吟遊詩人の唄

嵯峨信之を中心に好きな詩を気ままに綴ります。

December Fool / 浜田裕介

2008-12-25 14:09:23 | 浜田裕介
一人で聴くバラードは妙に嘘っぽくて
部屋の灯り消せば又眠れない夜が始まる
死ぬ程君に会いたい夜に別の誰かを呼び出し
疲れた朝のベットで又一歩君から離れた気になる
街は浮かれて回るメリーゴーランド
せめて伝えたい 君だけにメリークリスマス
君はきっと笑うだろう 「あなたらしくもない」って
気紛れかもしれないけれど 君しか愛せない

浮かれている人並みを逆の方へ歩いた
似ている人だけの人と知ってても必死に背中を追い掛けて
真白な雪でさえこの街の路上では
すぐに色褪せる それはまるで僕の暮らしと同じみたいに
鮮やかなネオンには見劣りするプレゼント
せめて伝えたい君だけにメリークリスマス
君の街に行く列車は今夜はもう終わってる
勘違いかも知れないけれど 君しか愛せない

今更マジなんて思われたくもないさ 最初から洒落にするつもりだったし
街に流れてる優しい歌のせいさ 忘れたはずなのに似合わないメリー・クリスマス

言葉になる愛なんて信じてもいないさ
下手な嘘だと聞き流してもいい 君しか愛せない
デタラメだとは思うけれども もう 君しか愛せない



鄙ぶりの唄/茨木のり子

2008-12-22 13:51:10 | 茨木のり子
それぞれの土から
陽炎のように
ふっと匂い立った旋律がある
愛されてひとびとに
永くうたいつがれてきた民謡がある
なぜ国歌など
ものもしくうたう必要がありましょう
おおかたは侵略の血でよごれ
腹黒の過去を隠しもちながら
口を拭って起立して
直立不動でうたわなければならないか
聞かなければならないか
   私は立たない 坐っています
演奏なくてはさみしい時は
民謡こそがふさわしい
さくらさくら
草競馬
アビニョンの橋で
ヴォルガの舟唄
アリラン峠
ブンガワンソロ
それぞれの山や河が薫りたち
野に風は渡ってゆくでしょう
それならいっしょにハモります

  ちょいと出ました三角野郎が
八木節もいいな
やけのやんぱち 鄙ぶりの唄
われらのリズムにぴったしで

夜を見てた/浜田裕介

2008-12-17 09:31:00 | 浜田裕介
高いビルの上から見つけた天使が
交差点の人混みで君に変わったよ
街は今日も悪戯に満たされていて
君だけが寂しさを笑顔に含ませてた

雨のピアノに合わせて君が踏んだステップは
僕の遠い悲しみにやさしく触れた

全てが運命の気まぐれで構わない
今夜君のそばで夜を感じてたい

何度も変わるシグナル 通り過ぎるヘッドライト
君と出会うまでひとりでずっと夜を見てた

「恋は寂しさが見せるただの幻だから
あまり好きじゃないの」と君が微笑む

昔君に似た人を愛したことがある
幼さや未熟さでひどく傷つけた

今夜かわした約束を明日憶えてなくていい
だから僕の問いかけに頷いてくれ

強くなくていい 負けてばかりでいい
僕と君にしか見えないものがある
それが痛みでいい 悲しみで構わない
雨が上がるまでふたりでずっと夜を見てた

君を最初に見たとき胸が少し軋んだ
それは笑顔よりも切なさに似てた
何度も変わるシグナル 通り過ぎるヘッドライト
雨は上がっても 二人はずっと夜を見てる……



ニーナ/矢野絢子

2008-12-16 15:32:39 | 矢野絢子

その椅子は木で出来た丈夫な椅子
こげ茶色のクッション木彫り花模様肘掛
背もたれの両端には小さな赤い石
それはそれは美しい木の椅子だった

その椅子を作ったのは椅子職人の爺さん
曲がった腰慣れた手つき鋭い目
出来上がった椅子があんまり美しかったので
死んだ妻の名前をこっそり入れたのさ

店先に置いた椅子はすぐに客の目に留まり
やってくる客についつい爺さん「売り物じゃない」という
何人めかの客が来てしばらく話し
爺さんはついに言った「売りましょう」と

