徒然なるままに修羅の旅路

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Vampire Killers 28

2014年10月12日 23時37分30秒 | Nosferatu Blood
 
   †
 
 シスター舞が扉を開けて宿舎の玄関から顔を出したのは、約二十分後のことだった――どうやら決着がついたのか、エルウッドの千人長ロンギヌスの槍を担いだアルカードだけが、リング代わりの結界の中に立っている。
 彼は吸血鬼ヴァンパイアであるにもかかわらず平気な顔で千人長ロンギヌスの槍で肩を叩きながら、無造作に右手を頭上に振り翳した。まるで図ったかの様にその手の中に落下してきた眼をモチーフにした禍々しい造形の漆黒の曲刀を、見上げることも無く掴み止める。
 宿舎の入口のところでその様子を眺めていた柳田司祭が、こちらに気づいて振り返った。
「おや、吸血鬼殿たちの食事の用意が出来たのか、舞?」
「はい。ですけれど――あの状態で食べられますかしら?」
 頬に手を当てて軽く小首をかしげ、舞はアルカードたちがリング代わりに使っている結界を見遣った――正確には結界の中で、アルカード以外の全員がへとへとになって倒れている光景を。
「――腕が落ちたんじゃないか、ライル?」 ひとりだけ平気な顔で千人長ロンギヌスの槍をくるくる回しながら、漆黒の曲刀――おそらくあれが彼の扱う霊体武装、塵灰滅の剣Asher Dustだ――を消したアルカードがそんな科白を口にする。
「……病み上がりに無茶言うな……」 うつぶせに地面に斃れ臥したエルウッドが、消え入りそうな声でそんな答えを返す。
「実戦じゃ、敵はそんなこと気にしちゃくれないさ。敵が手心加えてくれることなんか、期待するだけ無駄だ。まして相手は人間じゃない、人間なんかよりはるかにたちの悪い吸血鬼なんだからな」
「アイリス教師……」
 フィオレンティーナが蚊の鳴く様な声でアイリス・エルウッドの名を呼ぶ――アイリスが近づいていって、そのかたわらにかがみこんだ。なにをされたのか知らないが、どうやら起き上がれる状態ではないらしい。
「なあに?」
「……貴女のお師匠様は化け物ですか?」
「そうねえ。確かに吸血鬼化け物ではあるけど」
 暑くなってきたのかレザージャケットを脱いで肩に引っ掛けたアルカードが、その言葉ににやりと笑う。
 そこで、彼は舞に気づいた様だった。
「用意が出来たのか、走り屋シスターさん?」
「はい。皆さん食べられますかしら?」
 その言葉に、アルカードが足元に転がっている少女三人とエルウッドを見下ろす。
「大丈夫だろう。別に体調を崩すほどには痛めつけてない――まあ、二、三日は筋肉痛に悩まされるかもしれないがな」
 死にそうな顔をしているフィオレンティーナを見遣りつつ、アルカードはそう答えた。
「ほれほれ、起きろ。昼飯の時間だぞ――ほらライル、早く起きろ。おまえのぶんまで俺が食っちまうぞ」
 そう言って適当に手を振ると、アルカードはアイリス・エルウッドとその娘アルマを促して宿舎のほうへと歩き出した。おなかがすいたと零している少女を片手で抱き上げて、足にまとわりつく仔犬たちに笑みを向けてから、舞のかたわらを通り過ぎて宿舎の中へと入っていく。彼はそこでアルマを降ろすと、千人長ロンギヌスの槍を玄関の一角に立てかけた。
 
