徒然なるままに修羅の旅路

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悲……大阪ナイフショーは完全中止になりました。滅べ疫病神

Long Day Long Night 24

2016年09月05日 22時27分40秒 | Nosferatu Blood
 
   *
 
 折から吹き抜けていった潮の匂いのする風が髪を揺らし、頬を優しく撫でてゆく。頭上の小さな屋根が日差しを遮って、まだ緩む気配の無い暑さを多少は和らげている。そんな昼下がり――
「アルカード……笑いすぎです」
 簀子状の細い板を座面と背もたれにした、道路の中央分離柵に背中合わせにしつらえられたベンチのひとつに腰かけて、フィオレンティーナは隣に腰を下ろしたアルカードにそう声をかけた――金髪の吸血鬼は笑いすぎて咳き込みながらこちらに視線を向け、
「そ、そうかな?」
「ええ」 腕組みしてそう言ってやると、アルカードは笑いながらかぶりを振った――笑いすぎて手にしたプラスティックのカップ入りのオレンジジュースを手にこぼす有様で、先程からメインストリートを通り過ぎていく観光客が物珍しげにこちらを見ている。正直ちょっと離れたい。
 まあ、笑いたくなる気持ちもわからないでもない――神城家で振る舞われようとした西瓜だが、出された西瓜を割ってみると、バレーボール大の西瓜のうち、果肉の部分が中心に近い部分、ボールで例えると野球ボールくらいの大きさしかなかったのだ。
 まるで地球の断面図を見ているかの様だった――それが笑いのツボに入ったのか、アルカードは神城家を出たあとも笑いが止まらないらしい。
 まあ男衆は全員笑い転げていたので、失礼にはならないだろうが。そのあとすぐに西瓜の皮の漬物の作り方の話に転じていたので、まあ切り替えの早い性格の人たちらしい。
「ところで――」 結局まだ笑っているアルカードに完全に向き直って、フィオレンティーナは問いを発した。
「ソバちゃんたちを置いてきても大丈夫なんですか?」
「まあ、あとで迎えに行くから別にいいよ」 吹き抜けていった風で乱れた髪を掻き上げて、吸血鬼がそう答えてくる。彼は毛先が目に入ったのか顔を顰めながら、
「あそこの人たちは犬の扱いには慣れてるからね」
「貴方もあの家にいたほうがよかったんじゃないですか」 フィオレンティーナの言葉に、アルカードはかぶりを振った。ソバたち三匹の犬たちは、アルカードたちが出掛けている間神城家に預けられている。陽輔たちも一緒に出てきているので、今豆腐屋には彼女たちの知っている人は誰もいない。知らない家に知っている人がひとりもいない状況というのもどうかと思うのだが、飼い主本人は別段気にしていない様だった。
「爺さんから蘭ちゃんと凛ちゃんの遊興費と称して、いくらか金を預かっててな――それに祖父母も両親も同行してない今の状況だと、預かってる俺が保護責任者だし」
「ああ」 出かけ際に蘭がアルカードに封筒を渡していたのを思い出して、フィオレンティーナはうなずいた。
「そんなわけで、一応同行はしておかないとな――君たちを信用してないわけじゃないが、爺さんから頼まれたのは俺であって君たちじゃない」 アルカードはそう言ってから、フィオレンティーナの肩を軽く叩いた。
 もっともパオラやリディア、それに後から合流したアンたち大学生四人組が付き添っているので、アルカード自身は子供たちに甲斐甲斐しく付き添う気は無いらしい――彼は興味津々といったていで土産物屋の軒先を冷やかしているパオラとリディアのほうを指で指し示して、
「君も行ってきたらどうだ」
「そうですね。でも、なんだか陽射しが強すぎて」 吸血鬼化したせいでしょうか? 周りを気にしてラテン語で口にしたその言葉に、アルカードが首をすくめる。
「どうだろう――長靴・・とは気象の条件が違うから、そのせいかもな」
 その返事に、フィオレンティーナはちょっと口元を緩めた。長靴というのは、片っぽの長靴Lo Stivaleのことだろう。まるでブーツの片割れロ・スティヴァーレの様に見える、イタリアの半島国土のことだ。
「気象といえば、また颱風が発生したって言ってませんでした?」
「ああ、天気予報か」 ラウンドした形状の背凭れに体重を預けて脚を組み、アルカードはうなずいた。
 昨夜の話だが、南のほうでまた大規模な颱風が発生したらしい。おそらくカントー地方は直接の影響は受けないだろうという予報と、それにすでにキャンセルも効かない時期だということで、旅行自体は決行したのだが。
「帰りの船、大丈夫でしょうか」
 その質問に、アルカードがこちらに視線を向けるのが気配でわかった。
「たぶん大丈夫だろう――仮に颱風がこっちに来ても、少なくとも帰るころにはもう通り過ぎてるよ」
「ならいいですけど――でも颱風が来たら、遊ぶ時間が減っちゃいますね」
「そうだな」 フィオレンティーナの言葉に、アルカードが小さくうなずく。
