徒然なるままに修羅の旅路

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悲……大阪ナイフショーは完全中止になりました。滅べ疫病神

Long Day Long Night 29

2016年09月16日 00時54分34秒 | Nosferatu Blood
 
   *
 
「どうかしました?」
「おかしい」 フィオレンティーナの投げかけた問いに、アルカードがそう返事を返している――視線を向けるとアルカードは険しい表情で周りを見回しながら、
「この洞窟はここが最奥部だ――さっきも言ったが、今来たルート以外の出口は無い。先に入ったという、先客三人はどこだ?」
 高度視覚を使って周囲の状況を検索しているのか、吸血鬼の瞳が暗闇の中で金色に輝いている――高度視覚での目視探索はなんの成果も無かったのか、アルカードは岸壁に歩み寄って地面に膝を突くと、左手を水面に近づけた。といっても、ただ跪いただけなので指先は到底水面に届かない。
 見ているとアルカードの左手の指先が変化した――皮膚の質感が失われて液状の水銀の塊の様になり、手首から先全体が膨れ上がってまるで金属の質感を持つ粘土の様な状態に変わる。そのまま水銀の塊が粘液の様に糸を引きながら長く伸びて、錘の様な形状のまま水中に沈んでゆく。
 なにをしているのかはだいたい見当がついた――アルカードの左腕を形成する憤怒の火星Mars of Wrathは本来、それ・・が照射する波動を浴びたものをことごとく原子レベルで分解する煉獄炮フォマルハウト・フレアと呼ばれる兵器を備えた『炮台タレット』で、その照準を正確に行うための様々な高精度センサーの塊だと聞いている。
 そのセンサーの中には、空気などの流体を媒体にして超音波を放射し、その反響を利用して周囲の状況を検索する音響反響定位の機能があるらしい――要はアクティブソナーだが、水中での音響反響定位は空気中のそれに比べて検索範囲も精度も格段に上がるとされている。一説によると、イルカやクジラの音響反響定位は千キロ先のものまで把握出来るという――実際に千キロ先のものまで把握出来るかどうかは別として、水中での超音波はそれくらい遠くまで届くのだ。
 アルカードは今それを使って、先客が水中に転落していないかを確認しているのだろう。
 やがて探査が終わったのか、アルカードはすぐに左腕を水中から引き戻した。まるで不格好な粘土細工の様に膨れ上がった左腕が、徐々に収縮して元の形状を取り戻してゆく。完全に元に戻るより早く、アルカードはピッピッと手首を振って左手についた水滴を振り払った。
「どうでした?」
「誰もいない。少なくともそこの出入口から外に出てから半径五キロ以内の海底に、人間の死体は沈んでない」 アルカードはそう答えて、フィオレンティーナに向かってなにか放って渡した。
 フィオレンティーナが条件反射で手を翳し、それを受け止める――アルカードが放って渡したのは、海水で濡れたプラチナの結婚指輪だった。台座には大小みっつのダイヤモンドが填め込まれていて、足元を照らす弱々しい照明の光でオレンジ色に輝いている――なにしろ耐蝕性の高いプラチナと耐久性の高いダイヤなので、汚れや傷みからいつ沈んだものかを推測するのは難しそうだ。
「あったのはそれだけだ」
「ちょっと、どうするんですかこんなもの」 あわてた様子でそう質問するフィオレンティーナに、
「あとで駐在さんのところにでも持っていくか――どうせ持ち主なんぞとっくに帰ってるだろうし、もらってもいいだろうが」 そこらへんはあまり気にしないたちなのか適当に肩をすくめ、アルカードが売れば旨いもん食えるぞ、と続ける。それもどうかと思うが。
「それじゃねこばばじゃないですか」
「じゃあ駐在所に持っていこう――もしかしたら先客は若気の至りで入り江から泳いで外に出て、とっくに陸に上がってるのかもしれないしな」 そう答えて、アルカードはフィオレンティーナの手の中から指輪を取り上げた。それをポケットに入れながら歩き出したアルカードのあとを追い、フィオレンティーナが足を踏み出す。アルカードは肩越しに振り返って、
