吟遊詩人の唄

嵯峨信之を中心に好きな詩を気ままに綴ります。

ほぐす/吉野弘

2008-11-23 03:30:09 | 吉野弘


小包みの紐の結び目をほぐしながら
思ってみる
ーー結ぶときより、ほぐすとき
すこしの辛抱が要るようだと

人と人との愛欲の
日々に連らねる熱い結び目も
冷めてからあと、ほぐさねばならないとき
多くのつらい時を費やすように

紐であれ、愛欲であれ、結ぶときは
「結ぶ」とも気付かぬのではないか
ほぐすときになって、はじめて
結んだことに気付くのではないか

だから、別れる二人は、それぞれに
記憶の中の、入りくんだ縺れに手を当て
結び目のどれもが思いのほか固いのを
涙もなしに、なつかしむのではないか

互いのきづなを
あとで絶つことになろうなどとは
万に一つも考えていなかった日の幸福の結び目
ーーその確かな証拠を見つけでもしたように

小包みの結び目って
どうしてこうも固いんだろう、などと
呟きながらほぐした日もあったのを
寒々と、思い出したりして

出発/黒田三郎

2008-11-21 13:59:35 | 黒田三郎


 どこか遠くの方から見ていたい
 感動している自分を
 感動して我を忘れてとんでゆく自分を
 どこか遠くの方から見ていたい

 息を切らしてしまってはいけない
 よそ見してはいけない
 心ひそかにそう念じながら
 どこか遠くの方からみていたい

 あおいじつにあおい
 その遠くの空の彼方へ
 今はそれだけが私の仕事だ
 荒々しく私は私を投げつける
 紋白蝶のようにかるがるといってしまうようにと
 眼をとじながら私は私を投げつける
 足元に落ちて高雅な陶器のように砕けないようにと

短夜/嵯峨信之

2008-11-21 13:13:47 | 嵯峨信之
 動物のように恥じることなく死にたい
 という言葉が
 ぼくを捉えて放さない

 大きな石に抱かれているその言葉は
 いつまでも孵化しない

 その言葉を鏡面にふかく刻みつけて
 ぼくは夏の短夜をひとりはなれて眠る
      *
 永遠はなにも言わない
 ただ時の鐘をつるしているだけだ 

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