バリ記 

英語関係の執筆の合間に「バリ滞在記」を掲載。今は「英語指導のコツ」が終了し、合間に「バリ島滞在記」を連載。

バリ記 32 美味しい物 / ランダ・ランダ

2020-01-14 10:39:19 | バリ記
2000年6月14日
おいしいもの

 僕の住む町は、一方が海で三方が山で囲まれ、ほんのちょっとの平地に人間が貝のように集まって住んでいる。昔は、林業と漁業で栄えた町である。
 山は、人工植林だから、なんとも不自然でいつも緑色をしているが、海の方は、少なくはなったが、磯釣り、堤防釣り、波止釣り、砂場釣り、船釣りとなんでもでき、魚種も豊富である。
二月の末あたりから三月の初旬あたりになると「えたれ」といわれる小さないわしにアブラがのりはじめ、一夜干しか一日干して、それを焼いて食べると絶妙にうまい。わずか十日程の間だから、スーパーなどにもまわらずほとんど地元の魚屋さんあたりでなくなってしまう。
 オニエビという深海のエビがある。十センチ程の頭の大きいエビだが、このエビを塩ゆでして食べる。頭の部分をはぎとるとミソがでてきてそのミソを食べる。これがまたまたおいしく「将太の寿司」という漫画のネタにもなったほどだ。
これもスーパーなどには出まわらず、料理屋でもなかなか出てこない。量多くとれないのだろう。このように東京や大阪の大 消費地に出まわらず、ここの町の料理屋でもなかなか味わえないものがある。
これは、バリ島も同じで、美味しく、少ないものは、地元産品である限り、さっさと地元でなくなってしまうのだ。地元でさっさと売れてしまうのだから、別の場所で果たして好まれるかどうかわからないものをトラックなどを使って、別の市場や業者にもっていくことはない。
 さしずめココナッツクラブ(ヤシガニ)などはその例だろう。きっと地元の誰かがうまい、うまいといって嬉々として食べているに違いない。
 川魚も海の魚も同様である。川魚などは、スーパーなどではほとんど見かけない。日本の「あまご」や「イワナ」だってそうだ。貝も、バリのレストランで見かけるのは大きくて味も上等でない「あさり」だけである。巻貝やつぶ貝のようなものは出まわらない。
 自然のおいしい食材はある地域で少量しかとれないため大量に出まわるものを使ってレストランは加工術にビジネスの命をかけて、食を提供することになる。
 美味しいものとは何か。自分が生まれ育ったところの自然と風土から取れるもの。それに、簡単でシンプルなものだ。料理屋のお茶漬けではなく、自分でお茶をかけて食べるお茶漬け。卵をかけて食べるご飯だとか、そんなものが、結局おいしいということになってしまうのでないか。
 池波正太郎の「創客商売」や「鬼平犯科帳」などで紹介される料理は、シンプルなものばかりである。これがコテコテと飾り、加工された一流シェフの料理よりも、美味しそうに思えるのだ。
 おそらくきっとバリ島の人々も少量のおいしいものを、ごくあっさりと料理して、食していると思うと、何とかそれが手に入らないものかと思ったりするし、あきらめもすぐに思い立つ。

2000年6月15日
ランダ、ランダ

 「『ランダ』って魔女、つまりオンナだよね」とエステのスタッフたちに尋ねると、彼女達はちょっと考えてから「そうよ、そうそう」と答える。
 「君らもオンナなんだから、君らの中にランダはいるよね」と次のタマを出す。???と首を傾げ、「それは、悪い行いをする、ということ? 」と聞き返してくる。
 「いや、悪い行いとか、具体的なものじゃないんだ。つまり、ランダだ。それは身体のどこかに密んでいて、悪の根っこ、どんな風にでも形を作り出す装置のようなものだ。」
 「えっ、私の身体の中にあるの? どこにあるの? 」
 「ああ誰でもオンナは持っているんだ。それがランダがオンナであるということの意味だ」
 と自分でも訳のわからない方向に行こうとしている。しかし、意外にもこの話に乗ってくるのだ。
 「私のどこにランダがいるの? 」とカーティーが聞く。僕は、すかさず「ここ。」と言ってカーティーの右脇腹の下を指でさす。えっと驚いたような様子で、右脇腹の下を見る。別の女の子は「私はどこ?」と聞いてくる。と、僕はパァっと、血液の中だとか答える。
 いい加減にいっているのに本気にしそうな雰囲気である。
 ちょっと話題を転じて、
 「オンナというのは、オトコよりも身体が強いだろう? 長生きするよね、オトコより。精神も強いだろ? オトコなんてのは見せかけだけで、本当はどうしようもなく弱くてだらしがないだろ?」
 「うん、うん」と一同五人程、うなづく。
 「これは、オンナの身体の中にランダが住んでいるからだ。だから強くて長生きするんだ」
 「ふ~ん???」とわかったようなわからないような雰囲気。
 「悪がいるから長生きするの?」
 「そうだ、まさに正解(パチパチパチと拍手)」
 「悪がいるからこそ長生きするんだ。全身、善ばっかりだったらどうなるんだ。それこそ最悪じゃないか。善と悪のこの微妙なバランス、これがバリ・ヒンズー教だろ」
 ここでみんな「うん、うん」とうなずく。
 「ところで、本木さん、あなたにはランダはいないの?」
 グッドクエスチョン。
 「オレは、バロンだ。」
 なぜかオオウケ。僕も頭がますますハイテンションになって
 「オレは、バロンだから、ノーティーみたいなベイビー・ランダがいるやつから、アルフリーダーみたいにお化けランダがいるみたいな、まわりがそんなのばかりだから、ヘトヘトだ。バロンはいくらランダと闘ってもダメだろ。チュルルックやスリンギ、ランダの子分はいっぱいいる。わかってるかい。バロンがランダを巻き散らすんだ。まさに、オトコじゃないか。そのくせランダを退治できないんだ。おおこの矛盾。」
 すっかり僕は酔っ払ったようになってしまって、バロンになった振りまでし始めた。われながらツジツマがかなりあっている。
一気にここで煙にまいて、
 「ところでね、オトコの死に方で、一番幸福な死に方って何か知ってるかい。死に方にもいろいろある。病院で死ぬ。家でみんなにみとられて死ぬ。孤独に死ぬ。事故で死ぬ。どれも変りはないけれど・・・・」
といっていると「アタシ、ウチ」などと言ってきたのはニョマン。
 「オトコはね、オンナのオ○○コに頭を突っ込んで死ねたら一番いいの。わかった?」
 一瞬?????
 「元に戻るっていうわけ?」
 「そういうこと、ピンポーン。」オトコはその願望だけで生きているんだ(?)」
 「だってオンナもオ○○コから出てきたんだから、戻りたいんじゃないの?」
 「ノンノン、自己矛盾。自分から自分のオ○○コには行けんだろ。」
 「だからオンナはランダのような魔女になって、オトコが死んでからひっそり死ぬんだ。まあ、善なる(大悪なると言ってもよいのだが)オトコを吸い取ってから死ぬんだ。」「どこへ行くと思う。」
 すると一人が「海」、一人が「どこか。霊界とでも言いたいのだろうか、言葉がわからない。「どこでもないんだよ、死ねば終わりだ」ノーティが「グッバイ」などと相槌を打つ。「生きている間に、自分の中のランダをまつって、ねんごろに大事にしたらいいんだ」などと僕はすっかりプリーストになったような気分で「ナイストーキングだね。」
 一同チョンチョンで、一幕が終了した。

◎ランダ:バリ島で悪の化身
◎バロン:善の象徴


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