徒然なるままに修羅の旅路

祝……大ベルセルク展が大阪ひらかたパークで開催決定キター! 
悲……大阪ナイフショーは完全中止になりました。滅べ疫病神

Vampire and Exorcist 5

2014年09月30日 07時18分32秒 | Nosferatu Blood
 
   *
 
 ぽーん、と壁にかけられた時計が時報を鳴らす。時計を見遣ると、ちょうど八時になったところだった。
 からぁん、と音を立てて店の入り口の扉につけられた鐘が鳴る。
「いらっしゃいませ」 アルカードがそちらを振り返って声をかけ――相手の顔を確認して微笑んだ。
「こんばんは」
 入ってきたのはTシャツにジーンズを穿いた三十すぎの男だった。十歳くらいの小柄な女の子と、同年代の綺麗な女性を連れている。彼はアルカードの姿を認めると、気安い仕草で片手を挙げた。
「よう、久しぶり――まだいけるかい?」
「ええ、どうぞどうぞ――や、美由紀ちゃんこんばんは。元気?」 腰をかがめて女の子に話しかけると、美由紀と呼ばれた女の子は耳まで真っ赤にして父親の後ろに隠れてしまった。アルカードはそれを見てくすりと笑い、
「さ、どうぞ」 言いながら、彼を席に案内する――ほとんど客のいなくなった店で、彼は男を一番いい席に連れて行った。
「どうだい、モンスターの調子は」
「いい感じですね、さすが池上さん」 献立表を見ながらの男の言葉に、アルカードはそう言って笑った。
「セッティングもいい感じに煮詰まってきましたし、そろそろ本格的に詰めてみてもいい頃でしょうね」
「相変わらずだねぇ」
 男はそう言って笑うと、お冷を運んでいったフィオレンティーナに視線を向けた。
「お? しばらく来ねぇうちに可愛い子が入ってるじゃねぇか」
 そう言って、男が軽く手を振ってみせる――左手の小指が無いのに気づいたとき、アルカードが声をかけてきた。
「池上さんだ――奥さんの綾さんと、娘さんの美由紀ちゃん。うちの店の車とか、それに俺の車やバイクも面倒見てもらってる」
「場所と機械使いに来てるだけじゃねぇか。なんでも自分でこなしちまうから、おまえさんが工場来ても仕事が増えねえんだよ」 池上が混ぜっ返し、ふたりは仲よさそうにはっはっと笑った。
 アルカードはオーダーを通してからも、立ち去らずにその場に留まっている――どのみち彼らしか客がいないので、それは別にかまわないのだが。
 話している内容はほとんど意味が掴めなかったが、断片的に聞こえてくる内容から察するに、店で使っている車の不具合についてなにやら言葉を交わしているらしい。
「ところで池上さん――うちの店のライトエースのブレーキパッドがそろそろ寿命みたいでして。注文しといてもらえませんか?」
「あー、いいよ。同じ型のやつをほかの客から注文されてたんだが、事故って廃車になったやつがまだ残ってんだ。それでよけりゃすぐに出せるぜ」
「ありがたいですね。明日にでももらいに行っていいですか?」
「ああ、なんならこのあと仕事が終わってからでもかまわねぇぜ」
「本当ですか? 明日の午前中、俺休みなんですよ――それなら朝イチで終わらせて、のんびり出来ますね」
 先ほど出ていった食事客が座っていたテーブルのテーブルクロスを取り換えながらアルカードのほうに視線を戻すと、池上がアルカードのほうに身を乗り出したところだった。
「ところでアルカードよ、一ヵ月後の日曜空いてるか?」
「? 空けることは出来ますけど」
「ヒストリックカーのヒルクライムの大会があってな、おまえさんも参加しねぇか? 俺の昔の連れが主催してんだけどよ、折角だからもう少し人数ほしいんだわ」
 それを聞いて、アルカードが笑う。
「池上さんも427コブラで参加ですか? てことは青山さんのGT500と、河原さんのスピットもですね。津崎さんは――あの人来れますかね? 久しぶりに津崎さんのエラン見てみたいけど。でも、俺の車はヒストリックじゃないですよ」
「いいっていいって。いくら現代モンでも、あれだけいじったムスタングなら十分許容範囲だからよ」 そう言って、池上がパタパタと手を振って見せる。何度か乗ったことがあるから知っているのだが、アルカードの私有車は最新型のフォード・マスタングで、ナンバープレートだけ取りはずせばそのままレースにも出られそうな代物だ。
「ならよかった――面白そうじゃないですか、わかりました。ご一緒させてもらいます、あとで詳しいことを教えてください」
「オーケーオーケー、あとでな」
 そんな会話を交わしてから、アルカードは話を切り上げて踵を返して歩き出した。
 
