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88グリーンビートル

活動内容や、案内

東京 ガーデニングの旅 三越屋上庭園

2025年08月19日 | 日記
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東京の庭 日本橋三越屋上庭園



日本橋三越本店に素晴らしい屋上庭園があると聞き、見にいってきました。

昔はデパートの屋上といえば、電気で動くこども自動車があって、順番待ちするくらい人気がありましたが、いまはこうして都会のオアシス的な存在になっています。





周囲を落葉樹を主体に里山をイメージして植えられた木々に囲まれて、プールのような大きな池があります。

この池は水面だけを見ていると、一見深そうに見えるけれど、わずか3センチの深さという話に驚いて、いったいどのようになっているのか、みてみたくなりました。指を突っ込んで、水の深さを測ったら、第2関節まででした。底には、玉石が敷いてあり、藻が付着していました。


仮に深さ1mで、面積200㎡の池があったとしたら、重量は200トンにもなるので、それを屋上につくるのは大変です。水深をわずか3センチにして、それらしく深い池に見せているのは、さすがだなと思いました。

このデパートのように、すべてのビルがこうして木や草を使った自然風の庭を屋上につくれば、社員はもとより、訪れた人たちの憩いの場にもなるので、ぜひ
都市計画の一環として普及してほしいものです。

こういう庭をつくったり、維持管理していくのに、どういう問題点あるのか技術的なことも含めて、、まずそれを知りたいと思いました。

この池で生まれたのか、どこからか飛来してきたのか、トンボが数匹池の上をとんでいました。

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庭師のブログ やっとわかった縄文時代

2025年08月13日 | 日記
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第50話:やっとわかった縄文時代

博物館に行くと必ず人類の進化のコーナーがあります。サルから現代人まで一列に並んで歩いている、あの見慣れた図を見ながら、人間の先祖はサルだったのだなと納得し、さっと通り過ぎていきます。

最近、縄文時代に興味があって、一体縄文人は、何者で、いつから日本にいたのだろうと、急に知りたくなりました。

私のこれまでのあやふやな知識では、チンパンジーから出発し、二本足で歩く猿人、原人が現れ、それが更に進化して、今の人間になります。

ところが人間といっても、ネアンデルタール人や、クロマニヨン人がいて、いったい今の私達人間との関係はどうなっているんだろうというのが、今一つよくわかりませんでした。

そんな折、国立科学博物館で、ちょうど氷河期の特別展「人類が見た4万年前の世界」をやっているのを知り、キャンプ地の茅野から特急あずさに乗って、上野に向いました。

氷河期は、地球が凍ってとても寒い時代でしたが、地球中が氷に覆われていたわけではなく、ちゃんと草原などもあり、大型動物も暮らしていました。

とはいっても寒いので、氷河期以前からいたマンモスも、シカも、ウシも、クマも,サイも、みんなふさふさした毛でおおわれるように進化しました。










丁度そのころ、地上にはヒト属のホモ・サピエンス(現代の人間の先祖)と、ホモ・ネアンデルタレンシス(ネアンタール人)が棲んでいました。

この両者は同じヒト属ですが、種が違う別々の動物です。

例えば、イヌとオオカミは違うように見えるけど実は同じ種なのですが、犬とコヨーテは同じイヌ属でも別の種類です。ネアンデルタール人が、クロマニヨン人に進化したのではなく、形はよく似てるけど、イヌとコヨーテのように、もともと別の種なのです。

40万年ほど前から、地球上には、猿人から進化したこのホモ・ネアンデルタレンシス(ネアンデルタール人)が棲んでいました。

ところが時を同じくして、アフリカにも同じヒト属のホモ・サピエンスが棲んでいました。そして、今から10万年ほど前、このホモ・サピエンスはアフリカからヨーロッパへと移動をはじめます。

ホモ・サピエンスもまた石器を使っていましたが,石器などの道具の性能もよく、また脳が発達して頭もよいので、ネアンデルタール人より上手に狩りをしました。彼らはマンモスだけでなく、ついでにネアンデルタール人を行く先々でやっつけていくので、とうとう3万年ほど前に、ネアンデルタール人は地上から消滅しました。

そうなると、地上はホモ・サピエンスだけになります。

クロマニヨン人というのは、フランスのクロマニヨンの洞窟で発掘されたホモ・サピエンスのことです。骨格から肉付けしていくと、こんな風貌だそうです。(写真)西部劇に出てくるジェームス・コバーンみたいなかっこいいヒトが、もうこの原始時代にいたのです。



容姿は気候風土によって変わってくるので、世界中にジェームス・コバーンがいたわけではありません。シベリアや中国に落ち着いたホモ・サピエンスは、アジアっぽい顔に、インドネシアの方に落ち着いたホモ・サピエンスは、南方系の顔になっていきました。

