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「
咆哮とともに、アルカードが
そのときにはすでに三人の武装聖職者たちは足を止めている――いい判断だ。あのまま突っ込んでいれば、アルカードの斬撃によって脚を斬り落とされていただろう。無論そうなる前にアルカードが止めるだろうが。
「すごいな」 かたわらに立っていた柳田司祭が、魅入られた様にその光景を見つめながら口を開く。おそらくは誰に向けられたものでもないのだろうそのつぶやきにうなずいて、アイリスはアルカードに視線を戻した。
「
咆哮とともに踏み出して、右脇に巻き込む様にして構えた
アルカードが最初に仕掛けた相手はリディアだった――特に理由は無いだろう。囲まれそうなときは、囲まれる前に近場から潰せ――かつてアルカードが教えたことだ。単純に一番近くにいたリディアから潰しにいった、それだけの話だろう。それに実力も関わってきているのだろう――エルウッドを潰すのは大変だが、アルカードの実力ならばリディアは瞬殺出来る。
アルカードの訓練は基本的に鬼の様なスパルタな上に、体力錬成以外は軍隊も真っ青の実戦形式だ――アルカードに師事していた数年間、アイリスは起きている時間を食事と入浴と訓練以外のことに費やした記憶が無い。
だがそれだけ徹底した戦闘訓練を受けたがゆえに、アイリスにはアルカードが次にどういった行動を取るかが簡単に予想出来た。
アルカードはこの地上で並ぶ者の無い、実践経験豊富な最強の不死者殺しだ――ゆえに、彼の頭の中ではすでに様々な状況に対応するためのセオリーの様なものが出来上がっている。アルカード自身が彼女たちに教えたことだ。
いわく、強襲を成功させる鉄則はひとつだけ――敵を混乱に陥れながらも、自分は冷静であること。
いわく、数がいくらいようと問題にはならない――数が多いのならば数を減らせ。
別に無理をして遠くの相手から潰す必要は無い――遠くの相手に攻撃を届けるのには時間がかかるし、その間に背後の敵から挟撃を受ける恐れもある。なにより、眼前の敵を無視してその後ろにいる敵に攻撃を加えるのは、敵に背後を見せる愚行でしかない。
いわく、寡勢であることは必ずしも脅威にはならない――対多数戦であれば周りはすべて敵であり、袋叩きに遭う危険もあるが同士討ちの危険が無いということでもある。つまり――誰であれ手当たり次第に攻撃してもまったく問題無い。
いわく、動きを止めるな――重要なのは相手の攻撃を受けないことと、自分の体力を周囲を制圧するまで持たせることだ。敵が目標を定められない様に動き続けてさえいれば、たとえ敵が百人いても有効な攻撃を繰り出せる人数はたかが知れている。
そしてもうひとつ――敵は選べ。時間のかかる相手を無理に追い詰める必要は無い、たとえどんなに実力差のある相手でも、背後からの攻撃は脅威になりうる。ならば弱いところから潰したほうが確実だ。
ゆえに結論はひとつ――最初に倒すのは一番手近にいて、エルウッドよりも制しやすいリディアだ。
重い風斬り音とともに繰り出された横薙ぎの一撃で少女の手にした撃剣聖典が二本まとめて叩き折られ、斬り飛ばされた刀身がくるくると回転しながら宙を舞った――そして地面に突き刺さるよりも早く聖書のページに戻り、炭化して崩れ散る。
術式を侵蝕されて超自然の炎に包まれ、灰となって崩れ散ってゆく撃剣聖典の残骸を投げ棄てて――腕に巻きつけていた聖典撃鎖を解きながら、リディアが後退する。
だが遅い。
聖典撃鎖を使うには相手と間合いを取らなければならない――撃剣聖典を再構築するのが正しい判断だといえる。
それはアルカードも当然同じことを考えるだろう――アルカードは後退し始めたリディアを追って跳躍し、一気に間合いを詰めた。
聖典撃鎖を使った遠距離攻撃をあきらめて、リディアが右手に短剣サイズの撃剣聖典を構築する――いったん懐に飛び込んでしまえば、アルカードよりもリディアのほうが武器の差で有利になる。だが――突き出された撃剣聖典の鋒はアルカードの残像を貫いただけだった。
アルカードはそのときにはすでに彼女の外側に廻り込んでいる――彼はそのまま、少女の小さな肩をエルウッドに向かって思いきり突き飛ばした。
ワンパターンな様に見えるが、実は複数相手の戦闘技術としてはかなり効果的な戦法だ――突き飛ばされた相手は体勢が崩れてすぐには反撃に移れないし、突き飛ばされた人間が倒れる先にいる仲間は、突き飛ばされた者を受け止めるべきか避けるべきかで一瞬なりとも判断に迷う。
避けるだけの状況判断が出来る相手なら、そのまま戦闘を継続すればいい――仲間を気遣って受け止める様な愚か者ならば、動きが止まっている間にふたりまとめて串刺しにすれば済むことだ。
今度は近すぎる――エルウッドは当然躱そうとしたが、後手に回って躱しきれずに一緒に体勢を崩した。ふたりまとめて終わりにするつもりなのだろう、アルカードが剣を振るう。だがその一撃は、パオラが構築した帯状の防御障壁によって
先ほどはアルカードの体を防御障壁で簀巻きにしたわけだが、今度は剣自体の動きを制限することで攻撃を中断させたのだ。
だが、
――ギャァァァァァッ!
