本棚に爆弾

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『ヘヴィーオブジェクト 採用戦争 (2巻)』――長所を損ねたまま続いてしまった2巻目

2010年06月19日 21時20分31秒 | 本:ラノベ
 先日の記事で予告していた話。


 既に1巻(無印ヘヴィーオブジェクト)の記事でもコメントしましたが……2巻(『採用戦争』)も、やはり残念、そして勿体無い作品でした。

 1巻の時点で、ある程度2巻目の厳しさの予想はついていたのですが……しかし、予想と期待は異なるもの。2巻目の厳しさを「予想」すると同時に、私の「予想」を上回るリカバリーで持ち直すことを本気で「期待」してもいたのです。デビュー作だった『禁書目録』を見る限りでは、少なくとも設定の整合性の面では比較的スロースターターな作家のようですし、後付設定は比較的上手い方に見えました。
 散々酷評はしましたが、その一方で「こちらの予想もしていなかった新たな補助線を引くことで、一気に挽回してくれるのではないか」とも期待したのです。

 ですが――ダメでした。
 1巻の時点で容易に想像のついた、基本設定の甘さ・問題点が、ダイレクトに2巻以降に反映された代物になってしまっていました。2巻で持ち直すどころか、1巻目で見えていてもおかしくない大きな落とし穴に、真正面から踏み込んでしまった印象です。

 とはいえ、前回の記事の段階では、私もそれらの問題点を感覚的に把握していただけであって、きっちりと分析できていたわけではありませんでした。
 「このまま進んだらコケるだろうな」「作家本来の持ち味を十分に発揮できない事態に陥るだろうな」、という直感こそあれ、「それが何故か?」を綺麗に説明できる状態ではなかったのです。

 では、それをちゃんと言葉にしてみよう。論理の筋を整理してみよう。それが今回の記事の目的です。


 そもそもの大前提として――鎌池和馬先生は、ラノベ作家としては相当にパワーのある人です。
 読者の眼だって節穴じゃありません。多少は運やタイミングに恵まれたにせよ、『とある魔術の禁書目録』という超ヒット作を打ち出したのは紛れもなく鎌池先生の実力であり、能力です。
 初期の数巻では構成の荒さなども目に付きましたが、巻を重ねるごとに作家としての技術は確実に上がってきています。

 ただ。
 鎌池先生の特徴的なところは、「欠点を減らす」方向で成長していったというより、「欠点など問題にならないほどに長所を伸ばしていく」方向に進んだことです。(少なくとも、私はそう見ます。そしてラノベ業界でも、こういう方向性に進んだ方は比較的珍しいのではないか、とも思います)
 既に『禁書目録』でも、作中の設定や行動に対して散々ツッコミが入っています。やれ「あの展開は強引過ぎる」だの、やれ「あの設定はおかしい」だの、やれ「あの作戦はおかしい」だの。しかしそれらのツッコミは、大抵の場合は微苦笑のニュアンスを込めて語られます。本気で嫌悪されたり、本気で馬鹿にされたりすることは滅多にありません。少なくとも、私はあまり聞いたことがありません。
 何故か。
 それは、そういったツッコミもバカらしくなるほどのパワーが、ちゃんと留保されているから、ではないでしょうか。
 王道ながらも骨太のストーリーライン、思わずニヤリとしてしまう日常シーン、展開は読めてしまうのに熱くなるしかないような熱血セリフの数々。
 多少展開が強引だろうとも、多少設定に瑕疵があろうとも、これらの『作家の持ち味』が細かな問題点を吹き飛ばすほどのパワーを持っている。
 そして、設定の整合性を取ったり、展開の強引さを誤魔化したりすることに長けた作家は世にごまんといるけれども、ここまでパワーある展開を「最後まで書ききれる」「毎回提供できる」作家はそう多くない。
 で、あればこそ、鎌池先生の『禁書目録』はツッコミを散々に受けながらも、愛され評価されてきた。私はそう思うのです。


 そして――『ヘヴィーオブジェクト』の最大の問題は。
 ツッコミ所が多いこと、というよりも、その『作家の持ち味』を『十分に発揮しようのない』設定やキャラ配置をしてしまったことではないか、と思うのです。

 いや、ツッコミ所はツッコミ所で多々あり、それはそれで看過しえない域にも達しているのですが……前回の記事でも主にそちらへの反応で終わってしまったのですが……しかし、それだけではこの『不完全燃焼な読後感』を説明しきれない。主観的な感覚で申し訳ないのですが、そうとしか表現しえないモヤモヤが胸に残って、それは苛烈なツッコミをしてみたところで晴れはしない。
 やはり、『禁書目録』で「ツッコミの声」を打ち消していた、あの「パワー」が損なわれている。