以前沖縄県立博物館でみた、港川人(港川遺跡から発掘された日本最古のホモ・サピエンス)は、この南方系の顔だちです。

だから、もし名古屋で3万年前のヒトの化石が発見されたら、クロマニヨン人みたいに、ホモ・サピエンス名古屋人と命名されるかもしれません。

このホモ・サピエンス名古屋人(仮称/もちろんそんな種はない)は、南方ルートで入ってきたホモ・サピエンスと、海を渡って大陸から入ってきたホモ・サピエンスと、氷河期に陸続きだった樺太の方から入ってきたホモ・サピエンスが、名古屋の地で合体して、3つの種が混じりあってできたという風に、私なりに解釈しました。同じ日本でも、地方によって、なんとなく顔立ちが違うのは、たぶんこの3つの入り混ざり具合だと思うと、納得できそうです。

貝や、木の実を食べていたホモ・サピエンス名古屋人(仮称)も、やがて縄目で模様などつけた土器を作るようになり、基本的には今の私たちと変わらず、家も建て、着る服をつくり、煮炊きする生活文化をもった「縄文時代」が始まります。およそ1万3000年くらい前のことです。

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長野 ガーデニングの旅 ラ・カシア・ヒーリング・ガーデン

2025年08月11日 | 日記
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長野の庭 ラ・カシア・ヒーリング・ガーデン


北アルプスからの地下水が湧き出て、池面の水が透き通り、池底の玉石もくっきり見ええる清々しい池。


蓼科から松本に出て、大糸線に沿って1時間程北へ車を走らすと、ラ・カシア・ヒーリング・ガーデンの森が見えてきます。

今回で2回目になりますが、前回よりずいぶん植物が成長して、落ち着いた雰囲気の庭になっていました。(2年前に訪れたラカシアガーデン)

それほど大きな庭園ではないので、同じような写真の紹介になりますが、デザインもよく、手入れも行き届いて、本当に気持ちのいいガーデンなので、感じたままの写真を載せておきます。見学は、人数を制限した予約制なので、静かに見て回ることができました。















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2025年8月 庭師の雑記帳/縄文のビーナス、火起こし術

2025年08月10日 | 日記
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火起こし術 250811



今回は、同じところに12日間滞在するので、初めてオートキャンプ場を利用しました。

費用を安く上げるためではなく、あえて言えば、久しぶりにそういう生活がしたかったからです。

100㎡ほどの敷地に、車を止めて、テントをはるのですが、私のように一人できても、大勢で来ても、基本使用料は一日6600円です。今回アウトドアショップに行って、一人用テントを買ってきたました。その分を加えると、10万円を超え、ビジネスホテルにとまるのと同じくらいになりました。

食事にしても、外で食べるか、みんなのように卓上コンロなどで作れば済むところですが、新聞を燃やして、火を起こし、煙をよけながら一杯の紅茶を飲む、そんな無駄だらけのことが、私にとって限りなく贅沢な趣味なのです。


私がまだ若かったころ、フィリピンのミンダナオ島の最高峰マウント・ハルコンの頂上を目指したことがあります。

ジャングルを抜け出た尾根で雨が降り始めました。途中の山奥の部落で雇った若者2人は、蛮刀で切った木を燃やして、私のために火を起こそうとしますが、ケロシン(灯油)を振りかけても、一向に木は燃えません。瓶の中のケロシンが残り少なくなってきたころ、やっと私のいうことに耳を貸して、じゃあ、やってみろということになりました。

私は、薪を組みなおして、ケロシンをほんの少しふりかけ、マッチで火をつけると、すぐに勢い良く燃え始めました。

私は、彼らの自尊心を傷つけないようにこう言いました。

「日本は雨の多い国だから、日本人は、子供のころからみんなこうして火を起こしている」

もちろんこれは嘘で、当時、近所の子供を集めて、野外キャンプを指導していましたので、低学年の児童でも、自分で火が起こせるよう私が考え出した100発100中の火起こし術です。

そんなことを懐かしく思いながら、時間をかけて薪を細く割り、ていねいに組んで、軟らかく燃え上る炎を眺める朝のひと時が、蓼科の日課でした。


火起こしの手順

キャンプ場は、直焚きは禁止されていますので、用意してきた七輪の上に、細く切った薪を並べます。隙間は1センチ以内です。新聞紙に火をつけ、3段に組んだ薪の下に入れます。薪割からここまでが5分。火が起こったらそのままにして崩れ落ちるのを待ちます。その上に、鉈で薄く割った炭をどんどん積んでいきます。

5分くらいで、崩れ落ちた薪は燃え尽きますが、底の方に赤く火のついた炭が広がり始めます。さらに太い炭も足していき、あとはそのまま放置します。そして、20分も経てばどんな料理でもできる炭火コンロになります。



