徒然なるままに修羅の旅路

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In the Flames of the Purgatory 56

2014年11月23日 13時37分26秒 | Nosferatu Blood LDK
 
   †
 
「よう――お目覚めの気分はどうだ?」
 アルカードの軽口に反応したわけでもないだろうが――
 調製槽の底でうずくまる様にして崩れ落ち、がくがくと瘧の様に震えていたキメラが、全身から培養液の滴をしたたらせながらゆっくりとその場で身を起こした――壁の縁に手をかけて立ち上がったキメラが、のそりと調製槽の外に歩み出る。
 いったい何百年、あるいは何千年ぶりのことであるのか、晴れて調製槽の外へと解き放たれた白い体色のキメラは同様に調製槽から解き放たれた同型種のキメラたちのほうに視線を向けてから、あらためてその場にいる異なる種の生物――つまりグリーンウッドたち三人に視線を据えた。
 ふん――吸血鬼が小さく鼻を鳴らす。
「数が多いな」 到底困っている様には見えないぼやきを漏らしながら、アルカードはセアラの肩に手をかけて自分のほうに引き寄せた。
 うまく立ち上がれずに床を這いずる様にして姿を見せたキメラも、そのときにはしっかりと自分の足で立ち上がっている。
 彼らは量産型に分類されるキメラで、つまり自分たちの能力の内容や使い方、基本戦術などを覚醒前に脳に書き込まれている――生まれたばかりのキメラであっても、自分の体の動かし方や搭載・・された武装の使い方がわかるのだ。それはつまり、覚醒直後であってもそのキメラに望みうる十全の戦闘能力を保持していることを意味する。量産型のキメラは基本的に覚醒直後にすでに成体になった状態で調製槽から出されるので、戦闘能力は非常に高い。
 とはいえ――かたわらの吸血鬼にとってもそうだが、十分に熟練した魔術師であるグリーンウッドにとってはさほどの脅威でもない。能力が未知数である以上警戒すべき事柄が無いではないが、逆に言えば問題はそれだけだ。
「どうする?」 グリーンウッドの質問に、アルカードがこちらに視線を向ける。彼は適当に肩をすくめて、
「すたこらさっさと逃げ出してもいいんだがな――」 セアラと入れ替わりに前に出ながら、金髪の吸血鬼は腰の剣帯から吊っていた漆黒の曲刀の鞘を取りはずした。
 ズガンという轟音とともに尖った鋼鉄製の鞘を床に突き立てて、身体ごと前に移動しながら納められた魔具を抜き放つ――先ほど自分で言った通り、一度消してから再構築することで取り出すつもりは無いらしい。実体を持つ霊的武装に偽装することで、敵を撹乱するためだ。
「立ち止まったときに大挙して襲いかかられるのはぞっとしねえな」 笑みを含んだ声でそう続け、アルカードはみしりと音を立てて手にした曲刀の柄を握り直した。
「新手の敵に襲われたときに足が止まって、そこを背後から襲われるのもな。排除する――おまえも参加するか?」
「否、遠慮しておく――というか、こいつらの相手はセアラじゃ出来んのでな。任せていいかね」
「あとでポルトガル王国の金貨を九百枚弁償したら引き受けてやる。上の建物の入口のところに置いといたらおまえの魔術で吹っ飛んだんだからな、弁償しろ弁償」
「わかった、わかった。いくらでも複製してやる」
「複製かよ」 あからさまに胡乱そうな様子の吸血鬼に、グリーンウッドは適当に手を振ってやった。
「心配するな、ちゃんと本物の金だ。別に時間が経ったからって消えやせん」
「そう願うよ」
 そう返事をして、アルカードはそれまで肩に担いでいた魔具を頭上で旋廻させてから斜めに振り抜いた。鋒が床を削り取り、ガリガリと音を立てる。
 それを目にして、彼の正面にいるキメラが床を蹴った。寝起き・・・であることを感じさせない俊敏さで一気に間合いを詰め、まるで剣を振りかぶる様にして両手を振り翳す。
 同時にキメラの右手首の外側からジャッと音を立てて白い板状のものが飛び出す――まるで剣の鋒の様に先細りの形状になったそれ・・は長さ一・五ヤードほど、明らかに下膊に納まるサイズではないから細胞組織の急速な分裂と融合によって伸縮自在にしているのだろう。
 飛び出した長大な刃が、まるで虫の羽音の様な耳障りな低周波音を発し始める――それは瞬時にキーンという耳を劈く様な高音域を経たあと、瞬間的に爆発音じみた轟音に変わってから聞き取れなくなった。
 高速で振動するブレードを振り翳し、キメラがアルカードの眼前へと殺到する。
「吸血鬼! それを受けるな!」 グリーンウッドのあげた警告の声が終わるより早く、キメラが手にしたそれを吸血鬼の頭めがけて振り下ろした。あれは皇龍砕塵雷――グリーンウッドが持つエッジ部分が高周波数で振動する長剣と同じものだ。接触した物体の分子結合を解くことで切断するため、これで切断出来ない物体は理論上存在しない。
 が――
 次の瞬間鼓膜を押し潰したのは吸血鬼の頭部が粉砕される音ではなく、床の石材が瞬時に昇華することで発生した爆発の爆轟だった。
