徒然なるままに修羅の旅路

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Long Day Long Night 28

2016年09月13日 22時14分33秒 | Nosferatu Blood
「……パオラ? リディア?」 フィオレンティーナが友人ふたりの名前を呼んでも、どこからも答えは返らない。
 舌打ちを漏らして、アルカードが蘭と凛に向かって手招きした。彼はかがみこんでふたりに目線を合わせ、
「蘭ちゃん、凛ちゃん――いいかい? すまないが、ふたりでこの洞窟から出てほしい。帰り道はわかるね?」
「うん」 普段とは違う真面目な口調のアルカードの言葉に、子供たちが困惑の表情を浮かべながらもうなずいてみせる。アルカードもうなずいて、
「パオラとリディア、それに先に入った三人も探さなくちゃいけない――まだ正体はわからないけど、ここには人間に敵対的な怪物が巣食ってる。リディアとパオラはそれに襲われたんだ――見つけ出してやらないと」 言いながら、アルカードは蘭の手を取った。自分の小指の腹を歯で噛んで皮膚を噛み破り、傷口からにじみ出た血で彼女の手の甲に四角形を描いていく。その四角の中に五芒星の星型、五芒星と四角の間の五ヶ所の余白にそれぞれ小さく記号を描き込んで、星の中心にも記号を描き込んでから、アルカードは凛の手を取って彼女の手の甲にも同じ様に『刻印』を施した。
 完成した刻印が魔力を流し込まれて、一瞬だけぽうっとまばゆく輝く。それを確認して、アルカードはふたりの肩に手をかけた。
「いいかい、ここから外に出て、羽場のお爺さんに神城さんの家に電話してもらって。陽輔君に迎えに来てもらって、豆腐屋さんに先に戻ってて――羽場さんには、俺が戻るまで客を洞窟に近づけない様に伝えてほしい」
 ふたりがうなずくのを確認して、アルカードは蘭と凛の頭を順番に撫でた。同時に左手の掌が一時的に擬態を失って水銀の塊の様になり、その中からさっき一度パオラに渡したものらしいフラッシュライトがせり出してくる。アルカードはそれを蘭に持たせて、
「いいかい、この手の甲の模様は、君たちふたりにここにいる怪物が手出し出来なくするためのものだ――これの効果が残ってるうちは、君たちが襲われる危険は無い。一時間や二時間で消えることは無いけれど、ほかの怪物の妖気を浴びると消えるまでの時間が早くなる。だから出来るだけ急いでこの洞窟から出るんだ。いいね?」
「わかった」
「よし、いい子だ。じゃあ行って」 うなずいて、蘭と凛が元来た道を引き返してゆく。
「ふたりで行かせて大丈夫なんですか? それにあれ、『死の刻印』じゃ――」
「そうだよ。俺があの子たちにツバつけてることを、周りの奴らに教えるためのものだ」 フィオレンティーナの言葉に、アルカードがそう返事をして立ち上がる。
 『死の刻印』とは上位の吸血鬼が未吸血の人間、吸血鬼信奉者や自分が定めた獲物に対して描き込むもので、一言で言えばこの人間は自分の獲物であるというマーキングだ。これを施されている人間に対しては、普通吸血鬼を含む魔物たちは敵対を恐れて手を出さない――もちろん、刻印を施した吸血鬼より強い吸血鬼やその配下は平気で手を出してくるだろうが。
 アルカードは今時間をかけて模様を描いていたが、本来は離れたところからも一瞬で描き込めるらしく、またたいした力を持たない霊能者や普通の人間には肉眼では見えなくすることも出来る。
 本来の使い道は獲物に対するマーキングと、いったん刻印を施した相手の現在位置を施術者が把握することが出来るので、吸血鬼が目をつけた獲物を探すのが楽だと聞いたことがある。
「あの刻印が残ってるうちは、ここの敵はあの子たちに間違っても手を出さないだろう」
 『死の刻印』は本来の使い道は獲物に対するマーキング、所有印みたいなものだが、それがある相手に手を出すというのは刻印を施した施術者に対する敵対行為でもある。
 本来は吸血鬼が獲物に印をつける行為だが、アルカードはそれを敵が子供たちに手を出しにくくする、いわば抑止力として使ったのだ。
「そうですね。でもふたりで行かせて大丈夫でしょうか? あの子たちが転んだりして、怪我でもしたら――」
