徒然なるままに修羅の旅路

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悲……大阪ナイフショーは完全中止になりました。滅べ疫病神

Balance of Power 33

2014年11月02日 19時14分04秒 | Nosferatu Blood
 
   *
 
 掃き出し窓の外に張られたタープに当たった雨滴が砕け散り、パタパタと音を立てる――それまで床に座り込んで犬の遊び相手をしていたパオラが立ち上がって窓に歩み寄り、
「雨が降ってきましたね」
「そうだな」
 キッチンで飲み物の用意をしていたアルカードはトレーを手にリビングに戻り、窓の外に視線を向けて小さくうなずいた――塀とタープの隙間から覗く空は黒雲に覆われ、時折雷鳴が轟いている。それを厭そうに見遣りながら、リディアと対戦ゲームをしていたフリドリッヒが小さく溜め息をついた。
「せっかく磨いたのに」
 というのは、午前中せっせと磨いていたビートの話だろう。そのぼやきに、テンプラの相手をしていたフィオレンティーナがちらりと彼に視線を向ける――だが彼女はすぐに興味を失ってか、視線をはずして再び犬の相手に注意を戻した。
「天気予報を見てないのが残念だったな――まあちゃんとワックスがけしてあるんなら、雨滴が乾く前に水洗いして拭き上げればましになるぞ」 アルカードはそう返事を返してから、足元に寄ってきたソバの小さな体を抱き上げた。
「ふん? それはいいけどアルカード、今度工具買いに行くのにつきあってくれよ」 というフリドリッヒの言葉に、アルカードはちょっと考え込んだ。パオラがショットを打ち終えたので再びコントローラーを受け取っているフリドリッヒの横顔を見遣りつつ、
「すまんが明日は無理だ」 そう返事をしてから、床の上に胡坐をかいて座り込む――アルカードは首元に鼻面を近づけて匂いを嗅いでくる犬の体を抱き寄せ、
「なにかあるのか?」
「ああ――忠信さんと一緒に出かけるんだ」
「忠信さんと? 飲み会でもやるのか?」 という質問に、適当にかぶりを振る。
「違う――池上さんに工場を開けてもらって、忠信さんのトミーカイラZZを修理して車検に持っていくんだよ」
 ああ、と納得の声をあげて、フリドリッヒが天井を見上げた。
「とうとう持って帰るのか」
「そうらしい――池上さんにはもう話を通してあるみたいでな」
「とみーかいら、ですか?」 尋ね返してくるフィオレンティーナにうなずいて、アルカードは携帯電話を取り出した。
 ATP製のminiSDカードに保存してあった画像の中から以前に撮影した写真を呼び出し、ディスプレイに表示させてからフィオレンティーナに差し出してやる。
「ほら、左側の赤い車だ」
「……あの人これに乗ってるんですか?」
「長いこと不動車だったんだけどな」 ディスプレイを注視しているフィオレンティーナに、そう答えておく――神城忠信の愛車はトミーカイラZZジー・ジー、すでに倒産してしまったトミタ夢工場という会社が独自ブランドで販売していたオープンスポーツカーだ。モノコックにFRPボディをかぶせて保安部品をくっつけただけという代物で、ヒーターやクーラーといった空調装置はもちろん側面および後部の窓すら無いシンプルな形状のボディはどことなくウーパールーパーを連想させる。
 警察を辞したあと事業が軌道に乗るまでと東京に置いてあったのだが、今回地元に戻ってきたのを好機と持ち帰ることにしたらしい――数年間ほったらかしにされていたのでとうの昔に車検は切れ、ゴム部品もことごとく傷んで使い物にならないので、修理と再度の車検が必要なのだ。