椅子は大きな屋敷の大きな広間に置かれた
毎夜止まぬ音楽と夢のようなダンスの日々
主人はいつも椅子の前に座り椅子には
いつも美しいドレスの女が腰掛けた

時は砂のように流れ屋敷は古びてゆく
主人が椅子だけを眺める日々が続いた
美しいあのドレスの女は現れなかった
音楽はやみ主人は立ち上がった
ある朝椅子はたくさんの家具とトラックに乗った

椅子は海を渡る旅をした
揺れる揺れる船の底荒い波の音
夜更けにかすかに聞こえるピアノのワルツ
少しだけくたびれた椅子を乗せて

旅を終えた椅子を一人暮らしの老婦人の元へ
いつもきちんとした身なりパンを上手に焼く
飼っている猫は灰色の老猫で
椅子の上に丸まって婦人の話をよく聞いた

話はもっぱら夫の話
もう十年もあちこち旅をしてる
愛しい人の手紙を少女のように猫に聞かせる

婦人の足が悪くなり日がなベッドで横になる
傍らにはいつも椅子と灰色猫
何度も同じ手紙を大事に大事に読み返す

よく晴れた昼下がり眠る婦人の枕元
一人の男が現れた
古びた椅子に座り古びた婦人の手を握り
そして眠る婦人にそっと口付けしたのさ
猫はナァナァないていた

古道具屋の暗い部屋でも椅子は人の目を引いた
めがね主人は丁寧に椅子の傷を取りがたを直した
クッションはここで赤い茶色に張り替えられた
よく笑う若い夫婦は一目で椅子に目をつけた

椅子は始めたばかりの小さなカフェの窓辺
若い夫婦はよく働き椅子はいつもピカピカ
その年妻は子供を宿し
夫婦は抱き合って喜んだ

何度も壊れ直された足はちび肘掛は擦り切れたが
小さな赤い石はきちんと二つ光ってる
今ではもう五歳になった娘はやんちゃな悪戯っ子
椅子の下海底ごっこ思わず目を輝かす

「何か彫ってあるよ母さん
 ねぇ、素敵だわ
 きっとこの椅子の名前だわ
 わたしと同じ名前なのね」
ニーナ!ニーナ!
娘は椅子をそう呼んだ

その晩椅子はいつもの窓辺
夜空は水のように澄み切っていた
誰にも聞こえない小さな音が
椅子から溢れ始めた





カフェの常連 大きなお尻 夫婦の笑い声
けんかの声 めがね主人の咳払い
埃っぽい古道具屋 老婦人のお話 猫の尻尾

現れた男の涙 揺れる船の底 波の音
ピアノのワルツ 大広間の音楽 絹のドレス
男の眼差し ショーウィンドゥの前行き交う人々
木屑の匂い 力強い掌 しわがれた声

「ニーナ」

次の日娘が目を覚ますと
椅子は足が壊れて窓辺に転がっていた
夫婦は娘の髪を撫でた
「もうお疲れ様と言ってあげよう」

その椅子を作ったのは椅子職人の爺さん
曲がった腰慣れた手つき鋭い目
出来上がった椅子があんまり美しかったので
死んだ妻の名前をこっそり入れたのさ




箴言/嵯峨信之

2008-12-09 15:37:29 | 嵯峨信之
愛はある周辺から始まるが
死は直接その中心に向かってやってくる
愛は所有のたえざるくりかえしだが
死は所有そのものをしずかに所有する
愛は死に奉仕しながらその中でゆき暮れる
死は愛に近づきつつ遠ざかる
そして人間はその二つのものの唯一の通路である

空/嵯峨信之

2008-12-04 12:53:54 | 嵯峨信之
どんな小さな窓からも空は見える
どんな大きな窓からも空は見える
その二つの大きな空は垂れさがったおなじ一つの空だ
わたしはその空をひき下ろそうとしたが
空はどこまでもつづいてはてしがない

いつも
どこにいても
白い空はわたしを閉じこめている
一つの大きな心のように

しかし わたしになにか気に入ったことがあると
青いいきいきした空が
わたしの心のなかの遠くに見える
その空はきっとわたしが生まれた日の空だ
もしそうでなければ
その遠い空をながめていると
きゅうにこう眠くなるはずがない

GAZA