 『禁書目録』での鎌池先生の物語展開は、乱暴に抽象化してしまえばほぼ1つに絞れてしまいます。
 つまり、『強大な力を持った難敵に』『主人公(又はサブ主人公)が』『自分の意思で』『諦めることなく立ち向かって』『逆転勝利』
 探せば例外もあるかもしれませんし、短編集では少しまた事情は違いますが、外伝も合わせて二十余巻の『禁書目録』の基本構造はこれ1つです。
 だからと言って、別にワンパターンだと責める気はありません。それぞれの構成要素、例えば『難敵』の難敵たる所以、主人公と難敵の出会うパターン、逆転勝利の形、見せ方の工夫などで、展開は無限に広がります。
 また、この鎌池先生の基本展開は、野球投手に例えてみれば『直球剛速球投手』のようなものです。変化球を数多く操って小器用に三振を取るタイプの投手も居るけれど、得意の剛速球1本で同じくらい三振を量産する一流投手もいます。どちらが上とは一概には言えません。
 むしろここは、ブレずに己の得意分野に留まり、真っ向勝負を続ける判断の正しさに感嘆するべきでしょう。


 ――だからこそ、『ヘヴィーオブジェクト』は引っかかるのです。

 確かに『強大な難敵(敵オブジェクト)に』『主人公(主人公チーム)が』『立ち向かって』『逆転勝利』、この基本構図は同じです。
 ただ……『ヘヴィーオブジェクト』では、主人公たちは軍という組織の一員です
 これが、実に大きな違いを生むのです。

 大きなポイントは、『自分の意思で』『諦めることなく立ち向かって』の部分。
 この「主人公『だけ』が諦めない」、または「主人公が諦めないことで、他の登場人物にもその覚悟が伝播して皆が立ち上がる」、という定番の構図を産むためには、逆説的ですが「主人公以外の誰かが諦める(諦めかける)」必要がある。誰かが心折れかけて初めて、不屈の精神を持つ主人公(たち)が際立つ。敵でも味方でもいいし、後から立ち直ってもいいけど、誰かが諦めなければならない。
 しかし――軍隊、そして戦場では、皆なかなか諦めませんし、諦めるわけにはいきません。
 最初っからある程度以上の危険を承知で立っているはずの場所ですし、中途半端なところで諦めても敵に殺されるだけ。上手いこと降伏や撤退ができればいいのですが、これはこれで難しいことが多い。そして下手な逃げ方をした日には、仮に逃げ延びたとしても「逃亡兵」のレッテルが貼られて社会的に死にます。

 つまり、主人公が軍隊に所属している、という時点で、『諦めることなく立ち向かって』を「存分に魅せる」ことは非常に困難になります。対比物が乏しくなってしまい、表現が困難になるのです。
 実際、1巻の最初のエピソードでこそ、「恐慌状態に陥る友軍兵」を配置して『諦めない』主人公を立てようとしてますが……照れ隠しの言い訳だとしても、「死にたくないから」「逃げても皆殺しだから」と言ってしまっては燃える展開も燃えません。それ以降のエピソードにしても、そもそも戦場に来た理由が「命令があったから」「軍隊所属だから」で始まってしまっては……。

 命令、と言えば、『自分の意思で』の部分は『禁書目録』の上条当麻と比べると分かりやすいかと思います
 上条さんは多くの場合、「別に責任も薄く、しらばっくれて逃げても構わないような状況下で」それでも『諦めずに立ち向かう』選択をします。たまに「事実上拒否できない命令」として指名を受けることもありますが、その場合も途中で一旦状況を整理し把握しなおし、自発的な意思で改めて事態に参加しなおす、という手続きを取ることがほとんどです。
 また元々「所属のない一般人」の彼は、頼れる後ろ盾に乏しい代わりに、自分の信じる道を進むことができます。たまにイギリス清教などの外部組織と協力することはありますが、あくまで「協力」という建前です(個人的には、このあたりの匙加減は実に上手いな、と思います。かなり真面目に)。

 これに比して、「命令だから」「軍人だから」「殺さないと殺されるから」「軍功や単位が欲しいから」で戦う『ヘヴィーオブジェクト』のなんと「燃えない」ことか!
 そういった理由であれば、頑張るのは当然なわけです。別に主人公が凄いってことにはなりづらい。逆転勝利を遂げたとしても、組織内における保身と私利私欲も大いに透けて見えるから、爽快感に浸りきれない。