 今回の帰省で車を持ち帰ること自体は出発前にすでに決めていたらしく、ブレーキパッドやベルト、ブーツといった補修用の各種部品に加えて高輝度放電式ディスチャージヘッドライトの後づけコンバートキットやLED電球もすでに手配済みらしい――どうも人手があるので、ここぞとばかりにいろいろ手を入れるつもりの様だった。
 池上と忠信は旧知の間柄なので、池上が盆休み中の工場を特別に開けて、車検向けの整備を引き受けてくれることになっている――アルカードはそれを手伝いに行って忠信と三人で車輌を仕上げ、巧くいけば明日中に忠信とふたりで車検場に行くことになっていた。
「エンジンは大丈夫なのか?」
「エンジン内部は大丈夫なはずだ――俺が実費をもらって時々エンジンオイルを交換したり、冷却水クーラントを換えたりしてたから。エンジン自体は錆びたりはしてないと思う」
「それで、その忠信さんの車検にアルカードもつきあうんですか?」 フィオレンティーナの質問に、アルカードはかぶりを振った。
「否、俺には俺の用事があってな――店の車を車検に持ってかないといけないんだよ」
 そう返事をすると、フリドリッヒが思いついた様に口を挟んできた。
「盆休み中でも開いてるのか? 検査場」
「ああ、ああいうのは公的機関で暦通りに運営してるから、いわゆる大型休暇ってのは無いんだ――だから受検時期が盆休みの期間とかぶる七月下旬から九月上旬までの間に登録された車両だと、ユーザー車検がいろいろ捗る。業者が軒並み休暇に入ってて、空いてるしな」 まあ人手も少ないけどな――そう続けると、それまでウドンを滅茶苦茶に撫で回していたリディアが横から口をはさんできた。
「ああ、さっきそんなこと言ってましたね」
 アルカードはうなずいて、
「そうそう、それだ――まああのライトエースは、それを狙って買ったわけじゃないんだけどな。たまたまだ」
 手配をしたのは俺だけど、別に俺が金を出して買ったわけじゃないしな――アルカードはそう続けて、ソバの体を床に降ろしてやった。ちっちっと舌を鳴らしているリディアのほうに、ソバがパタパタと駆けてゆく。入れ替わりにこちらにかけてくるウドンの体を抱き上げて、膝の上でお腹をさすってやりながら、
「まあそんなわけで明日は無理だ。なんとか明日の午前中だけで全部終わらせないと、ほら、明日金曜日だろ? 土日は検査場が開いてないから、逃すと月曜になっちまう」 忠信さん、土日を使って帰るつもりだって言ってたからな――そう続ける。
「今日は駄目だったのか?」
「池上さんの予定がな――忠信さんは今日は出かけるって言ってたしな」 アルカードはそう返事をしてから、じたばたと暴れるウドンの体を床に放してやった。膝に前肢をかけて尻尾を振っている犬の頭を撫でてやりながら、
「まあそんなわけで、今日は動きが取れなかったのさ――だから明日根を詰めるしかない」
「ま、それは仕方無いな――忠信さんが帰るまでに終わらせないといけないもんな」
「そういうことだ」
 ふむ、と声をあげて、フリドリッヒが立ち上がる。
「お茶もらっていいか?」
「ああ」 フリドリッヒはアルカードの返事を待ってキッチンに足を踏み入れながら、
「HIDとかLED電球って高いのか?」 その質問に、アルカードはちょっと考え込んだ。ジープ・ラングラーとマスタングのヘッドライトと各種燈火類をそれぞれHIDとLEDに換装コンバートしたときのことを思い出しながら、
「HIDか? 下は八千円から上は五万円までピンキリだ――LED電球は、まあ一個四千円くらいかな? ものによる」
「買う価値あるかな?」コップに烏龍茶を注いでいるのだろう、こぽこぽという音が聞こえてくる――それを聞きながら、アルカードはそちらに視線を向けた。
「財布が追いつくならな――別に交換しなけりゃ死んじまうわけでなし、選択肢としては後回しにしていいだろう」 そう返事を返して、じゃれついてくるウドンの体を抱き上げる。
「そうか」 キッチンの入り口で壁にもたれかかって烏龍茶を干し、フリドリッヒはそんな返事を返した。