 ひゃっ――軽い悲鳴をあげながら、かたわらのセアラが両腕で顔をかばう。押し寄せてきた衝撃波はグリーンウッドが瞬時に構築した衝角ブレード状の無敵の楯インヴィンシブル・シールドによって引き裂かれ、彼らのいる場所まで届かない。
 無敵の楯インヴィンシブル・シールドは周囲に強烈な電磁場を発生させることによって形成する、一種の電磁バリヤーだ。核融合反応の熱量も抑え込むほどの防御性能を誇り、これを物理的に破る手段は存在しない。
 アルカードに視線を向けると、すでに周囲の様相は一変していた――アルカードの足元の床はまるで枕状熔岩の様に沸騰して泡立った状態のまま固まって、ところどころ細かく砕けて堆積している。天井の構造材は建材が異なるからか亀裂が入ったり剥落したりはしていなかったが、飛び散った熔岩状に溶けた床の建材が汚れの様にこびりついている。
 あらためてアルカードの背中に視線を向ける――その背中から、蒼と緋色の入り混じった炎の様なものが立ち昇っているのが見えた。
 あの絶えず色調を変える炎の様なものが、アルカードの魔力の発露だ。あれが発生する際に周囲の精霊に影響を与え、一撃で部屋中のものを薙ぎ倒すほどの爆発を引き起こしたのだ。
 その現象の正体を悟って、セアラが小さく息を飲む。
 今のは攻撃をしたわけではない――それまで抑えていた魔力の霊圧を、ただ単に解放しただけだ。魔力の膨張に呼応してそれまで体内に抑え込んでいた精霊が体外に漏れ出し、彼の魔力と親和性の高い物理現象を引き起こしたのだ――グリーンウッドが魔力を高めた際に、重力異常による空間歪曲と強烈な高周波電磁場が形成されるのと同じだ。
「エレメンタル・フェノメノン……?」
 かたわらのセアラが、小さなうめきをもらすのが聞こえてくる。
 そう、規模こそ小さいものの、あれは間違い無くエレメンタル・フェノメノンだった。
 おそらく、本人にはその自覚は無いのだろう――ロイヤルクラシックは周囲の精霊を取り込んで活力に転化することで、あまりにも燃費の悪すぎる自分の肉体の代謝機能とエネルギー消耗を補っている。先ほどのはアルカードが体内に取り込んだ、いわば備蓄・・の精霊が体外へ漏れ出した結果、彼自身の魔力と反応して暴発したのだ。
 だが彼自身によほどの魔力容量キャパシティが無ければ、エレメンタル・フェノメノンはそもそも起こらない――彼自身・・・の純粋な魔力容量キャパシティだけでなく、集めた精霊を体内、あるいは体の周囲にとどめて蓄積しておく魔力容量キャパシティもだ。
 あれほどの魔力容量キャパシティを持つ個体は、歴史上超一級と言われる魔術師の中でも滅多にはいない――地上最高峰の魔術師集団であるファイヤースパウンでさえ、エレメンタル・フェノメノンを発生せしめる魔術師は全構成員数の十分の一にも満たない六十一人しかいないのだ。
 莫大な魔力を持つ者が魔力を高めると、本人の魔力の性質にもっとも親和性の高い物理現象が発生することがある――『式』によって指向性を与えられていない魔力が、周囲の精霊に反応して物理現象を引き起こすのだ。言ってみれば魔術の暴発で、これをエレメンタル・フェノメノンと呼ぶのだ。
 グリーンウッドが魔力を高めると、重力異常による空間歪曲と周囲に空気や水などの流体があれば空間歪曲が復元する際の衝撃波、高周波電磁場が発生する。これらは集めた精霊のうち自分の体内に収まりきらなかったぶんが大気魔力と反応して発生する現象で、彼の周囲に発生する緑色の炎の様なものは蓄積した量が多すぎて体内にとどめきれず周囲にあふれ出した精霊だ。
 精霊自体は体外に漏れ出していても制御下に置くことが出来るし、物理現象の発生は術者の技量次第で抑制することが出来るから、周囲に視認出来るほどの魔力が蓄積するか、そしてその影響によって物理現象が発生するか否かで、その個体の魔力強度や魔力制御の技量はおおよそ類推することが出来る。
 物理現象の発生に消費される魔力は要するに魔力の浪費だから、高位の魔術師はこの現象をなるべく抑えようとする――ゆえにエレメンタル・フェノメノンの発生を抑制出来ているか、どれだけ効率よく抑制出来ているかで魔術師の技量はおおむね推し量れる。もっとも、グリーンウッドの様にわざと抑制しない者もいるが。
 だが、アルカードはエレメンタル・フェノメノンも超感覚センスも知らなかった――取り込んだ魔力の使用用途こそ異なるものの、今こうしてグリーンウッドが魔力を解き放ったときと同じことをしているにもかかわらず。
 おそらく魔術師ではないがゆえに、超感覚センスを獲得していることもその使い方もわからないのだろう。エレメンタル・フェノメノンも同様で、先ほどの爆発を抑えなかったのもわざと抑制しなかったのではなく抑え方を知らないのだ。
 それにしても――
「……あれ?」 周囲を見回して、セアラが声をあげる――無敵の楯インヴィンシブル・シールドの外側の床や、箒で掃かれたごみの様に壁ぎわに堆積した細かな石くれの表面に、真冬の朝の様な分厚い霜が降りているのだ。
 同時にまるで晴れた朝に風に巻き上げられた雪の様に、きらきらと輝く結晶の様なものが天井から舞い落ちている。

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