   †
 
「ほれほれ、起きろ。昼飯の時間だぞ――ほらライル、早く起きろ。おまえのぶんまで俺が食っちまうぞ」
 そう言って適当な仕草で手を振りながら、アルカードが足元に近づいてきたエルウッド家の愛娘を片手で抱き上げた。
 おなかすいた、と零す少女とそれを宥めている吸血鬼を見送りながら、フィオレンティーナは、ひとつの疑問に思い当たった。
 先ほど思いきり地面に叩きつけられたために朦朧とした頭で思考するのはひどく困難ではあったが、この疑問は見過ごすわけにはいかなかった。
 なぜ、あの吸血鬼は千人長ロンギヌスの槍を持っていられるのだ?
 先ほどアルカードはリディアやパオラから奪い取った撃剣聖典を何度か使っていた――それ自体は、彼自身の惰性の魔力が撃剣聖典を侵すのと同様に撃剣聖典の聖性の魔力がアルカードにもダメージを与えることに目をつぶれば、別に出来ないことではない。何度かそうなった様に、すぐに使い物にならなくなるだろうが。
 だが武装それ自体が撃剣聖典などとは比べ物にならないくらいに強い聖性を帯びた聖遺物イコンである千人長ロンギヌスの槍は、闇の眷族ミディアンが触れればそれだけで甚大なダメージになる。
 にもかかわらずあの吸血鬼は、まったくダメージを受けた様子も無い――撃剣聖典が侵蝕されて消えたのだから、アルカードの魔力が相当な堕性を帯びていることは疑い無い。アルカードは撃剣聖典を手にしただけで、それなりのダメージを受けたはずだ。
 だというのに、撃剣聖典などとは比べ物にならないほど強力な聖性を帯びた千人長ロンギヌスの槍を手にしていても、彼はまったく堪えた様子を見せていない――強力な霊的武装を性質の反転した魔力を持つ存在が手にすれば、持ち手も武装もダメージを受けるはずなのに――アルカードにも千人長ロンギヌスの槍にも、その魔力強度にはなんの変化も顕れなかった。
 もはや疑問の余地は無い、あれは噛まれ者ダンパイアなどではない。
 単なる闇の眷族ミディアンでもない。
 あれは――なんなのだ?
 
   *
 
 アルカードがマスタングを止めたのは、屋上駐車場のエレベーター室の前――つまり、以前アルカードを追跡したときに彼とはじめて接触した場所だった。
 アルカードに言わせると、屋上はたいてい空いているらしい――基本的に彼はエレベーター室の前に車を止めたいので、大概は脇目も振らずに屋上までやってくるのだそうだ。
「でも、どうしてここに?」 フィオレンティーナの質問に、アルカードは首をすくめた。
「監視カメラの真ん前だからな――車上荒らしに遭いにくいのさ。もっと下の階でもいいんだが――たいていはエレベーターとかエスカレーターに近いから、埋まりがちなんだよ」
 アルカードはそう返事をして、フィオレンティーナを促して車から降りた。
「実際に被害に遭ったんですか?」 ドアを閉めながら尋ねると、
「否。でも被害に遭いかけたことはある――この車じゃないけど、窓割りやがってさ」
「割りやがって?」
「近くの進学校に通ってる高校生だった――親にも学校にも警察にも言わないでとか魔が差しただけなんですとか寝言吐いてたから、監視カメラの映像つきで警察に通報して学校にも連絡しといた」
「親は?」
「警察から連絡が行ったほうがダメージがでかいだろうと思って、警察に任せた。当時の警察署長とは親しかったから、ないがしろにされることはあり得なかったしな」
 すっかり高い位置に昇った太陽が、じりじりと首筋を焼いている。
 結果を話すつもりは無いらしく、アルカードは空を見上げて話題を変えた。
「体調は?」
「……その、えっと、体が消滅しそうな感じはしないけど、暑いですね」
「そうだな」 フィオレンティーナの感想に、アルカードがそんな返事をしながらマスタングのドアをロックする。
「さて、どういうルートで回ろうか――」 アルカードがそんな言葉をこぼしながら、フィオレンティーナに視線を投げる――言いたいことはだいたいわかっていたが。
「とりあえずは着替えですね」 自分の格好を見下ろして、そう返事をしておく――法儀式で補強された修道服はちょっとやそっとで破れたりはしないが、やはり洗濯はしたい。それに、下着の替えはほしい。
「今思ったんだけど、聖典戦儀で服は作れないのか?」 というアルカードの質問に、フィオレンティーナはかぶりを振った。
「知りません。やったこと無いです」 でも、服の生地みたいな柔らかいものは難しいと思います――そう返事をしておく。
「ごもっとも」 アルカードが適当に肩をすくめ、自動ドアが開くのを待つために一度足を止める。二重の自動ドアを通り抜けて、ふたりはエレベーターの前で足を止めた。
 