「ところで、あんたがさっき言ってた様な工具のセットって、いくらくらいするんだ?」
「値段のことか?」
「ああ」
「悪いが、俺はセットで買ったことが無いからわからない――こないだ工具屋の通販で見た京都機械のやつは、四万円くらいだった」 そう答えてやると、フリドリッヒが考え込む様な声を漏らした。
「四万か。高いな」
「まあ、でも単品で買いそろえるのに比べるとかなりお買い得よ?」 フォローする様にそう言ってやると、フリドリッヒはうなずいた。
「どこの工具屋?」 という質問に、先ほど届いたラチェットハンドルを買った工具屋の名前を告げておく。
「それ、ネット通販か?」
「ああ」 と返事をすると、パソコンと致命的に相性の悪いフリドリッヒはちょっと考え込んで、
「代金を払うから、代理で買ってくれないか?」
 という発言に、アルカードはうなずいた。
「予算は?」
「五万円――で、足りるよな? あんたの目で見て不足なものがあると思ったら、それも追加しといてくれ。予算の範囲内で」
「ま、よほど変わったことやらなければ、その予算で十分だと思うぞ――わかった、まあ先に内訳は教える」
「頼む」 そう言ってから、キッチンから出てきたフリドリッヒは壁に掛けたブライトリングの掛け時計に視線を向けた。
「悪い、そろそろ帰るよ。世話になった」
「ああ」 足元にじゃれついてくるソバの頭を撫でてやってから、フリドリッヒが手を振って部屋から出ていく。玄関まで出たところで、サンダルを履いたフリドリッヒが扉を閉めた。
「あ、じゃあわたしたちもそろそろ」 痛み止めの効果が薄れてきたのか足首に手を添えて顔を顰めているリディアを気にしながら、パオラがそう言ってくる。
「ああ、そうだな。もうそろそろ、いい時間だろう」 アルカードはそう返事をして、パオラとフィオレンティーナがまとめた食器を受け取った。キッチンのシンクに食器を置いてから、
「あとはもういい。俺がやるよ。リディアのほうを頼む」
「あ、はい」 うなずいて、パオラはリディアが出ていきやすい様にリビングの扉を開けた。
「ありがとうございました、アルカード。それと、今日は一日潰しちゃってごめんなさい」 リビングの入口のところで壁に手を突いてそう声をかけてくるリディアに、アルカードは軽く手を振った。
「否、こちらこそつきあってくれてありがとう――楽しかったよ」
「はい、わたしもです」 アルカードの返答に口元を緩め、リディアがフィオレンティーナに付き添われてリビングから出ていく。彼女たちが辞するのを待って、パオラも玄関に出ていった。
 パオラはサンダルを履いてからこちらに向き直り、
「じゃあ失礼します。ご馳走様でした」
「ああ、つきあってくれてありがとう」
「いえ――こちらこそ。それじゃまた明日」 微笑んでそう返事を返し、パオラが玄関の扉を閉める。
 一気に静かになった部屋の中で、アルカードは軽く息をついた。どことなく寂寥感を感じるのは、なんだかんだで常に誰かが自分の生活圏にいるという生活に慣れてきたせいだろうか。
 足元に寄ってくる犬たちの頭を撫でてやり、リビングに戻る――なんだかんだで手早く片づけていったので、リビングはそこまで散らかってはいなかった。
 洗い物は放置して、ソファに腰を下ろす――アルカードは足元に寄ってきて臑にしがみついているテンプラの体を抱き上げて、ソファの上に降ろしてやった。
 ソファの前に積み上げた月マ●を踏み台代わりにソファの上に飛び乗ってきたソバとウドンが、アルカードのそばに寄り添う様にしてじゃれついてくる。
 アルカードはふっと表情を緩めて、すり寄ってくる犬たちの体を軽く抱き寄せた。

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