「まあ少なくとも、海水浴は出来なくなるな」 ちょっと楽しみにしてたんだが、というアルカードの言葉に、
「アルカードは泳がないって、旅館で聞きましたけど」
「ああ、海水に浸かると不純物のせいか、左腕の擬態の機能に支障が出るからね」 翳した左手首を回転させながら掌を開いたり閉じたりして、アルカードがそう返事をする。
「それ以外の影響は受けないから、戦闘に支障が出たりするわけじゃないんだけどな。ただ、俺が楽しみにしてるのは君たちの水着姿であって、別に自分が泳ぐことじゃない」
 口を開きかけたフィオレンティーナの視線の棘を追い払う様に適当に手を振って、アルカードが首をすくめる。
「冗談だからそんな怖い顔するなって――そんなんじゃ海辺でナンパされないぞ」
「されなくてもいいです」 フィオレンティーナの向けた極低温の視線から逃れる様に顔をそむけて、アルカードが手にしたプラスティックのカップに口をつける。中に残った液体を一息で飲みきって、彼は残った氷を足元に棄てた。
 中央分離柵の真下、ちょうど往復の道路の中央に設置されたものらしいグレーチングの排水溝の蓋の網の隙間から、小さな氷が排水溝に落ちてゆく。残った大粒の氷を足で踏み潰してから、アルカードは手近に置かれたゴミ箱に樹脂製のカップを放り込んだ。
「そういえばわたしたちはともかくとして、蘭ちゃんや凛ちゃんはあのおうちに泊まらないんですか?」
「神城さんか? 慣例的に夏場は泊まらないな――海の遊び場から離れてるから」
「じゃあ、冬は?」
「冬は店のメンバーは来ないんだ。ただの子供たちの、実家への帰省だよ」 なのになぜか俺はつきあってる――そんなふうにアルカードが続ける。
「じゃあ、アルカードはどうして?」
「主な仕事は運転手だ――今回と一緒だよ。あとは十郎さんが気に入ってくれたみたいでな。運転手ついでに招かれてる――まあ悪くない旅行ではある」
「そうなんですか?」
「ああ、冬場のこの島は鍋が旨いんだ」
「なべ?」
「ああ」 アルカードはそこでいったん言葉を切って、どう説明すべきか迷ったのだろう、ちょっと考え込んでから、よさそうなものを見つけたらしい――ちょっと離れたところの土産物屋の軒先に置かれた、耳の様な形をした取っ手のついた蓋つきの大きな陶器の鍋を指差して、
「ああいう鍋で――土鍋っていうんだが――具材を出汁で煮込むやつな」
「ああ」 パオラとリディアがテレビで見ていた日本の紹介番組で、冬の定番メニューとかで出ていたあれのことか。
 その内容を覚えているだけ話すと、金髪の吸血鬼はうなずいた。
「そう、それだ。あとは鋤焼きでもいいけど、本土で手に入るものに比べて食材の一部の質が飛びきりいいからな」
 そう続けてくる吸血鬼に、小さくうなずいて相槌を打っておく。くだんの番組でずいぶんと小さく切られた白い食材――今思えばそれが豆腐だったのだろうが――が煮られていたから、アルカードが言っているのはたぶんそれのことだろう。
 西瓜が残念なことになってしょげていた子供たちを宥めるために、十郎がこの時期限定だという柚子豆腐を振る舞い、フィオレンティーナも相伴にあずかったのだが――たしかにそこらのスーパーで買ったものよりも断然味がよかった。
「それは一度食べてみたいですね」
「君たちが冬までこっちにいたら、そうだな、神城さんのところから大量に豆腐を取り寄せて鍋料理でもしてみるか――猪鍋っぽいのでもいいな」
「夏場だとダメなんですか、それ」 帰ったら作ってみようかとか思いながらそう尋ねると、
「夏場に冬野菜はな――やはり野菜は旬の時期がいい」 そう返事をしてから、アルカードは小さく欠伸をした。
 あとぶっちゃけ暑いしな――そんなことを付け足してくる。
 早朝からの長距離運転のせいで、やはり疲れているのだろう――体力的には無尽蔵に近いロイヤルクラシックではあるが、脳は人間のそれとさほど変わらない。休眠も必要だし、生理機能の調整や高度視覚、鋭敏化した五感など、入力される情報量が極端に増えるためにむしろ脳にかかる負担は大きくなる。身近にいるから知っているが、この吸血鬼はなにも用事の無いときは部屋で寝ていることも多い。
 とりあえずそのまま話を続けたらお腹が空きそうだったので話題を変えることにして、フィオレンティーナは小首をかしげた。
「ところで――」 いつも通りの格好のアルカードを横目に見ながら、
「暑くないんですか?」
「ん? ずるしてるから、大丈夫」 アルカードがそう返事をしてついと手を伸ばし、膝の横に置いていたフィオレンティーナの右手に右手で触れる。彼の指先が彼女の触れた途端、日陰でも肌に汗をにじませるむしむしとした熱気が消えて失せた。まるで程よく弱冷の空調がかかっている室内でくつろいでいるときの様に、湿気も熱気も感じられなくなる。
 非常に快適な空間は、アルカードが指先に触れていたアルカードの手が離れると同時に雲散霧消した――伸ばしていた手を引き戻したアルカードが、崩れた姿勢を直す。