 それでいて、例えば「命令が気に喰わないから」命令に反して自発的な行動を始めてしまうと、彼らの正当性が損なわれてしまいます。「仕事としてやってきて」「所属組織に装備から生活保障から全て依存していて」それでいて「自分の意思で勝手に動くよ!」は通らない。世の中の常識として通らない。
 もちろん、問題のある命令が下りてくれば正当な手続きで抗議するのは当然ですし、その抗議のためのシステムが機能不全を起こしているなら、超法規的な荒療治が必要になることもあります……が、その場合は「軍事裁判も覚悟の上、下手すりゃ銃殺されても仕方ない」くらいの覚悟が必要になってくる。説教一時間、で済む話ではない。最低でも職を辞する・組織を去る、くらいのことは視野に入ってきます。
 しかし、毎回毎回「軍事裁判の覚悟完了!」などとやっていては進む話も進みませんし……。
 大体、これはこれで、真正面に据えればそれだけで「大きな物語1つ」語れるほどの大テーマなのです。「ついで」でこなすのはかなり難しい。


 ……と、考えれば考えるほど、「主人公が軍隊組織所属」というのは「鎌池先生向きではない」
 あるいは小器用に変化球を沢山使い分けるタイプの作家なら、この設定でもなんとでもなったのかもしれません。けれど、鎌池先生はそういうタイプには見えない。直球剛速球タイプで、あのライン1本で勝負の鎌池先生に上手く扱える領域には見えない。
 あるいは『ヘヴィーオブジェクト』自体、剛速球一本槍に不安を抱いた作家や編集が、「新しい変化球」を模索するべく挑戦した「挑戦の軌跡」だったのかもしれません。もしそうだとすれば、そのチャレンジ精神自体は称賛したいところではありますが、お世辞にも上手く行ったとは言い難い。もしそうだとすれば中途半端に『禁書目録』の『直球剛速球』のクセが残ってしまっている。球種改造、という一点に限っては大失敗です。


 出版社にも商売がありますし、作家にも生活はあります。嫌な話ではありますが、そういった生臭い事情もあって2巻目まで続いたのかもしれません(実際、1巻目の評判を見てから、とは思えないタイミングで漫画化も始まっていますし。別に出版社側の裏事情とかは知らないのですけど)。
 商売は大事です。商売で成功すればこそ、出版社も作家も「次の挑戦」ができます。ここで商魂逞しい人々を、その志が低いと批難する気はさらさらありません……が、しかし、むしろ商売だからこそ言いたい。
 つまり、『ヘヴィーオブジェクト』はもう諦めた方がいいのでは、と。
 2巻目でコレなら、延々引っ張ったところで傷口広げる一方なんじゃないかなー、と傍目にも心配してしまいます。あるいは遅効性の毒になるのではないか、と。こんなとこで『諦めることなく立ち向かって』も仕方ありません。
 また、鎌池先生の圧倒的パワーに期待する一読者としても、かなり本気で『ヘヴィーオブジェクト』を終えた「その次の挑戦」を期待したいのです。前回の記事のラストでも軽く言いましたけどね。


 ……細かいツッコミ所は山とあって、そっちでもいくつか「どーしても触れておきたい所」が残っています。
 別に鎌池先生個人の知識不足を責めたいわけではなく、むしろ、ラノベ界全般・漫画やアニメの世界全般でけっこう見られる、ある種の「無知と無自覚」について、凄く気になることがあります。
 ただまあ、ちょっと話を練ってみたらやたらとデカい話になりそうなので、こちらはまた後日別の記事にしようかな、とも思います。
 相変わらず予定は未定ですけどね。

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14 コメント

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Unknown (なんかコメントするのも畏れ多いんですが)
2010-06-25 21:41:46
もう少し柔軟に考えてみてはいかがですかね?と、思うのですよ。
なかなか鋭い見方はしているとは思うんですけどね、いくらか偏見と言うか、固定的な観念があると思います。
ただ、こういう否定的なご意見も作者様には大事な事だとは思いますけどね。

ホント差し出がましいことを言ってすいませんでした、失礼します。

あ、わたしはこの作品嫌いではないですよ。
Unknown (HA)
2010-09-06 23:32:27
大人気作家の作品だし、自分の感性がおかしいのかと思っていましたが、同じことを感じていらした方がいたので少しホッとしました。
でもコメントを見る限り、やっぱ少数派ですね…。
無責任に意見 (zip)
2010-11-08 17:16:16
自分はお姫様が可愛いからそれでもう充分だというタチなので、この作品を批判しようという気は起きませんが、貴方の感想を拝読していると割と納得しました。正しいと思います。