「ついてこなくていいぞ。羽場さんに電話するだけ――」 だけだから、と言いかけたところで、アルカードがフィオレンティーナに向けて口にしかけたその言葉が唐突に途切れる。
 背筋が粟立つ様な奇妙な違和感とともに平衡感覚が狂い、同時に一瞬ではあったが視界がふっと暗くなって、パオラはその場で踏鞴を踏んだ。
「……え?」
 こちらは完全に体勢を崩したらしくかたわらでへたり込んだリディアが、尻餅をついたまま周りを見回して素っ頓狂な声をあげる。
 天井が完全にふさがっているにもかかわらず周囲はうすぼんやりとしており、ある程度の視界はある。
 だが、不自由を感じないほどではない。視界の確保は必要だ。
 パオラはパンと手を打ち合わせてから、左手の掌を上に向けた――作り出した鬼火の純白の光が、周囲を明るく照らし出す。
 周囲の光景が一変している――彼女たちがいるのは広い空洞の中だった。
 学校の校庭ほどもある岩盤を刳り抜いた様な空洞で、空間全体の形状は頂部が少しへこんだドーム状だった。空間は完全に閉じており、岩盤の向こうの様子はわからない。
 空間の内側はそのほとんどが水で満たされており、真ん中に小さな島があって、パオラたちがいるのはその小島だった。その小島、彼女たちのすぐそばに、見たことも無い巨木が生えている。
 ここからでは高さは窺い知れないが、幹は直径十メートル近くある。幹自体の高さは七、八メートルくらいで、そこから広がる枝は真下からでははっきりとはわからないが、直径二十メートル近くあるだろう。枝葉の広がった直径は小島そのものよりも広い。
 見たことも無い、というか現世ではありえない樹木だった――幹の樹皮は硝子の様にきらきらと輝いており、葉もまるで硝子で出来ているかの様に透明だった。よくよく見ると、周りを照らす弱々しい光はこの巨樹の葉がぼうっと輝いているのだと知れた。無数の葉からなのか枝からなのか、きらきらと輝く粉の様なものが先ほどからずっと降り注いでいる。
 そして、周りにはほかに誰もいない――アルカードもフィオレンティーナも、蘭と凛もいない。
「これは――」 一歩踏み出しかけて、パオラは足元を見下ろした。左右の足で高さが違う様な感じがし、片足だけ靴を履かずにじかに砂を踏んでいる様な妙な感触があったのだが、片足だけ靴が脱げている。この空間に引きずり込まれるときに脱げたのだろうか。
 脱げた靴は見当たらない――向こう側に残っているのかもしれない。
「姉さん、ここは――」
「わたしもわからない」 立ちあがって巨樹を見上げながら口にしたリディアの言葉にそう返事をして、パオラは周りを見回した。
「でも、たぶんここはあの浸蝕洞の、さっきわたしたちがいた場所にほぼ重なる位置だと思う――座標は同じだけど、違う場所。違う『層』――簡単に言えば異空間よ」
 パオラの説明に、リディアが眉根を寄せる。
 彼女たちがいる物質世界は一枚の紙の様なもので、まるで袋に入ったコピー用紙の束の様にそれと重なった異世界が無数に存在している。現世をその束の真ん中あたりだとするなら、外側の端の紙は天国や地獄の様なものだと考えられている。
 これらの一枚一枚を『層』と呼ぶのだが、紙束の真ん中に近い『層』は現世とそう変わらないか、物質世界と霊界が混じった様なものだと考えられている――現世にあるのと同じ様な自然の中に伝説上の生物、森には一角獣ユニコーン妖精エルフ半人半馬ケンタウロス鶏獣コカトリス、山には巨人ギガンテス邪鬼オーク巨鬼オーグル小鬼ゴブリン、海には人魚メロウ海神リヴァイアサン、空にはドラゴン、川には川馬ケルピー、湖には多頭竜ヒュドラ、洞窟には鉱精ドワーフ獣鬼トロールなどが棲息し、仮に人間がその世界に存在したとしても、おそらく現代世界の様な近代化された都会は存在しない――おおむね中世程度の文明の、ファンタジー小説の様な世界ではないかと考えられている。稀少な鉱物や植物の採取のために実際に行ったことがあるというアルカードが言うには、そういった『層』の中には彼女たちのいる物質世界とはまるで異なる進歩をした文明を持つ人類も存在するらしい。
