本棚に爆弾

ボマーの、まあ読書やら二次創作やらなんやら。

『ヘヴィ-オブジェクト』 ―― 残念としか言いようがない

2009年10月14日 23時00分04秒 | 本:ラノベ
 電撃文庫の新作、『ヘヴィーオブジェクト』。
 あの『とある魔術の禁書目録』の作者が打ち出した新作です。世界観的にも『禁書』とは全く別個の世界、別個のシリーズですね。これが『シリーズもの』として続くかどうかは別として。
 元々私は個人的に、『禁書目録』の作者には『禁書』から離れた別シリーズを書いて欲しいな、と思っていたのです。巻を重ねるごとに小説家としての腕を上げる姿に、「この上がった腕で、過去に縛られない新シリーズを立ち上げて欲しい」と思ったものでした。
 そういう意味でこの『ヘヴィーオブジェクト』は期待の作品。凄く気になって手に取った、わけですが……。

 読み終えた感想。
 がっかりだ。

 なんというのかな……。
 「よりによって『そっち』の方向に手を伸ばしちゃうのかよ」、と溜息しか出ませんでした。
 ほんと、残念だなぁ。まったくもって、残念だなぁ。

 この『ヘヴィーオブジェクト』って作品、世界観的にはこんな感じです。

 時は近(?)未来。  国連崩壊で世界の勢力図が塗り変わった世界は、『オブジェクト』という巨大新型兵器の出現によってその様相を変えていた。  最低でも全長50メートル、圧倒的な出力の動力炉に、圧倒的な火力の圧倒的な数の火砲、そして凄まじいまでの機動性。その存在は戦車や戦闘機など既存の兵器を全て過去の遺物にしてしまい、戦争は『オブジェクト』同士でほぼ決着がつくものとなってしまった。  所詮は戦争なんてオブジェクトとオブジェクトがやるもの。  そんな常識が定着し、兵士たちも緩みきった世界。  戦場に『派遣留学』した学生・クゥエンサーも、そんな緩みきった世界に浸った緩みきった兵士、だったはずなのだが――!


 ……うん、狙いは悪くない。悪くないんだが。
 テーマが「作家としての魅力の方向性」と噛み合ってないのと、「基本的な知識不足」が痛いなぁ。

 まず作家としての個性。
 元々、『禁書目録』を読んでも分かる通り、「組織の力」とかそういったものとはかけ離れた方向性に鎌池センセイの才能は向いてるんですよね。
 スタンドプレーで突っ走る主人公。命令や制約を無視して踏み越えて、悪い奴を殴り飛ばして爽快解決。そういうのが、鎌池センセイの得意とする方向性だったはずです。
 なので――主人公も軍人、敵も軍人、てのは、ちと噛み合いが悪い。
 一応は「正規軍人じゃない」などの工夫はしているんだけども、やっぱりねぇ。無理が出てくるんですよ、どうしても。さらに敵も軍人だから、「悪いこと」をさせるのが難しい。「悪いこと」させると安易になる。
 あるいはその辺の限界を突破するために「あえて」向いてない方向に進んでみたのかもしれないけど……だとしても上手く言ってるとは言いがたい。残念ながら。
 少なくとも、作者自身があとがきで「出したかった!」と言ってる「爽快感」はイマイチなかったような感じです。

 あとはまあ、やっぱりこの作者、1話目が苦手なのかな。
 世界観を伝えるのが下手というか、なんと言うか。説明セリフがどうしても引っかかっちゃうし、キャラの動きもぎこちないような気がする。
 この辺の『悪い方の個性』は前面に出ちゃってるんですよねぇ。残念なことに。


 ただまあ、それよりも何よりも。
 言っちゃ悪いけど、知識、足りてないよなぁ……。

 「新技術の開発で新兵器できて既存兵器は歯が立たなくなりました」、ここまではいい。ここまでは面白い。SF的作品の大前提としていい。
 問題はその運用。ってか、「そういうもの」が出てきた後の「軍隊」という組織の対応と適応。
 他の兵器では正面きって戦ったら勝てない超巨大兵器……それ、どう考えても「もっと小回りの効く従来兵器」に別の仕事を割り振ることになるだけでしょうに。特に歩兵の有効性はいつの時代になっても変わりはしない。「大雑把な破壊」だけなら他の兵器でも代用可能だけど、占領・制圧・施設の奪取、歩兵にしかできない仕事は山と残る。作中のオブジェクトのような「大袈裟な兵器」では絶対に埋められない穴になるし、そうなると、そこら辺がダラけるわけがあり得ないんだよなぁ。
 またオブジェクトが圧倒的になればなるほど、工作活動などの有用性は増すわけで。潜入して破壊工作とかしてオブジェクトが出撃できないようにする、あるいは直接・間接にダメージを与えるのが有用になるわけで。その辺も生身の歩兵の仕事になってくる。
 まさに主人公たちが作中で「そういうこと」をやってるのが皮肉なんだけども、でも、「それまで誰も『そういうこと』をやらなかった」「誰もロクに『そういうこと』への対策を練ってなかった」のが、なんともなぁ。