縄文のビーナス 250810

このところ、縄文時代が注目を浴びています。

文字などにより、歴史がしっかりしているのが、奈良時代、平安時代から、現代まで続く1500年。

その前の500年は、日本各地に豪族がいて、それらをまとめていた大和政権があったをされる謎の古墳時代。

そこから前は、弥生時代と言われている、稲作文化の1000年。

さらにその前が、約1万年も続いた縄文時代というのが、私の認識です。その縄文時代も1万年も続けば、石器や、土器にも変化というか進歩がみられ、前期、中期、後期と大まかに分けられています。

今回、暑い名古屋の夏を避けて、12日間、長野県蓼科のキャンプ場で過ごしました。この八ガ岳山麓は、縄文時代の日本の中心地だったらしく、集落跡からおびただしい土器などが発掘されています。その中から、後に国宝に指定された有名な「縄文のビーナス」と、「仮面の女神」が見つかりました。



これまで写真などで何度も目にしているのですが、ただの不細工な土偶としか思っていなかったものが、陳列ケースに納まり、照明を浴びると、何か神々しくみえました。本物に触れることは、こういうことだと思います。

しかし、「縄文のビーナス」というのは、ちょっと言い過ぎで、「縄文の娘」くらいの方が、親しみがあっていいように思うのですが。

(長野県茅野市 尖石縄文考古館にて)



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2025年7月 庭師の雑記帳/みのむし、雲の下作戦

2025年07月13日 | 日記
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最近見かけなくなったムシ 250725


私が子供のころからいたムシが、最近あまり見なくなりました。ミノムシがそうです。

ミノムシは、木の葉などをまとって、桜などの葉を食い尽くすくらい、どこにでもいたものです。はさみで身体を覆っているいわゆる蓑(みの)を切り取り、なかのムシを取り出すと、でっぷり太った黒い幼虫が出てきます。顔はいかつく、固くて大きなあごを動かしています。あれで、木の葉をガジガジと食べつくすのです。人を襲ったりしないけど、害虫かといえば、害虫です。

高校生の時、そんなミノムシの幼虫を2匹裸にして、箱に入れました。箱には実験用に細かく切ったいろいろな色の布切れが敷いてあります。
はたしてミノムシは、葉の代わりに、布切れで“蓑(ミノ)”をつくるだろうか。

結果は大成功でした。

翌朝、カラフルなミノムシが2つできていました。私はその2匹を、庭のキンモクセイに移してやりました。それぞれ木の端と端にくっつけ、どういう動きをするのか観察するためです。

翌日だったか、翌々日だったか、そんなことはすっかり忘れていた私は、ふと庭に目をやると、なんど二つのカラフルなミノムシが、木の上の方に仲良く二つ並んでぶら下がっていました。お互いに何かサインを出しあって、近づいたのではないかと思いました。


雲の下作戦 250713


7月。

35度を超える真夏日。容赦なく照り付ける太陽の下で作業をしていると、さすがの私も熱中症になってしまいそうに思える時があります。私が、これまで熱中症にならずにきたのは、夏の暑さに慣れてれていることもありますが、好きな時に休んで、好きなだけ氷水を飲める自由があるからで、これが「一人親方」のいいところであります。

そうは言うものの、休んだ後には、また炎天下での作業が待っています。そこで、最近試しに取り入れてみたのが、「早朝作業」と、「雲の下作業」です。

朝5時頃自宅を出ます。道路も混んでないので、30分後にはもう作業を開始。そして暑くなり始める10時には、その日の作業は終了します。

更に加えて、太陽の日差しが遮られる雲がある時を見計らって、作業をするのが「雲の下作戦」です。つまり、雲の切れ目は、太陽が照り付けるので、作業は中断して、木陰や建物の陰で休みます。しかし雲は動いているので、すぐまた次の雲がやってきて、作業を続行します。照ったら休み,曇ったら作業。この「雲の下作戦」を取り入れると、夕方まで作業ができることもあります。

空調服は、初期にでたのと、2年前に買ったのと、2つ持っていますが、炎天下では、熱い風が入ってくるだけで、私には向いていないようです。アイスノンを併用すると、寒いくらい涼しいという人もいますが、作業服が更に重くなり、それを冷やすための冷凍庫も持ち歩かねばならず、そうまでして仕事をこなさなくても、太陽の照っている時は、木陰でやすむ、このシンプルな「雲の下作戦」こそ、無理なく夏を乗り切る一番いい方法です、私には。

同業者には、1カ月以上夏は仕事をしないという人もいる中で、私のように上手に太陽と付き合えば、夏の作業もまた楽しいと思えるかもしれません。

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