 そして紙束の外側に近づくほど、肉体を持たない霊体はそのまま・・・・で存在しやすくなる。おそらくは死者の魂の中で自分の死体にしがみつくことは出来なかったけれどそれでも現世に未練を残す者たちや、自分が死んだことの自覚が無い霊魂は自力で現世で存在を維持出来ずに一度別の『層』にずれ・・たあと、そういった『層』を彷徨いながらなにかの拍子に現世にふたたび迷い出てくるのだろう。
 そして真ん中から離れて紙束の端に近づけば近づくほど、伝説上に語られる様な怪物や天使や悪魔といったものたちの領域へと近づいていくのだ。
 近い『層』であれば伝説の生物が存在するほかの自然は現世と共通するものも多く、現実とそう大差は無いと考えられている――だが数十枚『層』を隔てた外側には現世にもある様なものはなにひとつ存在せず、肉体を持ったまま存在することも不可能な領域になり、天使や悪魔といった霊体がひしめく世界になると考えられている。さらに外側には人がみずからの業によって至る領域、天国や地獄といったものが存在しているのかもしれず、さらにその奥深くには――
 そして薄皮一枚隔てた程度の近い『層』であれば、意図的に、あるいは偶然の結果として、『層』の境界を通り抜けて向こう側に移動してしまうことがあるのだ。
 そういった場合、異なる『層』で移動した先の場所は、元いた『層』のほぼ同じ座標に位置すると考えられている。同じ大きさの二枚の紙をぴったり重ねて針で穴を開ければ同じ位置に穴が開く様に、『層』は違ってもふたりは元いたのと同じ場所にいるのだ。
「わたしたちはこの『層』の、あの場所と同じ位置に引きずり込まれたんだと思う」
「じゃあ、アルカードたちもこの近くにいるのかな」 そんな疑問を口にして、リディアが周囲を見回す。
「わからない――でも蘭ちゃんや凛ちゃんはともかく、アルカードやフィオは近くにいれば気配でわかると思う。こっちに移動させられたのは、わたしたちふたりだけなのかも」 そう答えて、パオラは周りを見回した。
「――ようこそ、お嬢さんがた」 いきなり背後から声がかかって、巨樹を見上げていたパオラとリディアは弾かれた様に背後を振り返った――気配に気づかなかった?
 背後を振り返ると、少し離れたところに女が立っていた。
 否、女らしきもの、というべきか。
 人間の女はどんな人種であっても、青い肌など持ってはいない。
 ソレは衣服のたぐいは身につけていなかった――あれに人間の様に服を着る習慣があればの話だが。
 肌は青白いというよりも、肌に塗料を塗りたくった様にただ単に青い――胸も局部も晒した全裸で、左胸の突起の周りに円を描く様に刺青の様な模様がある。ほかにも全身に様々な刺青の様な模様があったが、実際に刺青であるのかどうかはわからない。相手は明らかに人間ではないし、体にそういう模様があるのかもしれない。どうでもいいことではあるが。艶やかな黒髪は腰まで届いているが、それ以外は眉毛や睫毛などの体毛が一切生えていない。双眸には黒目は存在せず、白目は鈍い銀色だった。
 女の姿をしたそれが、瞳孔の無い目をこちらに向けている。
「ようこそ、我が領域へ。歓迎するわ」
「……貴女は?」 警戒もあらわなパオラの問いに、女がすっと目を細める。
「この領域、貴女たち西洋人がセフィラと呼ぶこの領域の主――海鬼神に封じられていた妖魔の一体よ。名前を教えてあげたいけれど、人間には発音することも聴き取ることも出来ないでしょうね」 女がそう答えてから、優雅な仕草で一礼する。上体を起こしたときに、豊かな胸のふくらみが揺れた。
 あの女は今、この場所を自分の領域セフィラだと言った――領域セフィラとは物質世界と重なる様にして無数に存在する『層』の中で、空間に干渉する能力を持つ個体が棲家として作り上げたその個体独自の『層』を指す言葉だ。
 コピー用紙に例えるならば、その隙間に小さな紙片がはさまった様なものだとでも言えばいいだろうか。
 つまり、ここはアレが獲物を引きずり込むために用意した場所なのだろう。

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