アルカードが手にした
同時に術式を破壊され、魔力を喰い尽くされた防御障壁が消失した――綻びた構成によって束ねられていた魔力はもはや魔術としての体をなさず、砂場に撒かれた水が砂に吸い取られる様に大気魔力の中に溶け込んで失せて消える。
易々と拘束から脱し――だがアルカードはリディアとエルウッドがすでに体勢を立て直しているのを見て取ると、追撃は仕掛けずにそこでいったん攻撃を中断した。
背後でフィオレンティーナが立ち上がっている――無論のことそれには気づいているのだろう、金髪の吸血鬼は
エルウッドと少女たちが荒い息をついている――短時間の間にあれだけ動けば当然だ。それに加えて、パオラは頭痛をこらえる様に顔を顰めていた――術式を破壊されたフィードバックを受けたためだろう。だがアルカードは呼吸を乱すどころか、呼吸をしているのかどうかさえわからないほどに静かだった。
さすがは
胸中でつぶやいたとき、彼が手にした漆黒の曲刀の姿がすぅ、と薄れて消えた。
折から吹き抜けた一陣の風が、宿舎の窓の庇に吊り下げられた風鈴をちりんと揺らす――そしてその音が終わるより早く、吸血鬼が地面を蹴った。
「
咆哮とともに――アルカードが今度はエルウッドに襲い掛かる。一対集団戦は弱いところから切り崩しにかかるのが基本だが、同時に最強戦力から潰しにいくのも基本のひとつだ。
アルカードは一瞬で
エルウッドの体が浮いて、圧倒的な膂力によって吹き飛ばされた――
吹き飛ばされたエルウッドの体を躱そうとしてパオラが体勢を崩し、その隙にアルカードはリディアに襲い掛かった――最初の寄せ斬りを受け止めて体勢を崩した少女に、金髪の吸血鬼が連続攻撃を仕掛ける。
数合斬り込んでリディアの体勢が致命的に崩れたところで、アルカードは突然背後を振り返った――背後から斬りつけたフィオレンティーナが、振り向き様に撃剣聖典の鋒を払いのけられて小さくうめく。だがそれよりも早く、アルカードが攻撃を仕掛けた。
フィオレンティーナの左側面に廻り込みながら
アルカードは
それでフィオレンティーナは斃したということか、アルカードは続いてリディアに襲い掛かった――手にした撃剣聖典を振るって数合切り結ぶ。間合いこそ短くなっているものの、剣が短く軽くなったぶんスピードはさらに速くなっている。
リディアはあっという間に手数で押し負け、後退したときに体勢を崩した。体勢が崩れたままのリディアの手にした撃剣聖典を弾き飛ばし――そこでフィオレンティーナから奪い取った撃剣聖典が惰性に侵蝕されて灰を撒き散らしながら完全に崩れ散るが、アルカードはさして気に留めることも無くリディアの修道衣の胸元を掴んで地面に引き倒した。
頭の横を踵で踏み抜き、続いて地面を蹴る――エルウッドとパオラが体勢を立て直して、アルカードに向き直っている。
だが――遅い。
先ほど弾き飛ばしたリディアの撃剣聖典を、地面に落下するよりも早く蹴り飛ばす――回転しながら飛来した撃剣聖典を躱してパオラが体勢を崩し、そしてそれよりも早く滑る様な動きで接近したアルカードがいったいなにをどうやったのか、少女の手にした撃剣聖典をあっさり奪い取って彼女の体を片腕で投げ飛ばした。
仰向けに倒れた少女の頭の横に撃剣聖典の鋒を突き立て、最後にエルウッドに襲い掛かる。
そうしている間にも撃剣聖典はすさまじい勢いで堕性に浸蝕され、一点の曇りも無かった白銀の刃はあっという間に紫色に変わっていく。
アルカードが繰り出した一撃をエルウッドが
完全に迎撃のあてをはずされて、エルウッドが小さくうめく――対して攻撃を失敗したはずのアルカードは、口元にかすかな笑みを浮かべていた。
この吸血鬼は明らかに、自身の手にした撃剣聖典の限界が近いことを知っていて今の攻撃を繰り出したのだ――エルウッドがそれを迎撃して、迎撃目標の消失によって攻撃を空振りする様に。
小さくうめいて、エルウッドが後方に跳躍する――だが
そしてその鳩尾に、アルカードが無造作に突き出した
それを見下ろして――
アルカードが左手で
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