「そうだな。それは仕方無い――このまま連れておくよりはましだ。でも行方不明になることは無いよ。『刻印』があれば俺はふたりの居場所がわかるし、健康状態が悪化すればそれもわかる。好んでやりたくはないが、『刻印』を通してふたりを操ることも出来る――必要は無いから普通はやらないが、相手とテレパシーみたいな遣り取りをすることもな」
 フィオレンティーナの懸念を払拭する様に、アルカードがそう言ってくる――『死の刻印』に関して授業で教わったことはすべてアルカードの受け売りなのだろうが、そこまで便利な代物だとは知らなかった。
「で、あの『刻印』が残ってるうちは、敵は積極的にあの子たちに手は出さないだろう――なにしろ俺だけじゃなく、君にも手を出さなかったんだからな」
 その言葉に、フィオレンティーナはうなずいた。その言葉の意味は、実にわかりやすい――ヴェドゴニヤであるフィオレンティーナはアルカードには到底及ばないものの、生身の人間にすぎないパオラやリディアに比べると魔力強度も戦闘能力も高い。逆に言えば、捕食した獲物の魔力をすすりたい敵にとっては程よい獲物だと言えなくもない――にもかかわらず彼女を攫わなかったのは、敵が現時点ではフィオレンティーナを相手に出来ない可能性があると判断したからだ。
 つまりパオラやリディアはともかく、フィオレンティーナを相手に出来るほどの力は無いのだ――『刻印』を施された蘭や凛を攫えば、アルカードには正確にその居場所がわかる。強烈な妖気を浴びせ続けることで掻き消すことも出来るが、フィオレンティーナに対抗出来るほどの力も無い弱い魔物ではそれもかなうまい。
 したがって、敵が蘭や凛に危害を加えることはまずあり得ない――地上屈指の巨大な力を持つロイヤルクラシックであるアルカードに正面から喧嘩を売る行為であるだけでなく、自分の居場所を明確に教えることになりかねないからだ。
「ただ、まあ――」 酷薄に目を細めて、アルカードがゆっくりと嗤う。彼は足元に転がったままになっていたパオラの靴を拾い上げ、
「ツラを晒す程度の度胸も無いなら、俺の連れに手を出すなんてしなけりゃよかったのにな」
「でも、どうやって探すんですか?」 現実にパオラとリディアはこの場所にいない――先に入った三人同様、痕跡も残さずどこかにいなくなった。攫われたのだとしても、どうやって探せばいいのか――
「一応方法ならいくつもあるよ――まあ手っ取り早いところで、電話してみようか」
 顔を顰めるフィオレンティーナに、アルカードが適当に首をすくめて、
「そんな顔するなよ、別に冗談で言ってるわけじゃないんだぜ――この洞窟の中、見えにくいところにアンテナがあって、携帯電話が通じるしな」 彼はそう言ってから、周りを見回して先を続けた。
「別にパオラとリディアは、どこか遠くにすっ飛ばされたわけじゃない――ふたりはおそらくここ・・いる・・」 世界は別に、目で見て指で触れることの出来るこの世界だけで構成されているわけではない――それとは別に、まるで紙の上に何枚も紙を重ねた様な無数の『層』で構成されており、そこには天使や悪魔といった高位の霊体が棲んでいる。異なる『層』とこの『層』をつなげる『門』とは、両者を隔てる壁に小さな穴が穿たれた状態をいうのだ。
 そして肉体を持ったままでも行き来出来るほど近い・・『層』であれば、大仰な『門』が無くとも移動出来ることがある――アルカードが言うにはおそらく魔物が自分の棲家として作り出した領域セフィラと呼ばれる個別の『層』に、パオラとリディアを引きずり込んだのだろうということだった。
 つまりふたりは姿が見えないだけで、異なる『層』の近い位置にいるのだ――中心に近い位置に印をつけた二枚の紙を重ねると、紙は違っても印は近い位置にある様に。
「で――真面目な話、ごく近い『層』であれば『層』で隔てられてても電話が通じたりするんだよな。場合によっては肉声が聞こえたり、幻みたいな見え方だが姿が見えたりする」
「でも、仮に電話が通じたって、パオラとリディアをこっちに引き戻せるわけでもないんでしょう?」
「電話が通じれば遣り様はあるよ――誰にでも出来るってわけでもないけどな」 俺なら出来る――そんなニュアンスを言外ににじませて、アルカードは携帯電話を取り出した。
 