個人的にも、禁書と比べてしまえば二段階ぐらいグレードが落ちてるなと思う作品です。

ですがそれだけであって、面白いことは面白いですし(知識がないからかもしれませんが)、例えば2巻ではババロア云々のやり取りには爆笑しました。深く捉えようとすると面白味も半減するんじゃないですか?
Unknown ( )
2011-03-20 10:40:54
禁書よりこっちのほうが好きになった俺は異端なのか?
かまちーの作品は基本的に何も考えずにリラックスしながら読める作品だと思っているので
そんな深いことを考えて読んだ試しが一度もありませんでしたよ
Unknown (Unknown)
2011-03-24 01:32:06
自分も禁書目録よりもこちらが好きなタイプなんですが
自分としては戦争というわりかし重いテーマを題材にしているからこそ
世界感や設定が甘さが必要なんだと思うし あまりにリアリティを出し過ぎると
それはそれで今出てる面白味がつぶれると思う。
禁書目録のように絶対的な力を持つ主人公がそれにおんぶにだっこで戦うよりは
ヘヴィーオブジェクトのように知恵と気転で敵を何とか倒すこちらの方が自分には面白い。
それにどうみても禁書目録とは若干物語の方向性が違うのだからあまり比べない方がいい
むしろ禁書目録の作者という意識は捨てた方がいいと思う。
この本文からは期待し過ぎて裏切られました感がものすごく漂ってる。
ライトノベルなんだしもっと気軽に軽く読めばいいのでは
Unknown (Unknown)
2011-04-22 12:47:27
ラノベなんだから深く考えずに読めってコメが寄せられているけど、それって単なる思考停止でしょ。
Unknown (Unknown)
2011-05-09 19:16:57
この作品の悪いところがよく見えるのですね。
私も禁書よりこっち派です。
へヴィーオブジェクトのなんと燃えないことか、とおっしゃっていますが、そんなことはないと思っています。
確かに「命令だから」「ころさないところされるから」という理由もなくはありません。しかし、それだけでしょうか。
犠牲となるエリートを見捨てられないという思いは、果たして命令云々と関係があるのでしょうか。
例え上官に逃げろと命令されても、それを無視してまでエリートを助けようとする主人公は「命令だから」戦うただの一兵卒ではないはずです。
主人公は軍の一員ではありますが、個人としての立派な意思を持っていると思います。
また、鎌池先生向きではないなどと思っていらっしゃるようですが、『とある魔術の禁書目録』という一つの作品から『鎌池和馬』という作家を限定し過ぎに思います。
また、この文章を読んでいる限り、悪い点ばかりに目がいっていて、良い点に気付いていないのではと思ってしまいます。
悪い点には自然と目につきます。
その中で良い点を見つけるということは、素晴らしい能力だと思います。
こうして悪い点ばかりを並べるのではなく、良い点を探してみてはいかがでしょうか。
Unknown (Unknown)
2011-05-24 07:58:21
>>対比物が乏しくなってしまい、表現が困難になるのです。

果たして本当にそうでしょうか?物語に登場する軍隊の面々は戦闘に対して積極的でしたか?大多数が消極的で、直ぐに諦めようとします。何故ならこの世界の戦争が、現実の戦争とは異質なものへと変貌しているからです。その辺りの描写は一巻の序盤にあります。つまり、比較対照として十分に機能しています。
あと、1巻の記事のコメントは是非許可してください。あちら側で論ずるべき話題は多いです。特にオブジェクトという兵器の存在意義について、貴方は適当に理解できていません。
今更すいませんorz (たぬき)
2011-06-10 00:26:59
大変申し訳ないのですが、その意見には反対です。
私はむしろ、禁書より此方の方が好きです。
確かに2巻は少々残念な出来でしたが、3巻で巻き返していると思います。

要するに、欠点ばかり言ってるんじゃない、良良い所は幾らでもある。自分の好みじゃないからと言って批判するのは可笑しい。

大変失礼ですが、是が私の意見です。
 (名無し)
2011-07-18 08:56:27
なぜラノベにそこまで求めるのかね?
あと勝手に作者のことを悪い方向に評価しても批判されるだけですよ。思考停止やらなんやら言っている人は無視して。

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