   *
 
「――ご馳走様」
 食卓の上にお箸を置いて、アルカードが気楽に合掌した――いえいえお粗末さまでした、とシスター舞が微笑む。
 フィオレンティーナはアルカードの向かいの席で、萎びた菜っ葉みたいにしんなりしていた――どうもアルカードに投げ飛ばされたときに、よほど激しく背中か頭を打ったらしい。用意された食事にも手をつけていない――ダメージのせいで食欲が無いらしい。
 もっとも、それは鳩尾に槍の石突を撃ち込まれた自分だって似た様なものだ――間断無くステレオどころかサラウンドで襲ってくる空腹感と嘔吐感、倦怠感と戦いながら、エルウッドは溜め息をついた。
 何気にリディアとパオラもぐったりしている――結局全員食欲を無くし、四人の食事も全部食べ尽くした吸血鬼はひとりだけ平気な顔で優雅に、かつのほほんと食後のお茶を口に含んでいた。
 テレビのバラエティー番組に視線を投げてから、アルカードが柳田司祭に視線を向ける。
「ところで司祭さん、自転車の修理は終わったのかい?」
「いえ、実は私はああいうのがまるで駄目でして。あとで自転車屋さんに持っていこうかと」 恥ずかしそうに頭を掻きながら、柳田司祭が苦笑する。
「よければ俺が見ようか? 飯代の代わりにでも」 満腹になってまたもや眠くなってきたらしく、あくびを噛み殺しているアルマを見遣って苦笑しながら、アルカードがそんなことを言う――彼は機械に強いから、自転車の修理など簡単にやってのけるだろう。
「いいんですか?」
「ああ、どうせフィオレンティーナをあのまま車に乗せていくわけにもいかないし。帰りの道中で吐かれても困る」
「なるほど――もしそうしていただけると助かりますが」
 かまわないさ、とうなずいて、アルカードが食卓を立つ。
 ジャケットを脱いだ今の彼は、体にフィットしたアンダーアーマーの黒と赤の派手なアンダーウェアの上から黒いルーズフィットのTシャツを着ている――彼のお気に入りの服装だ。アルカードは気楽な足取りで、宿舎の玄関に向かうために食堂の扉を開けた。
 