「『帷子』ですか」
「ああ」 アルカードが小さくうなずく。自分の周囲を魔力で造った膜の様なもので覆い、その内側の温度を調整して快適な環境を作り出す能力で、ロイヤルクラシック特有のものだ。ただ温度を調整するだけでなく周囲のガスを分解して呼吸に必要なガスを抽出する、一定以下の質量の物体を遮断したり炎を遮断したりと、非常に有用な能力である。このため『帷子』は一種の防護服の様な役割を果たして、生身の人間では到底活動不可能な極限環境での活動も可能にする。
 便利な能力だ。吸血鬼は憎むべき旧敵ではあるが、彼らが持つ特殊能力の中には日常を快適に過ごすのに実に有用なものもあって、たまにうらやましくなる――上司たちにはとても言えないが、たぶんアルカードが直接教えた弟子たちの中には似た様なことを考えている者もいるだろう。すでに亡くなってしまったが、リッチー・ブラックモアあたりはいかにも考えていそうだ。
「実に便利な能力だぞ――戦闘に有用なばかりでなく、ひとりでいるぶんには冷房も暖房も要らないし、なにより手に持った飲み物がぬるくならない」 戦闘時のメリットよりもビールの冷え具合を優先するあたりが、いかにも彼らしい。
「まあ、あいつらを飼う様になってからはあまり使わなくなったけどな――『帷子』は自分以外の生き物を取り込むことも出来るが、相手の肉体の表面に素肌で直接触らないといけないから」 つまり服の上から触るのでは駄目だということか――だからいきなり肌に直接指先で触れてきたのだ。
「リードも駄目だ。あくまで相手の体の一部、髪の毛とかの体毛でもいいから、生体の一部に直接こっちも露出した体の一部分で触らなくちゃならん」 まるでこっちの心理を読んだかの様にそう言ってから、アルカードは左手を翳して掌を開いたり閉じたりしながら、だから左手も駄目、と続けた。だから右隣に座っているのに、わざわざ体をひねって右手で触ってきたのだろう。
「アルカード、フィオお姉ちゃーん」 口を開きかけたところで呼びかけられて、フィオレンティーナはそちらに視線を向けた。少し離れたところの土産物屋から顔を出した蘭が、パタパタと手を振ってこちらを呼んでいる。
「はい、今行きますよ」 フィオレンティーナがそう答えて立ち上がるのに合わせて、アルカードも立ち上がった。日陰から出るとまだ高い太陽の光と一緒に、頭上から熱が降り注いでくる。
「ところで、このあとどうするんですか?」 歩きながら尋ねると、
「蘭ちゃんたちが洞窟に行きたがってるから、それに行こうと思う――君たちは任せるよ。もしこっちに残るなら、周回無料バスの乗り場を教えておくから、もし先に戻りたい様なら先に戻ってくれればいい」 アルカードの科白が終わったあたりで蘭たちの入っている店にたどり着き、フィオレンティーナは店内に足を踏み入れた。冷房を効かせるための引き戸が、背後で小さな音を立てて閉まる。
 屋根の下に入って太陽の光が遮られ、フィオレンティーナはほっとした――あとから入ってきたアルカードが、竹細工を手に近づいてきた凛のそばにかがみこんで、
「なにかいいものあった?」
「これー」 と差し出したのは、竹と木と布で作った案山子の様な人形だった。足の部分がピンのように細くなっていて、足の先端よりも低い位置にある両腕の先端に取りつけられた錘とのバランスで直立する様になっているらしい。
 傾けたりすると起き上がる玩具の一種なのだろう――名前をなんというのかはわからない。
「誰かのお土産にする?」
「蘭のお部屋に置くの」 お友達のお土産はお菓子、と蘭が続けたので、アルカードはうなずいて立ち上がった。
「そう――じゃあ買って帰る?」
「うん」 蘭がうなずくのを確認して、アルカードは凛に視線を向けた。こちらはあまり気に入ったものは無いらしく、中央分離柵をはさんだ反対側にある硝子細工の店のほうにちらちらと視線を向けている。
「凛ちゃん、あっちの店に行ってみる?」
「うん」 その質問に、凛が勢いよく首を縦に振る――アルカードはうなずいて、
「じゃあ、蘭ちゃんのやじろべえを買ったらそっちに行こうか」
 どうやらあの玩具はやじろべえというらしい――アルカードは手を伸ばして陳列棚の硝子の天板の上に置かれた玩具の台座を手に取った。形状はばらばらだがほかのやじろべえはみんなそれと同じ台座に置かれているので、台座もワンセットの商品なのだろう――やじろべえはそのままだとどう頑張っても自立しないので、台座が必要になるのだろう。おそらくあの形状からするとピンの様に細い足の部分を支持すれば直立するのだろうが、両腕の錘のほうが足の先端より低い位置になるからだ。
 アルカードは台座を蘭に手渡すと、彼女を促してふたりでレジカウンターのほうに歩いていった。

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