   *
 
「マリツィカちゃん」 横手から声をかけられて、マリツィカはそちらに視線を向けた。家電量販店の店名の入ったトラックの荷台から冷蔵庫を降ろそうとしていたアルカードが、いったん手を止めてそちらに注意を向ける。
「お義兄さん――どうしてここを?」 マリツィカの問いに、父の運転する車から降りてきた神城恭輔がこちらに歩み寄りながら、
「親父から聞いたんだよ――とりあえず仮住まいを急遽手配したって」
「あ――うん、アルカードがね」 金髪の青年はというと、どちらかというとそちらとウマが合うらしい神城忠信に向かって片手を挙げている。
「家具を仕入れてきたのかい」
「ええ、まあ――ほかの者たちがここに来る前に、ひととおりは使い物になる様にしておかないといけませんからね」 さすがに今日一日では無理でしたが、とアルカードが一軒家の玄関に置かれたベッドに視線を向ける。自分のことはあまり考慮に入れていないのか、両親と姉とマリツィカのぶんで全部で四床のベッドと寝具セットが運び込まれている。
 たださすがに組み立て作業までする時間は無くて、とりあえずは必要な家電品として冷蔵庫と洗濯機、ガスコンロと寝具類をショッピングセンターで買い込み、それをトラックに積んでここまで運んできたのだ。
 一応電気は来ているはずだが、アルカードは家の中の照明を点けようとはしなかった――せっかく掃除してもらったのに蚊の死体がしこたま転がってる家に住みたいか、というのが彼の言い分だが。家の前はお世辞にも照明に富んでいるとは言い難いが、アルカードはまるで苦にしていないのか、小さな段差に躓く様子も無かった。
「お義兄さんはいつこっちに着いたの?」 海外に出張していて帰国もままならなかった義兄を見上げてそう尋ねると、
「つい一時間前だよ――親父に迎えに来てもらったんだ」 恭輔はそう言ってからアルカードに視線を向け、
「親父から聞いたよ――君が俺の嫁さんと娘を火災から助けてくれたんだって?」
「正確には娘だけだ」 立っているものは知己でも使えということか、アルカードがかかえ込んだ冷蔵庫の段ボールのカバーを軽く叩く。トラックに近づいて下で受け取ろうと手を伸ばす恭輔に、
「君の細君は、自力で脱出していたからな」
「そうか――でも娘は助けてくれたんだな。ありがとう」 アルカードはうなずいてその謝辞を受け、恭介が冷蔵庫の下側に手を入れるのを確認して冷蔵庫の筺体をゆっくりと下ろし始めた。
「気にしなくていい――それはともかく、病院には行かなくて大丈夫なのか」
「面会時間がもう終わりだからね――とりあえず電話連絡はしておいたよ」
「そうか」 そう返事を返しながら、アルカードがトラックの荷台から降りてくる。彼は自分が重いほうを持つという意思表示なのかかがみこみながら、
「ところで夕食は?」
「まだだけど」
「よし。じゃあこれが終わったら食事おごるから、とりあえずこのトラックの荷物を家の中に放り込むのを手伝ってくれ」 男手が増えたのは助かった、と言いながら、アルカードが冷蔵庫の下側を持ち上げる。恭輔はそれに合わせて背丈よりも高い冷蔵庫を傾けながら、
「オーケー――今日中に全部設置するのかい」
「否、どうせ住民が病院に入院したままだからな。焦っても意味は無い――とりあえずはあれだ、そこのトラックを電器屋が閉まる前に返しに行かなくちゃいけなくてな」 しゃべりながらもテキパキと、ふたりの男たちが大型家電を運び入れる――新し物好きなのか、それとも大型家電のほうが実はエコなのか、金髪の若者は最新型の高グレードの冷蔵庫と洗濯機を買い込んできていた。
 値段交渉など一切しないしすべて現金払い、合計で百万円を超える支払いをその場でされて目を見開く家電量販店の店員を相手にアルカードが出した要求はひとつだけ。
 かなり遅い時間帯ではあるが、自分で持ち帰るためのトラックを借り出すことだった。
 当日中にトラックを返却することを条件として店側はその要求を即座に了承し、ふたりは到底一度には運びきれない量の荷物の一部をトラックに積み込んでここまで運んできた。積みきれずに残った家電品や家具類は、翌朝あらためて取りに行くことになっている。
 結果、アルカードは借り出したトラックに満載された家電品やその他の品物を、とりあえず家の中に運び込む作業にひとりで従事していたのだ――力仕事には役に立たないからだろう、彼はマリツィカに手伝いを要求したりはしなかった。代わりに彼女はアルカードが持っていたやたらと明るい懐中電燈を与えられて、足元や障害物を照らしたり、躓きそうなものを横によける仕事を命じられている――もっとも相当に夜目が利くのか、アルカードは懐中電燈があっても無くても関係無く作業に支障は無さそうな感じではあった。
 洗濯機はあとでということなのか、横倒しにした冷蔵庫をダイニングの掃き出し窓から運び込み、割と息の合った動きでキッチンまで運んでいく。忠信は樹脂テープで括られたガスコンロを取り上げて、窓硝子を取りはずされた掃き出し窓から家の中に入れている。彼は目の前を飛び回る蚊を手で追い払いながら、
「これ、蚊が入るんじゃないか」
「今日はここに泊まらないので別にかまいません。あとで蚊取り線香を置いていきます」 忠信の言葉に、アルカードがそう返事をする。
「あ、そこ、カッターが置いてあるから気をつけてください」 暗闇をものともしないアルカードの注意に、忠信がおっとと声をあげて踏み出しかけた足を引っ込める。マリツィカはアルカードから貸し与えられた懐中電燈で彼らの足元を照らしながら、三人の後ろをついて歩いていった。

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