   *
 
 案内された宿舎も古びた外見からは考えられないくらい、手入れの行き届いた綺麗な施設だった――煉瓦が剥き出しになったリビングの壁に設えられた煤の回った暖炉や使い込まれた年代物のテーブル、それにおそらくフィオレンティーナが生まれるよりも前からこのリビングにあるに違い無い巨大なアンティーク調の置時計が、奇妙な居心地の良さをもたらしている。
 きっと自分より年上であろうテーブルを囲む椅子のひとつに、ヤナギダ司祭が腰掛けていた――その背後に立ったシスター・マイが、彼の頭に手馴れた仕草で包帯を巻きつけている。
 足元には数人の子供たち。
 妙に人懐こいその子供たちが彼女の荷物をもぎ取って、彼女のために用意された部屋へと彼女の法衣の裾を掴んで引っ張っていく。その光景を、ヤナギダ司祭とシスター・マイがかすかな苦笑を浮かべながら眺めていた。
 見たところ小さい子は八歳、大きい子でも十歳くらいだろう――フィオレンティーナの踝まである法衣の裾を容赦無く引っ張って、廊下をずんずん進んでいく。
 スカートの裾を引っ張られていることに対して抗議の声をあげようとして、フィオレンティーナは一番小さな男の子の首筋に酷い火傷の跡が残っているのに気づいた。
 松明の様な物を押しつけられでもしないかぎり、そうはならないだろう――襟から覗いている首筋の背中側はケロイド状になった火傷の痕跡に覆われ、綺麗な皮膚は残っていない。
 火傷がかなり広範囲に広がっているのを示すかの様に後頭部の一部にも火傷の痕跡が及び、馬の蹄状に頭髪が生えていなかった。
 自分の家族から虐待を受けていた――シスター・マイはそう言った。
 おそらくその通りなのだろう――襟から除いているその傷跡は、よほどの事故か明らかな悪意によるものかのどちらかだ。
「酷い傷跡でしょう?」 口を開いたのは、フィオレンティーナのあとをついてきていた黒髪の少女だった。十四歳くらいだろうか、子供たちの中では一番年上で、だからなのか妙に大人びた雰囲気を漂わせている。
 彼女はフィオレンティーナが日本語に明るくないことがわかっているのか、それとも外国人だからとりあえずそうしているのか、平易な言葉を選んでゆっくりとした口調で、
「あの子、ケンっていうんですけど。お父さんが家を出て行ってから、お母さんがあの子に酷い暴力を振るってたんだそうです。棒で殴ったり、車のトランクに閉じ込めたり」
 その言葉に、フィオレンティーナはケンに向けた視線を少女のほうに戻した。
「あの火傷は裸にされて、背中に焼いたフライパンを押しつけられたんだって、警察の人が言ってました。保護されたときはほとんど死にかけの状態で、生きてるのが不思議なくらいだったそうです。ここに来たときも、すごく弱ってて、回復してもほとんど口も利けなくて、ずっとひとりで部屋に閉じこもってました」
 少女の日本語はフィオレンティーナにはいささかわかりづらいものだったが、それでも意味は類推出来た――つまるところ、人でなしの親にあんな目に遭わされたのだ。
 ケンといったか、その子が法衣の裾を掴んだままで振り返る。こちらと視線が合うと、少年は屈託笑ってみせた。
「はい、ここがお姉ちゃんの部屋だよ!」 そう言って、別の男の子が部屋のひとつの扉を開ける。
 フィオレンティーナより先に入った女の子が壁に手を伸ばし、部屋の照明を点けてくれた。
「電気のスイッチはここです――今は必要無いですけど」 言いながら照明のスイッチを再び切った女の子の言葉通り、特に照明は必要無かった――南向きで日当たりのいいその部屋は、照明など無くても十分に明るかった。
 入って右側には木製のフレームで組んだ簡素なベッド、左側には年季の入った机が置いてある。ことごとく古いものだが手入れは行き届いているらしく、埃のひとつも落ちていない。
 毛足の短い絨毯の敷き詰められた床は、絨毯が薄いせいもあってかなり固い。それは彼女の好みだった――そのほうが動きやすい。
 部屋の片隅には十五インチくらいの液晶テレビが置いてある――彼女が来るのにあわせて用意したのか、それとももともとあったのか。いずれにせよ、この部屋の雰囲気にはSHARPの液晶テレビはかなり不釣合いだといえた。
 机の隣に小さな一ドアの冷蔵庫と、壁にはエアコンが設置されている――今の時期ならまだ必要無いだろうが。
 ケンと呼ばれていたあの子が窓を開けると、心地いい風が吹き込んできた。短く切った黒髪を、優しい風が撫でていく。
 男の子のひとりが、彼女の荷物をベッドのそばに置いた。
「ありがとうございます」 声をかけると、年長らしいその男の子はなにも言わずにこちらを振り返り、にかっと笑ってみせた。
 なぜ黙っているのかといぶかしんだとき、先ほどの女の子が横から声をかけてきた。
「あの、お姉さん。気にしないでください、あの子は口が利けないんです」
「口が利けない――しゃべれないんですか?」
「はい。生まれつきだそうです」
 そう言って、少女は小さく微笑んでみせた。
「それと、わたしの名前は智慧です、八重草智慧。よろしくお願いします」
「チエさん、ですね。わたしはフィオレンティーナです」 そう言って、フィオレンティーナは子供たちを見回した。
「よろしく、みなさん」
 そう言って若干ぎこちない微笑を浮かべてみせると、子供たちが大きな歓声をあげた。それを制するように、智慧がパンパンと手を叩いてみせる。
「ほらほら、騒がしくしないの。お姉さんは長いこと飛行機に乗って疲れてるんだから。じゃあどうぞ、ごゆっくり――晩御飯の時間になったら呼びに来ますから、それまで休んでてください」
 子供たちを連れて智慧が出て行き、ひとり部屋の中に残されたフィオレンティーナはベッドに腰を下ろして小さく溜め息をついた。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« Vampire and Exorcist 4 | トップ | Vampire and Exorcist 6 »

コメントを投稿

Nosferatu Blood」カテゴリの最新記事