叩き潰す轟音と、羆のあげた凄絶な絶叫だった。
 恐る恐る視線を向けると、アルカードが転身して背後を振り返っている――悠然と棒立ちになった金髪の青年の視線の先には、クラウンのボンネットの上に背中から叩き落とされた羆の巨体があった。
 クラウンのボンネットの上から転げ落ちた羆が体勢を立て直し、低いうなり声をあげながらアルカードを睨みつける。マリツィカにはいったいなにをしたのかもわからないまま、羆はじりじりと間合いを詰め――まるで恐竜と対峙してでもいるかの様に警戒もあらわにしばし対峙してから、羆は意を決したかの様に再び地面を蹴った。
 頭めがけて振り下ろされた前肢を、アルカードが信じがたいことに左手で掴み止める――いったいどれほどの膂力を以ってすればそうなるのか、羆が悲鳴じみた咆哮をあげながら振りほどこうと前肢を動かしても、アルカードは小揺るぎもしなかった。
 そのままアルカードが一歩前に出る――羆の巨体の陰に隠れてなにをしているのかはわからなかったが、次の瞬間羆の巨体が一瞬膨れ上がった様に見え、続いて羆が悲鳴をあげて弾かれた様に後退した。
 羆の前肢を解放したアルカードが右拳を突き出した体勢のまま、グフーグフーと荒い息をつく羆を見遣ってゆっくりと嗤う。
 今度はいきなり飛びかかろうとはせずにアルカードの周囲を一定の距離をとって横へ横へと廻り込む様に動いて隙を窺いながら、羆がぐるぐると低いうなり声をあげた――そう、あたかも人の姿をした別種の生き物・・・・・・・・・・・・相対あいたいしているかの様に。悠然として動きを見せない金髪の若者に焦れたのか羆が再び地面を蹴り、今度は一気に距離を詰めて彼の頭を齧り取ろうと――
 そこからのことは、マリツィカにはよくわからなかった。アルカードが再び迎撃する様に踏み出し、次の瞬間羆の背中を突き破って数本の銀色の棘の様なものが生えてきた様に見えたのだ。
 羆が水音の混じった吼え声をあげながらその場で崩れ落ち――それでもアルカードに襲いかかる。だがアルカードは羆の前肢の打擲を躱して後退し、足元に落ちていた猟師のひとりのものらしい散弾銃を拾い上げて地面を蹴った。
 その動きは、まるで黒い風の様だった――目にも止まらぬ一瞬で再び羆に殺到し、信じがたいことに羆の首元を掴んで突進の勢いのままに地面に押し倒したのだ。
 彼はそのまま羆が抵抗する隙も与えずに手にした散弾銃の銃口を羆の眼窩に突き刺すと、一瞬の躊躇も無く散弾銃の引鉄を引いた。
 ビル街に響き渡った轟音とともに羆の頭蓋が砕け散り、粉砕された骨片と一緒に大量の脳髄が地面に散乱する。頭蓋を粉砕された羆が電撃に撃たれたかの様に一度大きく痙攣し、生命活動の終焉を迎えて動きを止めた。
 ぞっとする様な笑みを浮かべながら、アルカードがその場で立ち上がる。
 金髪の青年が手にした散弾銃を足元に投げ棄て――彼は左手を胸の前に翳して、忌々しげに小さく顔を顰めた。
 アルカードの左手の指先が、血まみれになっている――いつの間に失ったのか、先ほどまで嵌めていたはずの運転用グローブが無くなっていた。
 彼は茫然と立ち尽くしている猟師の生き残りや警官、一般人にそれ以上視線を向けること無く自販機に歩み寄り、今度はミネラルウォーターを買った。
 その中身で左手の血糊を洗い流し、手首を振って水気を振り払ってから、ジープのドアを開けて運転席に乗り込む。彼はジープのエンジンを再び始動させると、駐車ブレーキを解除しながらこちらに視線を向けた。
「帰るぞ」 

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