   †
 
 玄関から出ると、まだ高い太陽の光が網膜を焼いた――軽く顔の前に手を翳して、アルカードは玄関の階段を降りた。
 カラビナで階段の手すりの支柱につながれ、日陰でうずくまっていた仔犬たちが、主の接近に気づいて寄ってくる。
 アルカードはかがみこんで仔犬たちの顎の下を軽くくすぐってやると、引っくり返されたままになっている子供用の自転車に歩み寄った。
 子供用といってもママチャリの類ではなく、メーカーは知らないがそれなりに本格的なモトクロス用の自転車だ。
 柳田司祭がその必要の無いところまで中途半端に分解していたせいでどこが悪いのかはわかりづらかったが、最終的にはただのパンクだとアルカードは判断した。
 タイヤに太い五寸釘が突き刺さっている――柳田司祭はタイヤをはずそうとして、悪戦苦闘していたのだろう。もっとも、この程度の分解で手間取っている様だと、組み立てのときにたいそう苦労するに違い無い。
 そもそもチューブのパンクを修理するだけなら、別にホイールを車体から分離する必要も無い。チェーンやらなんやらがあるから、タイヤ自体を交換するとなると途端に面倒臭くなるのだが。
 手早くタイヤをはずしてから、アルカードは内部のチューブを点検した。タイヤに突き刺さっていた釘の先端が、内部で暴れてチューブを激しく傷つけている。
 これはチューブを交換する必要があるな――買ってくるしか無いか。胸中でつぶやいて、アルカードは立ち上がった。仮にもモトクロス用の自転車なら、ホームセンターで売っているママチャリ用のチューブでは用が足りないかもしれない。
 自転車屋に行くほうが望ましいな――独りごちて、アルカードは宿舎に足を向けた。
 ホールを抜けて食堂を覗き込む――すでに片づけの終わった食堂には誰もおらず、代わりに食堂から繋がっているらしい隣室からテレビの音が聞こえてきていた。
「おーい、ライル。おまえ、このへんで自転車屋かなにか知らないか――あれ?」
 覗いてみるが、エルウッドの姿は見当たらない――土地勘のある教会関係者二名の姿も見当たらないので、結果ここには自転車屋の場所を知る人間は誰もいない。
「アイリス、ライルはどうした?」
 食堂と繋がった談話室でテレビを観ていたアイリスに問いかけると、彼女は膝の上で眠っているアルマの頭を撫でながら、
「さっき疲れたから寝るって言って出て行ったわよ」
「ふーん」 三人娘がソファーでぐったりしているのを見遣ってから、アルカードは溜め息をついた。
「走り屋シスターさんか司祭さんは?」
「わたしでしたらここに」
 いつの間にやら物音ひとつ立てずにかたわらに立っていたシスター舞を見遣って、アルカードはうなずいた。
「この近くに自転車屋はあるのかな――あのあれだ、司祭さんがいじってた自転車を買った店とかだと非常にベストなんだけど」
「ええ、歩いて十分ほどのところに。なにかご用事ですか?」
「ああ、自転車のチューブを買ってこないといけなくてね――どうにももう使い物になりそうに無い」
「まあ、でしたらわたしが行ってまいりますわ。お客様に働かせては申し訳がありませんもの」
「否、犬の散歩にも出たいんでね――ひとりで歩いていくよ。方向はどっち?」
「アルカードさんのお住まいの街と反対方向に、しばらく行ったところですわ。駐車場から外に出て、左に進むと、高速道路――アルカードさんのお住まいの町からの幹線道路と直角に交叉する都道に出ます。カレー屋さんが目印です――そこを左に進んでいただいたら、三百メートルほど先に。歩きでしたら、そうですね。二十分くらいかしら。そこそこ大きな店舗で、手前にラーメン屋さん、奥に鍵屋さんが――転倒にずらっと自転車が並んでますから、すぐにわかると思います」
 わかった、と軽く手を振って、アルカードは再び踵を返した――つまり最初にここに来た道路を駐車場に入らずに、そのまま直進すればいいわけだ。
 附近の詳細地図を頭の中で組み立てながら、アルカードは宿舎の玄関を開けて外に出た。散歩がてらに仔犬たちを連れて行くことにして、手すりの支柱につけていたカラビナを取りはずす。ジープの車内に糞を回収するためのビニール袋やチラシがあるから、取っていかなければならないだろう。
 それまで廂の下の日陰でうずくまっていた仔犬たちが、こちらに気づいて立ち上がり、パタパタと尻尾を振っている――アルカードははしゃいでいる仔犬たちの頭を順に撫でてやってから、中途半端に分解された自転車に視線を向けた。
 そうだ、タイヤのサイズをメモしていったほうがいいだろう。それと、戻ってくるときでいいからジープに積んである車載の工具箱を下ろしてくるべきだ。そんなことを考えながら、アルカードは歩き出した。

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