バリ記 

英語関係の執筆の合間に「バリ滞在記」を掲載。今は「英語指導のコツ」が終了し、合間に「バリ島滞在記」を連載。

バリ記38  えんえんと続く話 / アマヌサの満月

2020-01-20 11:14:21 | バリ記
2000年7月16日
えんえんと続く話

「バリ島では人の家の豚を盗んだら、殺されるのか」
「それは警察が来るのが早いか遅いかの問題だ。警察が来るまでなぐり続ける」
「それは人の物を盗んでも同じか。」
「同じだ。路上でスリがいて、そいつが捕まった場合は半殺しだ」
「盗むのに命がけならば、なぜ、君らはそんなに物を盗まれるのではないかと心配するのだ。」
「他所から入ってくるものが多いからだ。素性が知れない」
「その他所のものも、盗むことは命がけであることは知っているだろう。」
「知っていると思う。だがやる」
「バリ人は穏やかそうに見えるが」
「静かな時が危ないのさ」
「ほう、静かな時? 今は政治に関しても、みんなペチャクチャ喋っているだろう。好き勝手なことをいっているだろう。だから安心なのさ」
「ということは八月は大丈夫なのか」
「まず大丈夫だろう。ひとは騒いでいるから。それが静かになると危険だ」
「話を戻すが、豚一匹くらい盗んで人を殺す、というのはヒンズーのおしえには背かないのか」
「背かない。豚になる人間なのだ」
「人の命は尊いか」
「尊い」
「悪人でも尊いか」
「尊い」
「尊いならば、なぜ殺すのか」
「尊いから殺すのだ」
「汚れた命をこの世でもつよりいいだろう。そして豚になる。あるいは犬になる。やがて人間に戻るかも知れない」
「ほう輪廻転生か。この世は惜しくないのか。
「惜しい。だから生きているのだ。
終わりのない会話がえんえんと続く。彼らは真剣に自らの掟を話す。

2000年7月17日
アマヌサの満月

 今回、バリ島に来て、二度目の満月の日を迎えた。ちょうどパトリシアが帰る日ということもあり、また彼女はクタ・レギャン以外どこにも出かける余裕がなかった、ということもあり、満月、と言えば「アマヌサ」(ホテル)だろうと、そこに夕食を食べに行くことになった。
 六時三十分出発と決めた。アマヌサまでレギャンから二十分。夕方から雲が出、四時頃は空がどんよりよしている。鳥毛さんがいたので、「今夜は満月ですけど、あの空じゃ見えませんね」というと、笑いながら「いやあ、わかりませんよ。島の空は変りやすいですから」その言葉の方が自分の予想より当たっていると思ったので、予定を変更せずに出発した。途中、大きな橙色の丸い月が左方向に見えた。
 しばらくすると月を見失った。月が見え隠れしているのだ。アマヌサのロビーの左手のカフェテラスに入るあたりからの月は真下で美しい。それを期待していた。
 アマヌサに着いたのは六時五十分。やや月の位置が期待と違う。もう三十分早く来るべきだったのだ。僕の見る位置から前方に「テラス」というレストランが夜の闇にぼんやり浮かんでいる。そのむこう遠くに海がある。月はすでに「テラス」の屋根の上の方にあった。期待は屋根の左側の方に見えてほしかったのである。このホテルを見るたびに、設計者の心にくい、月をも考えに入れたデザイン感覚を思う。どんな人なのだろうと思う。
 月は相変わらず雲間に見え、また隠れしている。もしも雲がなかったら、月の光はその下の海を集中的にさざめき立つように照らすはずである。
 カフェテラスでビールを飲み、しばらくヌサドゥアの方向の風景を見ていると、プールサイドのイタリアンレストランの前で、ティルタサリ楽団のスマールプグリンガンが始まった。満月の日の特別な音楽である。踊り子も踊っている。音楽を聴きながら階下に降りて、プールの脇を歩き、また右手の階段を昇って「テラス」に入った。オープンエアのところは風が強いため使用できず、屋根のある方に迎え入れられた。とたんに月は見えなくなる。興がなくなる。恋人たちは手を取り合って、オープンエアのところに歩き、月を見ては抱き合い、うっとりとしては、またこちら側のテーブルに戻ってくる、ということを二、三度繰り返す。
彼方から儀式の歌らしい、よく通る歌声が聞こえてくる。オコカンの音、ガメランの音もする。バリ島では満月の日は儀式が多いのだ。アマヌサの敷地内にある小さな寺院でもスタッフたちが儀式をとり行っていた。
 パトリシアとは久しぶりにいろいろな話をした。
 「オレは本当は詩人になりたいんだけどね。二十五間目、いつも詩人になってるんだけどね。現実はあれこれ次から次へと思いついたことをやっている」
 「一時ストップしなくちゃならないかもね。いや、六十才になったら、ストップするかな、あとはすべて出してしまう。今は性分だからしかたないかな」
 などなど、この三時間はグランブルーのことはひとつも考えなかった。
 レギャンに戻り、パトリシアが空港に向うと同時に雨がぽつりぽつりと降り始めた。



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