 あと『オブジェクト』が登場して主役になると、明らかに非対称な戦争が増える。ゲリラやテロの重要性が増して、そして明らかに『オブジェクト』じゃその対策にはなりえない。
 既にアメリカ軍が散々苦労してますよね。あれです。圧倒的なパワーがあるだけでは、そのパワーに真正面から挑むものが減るだけです。守るべき民衆に隠れて、爆弾仕掛けたり自爆したりする奴が増えるだけです。
 いくらオブジェクトがレーザーに下位安定式プラズマ砲にレールガンにと武装を強化してても、「吹き飛ばせば終わり」な標的として存在してなきゃ対処のしようがないわけです。
 さらに言えば、戦略ミサイルとかの価値はこれ、一切落ちてないよね。この世界の『オブジェクト』なら容易にミサイルも打ち落とせるのかもしれないけど、でも、その『オブジェクト』の絶対数が足りないって設定だし。


 別に、軍事オタク・兵器オタクになれというわけじゃないけど……
 「コモン・センス」、とでも言うべき常識は持ってないと、なぁ。
 特に戦争の非対称性の増加なんて、いや「非対称戦争」って言葉は知らなくてもだよ、日々新聞読んでニュース聞いて、分からないことあったら随時調べてりゃ、フツーに分かるはずの話だもの。
 少なくとも、「まだ自分には知らないこと多いな」、と分かるはず(そして調べる動機を持てるはず)だもの。

 信じられないほど愚かな人間ばかりがいる世界に、ただごく真っ当な常識持った人間が主人公してるだけじゃ、爽快感は感じないのですよね。
 『戦争ってどっか歪んでるよね』と作者が思うのは勝手だけども、『どうせ歪んでる』って先入観持って調べを怠る・軍人がアホの集まりでも違和感感じない、となると、これはね。どうにもね。

 他にも地政学的な常識を無視した(知っててブッチ切ったのではなく、明らかに知らない)国連崩壊後の世界の国家形態だとか、オーストラリア人が知ったら猛抗議or微苦笑しつつも本ほうり捨てるんじゃね?な『オセアニア軍事国』だとか、まあ、色々と残念なことがいっぱい。
 いっそこれ、地球から離れて異世界とか他惑星とかでやればボロも出なかったかもしれないのになぁ。現実から地続きでなきゃ、アホ軍人の群れも「そういうもんか」で済まされたのかもしれないのになぁ。
 そういう判断も込みで、色々と残念な感じで。絵師は仕事頑張ってたけれども。



 結論。この一冊はオススメできません。鎌池センセイの次回作に期待しましょう。



 あ、鎌池センセイ、及びそのファンの方々、色々とごめんなさい。
 でも我慢しきれなかった。少なくとも、これは褒め称えられなかった。うん。




(2010.06.19追記
  2巻目『採用戦争』、新たに記事書きました


(2010.07.27追記
  当記事に限ってコメントを「不許可」の設定に変更しました。
  この記事を書いた時点ではこちらの考えも整理しきれておらず、かつ、検索などで引っかかるためか、この記事から随分と時間が経った今でも、こちらの記事「だけ」を見た直後の反射的な書き込み(と、思われるもの)があまりに多いので……。
  とはいえ、過去の記事を無闇に消したりするのはブログの本義にも関わりますしね。なのでちょっと誘導がてら。
  6.19の追記で挙げた2巻目を読んだ上での記事(って言っても2巻目の内容にはほとんど踏み込んでませんが)のコメント設定は弄ってないので、『ヘヴィーオブジェクト』絡みで是非ともコメントしたい!という方は(宜しければそちらのより整理された記事を読んで頂いた上で)そちらでどうぞ。)

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4 コメント

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Unknown (/)
2010-05-11 23:54:10
 ライトノベルはあくまでエンターテイメント小説であって、設定を凝るかどうかは作者の判断によるものだと思いますが。
 その設定を詰めるのに一生懸命になって、作品が完成しない、なんてことになったら本末転倒ですし。
 頭の固いSF小説や、歴史小説、推理小説みたく、「これはこうでなければならない」というものはライトノベルにはないはずです。
 そういう事を求める人はいますが、本質的にはエンターテイメントであって、設定集ではないと思います。
 もし設定が重要なら、ライトノベルで出ているファンタジーも「中世時代を調べてない!」と言われ、没になってるはずですし。
 そもそもライトノベル作家に厳密な設定と表現を求めることが間違っていると思いますよ。
Unknown (削)
2010-06-10 08:39:12
おもしろいョ?
3コメ目 (謎の女)
2010-06-18 13:59:35
「本を読む」という行為は人によって様々だと思います。
「考えながら読む」という癖がついている人にとって、こういった設定の甘さが「気になる」ことはあるでしょう。
私も今回のボマー氏の意見と同じく、設定が原因による一種の「空々しさ」から、さらに「白々しさ」を感じるほどになってしまった部分もありました。
主人公の職務に関する意識にしてもやはりおかしいでしょう。
整備でヘマをやらかしてヒロインを窒息させかけますが、あれが許されるなら主人公達は気合と根性だけで下位安定式プラズマ砲を「無効化」出来るだけの雰囲気を既に醸造してしまっています。
SF、歴史、推理小説にも「こうでなければならない」というものはありません。
しかし、「考えながら読む」という癖がついている人にとってはこの作品の表現がもつ違和感(例えば「世界設定」と「作中の組織の意識」との矛盾)にどうしても足を引っ張られることはあるだろうと思います。
??? (思惑)
2010-07-07 18:35:06
え、普通に面白かったけど?w
つか、世界観や価値観は人それぞれだし、それ以前に勝手に作者の味を理解したつもりでいるってのはどうなの?(笑